第17話 ご褒美です

 女の子の足を舐める。一般的には屈辱的な行為だと思われている。

 この場に川瀬がいたら間違いなく同意してくれるはずだ。ご褒美であると!


 僕はゆっくりと佐渡さど先輩の元に歩み寄る。水泳部の女子達はざわつき、田野たのさんは固唾を飲んで見守ってくれている。

 彼女の顔は不安でいっぱいだった。頼りない僕だけど、この時ばかりは安心してほしい。


 一歩近づく度、佐渡さど先輩の強気な表情が少しずつほころんでいく。眉がひくひくと動きかなり無理をして強がっているように見える。おいおい、舐めろって言ったのは佐渡さど先輩じゃないですか。


 椅子に座っている佐渡さど先輩を僕が見下ろしている形なのになぜか雰囲気に圧倒される。陽キャを束ねる陽キャが放つオーラは半端ない。


「すぐに逃げ出さなかったのは褒めてあげる。だけど足を舐めるなんてできないんだろ? 他の男子部員と同じでさ」


佐渡さど先輩は勘違いしています。水泳部の男子は自分達の方が上だという意識があったんでしょう。でも僕は違います。カーストは確実にみなさんの方が上、僕は最底辺のゴミクズ野郎です」


「はは。わかってるじゃないか。ならさっさと……」


「だから失うモノが何もないんです! 水泳部の女王の足を舐められる。こんなのご褒美でしかありません!」


「ちょっ! 何言って」


 僕は膝を着いて佐渡さど先輩の顔を見上げた。理解しがたい汚物を見るような冷たい視線だ。陽キャと対等になれないのなら、徹底気に底辺としてその関係を楽しむ。

 決して負け惜しみなんかじゃない。これは神様が与えてくれたまたとないチャンスだ。


 両手を着くとざらざらとした床が手のひらに食い込む。この痛みすらある種のプレイのように感じる。女子が近くにいると灰になってしまう川瀬は本当に残念だ。もし灰にならなければ田野たのさんに誘われてこの場にも居られたかもしれないのに。


「ねえねえ美咲みさきちゃん。こいつ本気なの?」


 佐渡さど先輩はうろたえながら田野たのさんに声を掛ける。


「土下座は……得意みたいです」


 若干的外れな回答に佐渡さど先輩は涙目になりながら眉をひそめた。立場としては圧倒的にこちらが弱いのになぜ泣いているのか理解に苦しむ。さっきまでの強気な態度はどうした? 僕はこれから誠意を見せるんだぞ。


永未えいみさま、もう十分誠意は伝わりました」


「そうです! ここまでされたら舐められたも同然。この男は何のプライドもないクズです。プール掃除でこき使ってやりましょう」


「代わりに私が舐めます!」


 水泳部の中で僕の評価が乱高下する。あと、やっぱり一人おかしいのが混じっている。陽キャの見せかけて実はこちら側の人間なのかな?

 だけど残念。僕は佐渡さど先輩が拒否しない限りは絶対にこの蒸れた足を舐める。


「ふ、ふんっ! どうせ直前になったら逃げるんだ。土下座すれば誠意を見せたことになると思ってやがる。絶対ダメだね。うちの足を舐めるまで認めない」


道玄坂どうげんざかくん……」


 祈るように田野たのさんが僕の名を呼んだ。僕は別に土下座が得意なわけじゃない。ただ、一度経験してハードルが少し下がっただけだ。そのきっかけは間違いなく田野たのさん、きみのお陰だ。


 下手すれば退学になってもおかしくないくらいのとんでもないお願いをしたにも関わらず、田野たのさんの勘違いと天然のお陰で僕はこうして高校生を続けられている。

 そんな彼女に恩返しするにはちゃんとプール掃除をして、部長さんにボランティア部への入部を認めてもらうしかない。


 だから僕は逃げないし、ご褒美のチャンスを逃すつもりはない!


「ほら、さっさと頭を下げろよ。これで勘弁してくださいってな」


 足を舐めるのではなく土下座だと思っている佐渡さど先輩は強気な姿勢を取り戻す。

 いいぞいいぞ。僕はそういう人の足を舐めたいんだ。


佐渡さど先輩!」


「どんなに頼まれてもうちは認めないからな」


 スーッと息を大きく吸うと蒸れた足の臭いが鼻を付いた。いつも良い匂いを振りまいている女子も足は臭くなる。これは大発見だし、ギャップがより僕の心を躍らせた。


「ぜひ足を舐めさせてください!」


「ふぇ……え? え?」


 僕はじっと床を見つめる。佐渡さど先輩の表情は見えないけど、声が明らかに戸惑っている。舐めろと命じたのは佐渡さど先輩だから勝手に舐めても構わなかった。

 

だけど、きちんと相手の同意を得てからじゃないと後で訴えられた時に負けるのは僕だ。田野たのさんが証人になってくれたとしても、水泳部の部長とパソコン部の底辺オタク、どちらの言い分が聞き入れてもらえるかは目に見えている。


 だから僕は佐渡さど先輩に土下座でお願いして、相手の了承を得てから思う存分舐め回す。緊張で口の中はカラカラになっているけど舐めているうちに唾液も出るだろう。おいしい食べ物を目の前にすると唾が出るのと同じ現象だ。


「舐めていいんですよね? 足!!」


「あ……え、えと……うちらに誠意を見せるって言うなら」


「じゃあ誠意を見せるために足を舐めさせていただきます! いいですね!?」


「で、できるもんならな!」


 内心ではドキドキしながら佐渡さど先輩の目を見て訴えると、先輩は精一杯の強がりで承諾してくれた。


「どうせできないわよ」


「さすが永未えいみさま、土下座にも屈しない」


「私が舐めたい!!」


 ふふふ。羨ましいだろう。キミも土下座でお願いすれば足を舐めさせてもらえるかもしれないぞ。足の処女は僕が奪うけどな!


 目の前には綺麗な足がある。あと数センチ顔を近付けて舌を伸ばせば一生縁がないと思っていた体験ができる。

 横目で田野たのさんの方を見ると今にも泣きそうな顔をしていた。聖女である田野たのさんを泣かせるなんて水泳部は酷いやつらだ。だけど、僕は屈しない。ちゃんとプール掃除に参加できるように頑張るから。


「では」


 いただきます。と言いたい気持ちをグッと堪えて黙って舌を出した。

 顔はすっかりオトナの女みたいなオーラを出しているのに足の指は子供みたいな丸みを帯びていて可愛らしい。そこから放たれる酸味のある臭いがギャップとなり良いアクセントになっていた。


「まさか本当に……」


「でもでも、それは永未えいみさまの下僕げぼくになるってことだし」


「うぅ……羨ましい」


 思わぬ展開に女子達は戸惑いと欲望を隠しきれていない。最初から底辺だからこそできることがある。たまに陽キャを羨ましく思うことがあったけど、今この瞬間だけは底辺クズ陰キャで良かったと心の底から感じていた。


「んん……」


 足の甲に優しく舌を這わせると佐渡さど先輩が可愛い吐息を漏らした。男に対して上から目線の先輩が反射的に色っぽい声を出すくらい弱くて敏感な部分らしい。

 日頃、陽キャへの鬱憤がたまっているせいか初対面にも関わらず佐渡さど先輩が怯む様子が可愛くてついイタズラしたくなった。


「ひゃっ! ……も、もうわか……んっ!」


 ふくらはぎを両手でしっかりと掴んで指と指の間に舌を這わせると喘ぐように悶絶した。部員の前ではしたない姿を晒すわけにはいかないと必死に耐える姿がより一層僕を興奮させる。


「そ、そんな……永未えいみさまが」


「足を舐める下僕のくせに、なんで嬉しそうなのよ」


「代わってほしい」


 言われた通り一生懸命ペロペロしているだけなのに部員のみなさんからは不評のようだ。この様子だと足を舐められるのは佐渡さど先輩だけになりそうだ。

 まだプール掃除の許可を得ていないので足の指をくわえて口の中で優しく転がす。

 

「認める! プール掃除お願いします! だからもう……」


「ぷはぁっ! ありがとうございます。一生懸命頑張ります」


「うぅ……男子のくせに。なんなのよもう」


「世の中にはこういう男もいるってことです。更衣室お借りしますね」


 佐渡さど先輩は真っ赤になった顔を縦に振った。涙目になって肩で呼吸をする姿はまるで初体験を済ませた直後みたいでとても色っぽい。初体験後の女の子なんて見たことはないけど少なくとも二次元にはこういう反応をする子が存在する。


田野たのさんお待たせ。ようやくプール掃除を始められるよ」


「まさか道玄坂どうげんざかくんがあんな大胆なことをするなんて……やっぱりお母さんにはこれ以上会わせられない」


「僕の頑張りを見た感想がそれ!?」


「お母さんの足だって喜んで舐めるでしょ?」


「それは、まあ……」


「もう! 部長になんて報告すればいいの」


「うまいことお願いします」


 土下座して女子の足を舐めるという醜態を晒したにも関わらず田野たのさんはお母さんと僕との関係を心配していた。その様子を水泳部のみなさんは若干引き気味に遠巻きから観察していた。

 

 居心地は悪いけど佐渡さど先輩の許可はもらったわけだし、しっかりとプール掃除をしてボランティア部への入部を認めてもらおう。僕の戦いはこれからだ。

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