第8話 読唇術と読心術

「こんなに岩を転がして何をしようっていうんだ?」

子供天狗は全く理解が出来ない。

「岩山を崩してるんだぁ。岩はどうするか聞いたら、こっちに転がして欲しいと言われたんでなぁ」

「岩山をどんな理由で崩してるんだ?」

「なんでだろなぁ、それはわからんなぁ」

まさに言われるがまま、岩山を崩して知らずのうちに山道を塞いでいるという事だ。きっと鬼丸おにまるは、山道が塞がってしまったせいで人間達が山の向こうに行けず困っていることなど知らない。人間を困らせたいとは思わないはずだからだ。

「だけどあの人間はそれで助かるらしいから、いいんだぁ」

「なぁ鬼丸おにまる

「なんだぁ?」

そのせいで他の人間が困っていると、言おうとしてとっさに言葉を飲み込む。

「…明日、ここに迎えに来る」

「ああ、待ってるなぁ」



その日、月もなく真っ暗な人間の世界に、天から真っ白な一筋の光が音も無く差し込んできた。

その光に、地蔵さんに使える山ギツネも驚き寝床の穴から飛び出してくる。

光の差し場所がどこかと目を凝らすと、少し遠くの山のふもとに降りていて、山ギツネは急いでそこへ向かっていった。



次の日、陽が昇る少し前からわらしの様子を遠くから見ていた。わらしの事だから早起きして屋根の様子を見に出て来ると思ったのだ。

子供天狗が予想した通り、いつもより早く出て来ては家の状態を見回し、破損した屋根の部分を発見した時には随分悲しそうにしていた。

小さい体を更に小さくしてどこかに行ったかと思うと、村の大人達を連れて裏手に戻ってきた。

大人達も裏手側の屋根が壊れているのを確認すると、何かわらしに喋りかけていた。

直してやる、とかそういう類の言葉ではなさそうだった。わらしの顔がまったくはれない。

山ギツネから貰った筒の道具を握る手に力が入る。


何と言っておるのだろう?


すると、不思議な事に人間の声がすぐそばから聞こえて来た。

“…だよ、おんなじもんはつくれねぇ”

“けどおっとうの残した大事な家だ”


子供天狗は驚いて筒の道具から顔を離す。

少しを開けてから筒の道具を再び覗きこむ。

“壊れたもんを直す事は出来るが、全くおんなじもんはつくれねぇ”

“諦めな、な?”

筒の道具の中に映る、わらしに喋りかける大人達の口の動きとすぐそばから聞こえてくる声が重なる。


わらしたちの声が聞こえる!


子供天狗はこの事態に驚くがそれ以上に、わらし達の話が気になって筒の道具に釘付けになる。

“あれがあれば願いも叶うんだ”

わらしの声だ。突き抜けるような、ずいぶんと可愛らしい声をしている。

“…そんな無理言ってもな、とりあえず破片をくっつけ合わすくらいしか思いつかん”

わらしは納得いかないようで、いつもの笑みが消えている。

“…わかった、探して見つけるから、そしたらくっつけてあそこに戻してほしい”

観念したようだ。

“もちろんだ、手が空いたら手伝いに来るからな”

大人達はそう言ってその場を去った。


残ったわらしがしばらく立ち尽くしているのをずっと見ていた。

わらしが周りを気にしはじめ、落ちている割れた板をいくつも拾い上げている。

“違うなぁ”

泣きそうな声で呟いている。顔から笑みも消えている。

すぐにでもわらしの元へ行って謝りたかったが、そんな勇気はなかった。

ふと山ギツネを思い出してねぐらへ向かう。

しかしねぐらに山ギツネはいない。

地蔵さんの所へ行くと、人間の子に化けた山ギツネが立っていた。

「狐!狐!」

会いたかったその姿に、少し遠くからでも呼びながら走っていく。

山ギツネは何ごとかと見る。

「狐!」

近くに来ても呼んでいる。

「聞こえておるわ、なんだ一体何ごとじゃ」

「頼みごとが、ある、お願いだ」

息を整えながらいう声は聞きとりづらい。

「なんだ言ってみろ」

わらしの所へ行って壊れた屋根の板を集めるのを手伝ってくれないか」

勢いある声で子供天狗は言った。

「なんだ、こないだと随分違うな、一体何があったんじゃ?いや待て、今は少しばかり、いやかなり都合が悪い」

山ギツネは辺りを気にしながら言った。

「お前が言っていた鬼の襲来、あれがとうとう来るらしい」

「そうなのか?」

鬼丸おにまるは知らないと言っていたが、やはり東の鬼はやってくるのか。

「そうだ、だからこうして人間達が鬼に近づかないよう見張っとる」

人気の無い、田畑の中にある細い道にぽつんとある地蔵さん。その前で一人ぼっちで立って見張ると言う山ギツネ。

「…この道を通るしか鬼の方へは行けないんじゃ」

まるで心の中を読まれたような言葉をかけられた。

「だが俺はわらしと話せない」

うつむいて言う。

「まだ言っておるのか、ただ喋ればよい、お前はじゅうぶんおしゃべりじゃ」

山ギツネは呆れてため息をつく。

ただ喋ればよいと言っても、わらしと喋るなど、何を喋る?想像もつかないのだ。

「ただ“何をしておる、俺も手伝おう”と言えば良い」

これまた心を読んだかのような言葉が返って来た。もしかすると山ギツネは術で心を読んでいるのかもしれない。

「お前の単純な考えなど顔を見れば分かる」

かわいくない化け姿だ。

「そんな事はなかろう」

ほれやっぱり、といった顔で山ギツネの顔を見てやった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る