お母さんヤラせてください!

第10話 デート?

 まだ五月だというのに日差しは早くも夏のような強さになっていた。

 インドア派でパソコン部の体にこの日光は堪える。

 

 こんなに暑いのに目の前を通り過ぎるカップルは誰もかれもが身を寄せ合い、腕を組んだり手を繋いだりしている。二次元の女の子は直接触れ合うことはできないけど暑苦しくない。やっぱり恋愛対象にするなら二次元に限るな。ははは。


「ごめん。待った」


 声の主は学校で会う時とは印象の違う田野たのさんだ。

 半袖の黒いワンピースは袖の部分にフリルが付いてる。そこから伸びる腕はとても柔らかそうで頭を預けたくなった。

 髪はいつとも同じ子供っぽいおさげだけど、全体的にシックで色っぽい雰囲気をまとっている。


「ううん。今来たとこ」


 テンプレートのような言葉のキャッチボールをうまくこなせたことにホッと胸を撫で下ろした。


 本当は緊張のせいで時間を間違えに間違えて一時間早く到着していた。こういう時にどうやって時間を潰せばいいかわからず、ただただ待ち合わせ場所である銅像の前でカップルを観察していたというわけだ。


 二次元の女の子はこちらの都合でいつでも会える。待ち合わせをすることもなく、ワンクリックで遊びにも行ける。やっぱり三次元は面倒臭い……とは、ならなかった。

休日に生身の女の子と二人きりで買い物。これだけで僕のこか……心は元気になっていた。


「意外と暑いね。ははは」


「うん。だけど水着を選ぶのはちょうどいいかも」


 緊張を隠すために当たり障りのない発言でこの場を繋ぐ。男子と話すのに慣れていないと言っていた田野たのさんはいつもと変わらず接してくれるように感じる。やっぱりあれはクソ童貞を落とすための嘘だったのか?

 

 でも、もし男慣れしているビッチなら僕みたいな陰キャより陽キャを誘った方がたぶんその後の展開も盛り上がる。ゴムの付け方も穴の位置も腰の動かし方も全てがファンタジーだ。うまく田野たのさんをリードできる自信はこれっぽっちもない。


「授業ならいいけど、さすがに水泳部の前でスク水はキツいよね」


「そ、そうだね。あはは」


 僕は改めて田野たのさんの全身をちらりと見渡す。全体的にむっちりとした体型は好みの問題はあるかもしれないけど男子高校生からすればとても魅力的だ。

 そのむちむちボディとぴっちりとしたスクール水着の組み合わせはもはや兵器。

 水泳の授業は男女別だからいいものの、高校二年生が学校生活で着ていい代物ではない。もはやイメージビデオとかの世界である。


 内心では田野たのさんのスク水姿を拝みたいと思ったけど、それが原因でプール掃除に支障をきたしたら部長さんにどんな仕打ちを受けるかわからない。それに水泳部の部長も一癖ありそうな人なので不安材料は少しでも減らしておきたかった。


「水着を買うのに付き合うのが僕でよかったの? 最近仲良くなった女子とかじゃなくて」


「水泳の授業はこれからもスク水を着るつもりなんだ。だから他の子に見られるのは恥ずかしくて……。それに道玄坂どうげんざかくんの意見を聞きたかったし」


「僕の意見?」


 もしかして僕を特別な存在だと遠回しに言っている? 

 さすがに一緒に水着を買いに行くのは本当に特別だと考えて大丈夫だよね?

 これ改めて土下座したらヤれるんじゃないか。


「うん。だって一緒にプール掃除をする仲だしさ」


「……そうだね。掃除しやすい水着を選ぼうか」


「ふふ。そんな水着あるのかな~」


 太陽のように眩しい笑顔で田野たのさんは言った。僕の期待は完全に崩れ去り、このまま一生童貞を貫く覚悟を決めた。

 田野たのさんは僕を一緒にボランティア活動をする仲間として見ているのであって恋愛対象じゃない。よし! これで勘違い修正だ。


「囚人服みたいのなら掃除にいいんじゃないかな。体も冷えなさそうだ」


「むぅ……道玄坂どうげんざかくんのイジワル。ああいうのはスリムな人じゃないと着れないんだよ?」


「ご、ごめん!」


 田野たのさんが不満気な表情を浮かべるので反射的に謝ってしまった。


「謝ったってことは、わたしのことを太いって思ってるでしょ」


「違うよ! とても柔らかそうで魅力的だと思う」


「ふ、ふ~ん。わたしのこと、そんな風に思ってるんだ」


 女心がわからないクソ童貞なので素直に感想を述べてしまった。僕が言ったことを要約すれば『エロい目で見ています』だ。さすがの田野たのさんもこれはストレートに性的な発言だと受け取ったらしい。


「ごごごごごめん! 変な意味じゃなくて……いや、どう考えても変な意味なんだけどセクハラとかじゃなくて」


「ふふ。わかってるよ。部長じゃないんだし」


 さすがは聖女様。その深い心で僕の醜い発言を許してくださった。


「それに道玄坂どうげんざかくんに女の子を襲う度胸はないでしょ? なんでお話する時に緊張しないか考えてたら、あんまり男子っぽくないなって気付いたの」


「あ……う、うん」


「男子っぽくないっていうのは弱そうとかじゃなくて、他の男子と一味違うみたいな。そんな感じの意味でね」


「大丈夫。全然傷付いてないから。……はは」


 目頭めがしらが熱くなるのをグッと堪えて乾いた笑いで誤魔化した。

 田野たのさんが時折見せる大胆な言動は僕を男として認識していなかったから。

 実はビッチで男慣れしてるとか、遊ばれてるとかよりも結構キツい現実を突き付けられてしまった。


 二次元の女の子達は僕らがどんなにクソでゲスな童貞であっても受け入れてくれる。だけど田野たのさんはリアルな女の子だ。選ぶ権利というものを有している。

 でもある意味で良かったのかもしれない。田野たのさんが僕に対して抱いている印象を知ることができれば勘違いをしないで済む。


 今までだって何度も勘違いするなと言い聞かせてきたじゃないか。その成果を活かせ! 泣くな!


「プール掃除をちゃんとやればきっと部長も男らしいって認めてくれるよ!」


「アリガトウ。ガンバルヨ」


 田野たのさんの目の前で泣くまいと必死に感情を抑えた結果ロボのような話し方になってしまった。二次元の女の子も突き詰めていけばプログラムだ。つまりロボになればプログラム同士、仲を深められる。

 ありがとう田野たのさん。僕は心理に辿り着いたよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る