第4話・閃光のタケシ④

 思い起こすは夏の日の日差し、それは大切な仲間とともに過ごした最後の季節。


 漂う香りは緑に包まれ、力強く威嚇にも似た太陽の光が目に染みる。


 それらから教わることは生きることの素晴らしさ、そして前を見ることでしか見出せない自分の宿命。


 そして隣には生涯を共にすると誓い合った気高くも美しい恋人の姿。


 彼はその先にあるものが自分の幸せだと信じていた。


 ……そう、信じて『いた』のだ。


「ぶわっくしょん!! へえ……、誰か俺のことを噂してるのかな?」


 もはやテンプレになりつつある盛大なクシャミをしているこの男は仮にも勇者なのだ、であれば噂の一つや二つされていようが、それは箔と言えるものだ。


 だが、この男には憂いがある。


 それは彼が真っ裸である、と言うことだ。


 この人里離れた山奥で一人寂しく暮らす男、タケシは悩んでいた。


 それは彼の最大とも言える憂いの原因である真っ裸スタイルを克服できたことに端を発する。


 ……そう、彼が悩んでいるのは先日麓の街での出来事だった。


 煙たがりながらも自分に気をかけてくれる気さくな騎士に温かい街の住民、彼らは呪いという業を背負わされたタケシを憐れんで実際に見たこともない日本料理を必死の思いで再現して彼を元気づけようとしてくれたのだ。


 そして、その結果が昨日の件であるが……実はまだこの話には続きがあると言う事だ。


 それは思い出すと嗚咽さえも覚えてしまう、そんな残酷な出来事……。


「はあ……、どうしたら俺の葉っぱが天ぷらを揚げる油の中に入っちゃうのかな?」


 そう、油が『男の象徴』に跳ねたあの事件で、彼はその『男の象徴』をパートナーとして軽やかないステップを踏むことになったわけだが……そのステップがあまりにも激し過ぎたがため、件の葉っぱが舞い上がっていったのだ。


 そして、偶然にも吹き込んできた風によって葉っぱは加熱中だった油の中にダイブしたわけで。


 すると、その出来事を目の当たりにした街の住民は絶句してしまったのだ、……まるで、それは日本に実際に商品化されている『紅葉揚げ』そのものであり、その事を彼から話で聞いていた街の住民たちは……。


 止めよう、ここから先は流石に口にしてはいけない事だ。


「とほほ……、それにしても前のマイホームに炭鉱があったなんて。今度は火の使用には最新の注意を払わないとな。また国のお偉いさんからドヤされちゃうよ。」


 彼がこの山に移り住むまで住んでいた山はなんと国が保有する炭鉱があったのだ、そして、その事を知らずに勝手に住み着いていた彼は山火事を起こしたことで、この国の財務大臣に説教を受ける羽目になった。


 つまり、彼が放った火炎魔法が石炭に引火してしまったのだ。


 下手をすれば山どころか、その麓の街すらも業火で包み込み全てを灰にするところだったが……、それでも彼は鼻くそをほじりながら財務大臣の説教を聞いていた。


 ……要は彼は反省していないのである、だが、それでも彼は落ち込んでいた。


 それは何故か?


 それは財務大臣から損害賠償を命じられてしまったのだ、……そして、その結果彼は無一文になった。


 寧ろ、多額の借金を背負ってしまったのである、……勇者のくせに。


「それにしても大臣も説教するんだったらカツ丼くらい準備しろよな……、それくらい常識だろうが。と言うか、あの野郎も何が公共物破損に不法侵入だよ。この国は俺が救ったんだから、寧ろお前らが俺に税金を払えよな……。」


 彼はこともあろうに筋違いの愚痴を漏らしながら、故郷の味に懐かしさを追い求めているわけだが。


 これは街で天ぷらを食べ損ねたことが、ここに来て響いているのではないか?


「街のみんなも俺のために天ぷらを準備したんだったら、あそこまで厳しくするなよな……。どうして俺が紅葉揚げを食わなくちゃいけないんだよ。」


 ……タケシよ、お前は『あの』葉っぱを食べたのか?


「どうにも最近イライラするんだよな。……もう俺が魔王になって世界を征服しちゃおうかな? そうすればハーレムを形成して食事も女の子に食べさせて貰って……建物だってアラビアン風にすれば真っ裸だって文句も言われないし……ブツブツ。」


 彼は一ヶ月もこのような生活を続けているのだ、そして追い討ちをかけるような借金という苦悩。


 そんな彼にはもはや彼自身を制御できる良心をもちわせていないのだろうか?


 不貞腐れた態度を取るタケシであるが、それでも彼には正義の心が残っているはずなのだ。


 ……何しろ彼は勇者であり、美しきこの国の姫と将来を誓ったのだから。


「て言うかさ、そもそも葉っぱなんて無意味なんだよ。一ヶ月も真っ裸でいたら、寧ろこっちこの方が安心するし、スースーして風が気持ち良いんだよね。隠すことに違和感を覚えちゃうよ……、服なんて着てるから人間は本心を曝けだせないんだって。」


 え?


「それに真っ裸で生活していて体得した『男の象徴』でバランスを取りながら剣を振るう技術、この技術を使うと俺の剣の威力が倍以上になるんだよね。寧ろ、真っ裸で魔王と戦った方が早かったんじゃないの? 名付けて、『逆メトロノーム殺法』!!」


 ちょっと?


「そもそも、俺は自分の浮気が原因で奥さんに殴られた男だよ? そんな奴に永遠の愛なんて誓えるわけないじゃん。リンのことは本心から愛しているけど、俺が彼女と結婚したらガンガン側室を娶っちゃうからね? だって、それはそれじゃん!!」


 タ、タケシ?

 

「ああ、……そうか。真っ裸でいると女の子に興奮してるのがバレバレだからな、……俺がリンと結婚して王様になったとしても、可愛い子と謁見する時に真っ裸だと気まずいか? 真っ裸で玉座に座って『男の象徴』をパオーン! って、させていたらセクハラになっちゃうよね。じゃあ、俺が王様になったらセクハラって言葉を使用禁止にしよっと。」

 

 こいつは……。


「後はあれ。俺って無職なんだから、当然無収入なんだよ? なのに、どうしてこの国は俺から所得税を取ろうとするかな、この国ってそういう社会制度がなってないんだよ!! なのに、あの財務大臣ときたら……、今度は固定資産税を払えとかふざけてるよね!! 魔王を倒したエクスカリバーと呪いの王冠に税金なんて義務付けるなっての!!」


 駄目だ、この男の妄想と愚痴は止まりそうにない……、やはり、この厳しくも孤独な生活が彼を壊してしまったのだろう。


 ……だからタケシよ、不貞腐れながら右手で『男の象徴』を掻くのは止めた方が良いと思のだが。


 もはや、この男はその精神を守るために自分の欲望を抑制しようとしていない。


 それに彼は元々が社畜だったためか、無職であることに危機感を覚えているらしい。


 これは日本で生まれ育ったことの弊害ではないだろうか?


「勇者なんて時給なし、残業代もない、福利厚生だって何にもないんだよ!? しかも強力な装備に買い換えるたびに増え続ける固定資産税……、ダンジョンで手に入れた武器や防具だって交番に届けないとネコババとか意味不明なんだよ。それがこの国で一番人気のある職業って言うんだからふざけてるよね、……どうしてこの国のハローワークは勇者に厳しいんだよ!!」


 まさかここに来て五年以上もの間、彼の心に溜め込んだ不満が全て爆発してしまうとは……、だが、この話を聞く限りでは彼の言い分も後半のものだけは納得できる。


 ……前半のものは人としていかがなものと思うが。


 彼の不満は徐々にエスカレートし、まるで反抗期に突入した小学生の如く大暴れし始めていた。


 タケシの手に握られたエクスカリバー、彼が力強く愛刀を振るう度にその剣線から眩い光を放ち出す。


 その光景は彼の輝かしい過去を彩るかのように、秋の風が吹き抜ける山奥に夕日が差し込む。


 タケシにのしかかる税金と言う名の重荷が彼に涙と言う名の宝石を搾り取っていく。


 そしてタケシは一人寂しく彼の流す涙を愛刀・エクスカリバーで切り続けるのだった。


「くっそおおおおおおおおおお!! ハローワークの受付も何が『勇者って年金の支払いが免除されてて羨ましいですね。』だよ、……それが支給されるのが何年後かわかって言ってるのか!?」


 勇者らしく美しくも儚い剣線は、この山に生息する愛らしい小鳥たちの鳴き声に応えるかのように秋の季節に情緒を感じさせることになる。


 そして国のシステムに憂いを爆発させるタケシだが、今この時、彼の後方から一人の人物が静かに近付いて来ていた。


 そして彼はそれに気付いていない……。

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