第9話・義賊ワーロック

 冬は人にとって試練である。誰もがそう思うのではないだろうか?


 寒さは生物を死に至らしめる故に主観的なものの見方が視野を狭める。


 だが、この異世界には一年を通じて雪が降らない国家がある。その国で生まれ育つと必然的に雪が尊い存在となっていく。『スビーエ王国』、国土の半分以上を砂漠が占めているこの国では雪が飛ぶように売れていくのだ。


 今まさにその雪で凍える思いをしている男にとっては、なんとも皮肉な話だ。


「ぶえっくしょいいい……。まだ終わらないの? この豪雪で良くやるよ。」


 もはや紹介の必要はないと思われるが、念のために一言だけ添えよう。今しがた盛大なクシャミを催したこの男、タケシは勇者である。


 世界を救ったにも関わらず、一人山奥で逞しく生きるこの男には本日も友人が訪ねて来ていた。その男とは、タケシと共に魔王と戦った仲間。砂漠を根城にする盗賊である。名前はワーロック、義賊という奴だ。


 義賊は自身の身の丈まで積もった雪の中を犬の如く燥いでいた。


「タケちゃん!! 俺っちの国じゃあ雪なんて降らないから今のうちに夢を叶えたいんだって!!」


「ロクちゃん……、気持ちは分かるけどさ、雪にかき氷のシロップかけて食べるの止めなってば。」


「むしゃむしゃむしゃ!! これが夢だったんだよお、タケちゃんも一緒に食べようよ!!」


「……ロクちゃん、そこの雪って狼のションベンがかかってるんだよ。」


 この男がタケシの仲間になった経緯を説明しよう。タケシは魔王討伐の旅の途中でスビーエ王国の立ち寄った。そして、そこのコンビニでたまたまエロ本を立ち読みをしていたのだが、そこにワーロックが姿を表した。そしてエロ本を貪るように読み込むタケシを見て彼は直感したのだ。


 ————この男は同志だ。


 彼らはどちらからともなく話しかけていた。そして気が付けば握手を交わすバカとバカ。この光景は魔王を討伐した今でも、そのコンビニに設置されている監視カメラに映像としてひっそりと保存されている。


 そして、たまたまその光景を目撃したコンビニのバイト店員によって噂は風のように広まっていった。


 ————義賊のワーロックが勇者に感化された。


 だが真実は悲しかな、義賊とは言え所詮は盗賊。いかに悪人とは言え、人の所有物を盗めばそれは罪に問われる。ワーロックの罪は大小数えればキリがない。そして彼はいつしか指名手配となり、街の中を素顔で歩くことができなくなっていた。


 コンビニに入る時にさえサングラスを外せない、そんな彼の前に現れたのは、白昼堂々とコンビニの中でエロ本を読む男。……男が男に惚れる瞬間である。


 実際のところ、語るとこれ以上に恥ずかしい話はない。何しろ彼らには出禁にされている夜の店がいくつもあるのだから。彼らは出会ってはいけない二人なのだ。


「おえええええええ……。そう言うことは先に言ってよ。」


「と言うかロクちゃんて、なんの前触れもなく来るよね? 何かあったの?」


「ああ、そうだ! 思い出したよ。タケちゃんに文句を言いに来たんだった!!」


「え? 俺が何かしたの?」


「したなんてもんじゃないよ!! 最近のタケちゃんがものすごい勢いで悪名を広めるから、俺っちの商売が上がったりなんだってば!! 猥褻物陳列罪に炭鉱の放火、この前なんて爆発で山を粉微塵にしたんでしょ!?」


「ああ……、あれね? でも、おかげで俺は無一文だよ?」


 タケシはもはや彼の代名詞となりつつある鼻くそを穿る仕草を見せながら、想いに耽る。それは彼がここ最近まともに趣味を興じることができていないからだ。では彼の趣味とは?


 パチンコだ。


 勇者の趣味がパチンコと言うだけで興醒めしてしまうが、それだけではない。皆さんも想像していただきたい。パ『チンコ』屋に王冠を被った真っ裸の男が一日中入り浸る姿を。魔王を倒した際に当時の国王であるシヨミから賜った報奨金で購入したパ『チンコ』『玉』がパ『チンコ』台に流れていく様を。


 もはや放送禁止用語のオンパレードでしかない。


「こないだ俺っちが王宮に忍び込んだ事件がタケちゃんのせいで、新聞の一面に載らなかったんだよ!? タケちゃんって自分の才能に気付かずに周囲の凡人を殺すタイプだよね?」


 つい先日ワーロックが王宮に忍び込んでまで盗んだもの、それは王女様の下着だった。白昼堂々と王宮に忍び込みながら、盗んだ王族のパンツを頭に被って逃走するワーロック。そんな彼に王宮が下した決断は盗難自体の隠蔽だった。王族が義賊に下着を盗まれた、などと誰が言えようか。それは、もはや醜態である。


「ロクちゃんは無類の下着マニアだからな、病気かってくらいに。」


「でもさ、分かる奴には分かるもんだよ? だって、この前も盗んだ貴族様の下着が裏オークションで1,000万ドポンで落札されたんだからね!!」


「……へえ? 落としたやつもバカだよね?」


 因みに、その下着を裏オークションで落札した人物が、『太陽王』の異名を持つこの国の先代国王であるシヨミだとはこの時の二人は知らない。


 ……リユツーブ王国の中枢は大丈夫なのだろうか?


 そして、その下着すら履けない、もとい触れないタケシが下着を語っているのだから、なんとも救えない話である。


「そう言えばさ、最近もの凄く可愛い子がアイドルデビューしたんだよ!! タケちゃん、知ってる!?」


「ロクちゃん、俺は山奥で一人暮らしなんだから知るわけないじゃん。……でも、その話は詳しく聞かせてよ。」


「可愛いなんてものじゃ無いんだよ!! 小麦色の健康的なハリのある肌に大きなキラキラした瞳!! ……俺っちたちが戦った魔王とそっくりなんだよ!!」


「やっべえじゃん!! それって絶対に可愛いじゃん!!」


「そうなんだよ!! タケちゃんは話が分かるなぁ……。それでさ、その子のキャッチコピーが『気軽に会える魔王様』なんだよ!! 萌えるよねえ……。」


 因みにワーロックの語るアイドルが現在殺人罪、公務執行妨害、きゃは♪罪並びに可愛すぎて許せない罪で目下逃走中の元・魔王のまあちゃんである事はこの時の二人には知る由もない。


 ……そもそもワーロックは気付けないのか? お前は実際にまあちゃんを目の前で見てるだろうが。彼もまたタケシと同様に老眼なのだろう。


「そうだ!! ここに来る途中にある麓の街で良さそうなキャバレーがあったから予約しといたんだよ!! タケちゃんは酒飲めないだろうけど、久しぶりに騒がないか!?」


「良いねえ!! ロクちゃんのそういうところ大好きなんだよなあ……。」


 悪友の誘いに胸を躍らせる悪友、男の友情とは意外とこういうものではないだろうか? ここまで不憫な生活を強いられているタケシには良い息抜きになってくれれば良いのだが。


「おっしゃあ、俺っちもタケちゃんと同じ格好をするぜ!!」


 先ほどまで纏っていたオリエンタルな衣服を豪快に脱ぎ捨てる義賊のワーロック。彼は横に並び立つタケシと麓の街を見据えて立つ。……真っ裸の男二人が両の腰に手を当てながら胸を張っている姿は、何とも見栄えが悪いものだ。


「ロクちゃん!! 俺について来い、……位置について……よーい。」


「「ゴー!!」」


 タケシとワーロックは真っ裸のままクラウチングスタートを切った。そして麓の街まで一直線で走って行った。友情を胸に同じ視線を共有した男たちが颯爽と駆け抜けていくのだ、……いかに真っ裸と言えどこの光景に涙せずにはいられない。


 この世には豪雪よりも積もるものがある。それは男同士の友情。沸点なき感情は形なくともなんのその、それはいつの時代にも色あせることの無い美しきもの。彼らの想いは嫉妬深い雪の妖精さえも陽気にさせていった。


「おっしゃああああああああああ!! ロクちゃん、麓の街まで競争だ!!

!!」


「タケちゃんには負けないからなああああああ!!」


 だが、この時の二人は知る由も無かった。彼らが必死になって麓の街に着いた頃には、二人は雪塗れになっていることになる。そして、そんな二人を見た街の人々は雪山から雪男が現れた、と大騒ぎになるのだ。


 終いにはワーロックの予約したキャバレーは『熟女キャバレー』であり、従業員の平均年齢は88歳だった。タケシとワーロックは無事に店に辿り着くも、その光景を目のあたりにした街の人々は口々に話すのだった。


 ――――あれは妖怪の晩餐だ。


 麓の街で新たな妖怪伝説が風の如く広まって行くのだった。


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