第2話・閃光のタケシ②

 秋がやってくる、それは人里離れたこの山奥にとって忙しく冬眠の準備をする動物たちよりも親近感を持てる存在だ。


 その訪れを知らせるかの如く山奥に秋風が走りだす。


 悪戯好きな風たちはすれ違いざまに肩を叩いていくも、人が振り返ると彼らは既に遥か前方を走っている。


 それでも人肌に厳しい秋風は人の心に温もりを与えてくれる、……特に彼には。


「ぶわっくしょん!! ふいい……、まさか寝てる間に焚き火の消えるなんて。」


 この情けなくも愚痴を零している男の名前はタケシ、『閃光のタケシ』の異名で知られる世界を救った勇者である。


 彼は世界を救った際に褒美として当時の国王様から拝領した呪いのアイテムのおかげで、『王冠を除くあらゆる防具の装備とアイテムの使用を拒む』と言う業を背負ってしまっているのだ。


 この秋風が走る人里離れた山奥で彼は呪いの弊害を受けながら生活をしてる、……勿論だが今の彼は安定の真っ裸である。


 そして、人肌が恋しくなる秋の季節だからこそタケシは睡眠時に焚き火を準備するわけで、これは呪いによって衣服や毛布を使えない彼にとっては生命線とも言える。


 アイテムを使えない彼ではあるが中途半端な頭の良さから一歩だけ前進できていた。


 先日の火炎魔法による発火の発案から彼は練習に練習を重ねて、周囲の草木に引火させることなく火を起こせるようになっていたのだ。


 その練習に費やした時間、……およそ……1秒。


 中途半端な癖に飲み込みだけは早いこの男には人をイラつかせる何かがある、と言われている。


 ……正直、不覚ながら作者もイラッとしてしまったのである。


「うーん、これから本格的な冬季に突入するし、ちゃんとした対策をしとくか?」


 彼の言う『ちゃんとした対策』とは何のことだろうか?


 周囲を火の海にすることなく火を起こせるようになったことは確かな前進である、だが、それでも問題はあるのだ。


 それは現状の彼が一人暮らしであるため、就寝時にその焚き火を世話することができないのだ。


 そのため、彼が考えた『対策』とはまさに勇者の名に恥じぬ人間離れした発想だった。


 ……真っ裸の時点で人として恥じて欲しいところではあるが、それは今回は無視するとしよう。


 そして彼の人間離れした発想とは……、寝ながらにして火炎魔法を使い続けると言うことだった。


 ……もはや中途半端に頭が良いと言う話ではない、この勇者は真正のバカではないかと思う。


 そして、その結果が……。


「一昨日も失敗したしな、……寝ながら火炎魔法を使い続けていたら山火事になっちゃたもんな。魔力量の懸念は何とかなっちゃったからね、やっぱり俺って天才だよな。」


 タケシ、……お前は『男の象徴』を右手で掻きながら何をふざけたことを言っているのだ?


 汚い右手であくびを強調しながら軽々しく口にしているが、彼の魔力量の懸念とは就寝時に火炎魔法を継続して発動できるかどうか、と言うことなのだ。


 彼の平均睡眠時間は3時間、日本でブラック企業勤めが祟ったのか一般的な睡眠時間からは明らかにかけ離れているわけだが。


 それでも3時間も連続で魔法を使用することは常軌を逸している、としか言いようがないことである。


 ……それに、この男はサラリと口にしたがとんでもなことを言ってる、と皆さんはお気付きだろうか?


 タケシは勇者であるにも関わらず……、山を一つ丸々燃やしてしまったのだ。


 この男は勇者として世界を救った実績を誇りながら、放火魔としての前科持ちに成り下がってしまったと言うことだ。


 これが今後リユツーブ王国で流行ることになる『地震、雷、火事、タケシ』の標語誕生の秘話となろうとは、この時の彼は想像だにできなかったのである。


「それにしても火を起こせたから初めて意識したけど、薪ってアイテムじゃないんだよ? これって自然に落ちている枝だからか? だったら……もっと早く気づけば良かった……。」


 そう、彼は後悔しているのだ。


 何故ならば彼は火を起こす燃料に姫から届いた恋文を選択してしまったのであるから、当然のことだろう。


 大きく肩を落としながらも、大粒の涙を零しながらも、それでも彼は現実を受け入れつつ逞しく生きていくしかないのだ、……頑張れタケシ、負けるなタケシ。


「ま、燃やしちゃったものは仕方ないよね? だったら有効活用するだけだよ。手紙を燃やして出た灰を使って水の濾過装置を作っちゃおうっと!!」


 この男……、本当に人間のクズである。


 事もあろうに愛し愛されの関係であるはずの愛しの姫からの言葉を、この男は自分の水分摂取の為に犠牲にしようとしているのだ。


「いやあ、冷え込んできたかな。『俺の冷却水』の出が激しくなってるんだよ。それに、これってちょっとした『プレイ』っぽくてゾクゾクしちゃうよ!! 『俺が出した排水』を♪リンの写真で濾過して♪リサイクルからの有効活YO!!」


 ……この男、死ねば良いのに。


 お前は何をラップで口ずさんでいるのだ?


 そもそも濾過装置にしてしまったら彼にはそれを使えるはずがないのだ、……濾過装置もアイテムなのだから。


 だが、それも全て人里離れた山奥で一人寂しく生きている、そうせざるを得なかった彼の不幸が生んだ必然なのかも知れない。


 彼が背負っている業は、結果的に彼を狂わせたのだ。


 人知れず冬の寒さに耐えるべく間違った方向ではあるものの、現実を直視して自分にできることを必死にやり抜く。


 これぞ勇者というものだ。


 ……今の彼は何を思っているのだろうか、もしかしたら山火事を起こした責任を一人で抱え込んでいるのではないか?


 彼も人の子だ、であれば人に言えない悩みの一つや二つ有っても可笑しくないはずだ。


「ああ!! この下にサツマイモっぽいのが埋まってるぞ、これって、もしかして天然の焼き芋じゃないか!! おお、……上手い具合に石が埋まっていて石焼き芋みたいになってるぞ!!」


 駄目だ、彼の辞書には反省という言葉は存在しないらしい。


「うおっしゃああ、これで今日の夕飯をゲットだぜ!! くっそ、……この芋と一緒に埋まっている石が思った以上に硬いな。……ならば、『閃光剣』!!」


 この男、……魔王を討伐するために厳しい修行を積んでまで編み出した必殺剣を、芋掘りのためだけに惜しげもなく使っているではないか。


 彼にとっては夕飯の食材は魔王討伐の重みと同等のようだ。


 それにタケシが無惨にもヤケ焦げたこの山肌に考えも無しに必殺剣を放ったため、……彼は気付いていないのだ。


 おっと、やっと気付いたようだな。


「ああ、リンの写真があ!! 木に固定していたリンの写真を切り刻んじゃったよお!! ……うおおおおおおおおおおおお。」


 ……ざまあみろ。


 改めて言おう、この男は中途半端にしか頭が良くないのだ。


「……ま、良いか? 今度の定期連絡の時にリンの写真を頼めば良いや。」


 タケシよ、今日は本当にどうしたのだ?


 お前の精神力は昨日から打って変わって、明らかに向上しているではないか、……さっきからツッコミすぎて疲れてきた。


 ……もしや彼はこの一ヶ月間、厳しい環境に自身の身を晒し続けて頭が可笑しくなったのでは?


 だとすれば彼を憐れとしか言いようがないではないか?


 ……まあ、タケシは元々そこまで頭が良いわけではないのだ、であれば可笑しくなっても普段の彼と大して差がないとは思うが。


 !! ちょっと待て、タケシよ。お前は何をしているのだ、……どうやら彼は本当にご乱心してしまった様だ。


 と言うよりも、彼の苦悩にもう少し早く気付いてやれば良かった……のか?


「うおおおおおお……、俺が下半身から排水を出していると……どう言うわけか涙が止まらないんだ。でも、これから訪れる冬を生き抜くためには……ぐずっ、こうするしかないんだああああああ。」


 もはや、彼を非難することなど誰ができような。


 彼は、彼は!! この現状に憂いて壊れてしまったのだ。


 ……明日は彼が食料の買い出しに麓の街に降りる日だと言うのに、このままで本当に大丈夫だろか?


 燃え尽きて、燃え尽きるまで戦って、自らの手で勝ち取った自由と平和。


 世界中の人々にその自由と平和をお裾分けした優しい彼は、これから訪れる冬季の厳しさに憂いを持って涙する。


 愛しい君を想えばどんな厳しさにさえ耐えて見せると誓ったあの日から、彼は人知れず叫ぶのだ。


「上は洪水、下も洪水!! なーんだ!?」


 ……タケシ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る