4. Sky




 それからの顛末てんまつは、君も知っての通りだ。



 ローゼンベルク特別刑務所は、大爆発により半壊した。その騒ぎの合間に、囚人三名がトラックとボートを奪って逃亡し、現在に至っても行方不明のままだ。当時収監されていたのはその三人だけだったから、アート至上主義国家の自慢の刑務所ローゼンベルクは実質「もぬけの殻」となったわけで、この世紀の大脱出劇は、海外メディアで大々的に報じられることとなった。


 どこに逃げたのかって? 


 爆破したあとの計画は正直なところ、全然決めていなかった。もう一度船を奪って海を渡るか、パスポートを偽造して高跳びするか。隠れて色々話し合っていたときに、新たな仲間と出会った。いわゆる「レジスタンス」というもので、国内外からメンバーを募った彼らは、狂った日本をまともに戻すために活動している。その活動の一環として、無実の囚人を助け出すチャンスを伺って、この刑務所も前々から注意深くマークしていたらしい。


 そんなわけで僕ら三人は、彼らの所有する飛行機で亡命することができた。

 行き先は、奇しくもパリで。

 これもモナリザの導きなのかもしれない。


 飛行機の中で、僕は、隣に座るダヴィンチの手に刺青があるのに気づいた。

「それ、綺麗ですね」

「お? なんだ、これも知らないのか。本当に無知なんだな、バジ男くん」

 不思議な魚と鳥の絵。看病されていた時、チラッと見えたのは、彼の手の甲の刺青だったのだ。

「オランダの絵描き、マウリッツ・エッシャーの『水と空』。エッシャーは美術史にはほとんど名前すら出て来ないが、大衆や数学者には大層人気があった。幾何学模様と騙し絵がとても印象的でね——芸術的なことなんて何一つ理解しないような奴だったが、エッシャーだけはことさら気に入っていたよ。あいつは」

 ダヴィンチは別にそこで言葉に詰まったり、涙ぐんだりはしなかった。煙草を一本取り出して、静かに火をつけただけだった。

「……機内、禁煙ですよ」

 僕が少し笑ってそう言うと、彼は「空気読め」という顔をして、肩をすくめた。



 というわけで。

 僕たちは亡命先のここ・パリで、レジスタンス活動に参加しながら、とりあえずは平和に生きている。


 で、君……どれか、買ってくれる? 


 せっかくこんなに赤裸々に話してあげたんだから、さ。ひとつくらいお買い上げいただけないかな、なんて。あ、やっぱりそれ? ウサギのぬいぐるみが一番可愛い? ちぇー。またアルさんのが売れたなぁ。まあ、そりゃそうだよね。ダヴィンチのテディベアは毛並みがリアルすぎて怖いし……。僕のは、まあ、二人に比べたら目も当てられないし。


 え? これも買ってくれるの? 

 やったあ。ありがとう。


 ねえ、君。


 君はルーブルでモナリザ、見たことある? へえ、あるんだ。僕たちもね、そろそろ観に行くつもりなんだ。色々落ち着いてきたから、ようやくね。

 え、なぜだったのかって? 

 さあ……ダヴィンチは「なんとなく」って言ってたけど。思うに、きっと脱獄計画っていうのは、「逃げて終わり」じゃダメだと思ったんじゃないかな。逃げて、その次にどうするか、がないとね。ただ逃げ続ける人生になってしまうから。

 

 君は、何かしたいことはある? 


 もしあるなら、早いところやるのをおすすめするよ。人生は短いからね。途中で挫けそうになったなら、そのパッチワークの小鳥を見て、僕の話を思い出してくれたら嬉しい。カラヴァッジオの小さな冒険、モナリザ計画……あるいは世紀の大脱出。



 ちょっとした気晴らしにはなると思うんだけど、どうかな? 





 


 

 

 

 

 



 

 


  

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プロジェクト・モナリザ、あるいは世紀の大脱出 名取 @sweepblack3

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