第10話・砂の貴公子ラムーと漆黒の傀儡カジット

「なんでやねん!! みなさん、どうもありがとうございました!!」


 吹き荒れる豪雪に屈することもなく、人の情熱が飛び交うは街の酒場。ここは勇者タケシが住まう山の麓にある街において住民たちの憩いの場となっている。


 この酒場は定期的に駆け出しの芸人たちが己の腕を磨く場として、客のみならず芸人たちからも愛されているのである。


 そして今日は『とあるお笑い芸人』がデビューを果たす日となっている。


「うちのおかんがね言うんですよ。その人は服を着ていたって。」


「ほな勇者やないやん。あの人は真っ裸やからなあ。あの人ほどファッション業界に煙たがられている人もおらんからね?」


「でもね、うちのおかんが言うには毎日のように職質されるらしいですよ?」


「ほな勇者やないかい!! あの人は24時間体制の猥褻物陳列罪やからね? あの人は歩くしょんべん小僧よお?」


 今しがた勇者であるタケシをネタにした漫才を披露している二人はタケシと共に魔王と戦った仲間である。


 ボケを担当している男が『砂の貴公子』の異名を持つスビーエ王国の王子・ラムーであり、ツッコミを担当する男が魔王軍から勇者方に寝返った『漆黒の傀儡』の異名を持つ魔戦士・カジットである。


「その人って自分の『男の象徴』を餌にして鯛を釣っていたらしいんですわ。」


 タケシをネタにした漫才で酒場へ熱気を提供する二人だが、決して彼らは勇者を嫌っているわけではない。寧ろ、尊敬していると言える。


 何故そう言い切れるのか?


 それは彼らとタケシの出会いが物語っている。


 ラムーがタケシと出会ったのは彼の祖国・スビーエ王国の漫画喫茶だった。ラムーは無類の漫画好きとして国民に周知されている。それは良い。寧ろ国民も祖国の王子が庶民の愛する漫画に興味を持ったと好感を覚えていた。


 彼が漫画喫茶に入り浸る理由も純粋に漫画を読みたいからだった。


 だが、そんなある日ラムーがいつもの様に馴染みの漫画喫茶でブースに入ると、隣のブースからゴソゴソと言う物音が聞こえてきたのだ。読者の皆さんも既に話の筋からご理解していようが、その隣のブースにいた人物こそ勇者・タケシだった。


 いつもとは違う馴染みの漫画喫茶に蔓延る騒音。当時のラムーは静寂を愛する男だった。彼は騒音に我慢できず文句を言うためにブースの上から隣のブースを覗き込んだ。すると、そこには堂々とイヤホンを使う事なく『えっちな動画』を視聴するタケシの姿があった。


 自分の王子と言う立場から決して踏み入る事のできなかった禁断の領域に迷う事なく突撃していた勇者を見てラムーは感動にうち震えた。そして、そんなラムーの視線に気付いて振り向くタケシ。男たちはどちらからともなくSMSのアカウントを交換するためにQRコードを見せていた。


 バカはバカに惹かれるものなのだ。


 惹かれ合うならいっその事、トラックにでも轢かれてくれないだろうか?


 因みにこの感動すべき出会いもまた、ワーロックの時と同様に漫画喫茶に設置されている監視カメラの中に動画として削除ロックを掛けられら状態でひっそりと封印されている。


 このロックを解除するパスワードを漫画喫茶の店長が忘れてしまっているため、永久保存版の醜態となっているわけだ。


「ほな勇者やないか。あの人の『男の象徴』は海老サイズやからね? 脱皮してもせいぜいムール貝サイズやからなあ。」


 一方、カジットは先々代の魔王、つまり『太陽王』シヨミの側室が魔王であった時から軍に所属する優秀な魔戦士だった。彼の唯一の楽しみは先々代魔王から首に鎖を繋がれながら鞭で叩かれる事。


 この趣味こそが彼が傀儡と称される所以である。


 だが肝心の先々代魔王はシヨミのプロポーズを受けて呆気なく引退を決意する。彼は安息の地を見失ってしまったわけだが。そんな失意のどん底にいた彼は運命に流されるようにタケシに出会った。


 魔王の引退から部屋に引きこもりネットサーフィンを繰り返す日々を送るカジットは『とあるSNSの呟き』を目にした。それは公衆の電波に枷をつけられながら鞭で叩かれる姿を晒す勇者の姿だった。勿論、モザイク加工は施されているが。だがタケシの『男の象徴』は全世界に周知されている。子供の間では密かなムーブメントを巻き起こしているのだ。


 カジットは優秀なハッカーである。そんな彼にとって勇者のPCへ潜入する事は容易。彼は勇者にDMを送りつけた。彼らが相互フォローをしあった瞬間である。


 カジットはハッカーでありながらPCへ潜入しなくともSNSにDMを送る機能がある事を知らない。カジットはハッカーであると同時に『バッカー』なのだ。


 因みにカジットは出来心から勇者のPCに不正プログラムである『ロトの木馬』を撒き散らした事は誰も知らない。タケシのPCからは未だに個人情報の流出が止まらない事はここだけの話である。


「最近思うんですけど、やっぱり結婚して子供欲しいですよね?」


「ラムーさんもそう思います? ラムーさんのご実家なんて由緒正しいから一姫二太郎は欲しいですよね?」


「三なすび。」


「初夢か!?」


 彼らはデビューを掴むまでに絶え間ない努力をしてきた。彼が巻き起こす笑いのウェーブがそれを物語っているわけだが。


 彼らがお笑い新人賞を受賞した際、彼らは新聞の一面に掲載されるはずだった。魔王を討伐した勇者一行から初のお笑いコンビ誕生。話題性は充分である。だが彼らの記事は新聞の一面には掲載されなかった。それは何故か?


 タケシが炭鉱を放火してしまったからだ。


 ラムーとカジットの一面記事は新聞社によってタケシの放火事件にすり替えられてしまったのだ。


 またある時はラムーの祖国で凱旋ライブを開いた際、大国の王子が漫才師になったとなれば、これもまた話題性としては充分である。祖国のテレビ局がこぞってニュース番組に特集を組んだ。だが、その特集も全てお蔵入りとなってしまった。それは何故か?


 タケシが生み出した『黒色火薬』で山を丸々一つ爆破してしまったからだ。


 勇者がノーベル化学賞の受賞とテロリストとして指名手配されるという前代未聞の快挙を成し遂げてしまったのだ。当然、その日のニュースはタケシの話題一色となってしまったわけで。


 それでも彼らは挫けなかった。タケシの妨害を受ける度に彼らは奮起した。日夜話題を作り上げ有名になる昔の仲間に負けまいと。彼らはタケシを目標にして今日まで努力してきたのだから。


 今日くらいはゆっくりと漫才をさせてあげようと思う。


「カジットさんは子供ができたら将来は何になって欲しいですか?」


「そうですね、私は子供がなりたいものならなんでも良いですけどね。ラムーさんは?」


「運のステータスが高いならなんでも良いかな? ほら、魔王を倒しても運のステータスが低すぎて呪われた勇者を知ってるから。」


「あ!! でも今度勇者パーティー全員でスマホ会社のCMに出演依頼が来てるらしいですよ!!」


「「英雄(エーユー)だけに!!」


 お後が宜しいようで。

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