第16話 子供天狗、目覚めの前兆

子供天狗は何も出来ない。


自分を守る為、前に立ち塞がる山ギツネ。

生き物を守る為に、自ら炎を受ける鬼丸おにまる

自分と言えば、やっと立ち上がる事が出来たくらいだ。

「動けるか、逃げるぞ」

山ギツネがその鼻を近づけてきて様子を伺う。

鬼丸おにまるを置いていけない」

「残って何になる、あの鬼どもの餌になるくらいしかできんじゃろ。言うならわしかてあの角無つのなし鬼を応援したいわ」

確かに何も出来ない。かと言って鬼丸おにまるを置いて行くなど絶対に出来ない。

「なら共に死んでやるか?」

山ギツネは心を読んだように答えた。

「お前、そもそもあの角無つのなし鬼が負ける前提で話しとるが。勝てるとは思っとらんのか?勝てるなら問題無いじゃろ、さぁ行くぞ。ちなみにわしは思っとらん」

鬼丸おにまるが勝つか負けるか。

あの大きな鬼丸おにまるが、現れた鬼どもの前では小さく見える。そしてあの大声。鬼丸の声もじゅうぶん怖いが、優しい。けしてあの鬼どもには敵わない。

鬼丸おにまるは負ける、やられちまう、なぁ山ギツネ、なんとか戦え無いか」

山ギツネは思う所があるようで、前脚を片方上げたたのだが、何の意味があるのかはわからない。

「あの鬼に勝ったところで、次はあの後ろの鬼どもじゃろ。きりが無い、諦めろ、わしらは逃げるぞ」

「そんな事言ってくれるな、鬼丸おにまるは鬼だが、心はまるで人間だ。とっても人間だ、ばあを思って泣く鬼がおるか!?」

「泣いたのか、鬼が」

「ああ、泣いた!目の前で泣いた!岩にはさまった俺を助けてもくれた!」

はさまったのか、お前は」

「岩のあいだにな!」

「そうか」

なんとか説得しようと熱弁するが山ギツネは淡々としている。

すると、山ギツネが座った。

「では少しやってみるか」

「本当か!」

「嘘でよいならそれで良いが。しかしどうなっても知らぬぞ。所でお前、死んだ事はあるか?」

生きているのに死んだ事があるかなど、どうかしている。

それが顔に出たのか、心を読まれたのか、山ギツネは続けて喋った。

「ふむ、死んだ事はなさそうじゃな」

当たり前の事を言う。

「天狗は死なんのじゃろ?」

これには頷く。

天狗は死なず、生まれ変わらない。永遠に生きるのだ。

「死なない上に、お前からは血がでない。何故か?出ていないのでは無く出た瞬間に塞がっとるんじゃろ」

確かに血を出した事などなかった。

どんなに痛い思いをしても、すぐにおさまってしまう。これは他の子供天狗にはない違いで、自身のすぐれている能力、そう思っていた。

「しかし山ギツネ、俺は里を出てからまともに団扇うちわも使えない」

だからもしかしたらいま鬼に殴られれば、血が噴き出すのかも知れない。

「なんじゃ大丈夫じゃ、例え血が出ても。よく考えてみろ、死なないとは一番強いじゃろ。死んだらわしはしばらく消えてしまうし、角無つのなし鬼は地獄へ落ちる」

山ギツネの話を聞いていると、そうなのかも知れないと思えてくるのが不思議だ。一番強い?俺が?

「役割をきめよう。角無つのなし鬼と儂はあの鬼になんとかして一撃を与えてやろう。お前はわしらの前に立ち、代わりに炎を受け殴られろ」

とんでもない事を言い出した。

今まで殴られぬよう、炎を受けぬよう、守ってくれたのは誰か。

「お前があの鬼に立ち向かうと言ったんじゃろ、覚悟せい、でなければわしは行かぬ」

そうだ、鬼丸おにまるを置いては行けない、戦うしか無いのだ。


鬼丸おにまるに目をやれば、げ付いた全身を動かして鬼に飛びかかっている。相手の鬼は金棒かなぼうさえ持っているのに、鬼丸おにまるは素手だ。

「地獄へ帰ってくれ、お願いだぁ!」

鬼を押し倒そうとしがみついているが、巨大な鬼は微動だにしない。

鬼丸の声はむなしく響き、鬼どもの笑い声が広がる。

「弱い、弱いのう、人間の世の鬼は!角もなければ当然か!」

そう言って鬼丸おにまるを振りほどき、金棒かなぼうで痛めつけた。

鬼丸は丸くなり堪えるが、刀でも切れないその肌から赤い血が流れてしたたりり落ちる。

子供天狗は見続ける事が出来ず、山ギツネを急かした。

「あいわかった!」

そう言って、鬼丸達のいる所へ走り出す。

「俺は死なない、どんなに怖くても死なない、山ギツネと鬼丸おにまるは死ぬが、俺は死なない!!!」

声に出ていとは知らずに言っていた。必死なのだ。


走りながら子供天狗は、自身に宿る天狗の力の胎動たいどうを感じた気がした。

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