第19話 にゅう部

 プール掃除以来、田野たのさんは連絡を取っていない。土日なのもあって学校では会わないし、メッセージを送る勇気も出なかった。

 

 その代わりなのか、川瀬からしつこくメッセージが届く。


 -三次元の女はどうででござった?

 -逆レイプされた感想は?

 -返事がない……もしやまだプレイ中!?


 などなど勝手に妄想を膨らませて興奮している様子が文字から伝わってきた。

 僕が主役のエロ妄想を休日の間ずっとされても困るのでとりあえず一言、掃除だけしたと送っておいた。


 実際には佐渡さど先輩の足を舐めてるしおっぱいをずっと押し当てられてろくに掃除はできなかったし、田野たのさんも怒らせちゃって散々な目に遭ったのは伏せておく。

 川瀬は女子の前だと灰になるから田野たのさん経由で真実を知ることもないろう。こいつについてはわりとあっさり解決しそうで安心した。


 そして週明け月曜日。僕の入部についてもあっさり解決してしまった。


佐渡さどから聞いたぞ。水着の女子に囲まれても平然とプール掃除を続けたそうじゃないか」


「ま、まあ。そうなりますかね」


 ボランティア部の部室に入ると田野たのさんの後ろに隠れた部長さんが挨拶もなしに仕掛けてきた。後輩を盾にするなんて酷い先輩である。

 だけど今の僕にとって静かなる怒りを燃やす田野たのさんは最強の盾であり矛だ。


「念のため確認だけど、この男はちゃんと掃除してたのかい?」


「はい。それはもう佐渡さど先輩と密着しながら二人三脚という感じでした」


「ん? 密着?」


 背の低い田野たのさんで姿を隠すために縮こまっていた部長さんが背筋を伸ばす。肩に手を置く様子はまるでカップルみたいだ。


「はい。ちょうど今のわたし達みたいに道玄坂どうげんざかくんの背中にぴとっと佐渡さど先輩がくっ付いていました」


「そ、それってつまりた……た」


「ふふ。それはどうなんでしょう。本人に聞いてみてください」


 意外にも簡単にボランティア部への入部を認められるかと思いきや、まさか田野たのさんに妨害されるとは予想していなかった。

 気が変わって一緒に部活をするのが嫌になってしまったのだろうか。僕はそれだけの事をしでかしてしまったんだ。

 

 一時の快楽に身を任せて大事なものを見失った過去の自分を殴ってやりたい。


「ボクは田野たのちゃんの言葉を信じる。が、佐渡さどが嘘を吐くとも思えない。アイツはアイツで男子を毛嫌いしているし……むむむ」


 佐渡さど先輩ってやっぱり男子が嫌いなんだ。それなら大人しく女子高に行ってくれればこんなことにならなかったのに。まあ女子高って雰囲気が独特そうだから男子が居ることを差し引いても共学を選んだのかもしれないけど。


「部長さんと佐渡さど先輩って趣味が合いそうなのに仲悪いんですか?」


「当たり前だ! 同性で子孫を残そうとする変態と仲良くしたらナニをされるかわかったもんじゃない」


「同性と子孫」


 水泳部の立ち位置を見るに部長以上の存在であることを感じてはいた。まさかそこまでディープに女子だけの空間を求めていたなんて。足を舐めていなければ絶対に追い返されていただろうな。


「あの変態はボクを脅迫してきたんだ。キミを入部させて定期的に水泳部の手伝いに来させるか、ボクの体を差し出せと。なんで手伝いを依頼してきた方がボクをゆするんだよ。本当にイヤなやつだ」


「部長さんからしたら何のメリットもないですね……」


 思わず同情の言葉が漏れた。陽キャの押しの強さは異常だ。一方的に条件を押し付けて去っていく。部長さんは男子の前で石化するくらい耐性がない反面、女子に対しては佐渡さど先輩と同じく王子様になる。

 そんな部長さんが不利な交渉を持ち掛けられるなんて佐渡さど先輩の圧力の強さが伺い知れた。


「アイツにボクの体を差し出せば今まで守ってきたものを全て失ってしまう。それならば不本意ながらキミの入部を認めるしかない」


 再び田野たのさんの後ろに隠れて不満気な表情を浮かべる部長さん。僕はこの人とうまくやっていけるのか不安で胃袋がキュッと締め付けられた。


「今やキミは男子禁制となった水泳部に出入りできる唯一の男子だ。おっぱいがいっぱいのにゅうとか考えてるんだろ!」


「部長さんに言われてそういう想像しちゃいましたよ」


「ふっ……所詮、男子はみんなケダモノなんだ。田野たのちゃんも気を付けるんだよ?」


「大丈夫です。道玄坂どうげんざかくんには改めて誠意を見せてもらいますから。道玄坂どうげんざかくん、誠意の見せ方は佐渡さど先輩に教わったよね?」


 もはやどちらが部長なのかわからないくらい田野たのさんが威厳たっぷりに僕に語り掛ける。


「誠意って……まさか」


「わたしの口からは恥ずかして言えないよ。でも、土下座でお願いされたら……」


 部長さんは僕と田野たのさんの顔を交互に見ている。何のことだかさっぱりという様子だ。

田野たのさんは僕がちゃんとプール掃除をしなかったことに対してよほど怒りを覚えたらしい。拳で語る陽キャよりも田野たのさんの方が恐いと感じるくらいに僕のアソコは縮こまっていた。


「そ、そうだそうだ。せいいをみせろー」


 事情を把握しきれていない部長さんが田野たのさんの怒りに便乗しだした。感情が入っていない棒読みなのぜ全然恐くない。男子嫌いなせいで目の敵にされがちだけど、こういうところはちょっと可愛いかもと思ってしまった。


 そんな部長さんの可愛らしい一面も田野たのさんの心には一切響いていないようで、腕を組んでほっぺを膨らませた聖女は威圧感を放っている。


「わかった。誠意を見せるよ」


 ここ数週間で何度目かになる感触。ひんやりとした床が心地良い。田野たのさんは冗談ぽく特技と佐渡さど先輩に言っていたけど、もうそれは事実と化している。

 両手をしっかりと床に着き、田野たのさんを目を見る。


「足を舐めさせてください!」


 勢いよくこうべを垂れた。我ながら芸術的なスピードと角度だと思う。何度も本番の土下座を繰り返したかいがあったというものだ。これならきっと田野たのさんも認めてくれる。


「足……今、足を舐めるって」


 部長さんのあわてふためく声が耳に入る。本来なら忠誠を誓う行為でも、男嫌いの部長さんからすれば拷問みたいなものだ。そんな反応になるのも無理はない。

 一旦部長さんのことは置いておいて、とにかく今は田野たのさんがどう応えてくれるかが気になった。だけどすぐに頭は上げない。彼女の一言目が発せられるまで我慢の時だ。


 ギュッと目をつむり、祈るように頭を下げ続ける。田野たのさんは何も言わない。下手に言葉で訴えるより、こうして態度で示した方がいいと判断して無言で土下座を続けた。


 聴覚が研ぎ澄まされたのか小さい音もよく感じ取れるようになった。カタッと、まるで靴が床に落ちたような音と、制服がこすれるような音が聞こえる。

その音に合わせるように部長さんが慌てていた。


「ちゃんと……舐めてね」


 その声に合わせて目を開けると、そこにはふかふかの生足があった。頬ずりしたら絶対に気持ち良さそうな柔らかさが見るだけで伝わってくる。可愛らしい足の指は小柄な田野たのさんらしい幼さを醸し出していた。


「まままままっ!」


 部長さんはもはや言葉にできないほど混乱していて目に涙を浮かべていた。

 田野たのさんが僕に歩み寄ったことで背中にぴったりとくっ付いて離れない部長さんも必然的に僕と距離が近くなって石になりかけている。


「部長のことは気にしなくて平気だから。誠意を見せて」


「では……」


 校則を守ったスカート丈とソックスによってあまり露わになることのない田野たのさんの脚はまるで大切に保管されている国宝だ。お風呂掃除やプール掃除で見たことはあっても、こんなに間近でとなると肉感的でとても興奮する。


「んっ……!」


 傷付けないように優しくふくらはぎに触れ、すねを下から上に舐め上げる。すべすべの肌はとても舌触りが良く、いつまででも行為を続けられそうだ。


 部長さんは目を見開いたまま石になっていた。もう誰も僕と田野たのさんを止める人はいないし、プール掃除の時みたいな軽蔑の視線に晒されることもない。安心して誠意を見せられることに心が踊った。


「もうわかったよ道玄坂どうげんざかくん。誠意はちゃんと伝わった」


「まだだ。僕は田野たのさんの信頼を裏切った。これくらいじゃ気が済まない!」


 僕は足の甲にキスをした。本当は佐渡さど先輩の時みたいに足の指を丁寧に舐めたかったけど、床に足が着いているのでそれは断念した。


「ど、道玄坂どうげんざかくん!?」


「これが僕の誠意。ボランティア部の新入部員として田野たのさんに付き従う」


「うぅ……ヘタレのくせに」


「ここまでしも僕はヘタレなの!?」


「あんまり他の部でこういう誠意の見せ方したらダメだよ? 女の子はギャップに弱いんだから」


 僕の質問には答えてもらえなかった。だけど、ギャップに弱い発言でなんとなく察した。僕みたいなヘタレ陰キャが土下座して足を舐めたら行動力にギャップを感じるらしい。

言動は完全に女の子の尻に敷かれるキモ陰キャなんだけどなあ。女心はやっぱり難しい。


田野たのちゃんがケダモノに毒牙に……ああ……」


「何を言ってるんですか。せっかくだから部長も道玄坂どうげんざかくんに誠意を見せてもらいます?」


「いい! 見せなくていい! 誠意とか言ってギンギンに大きくなったアレを出さなくていい!」


「しませんよそんな事!」


 部長さんは理論の飛躍がすごい。土下座した足を舐めさせてもらうような男がいきなりアレを出すわけないじゃないですか。


「とにかく道玄坂どうげんざかくんは入部決定でいいですよね?」


「ボクは絶対にキミに屈しないからな! 田野たのちゃんも困ったことがあればすぐに言うんだよ? 誰かに助けを求めるから」


「部長が解決してくれるんじゃないですね」


 田野たのさんは呆れたように苦笑した。そもそも僕は田野たのさんを困らせるようなことはもうしない。佐渡さど先輩はたまたまおかしかっただけで、僕なんかにおっぱいを当てたり足を舐めさせる女子はそう居ないはずだ。


道玄坂どうげんざかくん、これからよろしくね」


「うん。頑張るよ」


 こうして僕は無事(?)ボランティア部の部員となった。パソコン部の傍ら、たまに田野たのさんのごみ拾いを手伝って、時々来る他の部からの助っ人要請に応える。

 この時の僕はそんな風に考えてた。だけど、すぐにその考えはくつがえされる。よりにもよって僕のホームであるパソコン部によって……。

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