第15話 鬼達の決まり

鬼達には決めごとがあった。

それは一族ごとにあったり、住む地域ごとにあったりもする。

子供天狗の前に現れた鬼どもにも、それはあった。


這いつくばった鬼はこれ以上、手を出す事は出来ず、もし手出しするものなら他の鬼によって殺される事だってある。

"戦う権利"、それがこの鬼どもには明確に決めごととしてあった。


遠く地獄からはるばる人間の世界へやって来た鬼ども。

それが子供天狗の目の前の鬼どもだった。


「俺が相手をしてやろう、狐」

代わりに前に出てきた別の鬼は、近くの岩を片手でむんずとつかんでそのまま山ギツネへ向かって投げた。

もちろん、山ギツネは華麗な動きを見せてかわしその軌道には神々しい光が残留している。

別の鬼はすかさず目で捕縛ほばくしようとしたが、山ギツネとしても捕まる気はないのか跳ね退いた。

「すばしっこいのう」

大きく息を吸い、力を溜めようとする。そして感じる人間の世の味に思う。なんと地獄と違い美味うまいのか。

「ふぅぅぅ…」

吸う音ですら、遠くまで届くほどの音量。

少しのあいだ吸い続けて、止めた。

様子を伺っていた山ギツネが察し、瞬足しゅんそくを使い腰を抜かしたわっぱの元へ動き出したのを見る。

移動しようが、関係ない。

別の鬼は吸った空気を体の中で灼熱しゃくねつの炎へと変化させ思いっきり吐き出した!!

岩は動き振動し、炎の熱で木々は燃え出した。

炎を吐き終え、山ギツネが死んだか探す。

神使しんしゆえ完全に燃え尽きる事はないだろう。

赤黒い粉塵ふんじんの中に浮かぶ白く丸い灯り…。

「小ざかしい」

その中には山ギツネと腰を抜かした童が無傷でいる。

山ギツネが真っ直ぐこちらを見ているのが気に入らない、それはまるで神のまなこだからだ。


もう一度息を吸おうとした所に、突如大きな岩が顔面めがけて飛んで来た。

息を吸う事はせず、その大きな岩を両方の腕で受け止める。

片手では受け止めきれない大きな岩でかつ、とんでもない速さで飛んで来たのを見て、これは鬼の仕業だな、と思った。


「やめろぉ!」

細い鬼とは思えぬ声!しかしこれは鬼。

「かっかっかっ、何だその雄叫びは、人間さえ恐れぬわ!」

馬鹿にした鬼は、地獄の鬼に比べずいぶん小柄で弱々しい。しかも目の前の鬼には角が無い。

「かっかっかっ、何だお前、角がないでは無いか!どうした、人間にでも折られたか!」

続けて馬鹿にする。驚くほど褒める所が無いように見えた。

つのは生まれた時より無い!」

言い返してくるその言葉も情け無い。

「それでは鬼で無いという事だな!かっかっかっ、半端者!半端者の鬼じゃあ!」

面白さのあまり大声になってしまう。呼応して他の鬼どもも笑っているのが聞こえてくる。

「鬼で無くともよいわぁ、それよりここから退いてくれんかぁ。山火事になったらそりゃぁ沢山の動物が死ぬからなぁ」

耳を疑った。

鬼のもののけにたばかられようとしているのか。

笑うのをやめて考えそして、再び大笑いする!

「かーぁっかっかっかっ、はぁ、はぁ!!退けと申す上、畜生ちくしょうの為に火事を収めろというのか!!!笑い転げるわ!」

笑い過ぎて息も絶え絶え。

「我どもは人間どもを食いに来たのだ!地獄からな!」

「そうかぁ、分かった。でも人間は食べちゃだめだぁ、あったかいからなぁ、鬼にもあのあったかさがあればいいんだがなぁ」

「はああん?」

地獄から来たという所には反応せず、ただ人間を食うなと言う。

「お前たち、地獄の鬼と言うたか」

代わりに反応したのは狐だ。

「そうだ、はるばる来た人間の世に来て人間を食わぬなど勿体ない!そうは思わんか!」

「名産物の様に言うでない」

狐は淡々と返してくる。鬼に怯えてもない。

「つまらんのう」

それに比べてあちらの角無し鬼ときたら。

鬼でもなんでもない情けなさだ。

「お前は鬼の風上にもおけん、この場で消し去ってやろう」

息を吸い込み、先程よりは溜めずに素早く炎を吐く。

角無し鬼はこれを正面から受けた。

「ぎゃあぁ!」

角無し鬼の甘美かんびな悲鳴が聞こえてくる。

人間の悲鳴はそれは素晴らしいものだが、鬼のそれも中々である。

炎が消えた後には、両腕で十字を作ったまま動かない、焦げ付いたつの無し鬼の姿が残っていた。




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