第23話 ラブコメ主人公

 自分から頭を上げる勇気が出なくて土下座状態のまま時間を過ごす。パソコン部はもちろん、田野たのさんのこの空気を積極的に打ち破るタイプではないので沈黙が気まずい。


 だからと言って自ら頭を下げた以上は簡単に上げるわけにもいかず、誰かが第一声を発するのを待ち続けた。


「は、裸は無理だけど、可愛いポーズなら……」


「そ、それはまことでござるか?」


 やはりこの状況を打破してくれたのは聖女である田野たのさんだった。しかも可愛いポーズならOKという返事までいただいた。


田野たのさん本当にいいの? 僕らが求める可愛いポーズって二次元美少女みたいな現実ではあまりないポーズだよ」


「裸よりは全然マシだよ。それにわたしがパソコン部の手助けができるとしたらこれくらいだし」


「ふ……ふふふ。さすがは道玄坂どうげんざかくん。策士だね。無理難題を押し付けることでワンランク下の要求が通りやすくなる。こんな交渉術を、しかも女子に対して実践する場面を見られるとは。我々は歴史の目撃者だ」


「そんな大袈裟な。僕はただ、このチャンスを逃したらもったいないって」


道玄坂どうげんざかくんは……わたしの裸見たいんだ?」


 腕で胸元をガードしながら背中を丸める田野たのさん。その防御態勢がかえって体の肉感を増して非常に魅力的だ。一時は息を吹き返したパソコン部員も刺激の強さに目を血走らせて固まってしまっている。


「そりゃ……まあ」


 野太く陰湿な声がパソコン室に響く。お前らだって田野たのさんの裸見たいだろ!?

 その気持ちをこうして言葉にした僕だけがその権利を得られるんだ。もし田野たのさんが脱いだら絶対に独り占めしてやるからな。


「でもそれは道玄坂どうげんざかくん個人の依頼だよね? 可愛いポーズはパソコン部の依頼だから、それなら……いいよ」


「「「おおおおおおお!!!!」」


 正式にパソコン部からの依頼を引き受けてくれた田野たのさんに対して称賛の雄たけびが上がった。運動部の陽キャが騒いでいるのとノリは同じはずなのにどうにも気持ち悪さがぬぐえないのはやっぱり悲しい。


「それでわたしはどんなポーズを」


「まままままずは人差し指を唇に当てて」


「いやいやいや上目遣いで見つめてもらうのがさk……んんんんん想像したら緊張で胃があああ……」


「こう腕で胸を……おっふ!」


 欲望を丸出しにしたパソコン部員が次々にポーズをリクエストする。ただ緊張と興奮で最後まで言えていない。田野たのさんもどんなポーズを取ればいいのかわからず困惑している。


「えーっと、わたしはどうすればいいのかな?」


「自分なりの可愛いポーズをしてみるとか」


「例えば……こう?」


 両手を後ろで組み、左足を少し曲げて見上げるように首を傾げた。某アニメ制作会社が得意とする角度である。

彼女から溢れる母性のような優しさとおさげにした髪がポーズと非常に合っている。もしもリクエストではなく入学式の日にこんな田野たのさんと出会っていたら二次元ではなく三次元に魂を捧げたかもしれない。


 それくらいの魅力と破壊力を田野たのさんは天然で放ったのだ。完全にオタクの趣味を掌握している。


「「「おおう!!」」」


 このポーズは当然僕以外のオタクの心にも刺さる。陰湿な雄叫びが妙な圧力を持って僕の耳を襲った。


「これでよかった……かな」


「うん! 最高!」


 土下座をしたまま首を傾げた田野たのさんを見上げる。彼女にそんな意志は一切ないんだろうけど、角度的にどうにも見下されているような気分だ。正直ちょっと興奮する。


道玄坂どうげんざか氏だけズルいですぞ。わいも! わいも視線がほしい」


「川瀬くんの方を見ればいいの?」


「あうっ!!」


 こうなることはわかっていただろうに、川瀬は自ら死地へと足を踏み込んだ。田野たのさんが川瀬に笑顔を向けるとあいつは灰になって消えた。でも、その表情は幸福に満ち溢れていたと思う。川瀬、良いやつだった。


「ごめんね。我々は女子に免疫がなさすぎてみんなこんな風になってしまうんだ。裸なんて見せてたらパソコン室は爆発していたよ」


「見せないですよ!」


「ふふふ。その反抗的な顔もかわ……おっと、失礼」


 上布津じょうふつ部長が鼻に詰めたティッシュはみるみるうちに血に染まった。興奮して鼻血が出るって本当にあるんだ。


「やはり間近で見るJKは瑞々しい。これが男のおとこのこなら完璧なのだが」


「ねえ道玄坂どうげんざかくん。わたしって男子に見えるの?」


「違うよ田野たのさん。完璧な女子だから部長はがっかりしているんだ。あまり気にしないでいいから」


 世の中には知らない方がいいこともある。田野たのさんも文字で見ればすぐに理解してくれるかもしれないけど、音だけ聞いてすぐに『男のおとこのこ』に変換できるのはなかなかの強者だ。


 田野たのさんにはこのまま天然サークルクラッシャーとして純粋無垢なまま生きていてほしい。


「他にはどんなポーズを取ればいいかな」


「うーん。VRの参考にするから画面の向こうにいる人間を意識したようなポーズとかかな」


「画面の向こうって言われても……難しいよ」


「ふっふっふ。人ならここに大勢いるではありませんか。我々の存在を意識すればいいのです」


 名案と言わんばかりに上布津じょうふつ部長はメガネをクイっと上げた。それに同調するように真島先輩が続く。


「拙者も微力ながら協力しますぞ。ぬふふふふ。勢い余ってそのおぱ……お……おおおお!!!」


 指を意味深にモミモミさせながら飛び跳ねる姿が気持ち悪い。先輩じゃなかったら殴っていた。


「ひひひひ膝枕なんかも、できれば」


「頭なでなで! 頭! 男の体には二つの頭がある」


「唾を吐いてほしい! こんなキモいリクエストされたら唾を吐きたくなるでしょ」


 もはやポーズのリクエストではなく理想のシチュエーション発表大会になっている。絶妙に下ネタを織り交ぜるのがなんともキモオタらしい。会話のキャッチボールはできないけど一方的にボール球を投げるくらいならできる。


 田野たのさんはそのボール球に一切手を出さず華麗にスルーした。と、いうより内容が高度……いや、低度過ぎて反応に困っている。


「みなさんのリクエストに応えるのは難しいですけど……わたしが出す条件を飲んでくれたらお手伝いさせていただきます」


「「「まことでござるか!?」」」


 現代日本ではほぼ使われないようなリアクションが乱れることなく綺麗にシンクロした。個々のクセが強い上に同調までされると圧力がすごい。


「それで、条件っていうのは? 僕らだってなんでもできるわけじゃないよ」


「ふふ。裸を見せろなんて言わないよ。道玄坂どうげんざかくんじゃないんだから」


 怒って部室から出ていかなったので許してくれた上でパソコン部に協力してくれているのかと思ったら、実は結構根に持っていたらしい。


「わたしの条件はね、道玄坂どうげんざかくんを相手役にすること」


「はい?」


「だから、道玄坂どうげんざかくんの頭を撫でたり、膝枕をしたりするの。唾を吐くのは可哀想だからやめてあげる」


「まままままままマジですか!?」


「マジだよ。だって道玄坂どうげんざかくんもボランティア部じゃない。一緒にパソコン部のお手伝いだよ」


「あ、ああ。そういう意味ね。うん。たしかにそれは理にかなってる」


 田野たのさんは不思議そうに首を傾げた。危ない危ない。また勘違いをしてしまうところだった。僕のことが好きだからこのチャンスを活かすんじゃなくて、同じボランティア部だから道連れにするという話だ。


 パソコン部員の前で田野たのさんと触れ合うのはちょっと恥ずかしいけどマウントを取れるチャンスでもある。それにおっぱいが顔に当たったり足を舐めるのに比べれば良識の範囲内だ。

 

 校内に溢れるカップル共もこれくらいのことは平気でやってるし、もっと先のことを経験してるだろう。VRの素材提供くらいかわいいものだ。


「そんな都合よく女体にょたいと接触できるなんて……道玄坂どうげんざか氏はラブコメ主人公でござるか!?」


「んふふふふ。人生のピーク到来ですな。ま、わいらはこれから完成するVRで永遠のピークが訪れますがな」


道玄坂どうげんざかくんはやはり我々の一歩先を行くんだね。ふふ。我々はVRでその先を経験させてもらうよ」


 田野たのさんからのご指名を頂いて嫉妬の炎で焼かれるのを覚悟していたけど、パソコン部員はその怒りを二次元へ昇華させるようだ。三次元での触れ合いよりも理想の二次元美少女。

 

 パソコン部員にマウントを取ろうと思ったら二次元で経験を積むしかない。いよいよ陽キャとは生きる世界が違うことを実感した。


「それでは早速、頭をなでなでから」


「は、はい!」


 僕はただ真っ直ぐに気を付けをして田野たのさんに身を任せる。

 丸い顔がぐいっと近付くと風呂掃除の時に感じた匂いに包まれた。


 柔らかくて温かい手が頭に触れると、おっぱいに押し潰された時とは違うぬくもりが全身に広がっていく。


「どう……かな?」


「なんか、恥ずかしいかも」


 本当は気持ちよくて仕方ないのに照れ隠しで本音を言えない。いくら嫉妬されないとは言えパソコン部の前でデレデレするのは恥ずかしい。だって僕と田野たのさんは付き合ってないんだから。


 ボランティア部の部員同士が助っ人のためにやっているだけ。個人的な感情をここに持ち込んではいけないんだ。


「その手付きがリアルななでなで……おっふ!」


 田野たのさんの手元を見て何を想像したのか数人の部員が早くも果ててしまった。こうして見ると自分が案外まともな人間なんじゃないかと思えてくる。


「ふふふふふふ。遠目にイチャつくリア充カップルを見たことはあったが、こうして間近で見るとやはり違うね。質感や細かい仕草がとても参考になる」


「それはよかったです。じゃあ、もう助っ人は終わりでいいですかね?」


「まだだ! このチャンスを絶対に逃さない! そう教えてくれたのは道玄坂どうげんざかくんじゃないか!」


 上布津じょうふつ部長に熱血スイッチが入った。こうなってしまった部長はもう止まらない。目的を達成するためならどんな労力も惜しまない。


「さあさあもっと見せてくれ! リアルJKのイチャイチャ仕草を!」


 目にヤル気の炎をメラメラと燃やしながら上布津じょうふつ部長は泣いていた。

 二次元の男のおとこのこにしか興味がないと思っていたけど、やっぱりリアルJKと触れ合いたい願望はあるらしい。


 ちょっとだけ安心した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る