第8話 事後報告

「ひいいいいいい!!!! 男子!!!!!!」


「うわっ! ビックリした」


 突如意識を取り戻した部長さんは僕の姿を捉えるなり絶叫した。

 かつて因縁があった人物との再会みたいなテンションだけど僕と部長さんは初対面だ。


「部長。道玄坂どうげんざかくんは無害ですから」


「こういう地味で冴えない雰囲気を装って中身はオオカミなんだ。ボクにはわかる」


 胸を隠すように両腕で自身の体を抱きしめる姿はその綺麗な顔立ちも相まって女子のように見える。だけど一人称がボクなのとスラックスを履いているせいで男子のようにも見えた。

 

田野たのちゃんは騙されてるんだ。案の定、その男は土下座で頼み込んでここに連れてきてもらったんだろう」


「そんなことはありません。一度でいいからヤラせてくれって頼まれたんですから」


「やややややヤラせてくれ!?!?!?」


田野たのさん! 僕から事情を説明するからちょっと黙ってようか!」


 部長さんの男子に対する異常な敵意と田野たのさんの天然が相まって話がどんどんこじれていく。普通はヤラせてくれって頼まれたらそっちに取るんだよ。ごみ拾いを一緒にする流れにできるのは田野たのさんくらいなんだ。


「それで田野たのちゃんはその……ヤ、ヤったのか?」


「はい。さっきも言ったじゃないですか。事後報告になっちゃいましたけど」


「事後!?」


「二人とも落ち着いて!」


 田野たのさんに関してはマイペースを保っているので落ち着くのは部長さんと僕か。性的な話題を普通の話題に変換できる田野たのさんと、過剰に性的な話題に変換する部長さん。このコンビは絶対に話が噛み合うことはない。

 出会ってまだ数分だけどそう確信するには十分な混沌具合だ。


「ボ、ボクは土下座で頼まれても体を許さないぞ。それに体力には自信があるんだ。いざとなればキミ一人くらいなら……」


「待ってください! 僕は無害ですから」


 両手を挙げて降参の意思を表明する。一体僕は何をしているんだろう。


「ひいいい!!! そうやってボクに覆いかぶさって欲望のままに腰を振るつもりだな。ボクにはわかるぞ」


「何もわかってないじゃないですか!」


 ダメだ。部長さんに何を言っても理解してもらえない。

 それに僕は気付いてしまった。ドアが開きっぱなしであることに。

 部室棟の端は地味目な部活が割り当てられているから人は少ないと思うけど、あんな大声を出されたら絶対に誰かの耳に入っている。


 僕からしたら変人にしか見えないとはいえ仮にもボランティア部の部長と冴えない陰キャ。世間がどちらの味方をするかと言えば絶対に前者だ。天然の田野たのさんが弁護してくれたとしてもますます不利になる予感しかない。


 まずはこの好き勝手に言ってくれている部長さんを穏便に騙されるのが先決だ。


「部長、部長。道玄坂どうげんざかくんが入部してくれたらあの件を任せられますよ」


「むむぅ……いや、でも、しかし」


 やはり田野たのさんは聖女だった。あの件について皆目見当も付かないけど部長さんは僕の処遇について考えだしてくれた。とりあえず大声を出すのをやめてくれただけでもありがたい。


「ほらほら道玄坂どうげんざかくん。今だよ」


「へ?」


 下手くそなウインクで僕に合図を送る聖女・田野たのさん。

 一瞬なんのことかわからなかったけど、僕ができる事なんて限られている。

 彼女は僕に土下座をしろと言っているんだ。


 でも、その行為は部長さんに逆効果な気がしてならない。

 部長さんは土下座で頼んでもヤラせてくれないタイプだ。世の中の大半の女子がそうだと思うけど。


「部長、ご覧ください。道玄坂どうげんざかくんの誠意溢れる土下座を」


「……田野たのちゃんがそこまで言うなら」


 二人の身長差と恰好が相まってまるでカップルのように見える。彼女のかわいいワガママに付き合う彼氏感が部長さんからにじみ出ていた。男嫌いと男装設定も実は嘘で、僕がこうして慌てふためき最終的に土下座をする姿を心の中であざ笑っているんじゃないか?

 そんな風に田野たのさんを疑ってしまうくらい今の状況を飲み込めずにいる。


「部長さん。僕が土下座をしたら信じてくれますか?」


「ボクはそう簡単に信じないからな。男はヤるためなら何だってするんだ」


 部長さんの目からはじんわりと涙が溢れている。この男嫌いは演技ではなさそうだ。もしかしたら過去に辛いことがあったのかもしれないけど、それなら女子高にでも進学すれば良かったんだ。女子と話すだけでも緊張する童貞がケダモノ扱いされるのは悔しいので誤解はしっかりと解いておきたい。


 僕は膝を床に着き、キッと睨み付けるように部長さんの顔を見上げた。

 覚悟と誠意を見せるために目力を込めたつもりが威嚇に捉えられてしまったらしく「ひっ」と怯ませてしまった。


 こうして見上げると身長がある分、田野たのさんには感じなかった威圧感がある。

 気弱な人を押し切るための土下座ではなく、強い人に許しをうための土下座。

 なんだか屈辱的なシチュエーションに、なんかこうムズムズと来るものがある。


 自分の中に生まれた謎の感情に説明が付かないまま冷たい床に両手を着いた。

 あとは額を床にこすり付ければ完了だ。


 ……それで僕は何を謝罪すればいいんだ? 別に悪いことはしてないよな。

 

 ボランティア部に入れてください。これでいっか。

 僕一人でダメなら田野たのさんも一緒に頭を下げてくれるって言ってたし。うん。悪いことをしてないのに謝るのはおかしい。


 これは一発芸みたいなものだ。自分の中でそう納得させて僕は床をじっと見つめた。別にボランティア部に入りたいと本気で考えているわけでもないけど、田野たのさんの誤解を解いたら部長さんが発狂してしまう。


 昨日の土下座はボランティア部に入りたいという意味だったことにするために僕は勢いよく頭を下げた。


「お願いします。入れさせてください」


挿入れさせて!?」


 しまった。緊張のせいで微妙に言い方を、それもこの部長さんが変な意味に捉える方向に間違えてしまった。

 これじゃあ部長さんの言う通り土下座して性行為を頼むクソ野郎じゃないか。


道玄坂どうげんざかくんもこう言ってることだし入れてさせてあげましょうよ」


田野たのちゃんはボクの味方だと思っていたのに! 事後だからか!? 事後だからそんなに余裕なのか! ボクは今男の恰好をしてるから挿入れる穴なんて……ま、まさか後ろでもいいというのか!?」


 事の発端は言い間違えた僕にあるけど部長さんの勘違いぶりも酷い。なんなら僕よりも発想がファンタジックな方向に飛躍しているし、高校生でお尻はなかなかにマニアックだと思う。


「でも部長。さすがにプールで男子の恰好は無理でしょう? そこで道玄坂どうげんざかくんの出番なんですよ」


「むむむ……田野たのちゃんの意見はもっともだが、しかし……」


 田野たのさんの口からプールという単語が飛び出して僕はますます状況を把握しきれなくなった。僕がボランティア部に入ることとプールに一体何の関係があるんだろう。


「わたしはともかく、スタイルの良い部長が水着を嫌がるなんておかしいですからね。羨ましい悩みですよ」


「ボクは田野たのちゃんも守るために抗っているんだ。田野たのちゃんはああ言っているけど、男子目線からしたら田野たのちゃんの方が狙われやすい。そうだろ?」


 さっきまで犯罪者のように敵視していた僕に対して同意を求める部長さん。

 否定すれば田野たのさんを傷付けるし、肯定すれば部長さんにケダモノ扱いされる。どう転んでも僕が損するじゃないか!


 僕は田野たのさんと部長さんを交互に見ながら言葉に詰まってしまう。


「ほら! やっぱりボクらを品定めするような視線じゃないか!」


 部長さんが床に這いつくばる僕を見下しながら指差すと、当然胸元のガードは解かれてしまう。今まで押さえつけられた反動なのか、それともかなり無理をして締め付けていたのか、ワイシャツのボタンが弾け飛んだ。


 まだブレザーで抑え込まれているにも関わらず、その双丘は部長さんの表情を隠すくらいの存在感を示していた。おっぱいは下から見てもいいものなんだな。土下座も悪くないと思った。

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