第5話 やっとお出まし、待ってたぜ!


 馬車に揺られ退屈していたら、トルシェが妙な節をつけて、


「出ってこーい! 出ってこーい! 山賊出ってこーい!」


 などと、不謹慎な歌を歌い始めてしまった。俺もさっきまで全く同じことを考えていたので、ヤメロとは言えなかった。


「ダークンさん。女神さまの力で山賊を呼べませんか?」


 そういった特殊能力があれば便利だとは思うが、いくら俺でもそれは無理なんじゃないか? それでも、いちおう試しに、


八百万やおよろずの神々さま、どうかわが願いをお聞きください。

 願わくばわれ艱難辛苦かんなんしんくを与えたまえー!」


 などと、祈ってしまったのだが、八百万やおよろずの神さまもなにも俺自身が神さまだった。これってどうなるのだろう?


 大きな声で騒いでいたら、結構顰蹙ひんしゅくものの内容なのだが、御者には聞こえていないようで助かった。いや聞こえていたのかもしれないが、あえて俺たちにからもうとはしない可能性のほうが高いか。


 冷静になって考えれば、まだ大都市テルミナから馬車で一日ちょっとの距離しか離れていないこんなところで山賊なんかに出くわすわけがない。



 そう思っていたのだが、それからしばらくしたところで馬車が急に止まった。


「お客さんたちが妙な歌を歌うから、ほら、向こうから怪しげな一団がやってきます。おそらく山賊です。お嬢さんたち、もう逃げられませんから覚悟を決めてください」


 御者台からほろをたくし上げて、御者のおっちゃんが俺たちに声をかけてきた。トルシェのバカな歌も俺のお祈りもおっちゃんにはちゃんと聞こえていたらしい。覚悟を決めろということは、諦めて山賊の言うままになれということだろう。俺の乙女の純潔じゅんけつも散らされてしまうのか?


 とか勝手に妄想が膨らんでしまった。そしたら、場所と状況をわきまえないおかしなのが一人、


「やったー! 出た出た出た出たやっと出たー!」とか言いながら、大喜びして馬車の中で踊りだしてしまった。その後で正気に戻ったのか、


「ダークンさん、わたしたちのAランクの冒険者カードは隠しておきましょう。そんなのを見せたら、逃げられてしまいますから」


 それもそうだ。単純に逃げてく連中を皆殺しにしても面白くないものな。


 素直に俺もアズランもトルシェにならって金色の冒険者カードをキューブに直接収納しておいた。



「それじゃあ、御者のおっちゃんに迷惑が掛からないように、きっちり山賊を処分してやるか」


 ニヤニヤ顔のトルシェを引っ張って、三人で馬車の後ろから降りて御者台のところまで進んでいったところ、蒼い顔をして座っているおっちゃんにトルシェが声をかけた。


「おっちゃん、心配しなくても大丈夫だから、そこでじっとして見物しといてよ」


 恨めし気な顔で俺たちを見返すおっちゃんは放っておいて、もう少し前に出て、山賊たちとおぼしき面々が近づいて来るのを待ち構える。


 コロはまた俺の腰に巻き付いてベルトのふりをしているし、フェアはアズランの肩の上にちょこんと座っている。


 前方からだらしなく広がって近づいてくるのは、槍やらメイスやら剣やらで武装した一団。


 着けている防具などは見事にバラバラかつ手入れもされていない。寄せ集めの半分素人のような連中なのだろう。


 その数は見える範囲で20名ほど。それ以外にまだどこかに隠れているかもしれないが、いずれにせよザコだ。


『トルシェ、どうする?』


『このまま殺しちゃうと暇つぶしにもならないから、連中がどこまでバカなことを言い出すか聞いてみませんか?』


『ほう、相変わらずトルシェは悪趣味だなー。だが、それはそれで面白そうだ』


『でしょ?』


『皆殺しにするとして、死体はどうします?』


『ちょっとバッチいけれど、コロに全部食べさせればいいだろう。コロならあっという間だ』


『それなら街道の邪魔にもなりませんからちょうどいいですね』


 俺たちが、そういった相談をしているとは露知らず、ニヤニヤ笑いながら男たちが近づいてきた。


 黙っていたら、小汚いおっさん、おそらくこの一団のリーダーだろう男が大仰おうぎょうに俺たちに向かって、


「ほー、これは。えらい上玉じゃねえか」


 俺たちは上玉だそうだ。見た目はそうなんだろう。何か面白いことを言い出さないかと思ってしゃべらせたが、こいつの息が離れていても臭い。あんまりこいつにしゃべらせたくないぞ。


「硬くなって黙っているのか? かわいがってやるから、ほーれほれ、こっちにこい」


 俺の方に手を伸ばしてきた。キショイので、


『コロ、俺の前の男の両手を食べちゃってくれ』


 俺の腰でベルトに擬態ぎたいしているコロから二本のかなり細い触手が伸びた。もちろんその細さでは男達には視認できないだろう。


 触手の先が男の両手の中に入っていくように見えたが、進む速さで周囲を吸収しているようで、そのまま二の腕まで男の両手が溶けたように無くなった。


 残った二の腕部分から赤い肉と白い骨となにかわからない筋だかが一瞬見えた後、そこから盛大に血が噴き出てきた。


 男が痛みを感じるより早く両手が消えて無くなったようで、自分の両腕から血が噴き出してしばらくして大声で騒ぎ始めた。


 だから、大声を出すなよ、臭いから。


 コロと俺は以心伝心。すぐに、触手が男の顔を捉えて溶かしてしまった。


 両腕と首から勢いの衰えた血を流しながら男がうつ伏せに倒れ込む。


 それを見た周りの男たちが、息を飲んだようだ。


 トルシェが、ニタニタ笑いながら、


「見たかな? 今のを見たかなー? 次は誰かなー? 誰かなー?」


 などとかなり軽い声で男たちを指さしながら脅していく。すごくうれしそうだ。見た目が美少女なので、逆に軽い言葉でも恐怖があおられるというのはあるようだ。


「謝るんなら今のうちだと思うよ。死んじゃったら謝れないからね。どうせすぐ死ぬんだからどっちでもいいけど」


 とアズランも良い顔をして男たちを脅す。


 二人の美少女がそんなことを言うものだから、後ろの方にいた数人が二、三歩後ろに下がって、「ヒー」とか「助けてー」とか叫びながら、そのまま回れ右して逃げ出した。


「『逃げちゃダメー!』て言ったのに」


 スッポーン、スッポーン、スッポーン。いい音が三度響いた。


 トルシェ。まだ『逃げちゃダメ』とか言ってないからな。


 いつものトルシェの頭部コルク栓抜き魔法(注1)で、逃げ出した男たちの頭の上半分が吹き飛んで、10メートルほどの高さまで上って行った。頭の半分から下の体は勢いのまま前のめりになってゴロゴロと地面に盛大に転がった。


「おっとっと、今までで一番上に上がったかな、どうだろ?」


 振り返ってそのさまを見ていた連中から声が失われたようだ。足が震えている者も何人かいる。こんなに怖がらせたままだと可哀かわいそうだ。


「アズラン、フェアの特殊剣、インジェクター(注2)に『暗黒の涙(注3)』は用意できてるか?」


「すみません。『暗黒の涙』は補充していなかったので、今はただのインジェクターです」


「それなら仕方ない。そうだ! アズラン、『暗黒の涙』を入れてた瓶はあるか?」


「はい、これです」


 受け取った瓶のふたを開け、


『コロ、この中におまえの体液を少し入れてくれないか?』


 すぐにコロから触手が伸びて、瓶の中にシューと勢いのあるオシッコのような音を立てて真っ黒い液体が瓶の半分くらいのところまで入った。


『これくらいでいいぞ』



「アズラン、コロに体液を出してもらったんだが、これで試してみてくれるか?」


「見た目はまさに『暗黒の涙』ですね。

 フェアちゃんこれをインジェクターにつけてそこらの二、三人で試して」


 すぐにフェアはインジェクターの先を瓶の中に入れ少量のコロ体液を先に付けた。


 それで、目の前から一瞬見えなくなったフェアがすぐにアズランの近くを飛び回っている。と思ったら、俺たちの一番近くに立っていた男たち三人の体が首筋を起点にかなりのスピードで異臭を放ちながら溶け始めた。


 うわー、以前の『暗黒の涙』の比ではないのだが、あまりに溶けるのが早かったせいか、死んでいった連中はあまり苦痛は感じなかったと思う。


 そういう意味では、薄めて使った方がいいかもしれない。


「効き目が強すぎて、相手が早く死んで面白くなかったな」


 残った連中は震えだす者、失禁する者、命乞いをする者。もううるさいうるさい。


『コロ、面倒だからみんな食べちゃっていいぞ』


 ギャーーーーー!


 第一回目の接近遭遇について感想を一言で述べるとすると『あまり暇つぶしにはならなかった』





注1:頭部コルク栓抜き魔法

頭蓋骨の真ん中あたりに水平に刻みを入れて、頭蓋骨の内部で小爆発を起こす。それにより刻み目から上の頭部が勢いよく吹き上がる。小爆発の加減を間違えると、頭部が破裂するだけなので、天才トルシェにとってもそれなりに難しい複合魔法。トルシェはどこまで頭蓋骨の半分が上に上がるか自分との戦いを続けている。


注2:特殊剣インジェクター

フィア専用の超小型暗殺剣。識別困難。塗布された薬物どくなどの効能を強化する。自己修復機能を持つ。不壊。


注3:暗黒の涙

ブラック・スライムの体液。最高級の暗殺用毒薬。猛毒もうどく。呼吸が必要な者の体内にごく少量注入した場合全身がマヒし注入個所から徐々に溶解する。マヒは非常に強力で、心臓以外の自律活動じりつかつどうが不能となり対象は呼吸停止を経て窒息死ちっそくしする。マヒ中、対象には意識があり溶解時の痛みや窒息の苦しみを感じる。対象の体内への注入量が増加すると、心臓マヒで即死そくしする可能性が増加する。

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