第14話 鬼の襲来

「鬼丸ー」

鬼丸と別れた岩の下で呼ぶ。

辺りはすっかり暗くなっていたが、まだ人里へ向かうには早い。

「鬼丸ー」

向きを変えてまた呼ぶ。

「鬼丸いるかー?」


その呼び方に反応したのは全く違うもの。


轟音というに相応しい破壊音を伴って、薄暗い木々の奥から歩いて寄ってくる。

そちらに気づいて見てみれば、そこからは鬼丸ではない鬼達が堂々と歩いてくるではないか。

その光景に声を失う。


"鬼の襲来"。


鬼達はまさに鬼、人間であれば見ただけで失神しそうなその風貌。体は木々より大きい者もおり、手には金棒を持ち、その腕は木より太い。

鬼丸など小さいと表せる。


「なんだ人間のわっぱがおるな」

「小さいな、食っても不味そうだ、放っておけ」

「おい、そりゃないだろ、戦前いくさの腹ごしらえだ」

鬼達が喋る中、反応出来ずに身を強張らせるしか無かった。


「よもや天狗どもに見つかった訳ではあるまいな」

一体の鬼が口にした言葉で他の鬼達も騒ぎ出す。

「待て待てそれこそ人間がここにいる訳がない」

「天狗は人間を生けにえに逃げたのでは無いか」

笑いながら天狗をけなす鬼に他の鬼も続く。

「確かに薄気味悪いめんをして下衆げすな生き物共を眷属けんぞくにするやからだ」

「見るのもあわれ」

ずいぶんな言い様に怒りが込み上げるが、それ以上の恐怖に何も出来ない。

「我が食ってやろう、…ん?よく見ればこのわっぱめんをしてるではないか、よもや天狗ではなかろうな、まさかな」

そう言ってまた笑い始めた。

鬼はたった五歩ほどで子供天狗の前へ来ると、人差し指と親指でつまもうとする。

鬼の人を食う所作しょさにしては思うより優しく、荒々しく扱われないだけ良いのかも知れない、と窮地きゅうちおちいった頭はトンチンカンな事を考えた。

どの道すぐ食われるのだがな。


鬼の指先が子供天狗に届く…その瞬間に、そのいやしい指を払う不思議な力が子供天狗を守った。


払われた鬼の指先はおどろいて手のひらを開き、図体ごと、そう幅にして二歩ほど下がる。

窮地きゅうちおちいった子供天狗の目の前に現れたのは、美しき狐。

「山ギツネ…」

震える声は、山ギツネの後ろ姿になんとか届いた。


「我らに天狗を守る道理どうりはないが、目の前で鬼どもに潰されるのを放っておけば、この先大手を振って人助けなど出来んくなるじゃろ」

山ギツネであるのに、美しい。

今までの山ギツネとは風貌が同じ様で少し違い、その赤毛さえ何とも神々こうごうしく光をびている。


「なんだ狐の神使しんしか!!目ぇざぁわぁりぃぃ!!何とも目障めざりかぁぁ!」

その声はいっそう辺りに響き渡り地鳴じなりを呼び。

その口の牙は自身を傷つけないのかと思うほどはみ出している。

もし刺さりでもしたらひとたまりもないだろう。

鬼は恐ろしげな形相ぎょうそうを更に恐ろしい物に変えて金棒かなぼうを振り上げる。


「おいお前、逃げるぞ」

山ギツネが言った。しかし体が動かない。

「何だ動けぬのか、情け無い」

相変わらずの淡々たんたんとした物言いで子供天狗を小馬鹿こばかにすると、神よりさずかった力を金棒かなぼうにぶつけて跳ね返す。

鬼は山ギツネに跳ね返され飛んで行こうとする金棒かなぼうから手を離し尻もちをつく。

するとその振動が地震となり足元をふらつかせる。尻もちをついた本人と子供天狗以外は、自身の体勢を支えて振動が過ぎるのを待つ。

他の鬼共は仲間の不恰好ぶかっこうに笑い、子供天狗はよろめき倒れ込んでは両手でやっと体を支えていた。


なんと情けない!

天狗であるというのに鬼共を見るだけで体が震え動かぬ。里での鍛錬たんれんは一体どこでやくにたったか。団扇うちわで立派な風を起こす事も出来なくなり、俺は一体何いったいなにになってしまったのだ。

鬼丸にも、目の前の鬼にも人間と言われ、疑いも持たれない。

本来の天狗であればその身からあふれる摩訶不思議まかふしぎな力で存在を知らしめる事が出来るはず。

俺はまだ天狗でも無いのだ。

「山ギツネ、確かに俺は情け無い、腰が抜けた様で動けない」

震える声はやっとのことで山ギツネに届く。

「情け無いが仕方がないじゃろ。樹木より大きい鬼などわしも知らぬ。お前は抜けた腰を動かせる様になんとかしろ。それまでは守ってやる」

またしても淡々と答えた。

「山ギツネ…」

「何だ腰は動いたか」

そんな事は無いと分かっているだろうに。

「凄いな、大好きだ」

山ギツネの少し意地悪な物言いも気にせず伝えた。


山ギツネは驚いたのか、奇妙きみょうな間が生まれる。

その間を切り裂いたのは、鬼の一声。

「こぉの狐めが!!飲み込んでやるわ!」

尻もちをついた鬼が今度は鷲掴わしづかみにしようと勢いよく腕を振り下ろしてくる。

先程と同じ様に神使しんしの力で弾き飛したのだが、今度は体勢を持ち直しもう片方の腕で山ギツネを鷲掴わしづかみにしようとしてきた。

山ギツネはすんでの所で飛び退なんを逃れる。

鬼のこぶしは子供天狗の目の前まで来ていたが、こちらを見る事なく山ギツネの方をにらみつけ捕まえようと視線で捕縛ほばくしている。

山ギツネは鬼丸が転がしていた岩上の方へ逃げていたのだがしかし、鬼の目で捕縛ほばくされたものだから体がうまく動かない。

「にぃがさぬぞぉ!」

鬼神の如く本来の己をあらわにして鬼は山ギツネの方は向かっていった。

鬼は岩上へ足をかけたのだが、あまりの重さに岩は転がり動く。その為に隣の岩は飛び乗ったのだが、その岩さえ動く。

見ていた他の鬼達はまた笑い始めるものだから、空気が震えて振動として伝わってくる。

沢山の鬼が笑うものだから、笑い声は奇妙に重なり一層重厚感が増し、子供天狗はさらに震えた。


転がる岩上の鬼は気を取られ捕縛ほばくを止め、その瞬間に山ギツネは飛び動き、体勢を整えて鬼に構える。

岩上の鬼と言えば転がる岩に対処しきれずに今度は前のめりで地に落ちた。

その衝撃と言ったら子供天狗の体が一瞬だけ宙に浮いたほどだ。

「きぃつぅねえ!!」

地に顔をつけたまま、鬼はえる。

「かっかっかっ、かっかっかっ、ああ可笑おかしい」

地にいつくばった鬼の顔面に、大きな足が落とされる。

「お前は間抜けに相応ふさわしい!今日から間抜けと呼ぼう」

這いつくばった鬼に声をかける別の鬼。

ここで這いつくばった鬼は退場となり、この別の鬼が参上となるのだ。




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