第3話・閃光のタケシ③

「やーい、『ち○このタケシ』。真っ裸で街に入ってくるな!!」


「痛えな、真っ裸じゃないから、葉っぱを付けてるから!! それに俺は『閃光のタケシ』だ!! 石を人様に投げるんじゃねえ、この悪ガキども!!」


「……タケシ、ほらよ、いつものやつだ。それにしてもお前は本当にリンゴが好きだな、栄養バランスを考えないのかと心配しちまうよ。」


「おっちゃんの言う通りなんだけどさ、……買い物袋もアイテムだからね。だったら米とか小麦粉を持ち帰れないじゃん。」


「……またタケシか。」


「警備のおっちゃんか、……悪いけど、こればっかりは俺の努力じゃどうにもならないからね。それに今日は、ほら!! ちゃんと隠しているじゃないか!!」


「……お前は葉っぱ一枚で『男の象徴』を隠し通せると本気で考えてるのか? その王冠がある限りお前は騎士団の詰所にも牢屋にも入れられないんだから、俺たちに手間をかけさせるなよ……、はあ。」


 タケシは必需品の買い出しに彼のマイホームである山を下山して麓の街に足を運んでいた。


 そして何食わぬ顔で街の人々と世間話を交わしていく。


 ……彼は煙たがれつつも、嫌われてはいないのだ。


 そこはやはり勇者だからだろう、これが一番にして唯一の理由である。


 だが、……勇者だからこそ、周囲の人たちも言えないこともあるわけで。


「騎士さん、……今日の俺は葉っぱのおかげで両手が使えるんだからな? 今までは片手で『男の象徴』を隠しながら戦ってたけど、今日はエクスカリバーを両手持ちできるんだ。……あまり愚痴ると魔王を倒した必殺技を披露しちゃうからね。」


「うぐっ……、お前は『男の象徴』をチラつかせなくなったら、今度は剣をチラつかせようってのか?」


 彼は愛刀を両手持ちできるようになったおかげで、重心を低くして剣を構えることができるの様になっていた。


 それ故に彼は斜に構えてずっしりとした、ゆったりとした状態で愛刀をその騎士に向けている。


 ……どうでも良い話ではあるが彼は左利きなのだ、つまり彼が誇る『男の象徴』は右利きの人間とは逆方向に傾くことになるわけで。


 そして何度でも説明しよう。


 彼が中途半端に頭が良いと。


 彼が斜に構えたせいで、現状の彼にとってその愛刀よりも生命線とも言える葉っぱが小さく動いた。


 葉っぱは彼の動きに耐えられなかったのだ、……言うなれば葉っぱはB級アクション映画の主人公の如く、……そう、例えるならばヘリで逃亡を図る悪役に対して決死の覚悟で喰らい付く主人公のように。


 だが、決死の覚悟も虚しく葉っぱは力尽きながらも、その最期を彩るようにその場から落下していく。


 それはまるで大人の情熱を体現するルンバのような……。


「「あっ。」」


「タケシ、こいつを使いな!!」


 生命線を失ったタケシは相対する騎士と驚きの声をハモらせながらも、彼の後方から聴こえてくる支援に感極まらざるを得なかった。


 ……この街で定食屋を経営する女将だった。


 タケシは基本的に器が小さい、それは何故彼が勇者として認められたかが怪しいほどに。


 にも関わらず彼は何故か金払いだけは良いのだ。


 そして、そんなタケシを常連として抱える定食屋としては彼を失うわけにはいかない、そう考えた女将は手に持っていたお盆を投げていた。


「すまねえ!! ……あ、お盆ってアイテムじゃん!! うぎゃあああ!! 痛え!!」


 思いもよらぬ後方支援に対して混乱してしまった彼は、『男の象徴』を隠すどころか……、哀れすぎる彼にもはやかける言葉が見つからない。


 当然のことながらその場で悶絶するタケシであるが、その痛みはもはや彼が魔王軍との最終決戦で受けたダメージすら凌駕していた。


「……タケシ? 良かったら騎士団の詰所から痛み止めを取ってこようか?」


「騎士さん、……ふおおおおおおお。痛み止めも……アイテムじゃないか。」


 蹲るタケシ、そして、そんな彼を生暖かい目線で見守る街の住民たち。


 この勇者らしからぬ視線を一身に浴びるタケシであるが、……彼は本当に世界に平和をもたらした勇者なのだ。


 そう、勇者なのだ。これは、抗いようのない事実だけに何度でも言おう。


「そう言えば詰所で話題になったんだが、タケシって酒は強いのか?」


「弱くはないね。ただ、ここ1ヶ月は一滴も口にしてないけど。」


「ああ、そうだよな。山で暮らしてるからな、……不憫だよな。俺たちだってお前が良い奴だって分かってるんだ。でも、仕事だからこうして職質もしないといけないし。だったら、お前を誘ってパーっと飲んで騒ごうぜ!! と言う話になってな。」


 タケシは基本的にこの街の騎士に煙たがられている。


 それは街中を真っ裸で歩かれては、彼らも仕事なのだから出動しないわけにはいかないわけだ。その上、タケシは詰所に入れないから調書も取れない。さらに彼は勇者だから恩赦されるのでは街の治安を守ることを誇りとしている彼らにとっては厄介この上ない存在だ。


 だが、彼らは彼を人間的に嫌いか、と問われた場合はそれを否定する。


 なんだかんだ言って、やはり彼は世界を救った勇者であり感謝もされている。


 そして、そんなタケシと少しでも交流を図ろうと、この騎士は彼を飲みの誘っているわけだが、……それは話自体が破綻していることになる。


 それは何故か?


「いやあ、気持ちはありがたいんだよね。俺もなんだかんだ言って詰所のみんなが嫌いじゃないし。でも無理なんだよね……。」


「……どうして? 野外で立食形式にすれば飲めるじゃないか。」


「だって、……コップもアイテムじゃん。」


「………………じゃ、じゃあ!! 俺たちがお前の口にビールを流し込んでやるよ!! 食い物だって放り込んでやるさ!! どうだ!?」


 この騎士は本気だった、そして彼の言葉を聞けてタケシは大粒の涙を流していた。


 だが、それほどまでに歓喜しながらも彼は首を縦に触れなかった。


 それは人間としてプライド、とでも言っておこうか。


「気持ちはありがたいんだ。でも、それって水族館にいるアシカやイルカと大して変わらないじゃないか……。」


 そう、この世界にもアシカやイルカがいるのだ。そして水族館も存在する。


 生きる為にもはやプライドを捨てた彼であったが、それでも捨てられないものがある。


 ……思い出だ。


 彼は五年前に魔王を討伐してから1ヶ月前に国王様からこの王冠を授かるまでの間、四年と十一ヶ月を世界の放浪に使っていた。


 それは純粋に彼が困っている人を助けたい、と言う気持ちからだ。


 そして、その放浪中に彼は件の姫と水族館でデートをした、そして、その姫がイルカショーで餌付けをされているイルカを見ながら呟いた一言が彼に今回の事に楔を打っているのだ。


『イルカさんだから可愛いけど、人間があれをやったら終わりね……。』


「お、おい! タケシ、……お前は本気で泣いてるのか!?」


「おっちゃん、……俺はリンにだけは見捨てられたくないんだあ……、ふぐううううううう。」


 真っ裸の男が街のど真ん中で本気で号泣する。


 これにはタケシの目の前で顔を引き攣らせる騎士だけでなく、街中の誰もが彼を憐れむしかないではないか。


 だが、それでも彼は勇者だった。どこまで行っても勇者なのだ。


 そんな彼にだからこそ騎士は美味いものをご馳走してやろうと言うのだ。


 騎士は彼の肩に優しく手を置いてとある屋台を指差していた。


「タケシ、あそこにお前が食いたいって言ってたものがあるんだ。街のみんながお前の故郷の味を再現してくれたんだぞ?」


「えっ? それってもしかして……。」


「ああ、天ぷらだったか? あれなら気兼ねなく食べれるだろ? 寿司とか言うのは魚の鮮度を考えると難しいみたいでな、でも天ぷらならいける、と言う話になってな。」


 タケシは号泣していた、だが今度は悲しみのそれではない。


 寧ろ歓喜の号泣だ。


 彼は騎士に言われるがままに、その屋台に近付いていく。


 涙を流しながら……、そして街のみんなの温かい笑顔に包まれながら。


 ……だが、そこはどこまで行ってもタケシである。


 彼がその屋台に近付いた時、事件は起きた。


「うわっちゃああああああ!! ちょっと、熱いって!! あっつい、熱い!!」


「タケシ、どうしたんだ!?」


 タケシは突如にして屋台の前で暴れ始めた、そしてその彼の反応に真剣な眼差しで驚く騎士と街のみんな。


 では、彼はどうして急に騒ぎ始めたのだろうか?


 ……天ぷらを揚げるための油が跳ねたのだ。


 そして、それが真っ裸であるタケシの皮膚に着陸した、……やはり彼はどこまで行っても彼なのだ。


「ちょ、お前! ちょっと、待てよ!! 油が『男の象徴』に跳ねちゃったじゃないか!!」


 ここで解説しよう、『油もアイテムじゃないか?』と考える方もいるだろう。


 結論から言えばそれは正しい、では彼はどうしてここまで熱がっているのか?


 ……結論は『熱自体はアイテムではない』だ。


 何度だろうが言おう、彼は中途半端に頭が良いから事前に気付けなかったのだ。


 タケシはアイドルのモノマネをするモノマネ芸人を真似するかの如く騒ぎ立てるも、天ぷらを初めて調理する街のみんなには理解できない光景だった。


 木枯らしが木の葉をダンスに誘う街を背に、タケシは今日も道化の如く跳ねた熱々の油と共にダンスに興じる。


 そして、そんな彼の心情が届かぬ街のみんなは唖然としながら、見守るのだった。


 さあ、ご一緒に……Shall we dance?


 タケシの情熱的過ぎる道化の如く騒ぎ立てる反応は、周囲の人間を本気でドン引きさせるものだった。


 そして、その情熱的なステップに誘われるがままに、タケシの『男の象徴』も彼に合わせるかのように激しく情熱的なステップを踏むのだった。

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