第9話 山ギツネと童

「何をしとるんじゃ?」

山ギツネは可愛かわいらしくわらしに話しかけた。

家の裏で割れた板を集めるわらしが、手を止めこちらを見た。

山ギツネの事を覚えていたようで、にこっと笑ってから答えた。

「屋根が壊れたんで、集めとる」

わらしは答えるとすぐ下を向いて板を集め始めた。

「大変そうじゃ、手伝おう」

山ギツネはそう言ってわらしに近づき、集めている板がどんなものか見た。

まぁ、板が割れたものだとわかる。

子供天狗がとても大事な板みたいだ、と言うもんだから、そりゃ何かすごい板なのかと想像していたが普通の板に見える。人間とはまさに不思議な生き物だ。


板を探しながらこっそりわらしの顔をのぞくと、いつもと違って落ち込んでいるようだった。

いつもの笑みも消えている。これでは子供天狗も心配して当然だ。

「屋根が壊れたんか、何があった?」

「ゆうべ、急に風の音がしたんだ。そしたら家が壊れるくらいの音がしてな、外に出てみたけど真っ暗でなんにも見えんかった。朝なって見て見たらこの通りよ」

急に吹いた風。

子供天狗が何をしたのか想像がついた。

わらしを助けると言って何をしているのか。呆れて物も言えない。

「そりゃあ災難だな」

「天狗の災いだ」

山ギツネは心臓が飛び出すかと思った。

わらしは子供天狗の仕業だと知っているのだろうか。

「この辺りの天狗は人間に悪さするって言われとるじゃろ?ご先祖様たちが山のほこらにお供えをしなくなったから、その祟りらしいぞ」

わらしは村の大人から聞いた昔話を教えてくれた。


山ギツネはこの辺りの狐であるが、そんな話が人間の間で噂されているとは全く知らなかった。


「何が天狗様か、お供えせんかったらこんな意地悪をする」

わらしの声色が変わったので顔を見て見ると、目に涙を浮かべていた。

「おいらのおっとうとおっかあが死んだのもきっと天狗の悪ささ」

歳に見合わぬ小さな手で、一生懸命土をかいている。割れた板が見つからぬので、土の下にもぐっているのではないかと思ったのだろう。


「新しい板を打ったらダメなんか?」

山ギツネは思った。

確かに家は家族の形見かもしれないが、あの世のおっとうも、かわいい童が泣いているよりはいいだろう。

「だめだ!あの板にはな、二日月ふつかづきが埋まってるんだ」

月が埋まっているとは物騒である。しかしわらしの顔は真剣だ。

「…ばかなこと言ってると思ったか?」

山ギツネが何も言わずに呆気に取られているので、わらしは話を続けた。

「本物のお月様じゃない。だけど、あの板を初めて見た時においらがお月様だって言ったんだ。そしたらおっとうが、二日月に見えるな、すごいぞって言ったんだ。」

板に模様があって、それが細い三日月に見えた事を父が褒めた、という事だ。

「おっかあもそれ見て笑ってた。背中の弟も珍しく泣いてなかった」

おっとうとおっかあは死に、背中の弟は今どこにいるのか、とてもじゃないが聞く気にはなれなかった。

「あの板が無くなったら、おっとうもおかあも弟もいないようになる気がする」


わらしは、家族の思い出の板がなくなってしまう事で、家族の思い出も無くなってしまう気がしているのだと山ギツネは理解した。


これは大変な事をしたもんだと、子供天狗を思い浮かべて思った。


山ギツネはわらしを不憫に思い、そっと頭を撫でてやった。

「板は見つかる、だからおっとうもおっかあも弟も大丈夫だ」

わらしが欲しかった言葉を山ギツネは言ってあげた。

「そうだな」

わらしはにこりとほほ笑んで、再び割れた板を探し始めた。そこに落ち込んだしかめっ面は無く、いつもの笑みが戻っていた。





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