第9話 山あり山あり

 立派なおっぱいを露わにした部長さんは勝手に石化してしまい、それが解けるまでの間は田野たのさんが必死に声を掛け続けた。


「部長さん、教室ではどんな様子なんだろ」


「同じ学年の人はもうみんな慣れたみたいで部長に近付かないようにしてるんだって。それでも部活の助っ人をしてる姿がカッコいいから人気はあるみたい」


「学校もよくここまでの男嫌いを許してくれてるな……」


「成績は学年一位だしボランティア部として活躍もしてるからね。もしこれで苦手な男子を克服したら部長は完璧超人だよ」


「克服……できるのかな」


「わたしが道玄坂どうげんざかくんを平気みたいに、道玄坂どうげんざかくんなら部長と関われるって信じてるから」


「まさかボランティア部に入ることがこんなに大変だなんて思ってもみなかったよ」


 僕も鈍臭い部類の人間で運動はからっきし、パソコン部でも僕以上にすごいやつやオタクとして極めている友達ばかりで、自分の良いところなんて思い浮かばない。

 だから田野たのさんみたいにボランティア活動をすれば少しだけ役に立っているような感覚になれると思って門を叩いたら、部長に完全拒否だもんなあ。世の中はそう甘くないことを実感している。


「そうそう道玄坂どうげんざかくん」


「なに?」


「あんまり部長のを見ちゃダメだよ? あと、わたしと比べるのも禁止」


「み、見てないし!」


「…………」


 じっとりとした目で見つめられて、嫌な汗がじんわりと額を濡らす。性的な話題には持ち前の天然でスルーされると思っていたのに変なところに地雷があるらしい。

 ただでさえ女心に触れることなく生きてきたのにこれは難問すぎるって!


「あ、部長」


 これ以上おっぱい論争が過熱する前に部長さんの石化が解けた。ふと思ったんだけど、石化中だったらあんな事やこんな事をしてもバレないんじゃ……。

 ダメだ。こんな妄想をしていたら部長さんに拒絶されてしまう。


「うぅ……これだから男子はイヤなんだ」


 一瞬、僕のゲスい思考を読まれたのかと思ってドキッとする。


「部長、道玄坂どうげんざかくんは土下座しただけですよ」


「下から舐めるようにボクの胸を見ていたんだろう。わかってるんだ」


「そそそそそそんなことは……」


 ないですとは口が裂けても言えなかった。女子は胸への視線に敏感と聞いたことがあるから嘘を吐いてもすぐにバレる。だから否定も肯定もしないで言葉を濁しておいた。


道玄坂どうげんざかくん」


「はい!」


「あんなすごいものは女子でもつい見ちゃうから、あんまり気にしなくていいと思うよ」


田野たのさん!」


 女子も見ちゃうなら仕方ないかって、そうはならないよ……。でもちょっと安心した。田野たのさんもちゃんとおっぱいを性的な目で見るという感覚を持ち合わせていたんだ。

 ひょっとしたら田野たのさんはまだ、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるとかキャベツ畑で生まれるとかそういう逸話を信じてる可能性すら考えていた。


田野たのちゃんにそういう目で見られるのはまだいい。だって挟むものとか付いてないし、突かれる心配もないから」


 部長さんは涙目になりながらおかしなことを言い出した。挟むとか突かれるとか、絶対男子の股間にぶら下がってるアレの話だよな。部長さんの頭の中がピンクすぎてむしろ心配になってくる。


「じゃあ、プール掃除を道玄坂どうげんざかくんがちゃんとやれたら部員として認めるのはどうですか? 少なくとも部長の水着は免れますよ」


「なるほど。このケダモノをボロ雑巾のように使い倒して捨てるわけだな!」


「捨てませんよ。これから一緒に学校のために頑張るんです」


 部長さんの顔が梅干しのようにしわくちゃになる。よほど僕の入部が嫌らしい。

 もう僕が入部を諦めればそれで済みそうなものなのに田野たのさんは譲らない。やっぱり田野たのさんは僕を好きなんじゃ……そんな勘違いをしてしまいそうだ。


田野たのちゃんはどうしてこの男を入部させたいんだい? ま、まさか! ボクの男装では不満なのか!? やっぱり付いてるモノので突いてくれないと不満なのか!?」


「部長が何を言っているかわからないですけど、このまま部員がいなければボランティア部は廃部です。それは悲しすぎます。わたし、今さら他の部には入れませんよ。運動部は無理だし、文化部は男女合同のところが多いし」


「で、でも田野たのちゃんは少なくともこの男とは話せてるじゃないか。それなら別にボランティア部がなくなっても……」


「部長! ボランティア部は影で学校を支える素晴らしい部だと豪語していたじゃないですか。わたしはその言葉に感動して、部長しかいないこの部に入ったんですよ」


 田野たのさんがものすごく強気に部長さんに食って掛かっている。パッと見はイケメンでリア充オーラが溢れている部長さんを困惑させる様子は母と息子のようだ。

 胸は解き放たれた部長さんの方が遥かに大きいけど、身にまとう母性は田野たのさんが圧倒していた。


田野たのちゃんがそこまでボランティア部のことを考えてくれていたなんて……。仕方ない。プール掃除を断るわけにもいかないし、そのケダモノに任せるとしよう」


 部長さんは田野たのさんの手を取り、僕をギロリと睨み付けた。

 あまりにも扱いが違い過ぎて仮に入部を正式に認められたとしてもパワハラで精神を押し潰されそうなんですけど。


「一応自己紹介しておく。ボクは部長の尾佐おさ麗奈れな。男装しているのは野蛮な男子からの視線を避けるためだ。主に女子バスケ部や女子バレーボール部の助っ人をしている。言っておくけど、たぶんボクはキミよりも強い。くれぐれも田野たのちゃんやボクに対して変な気を起こさないように」


 グルルルと餓えたライオンのように激しく威嚇されると反射的に怯んでしまった。

 普段から運動していれば絶対に僕より筋肉は付いてるだろうし、体力的に僕が圧倒的に不利でも世間は味方に付いてくれない。

 

 もちろん変な気を起こすつもりなんて毛頭ないけど、誤解を招くような言動をしないように気を付けなければ。


「僕は道玄坂どうげんざかすぐるです。田野たのさんと同じクラスで、土下座してボランティア部に入れてもらえるようにお願いしました」


「ふん! ヤるためなら男はなんだってするからね。あの土下座もどこまで本気なんだか……。まあ、それはプール掃除での働きぶりを見ればわかることだ」


「あの、ちょっと気になったんですけど、プール掃除は水泳部がやるんじゃないんですか?」


「もちろん水泳部もやる。ただ、今年度から女子部員だけになってしまって力不足が懸念されているらしい。それでボランティア部に白羽の矢が立ったわけだが……」


 部長の顔が少しずつ曇り始める。さっきも水着がどうとか言っていたから、いくら女子しかいない環境でも水着になるのは恥ずかしいのかもしれない。


「水泳部の部長が苦手なんだ……」


「は?」


「だから、水泳部の部長が苦手なんだ。今年は別のクラスになって安心していたところにプール掃除の話が舞い込んできたんだ。ボクへの嫌がらせとして思えない」


「えっと……超個人的な理由ですよね?」


「キミはあいつを知らないからそんなことを言えるんだ! 男子とあいつは女の敵だ!」


 女の敵とまで言われる水泳部の部長。それなのに今の水泳部が女子だけになったのはどういうことなんだろう。


「女の敵って具体的にはどういうことなんですか?」


「人の胸をまるで自分のモノみたいに揉んでくる。それも男子の目があるところでだ! この行為を女の敵と呼ばずしてなんと呼ぶ!」


「仲良しでいいじゃないですか。佐渡さど先輩、とっても優しいですよ」


「騙されちゃいけない! あいつは女子を懐柔して自分だけの城を築こうとするド畜生だ!」


 話を聞く限り田野たのさんは水泳部の部長である佐渡さど先輩と面識があるらしい。どうにもボランティア部の部長さんと田野たのさんで佐渡さど先輩に対する印象が違い過ぎて僕はどちらを信じていいか判断しかねていた。


「あの、ちょっと質問なんですけど。女子だけの城を築いている水泳部に僕が足を踏み入れて大丈夫なんでしょうか?」


「たぶんダメだろうね。ケダモノは水泳部の洗礼を受けて身も心もボロボロになるがいいさ!」


「安心して。わたしも一緒に行くから」


田野たのちゃん!? そんなことしたらキミもあいつの毒牙に掛けられてしまう!」


 田野たのさんと一緒にプール掃除……田野たのさんの水着姿を拝める。体育は男女別だし、海やプールに誘う勇気もない。マシュマロボディを間近で見られる最高のチャンスである。これを逃したら一生縁のない光景になるかもしれない。


「わかりました。プール掃除引き受けます。ちゃんと綺麗にできたら入部を認めてください」


「ふ、ふん。田野たのちゃんの水着を想像して釣られたスケベめ。せいぜい股間を膨らませて軽蔑されるがいいさ」


 部長さんは腕を組みながら僕に言い放った。そのポーズのせいで自分の胸が強調されていることに気付いていないようだ。

 残念だったな。僕は田野たのさんの水着姿を想像する前から股間を膨らませている。ただただスケベ心に体が反応しているだけなのに、なぜか勝ち誇った気分になっていた。

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