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第20話 灰テンション

道玄坂どうげんざかくん今日の部活なんだけどさ」


「昨日のごみ拾いお疲れ様。道玄坂どうげんざかくんが入部してくれたおかげでとってもやりやすくなったよ」


「部長は相変わらずだよね。女子だけの場所だとすごいカッコいいのに」


 僕が正式にボランティア部に入部してからというもの、教室でも田野たのさんと話す機会が増えた。僕から声を掛けることは皆無で休み時間になると気まぐれに彼女の方から話し掛けてくれる。


 その度に川瀬かわせは灰になり、貴重な休み時間を無駄にしているのでだんだん不憫に思えてきた。


「なあ川瀬かわせ。もう少し女子に免疫ができてもいいんじゃないか? 周りに女子がいない時は美咲みさきちゃんとか馴れ馴れしく呼んでるんだし」


「んふふふふ。道玄坂どうげんざか氏はおもしろいことをいいますな。遠くから性的な目で見ている女子おなごをちゃん付けで呼ぶのは当然のことですぞ。至近距離の女子おなごはわいを汚物扱いするのでお望み通り可燃されてやったまで」


「僕もお前も世間から見たら汚物かもしれないけど田野たのさんはそんなことしないよ。土下座してヤラせてくれって頼んだら勘違いでボランティア部に入部させるような聖女だぞ?」


美咲みさきちゃんがいれたのは果たしてボランティア部だけなんですかな?」


 脂ぎった顔で気持ち悪い笑い声を上げる川瀬かわせは僕から見てもちょっと引くレベルだ。でも、罰ゲームとは言えこいつに同調したのは事実だから強く批判もできなかった。


「性女!? やはり道玄坂どうげんざか氏は遠くに行ってしまわれた」


川瀬かわせならそう言うと思ってたよ……」


「ぬふふ。わいも少しオトナになったのでな。お主が童貞を捨てたとしてもわいは道玄坂どうげんざか氏を友人だと思っていますぞ」


「そもそも僕まだ童貞だから」


 なんで僕が女子と話すようになっただけで童貞を卒業したって思われるんだ。異性と会話しただけで性行為に結び付くならこの教室は乱交パーティーだ。


「ところで」


 クソゲス野郎の表情から一変、目つきだけはキリっとした丸顔が僕を見つめる。


道玄坂どうげんざか氏がパソコン部に顔を出さない間に着々と開発が進んでおりますぞ」


「マジで? プログラムはともかくリアルさが足りないって散々揉めてたのに」


「いや、その揉め事は全く解決していませんぞ」


「あー……基本的にはシステムやレスポンスは完成したけどってことか」


「うむ。さすがは話が早いでござる」


「二次元美少女のVRなんて実現したら僕らは本当にダメになると思うけど、やっぱりロマンがそこにあるよな」


「うむ。市販品と次元を超えたVR。リアルJKを観察し、その行動を反映できるわいらだから作れるVRですぞ」


 僕と川瀬かわせが所属するパソコン部は、類が友を呼んだ部活だ。三次元の恋愛を諦めた者が集まった結果、二次元美少女と触れ合えるVRの開発に着手しそれが現実になりつつある。

 

 技術力、開発力は高校生を超えていると思うし、みんなそこそこ成績が良いので将来は有望なのに二次元美少女に慣れ親しみ過ぎて性癖が歪んでしまった残念集団。


 残念だからリアルの女子に相手にされず、それがさらに二次元への愛を加速させる。僕らはこの負のループから逃れられない運命なんだ。


「リアルJKはわいらが求める理想の女子から程遠い。性格面にはついては二次元には絶対勝てぬ。しかし、しかしである。仕草や肉感を再現するための経験がわいらには足りない。あまりじっくり観察すると通報されてしまいますしな」


「ああ、うん。川瀬かわせが女子を舐めるように見てたら僕も通報すると思う」


「んほほほほほ。それが友人に対する仕打ちですかな?」


「重大犯罪を犯す前に止めてるのが僕の友情だよ」


「はっはっは。一本取られましたぞ」


 どこからか扇子を取り出し、パッと勢いよく広げると今期の川瀬かわせの推しであるはすみんのセクシーなイラストが眼前に広がった。

 そのセクシーなはすみんから送り出される風はさぞかし気持ち良いのだろうな。


「して、ボランティア部は他の部活の助っ人をしてるんでしたな?」


「うん。それはほとんど部長さんがやってるけど。この前のプール掃除なんかも他の部活の助っ人になるのかな」


「つまり、わいらパソコン部もボランティア部に助っ人を頼めるわけですな?」


「まあ、そうなるな」


 川瀬かわせの顔がにちゃにちゃと気持ち悪い笑顔に変わっていく。基本的にろくでもない思考がさらにろくでなしになる予兆だ。基本的にはパソコン部のメンバーで能力は足りているのでボランティア部で助けになることなんて思い浮かばない。僕にいたってもパソコン部の部員だし。


「わいらでもギリギリ話せそうな女子おなご美咲みさきちゃんにリアルJKの質感を学ばせてもらえないだろうか」


「リアルJKの質感っていうワードがキモ過ぎるから無理」


「そこを何とか! この一瞬を乗り切ればわいらの老後も安泰なんや」


「ダメだって。そもそも依頼なら川瀬かわせ田野たのさんに頼めばいいだろ。土下座したら可能性があるかもしれないぞ」


 半分で冗談のつもりで言ったけど田野たのさんなら土下座でお願いされたら引き受けかねない。なんなら親子丼でも……いかんいかん、川瀬かわせのキモさが僕の中に封印されかけていたゲスを呼び起こしてしまった。


「それができぬから道玄坂どうげんざか氏にお願いしているのではないか。わいが美咲みさきちゃんの前に立ったらどうなると思う?」


「お前が灰になって、その隙に僕は通報する」


「通報は余計ですぞ」


 川瀬かわせはパタパタと扇子で仰ぎながらなぜか偉そうに高笑いした。態度だけ見れば若くして一発当てたベンチャー社長のようである。


「だいたいリアルJKの質感ってどんな風に調べるつもりなんだよ。僕じゃなくても普通に通報されそうな案件に聞こえるんだけど」


「それはもういろいろなポーズで撮影させていただいて、あわよくば、本当にあわよくばボディタッチ、欲を言えば粘膜の接触なんかも……」


川瀬かわせ、正気か? そんな都合の良い展開は二次元の中だけだ」


「あわよくばと言っているではありませんか。わいもそこまでの期待はしていませんぞ。ほら、この綺麗な目を見ても信じられぬか?」


「欲望でギンギンに血走ってることは伝わったよ」


「んふふふふふ」


 全然誤魔化しきれない不気味な笑い声を上げながら川瀬かわせは扇子でパタパタと自分の顔を仰ぐ。二次元にしか興味がないと言いつつリアル女子にもしっかり欲情してるじゃないか。


「勘違いしないでほしいのは、わいはロリ専門であるということ。美咲みさきちゃんはわいらと同じ高校生だがギリギリロリでも通用しそうだから特別に体を許すわけですな」


「え? お前が選ぶ権利持ってたの? キモッ」


「辛辣なのは友情ゆえですかな」


「いや、単純にキモいなって」


 さすがにこんなやつがいるパソコン部に田野たのさんを近付けさせるわけにはいかない。部長さんが知ったら……男だらけのパソコン部に対抗できるだろうか。

 やっぱり僕が田野たのさんを守るしかない。


「質感はまた改めて追い求めればいいだろ? 僕らキモオタの夢が具現化しただけでも評価されるって」


「むむむ……リアル女子との交流がある男はよゆ……うっ!」


 饒舌だった川瀬かわせが突如として灰になってしまった。その視線の先にいたのはくだん田野たのさん。今の会話を聞かれていないか不安になり額にじんわりと嫌な汗をかいた。


川瀬かわせくんまた灰になっちゃったんだ。部長と同じで全然慣れてくれないね」


「こいつは筋金入りだから。僕だって田野たのさん以外の女子とはうまく話せる気がしないし」


「そ、そうなんだ」


 しまった。田野たのさんが視線を逸らして反応に困ってる。ついうっかり童貞臭いところを出してしまった。


「ところでどうしたのかな。今日もどこかでごみ拾い?」


「最近は道玄坂どうげんざかくんと頑張ってるおかげか学校の中が綺麗なんだ。だからこの前のプール掃除みたいに他の部活のお手伝い、部長みたいな助っ人は無理でも何か手伝えないかなって思ったんだけど」


田野たのさんが来てくれたらそれだけでみんな喜ぶと思うよ。応援してもらえるだけでも嬉しいんじゃないかな」


「えへへ。そうかな。最近はクラスのいろんな女の子とお話するようになって、部活でも交流の輪を広げてみようかなって思ったんだ」


「さすが田野たのさん。考えが立派だね」


 クラスの中心人物に近付くと思考も少しずつ陽に変わるらしい。数週間前の田野たのさんはこんなに積極的に人に関わるタイプではなかった。性交経験率で男女差が生まれるのはこういうことか。ちくしょう!


「それでね。道玄坂どうげんざかくんってパソコン部にも入ってるんだよね?」


「うん。そうだけど」


 なんとなく視線を灰になった川瀬かわせに移すと、少しだけ生気せいきを取り戻しつつあった。こいつはこいつで少しずつ田野たのさんには耐性が付いてマシな状態になっているらしい。


「まずは道玄坂どうげんざかくんがいるパソコン部で何かお手伝いできればいいなって考えたんだけど、どうかな?」


「ふ……ふふふ。天はわいに味方した。ぜひ……お願い申す」


 そう言い残して川瀬かわせは灰へと戻っていった。本当に天が味方しているのならこいつをこんな風にしなかったと思う。


川瀬かわせくんの依頼があったからいいよね? パソコン部ってどんなことしてるの?」


「えーっと、最近はVRの開発をしてるかな」


「すごい! わたしなんかが手伝えることがあるかわからないけど頑張るね」


「いやあ……やっぱり部活の助っ人は部長さんに任せて僕らは校内美化に努めるのがいいんじゃないかな」


道玄坂どうげんざかくんってパソコン部だとキャラが違うとか? そういうのちょっとわかるな。わたしも部活の方が気楽だし。道玄坂どうげんざかくんのキャラが違っても笑わないから安心して」


「ドン引きしたらすぐ帰っていいからね。田野たのさんは何も悪くない。悪いのは欲望にまみれたキモオタだから」


川瀬かわせくんで慣れてるから大丈夫。ふふ。パソコン部の道玄坂どうげんざかくん楽しみだなあ」


 部活の助っ人でテンションが上がる田野たのさんと、灰になりつつも内心では浮かれていそうな川瀬かわせ。その板挟みになった僕は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 佐渡先輩や田野たのさんの足を舌で堪能できた豪運のツケがここで回ってきてしまったらしい。

 

 やっぱり僕みたいなクズ野郎には贅沢すぎる時間だったんだ。

 本来ならオタクのホームであるパソコン部に行くのがこんなにも辛く感じる日が来るなんて全く予想していなかった。

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