第21話 おうふ

 パソコン部は基本的にパソコン室で活動している。情報の授業でも使うので日陰者が集まる部活にしてはそれなりに人目のある場所が拠点となっている。

 だけどメンバーは二次元に恋するオタク男子ばかり、川瀬みたいに振り切っているやつはともかく、大体は僕みたいに抑圧されているやつが多いので部活中はそのゲスな欲求を爆発させていた。


「ああああああ!!! ぷにぷにロリをギュッと抱きしめたいでござる」


「犯罪者予備軍かよ。俺は断然お姉さんに搾り取られたい」


「男として情けないと思わぬのか。やはり無垢なロリにオトナの階段を登らせてこその人生」


「俺の人生は下り坂だからお姉さんに転がされたいんだよ……」


「ロリはいいぞ! 拙者みたいな矮小わいしょうな人間でも大きく見せることができるのでな!」


「へっ! 俺は自分の粗末なモノをお姉さんに弄ばれたいね」


「ふっ! 落ち着け二人とも。我々が開発中のVRが完成すればどちらのタイプにも対応できる。ロリを育ててお姉さんにするも良し。お姉さんを幼児化させてロリにするのも良し。みんな違って、みんな良い」


「「ぶ、部長!」」


 テンションが上がったオタクは声がデカいので廊下まで声が聞こえてくる。客観的にパソコン部を見るとこんな恥ずかしい会話をしていたのかと後悔の念に襲われた。


「ごめんね田野たのさん。やっぱりパソコン部に助っ人はいらないと思うんだ」


「そう? 何か揉めてたみたいだしわたしが力になれたら良いなって思うんだけど」


「むしろこのままお互いに潰し合って消滅した方がいい」


「もう! パソコン部がなくなったら道玄坂どうげんざかくんが寂しいでしょ?」


「うっ……それは、まあ」


「素直でよろしい」


 まるで全てを見透かすような余裕の表情でふふんと鼻を鳴らす田野たのさん。だけど一歩ずつパソコン室に近付いていくとその余裕は少しずつ薄らいでいった。


「パソコン部って男子しかいなんだよね?」


「うん。水泳部みたいに追い出したわけじゃなくて単純に男子しか入部しないんだ。まるで男子校だよ」


「そっかそっか。でも、道玄坂どうげんざかくんみたいなタイプの男子なら大丈夫かな」


「あー……どうだろう。どちらかと言えば川瀬タイプかな。変なやつらだけど悪いやつではない。良いやつでもないけど」


「ふふ。おもしろい表現だね」


 まだ表情は硬いけど笑ってくれた。僕はただ事実を述べただけ。それでも結果的に田野たのさんの緊張が和らいでくれたのなら嬉しい限りだ。

 

「でも本当に無理しなくていいよ。パソコン部はパソコン部で田野たのさんに緊張して何もできないだろうし。引き返すなら今だって」


「たしかに緊張はしてるよ? でもそれ以上にパソコン部での道玄坂どうげんざかくんを見られるのが楽しみなんだ」


「わかった。僕の負けだ。でも、危ないと思ったらすぐに逃げるんだよ」


道玄坂どうげんざかくんがわたしに危険なことだったことがあった? それが答えみたいなものだよね」


「たしかにパソコン部員はみんなヘタレだと思うけどさあ……」


 田野たのさんは優しく微笑んだ。僕をバカにしてるような、信じてくれているような笑顔が心に突き刺さる。

 パソコン室のドアの前に立つと下品な会話がより鮮明なものになった。さすがに田野たのさんもドン引きするかと思いきや、あまりにゲスすぎて彼女の理解の範疇を超えたらしくさほど不快な思いはしていない様子だ。


「それじゃあ開けるよ。僕のことは気にせず逃げて大丈夫だから」


「逃げないよお。それに何かあったら道玄坂どうげんざかくんが助けてくれるでしょ」


「え?」


「土下座して。ふふ。得意技だもんね」


田野たのさんの中で僕はどういうイメージなのさ」


「すぐに土下座する男子」


 一瞬でも田野たのさんに勇者と思われているかもと期待してしまった自分がバカだった。三次元の女子には過度な希望を持たない。田野たのさんは天然で男を勘違いさせるって何度も学んだはずなのに、それでもいざそういう場面になると心がざわついてしまう。


 そんな動揺を誤魔化すためにドアノブを勢いよくガチャリと回した。


「お疲れ様です」


「おう! どうちゃんお疲れ」


「久しぶりでござるな」


「んふふふ。道玄坂どうげんざか氏、待ってましたぞ」


 教室では味わえない独特の空気が一気に溢れ出す。川瀬の言葉遣いですら違和感を覚えなくなるほどの異質な雰囲気だ。ついこの間までは何も感じなかったのに、田野たのさんと話すようになった今ではおかしい場所に感じてしまう。


 これが女子と関わりを持つということなのか! 非モテオタクが彼女ができた途端に恋愛や女について語る気持ちが少しわかった気がした。みんなの知らないことを知るってすごい優越感だ。


「やあやあ久しぶり。川瀬くんから聞いてるよ。なんでもボランティア部と兼部してるんだって?」


「はい。すみません。相談もなく」


「はっはっは。うちの部員は良くも悪くも一直線だからね。道玄坂どうげんざかくんみたいに兼部している人がいると視野が広がるよ。両立は大変だろうけどこれからもよろしくね」


「はい!」


 パソコン部の部長である上布津じょうふつ先輩はクソゲスオタク集団の中ではかなりの人格者だ。一年生の時からアプリ開発でその才能を発揮して、満場一致で部長に選ばれたすごい人だけど性癖が歪みに歪んでいるので彼女はいない。


 絶対に将来有望なのに隠れファンとかもいないのはちょっと可哀想だ。でも、僕らですらちょっと引く性癖の持ち主だから仕方がない。


「それで今日はボランティア部から助っ人が来てくれるって聞いてるけど」


「ええ、まあ」


「はじめまして。ボランティア部の田野たの美咲みさきです」


 僕の後ろからひょっこりと田野たのさんが顔を出して挨拶をした。緊張で声が上ずっている。それでもちゃんと挨拶できるあたり僕らとは人間性が違う。


「あ……あ……」


「なん……だと」


 パソコン部は誰一人挨拶を返せない。言葉に詰まったり、放課後のパソコン室に女子が存在しているという状況に頭がパンクしていまっている。

 一見すると真人間まにんげんである上布津じょうふつ部長ですら固まってしまっている。ボランティア部の部長さんと同じタイプだ。共学なのにこんなのばっかりでよく成り立っているのか不思議で仕方がない。


「えっと……こんにちは」


 違うんだ田野たのさん。キミの声が聞こえてないんじゃない。女子に声を掛けられてどう反応していいかわからないだけなんだ。だからこれ以上追い打ちを掛けるのはやめてやってくれ!


「もしかしてパソコン部に嫌われてる?」


「安心して。それは絶対にない。ちょっと緊張してるだけだから。ですよね部長」


 部長はこくりと頷いた。完全に石になってしまうボランティア部の部長さんよりかはいくらかマシだけどかなりの重症だ。

 上布津じょうふつ部長は力を振り絞るようにパクパクと口を動かした。


道玄坂どうげんざかくん……実は彼女が男のおとこのこという可能性は? 生えてたりしないかな?」


「れっきとした女子です!」


 上布津じょうふつ部長は大の男のおとこのこ好きだ。男を恋愛対象として見てるのはなく、生えている女の子がいいらしい。つまり二次元の中にしか恋愛対象として見れる存在がない。


常日頃からしゃぶりたいとか言ってるので最初はちょっと恐かった。生粋の男のおとこのこ好きとわかってからは安心して接することができている。


「証拠……は?」


「だって僕は田野たのさんのみ……」


 水着姿を見たことがある言いかけたところで僕は口を押えた。水着姿を見たことがあるなんて言ったらパソコン部での居場所を失ってしまう。今は田野たのさんがいるから大人しいけど、オタク男子だけの空間になったらこいつらは急にイキりだすんだ。


 どんな陰湿で過激な攻撃をされるかわかったもんじゃない。頭の良さと技術力を無駄遣いして確実に僕を追い詰める。


田野たのさんの見た目で男だとおかしいでしょう。こんなに可愛らしいのに」


道玄坂どうげんざかくん急になに言ってるの!?」


「あ、えと、これは違くて。ううん。可愛らしいっていうのは本当なんだけどそういう意図ではなくて」


 この場を乗り切るため、咄嗟にいつも思っていることが口から飛び出してしまった。田野たのさんは今まで見たことのないくらいに動揺している。僕が水着姿を見ても、足を舐めてもここまでの反応はなかったのに。


 女子の恥ずかしいツボはよくわからない。


「ふっふっふ。なるほど。そういうことか。道玄坂どうげんざかくんは一足先にオトナの階段を登ってしまった。そういうことだね」


「違いますよ!」


 上布津じょうふつ部長は後ずさって僕らから距離を取るといつもの調子を取り戻した。


「パソコン部の中で道玄坂どうげんざかくんだけがリアルJKの質感を知っている。その経験で我々にマウントを取るつもりなんだろう! うわああああ!!!」


「落ち着いてください! 僕はまだ童貞です」


「でも女子と普通に話してるじゃないか! 道玄坂どうげんざかくんは三次元の世界に行ってしまったんだ」


「部長も三次元の住人です。目を覚ましてください!」


 子供のように泣きじゃくる上布津じょうふつ部長と田野たのさんの登場で固まってしまった部員達。もはやここはクソゲス男子の楽園ではなくなっていた。


「部長さんをあやしたらパソコン部の手伝いになるかな?」


「やめて! 泣きやむどころか息の根も止まっちゃいそうだから」


 田野たのさんという一人の女子の存在がこの状況を生み出していることに当の本人は一切気付いていないらしい。

 まさか田野たのさんにサークルクラッシャー(物理)の才能があったなんて。僕はとんでもない人をパソコン部に連れてきてしまった。

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