第8話 土鍋でご飯を炊き、ぬか漬けを作る日々

昨年末の事である。


更年期ゆえの生理の多量出血で貧血状態だった私は近くのドラッグストアで鉄剤ドリンクを買って飲み、ぼうっとした意識でこたつに寝そべりながら


「タンパク質を摂るためにお昼は卵かけご飯にしよう」


と面倒くさがりにありがちなレシピを作成して醤油を垂らして啜り食った。


これがあかんかった。


間も無く、バケツを引き寄せて戻す程胃液まで食ったもの吐き戻し、悪寒がするのでもしやと熱を測ってみたら38度5分。


パニックからか喘息の発作も出てしまい、ひゅーひゅー喉が鳴る。


すわ、あの流行り病か⁉︎とパニクった頭で保健所に電話したら発熱外来センターに電話するよう言われ、発熱外来センターに電話したら近くのPCR検査可能な病院を紹介してくれた。


病院はバス停二つ先の案外近い所だったが高熱で意識朦朧の頭で地名を間違えた私はかなり遠くのバス停まで乗り過ごして慌てて降り、予約した病院に電話をかけた時には受付終了していた。


「明日、改めて来てくださいね」


仕方なく来た道をバスで帰り、戻った時には夜七時半だった。


体が震え、玄関先で息が急に苦しくなる。手足の先からすうっと感覚が無くなり辛うじて息をする。


やばい、パニック発作かも。3年前起こった症状で身に覚えがあったが知ろうと判断はいかん。気がついたらスマホに手を伸ばして119番を押していた。



「はい、どうされましたか⁉︎」


自分の運転免許証を見ながら住所と名前を言えただけでも上等だ。バッグに貴重品と服用している薬とお薬手帳を詰めて時間にして5、6分程待ったと思う。


救急隊員さんたちが私の両脇を抱え、「意識クリア、熱発39度8分…」と次々と声がし、白を基調とした救急車の車内、輸液のスタンド。受け入れ可能な病院に連絡する隊員さん。


とサイレン音と走行の振動。


やがて、がたん、と振動が収まり青緑色の手術着姿の医師とナースが入って来た時には既に受け入れ先の病院に着いていたのだろう。


「熱発しているので一応検査しますね」と鼻の奥の奥まで綿棒を突っ込まれて粘膜を擦られ、検体を採取された途端、


皆さっ、と私から離れPCR検査の結果が出るまで一時間近くひとり処置室内でうんうん唸っていた…


「PCR、陰性です」


とナースが告げた直後にドクターと思しき人が車内に入り「はーい、解熱剤入りの点滴で楽になるからねー」と陰性と分かったら驚くほどの速さで処置に当たってくれた。


流行り病のせいで熱発患者にとってまず、この検査が分厚くて辛い壁なんだよなあ…と我が身を以て痛感したのである。


そのまま病院の急性期病棟に入院となり、高熱と節々の痛みと息苦しさで夜中までベッドでうんうん唸っていた。


原因が判明したのは夜中12時半頃、急にもよおしたのでナースコールを押し、


「どうされましたか?」


「間に合わないかも…紙おむつを持って来て下さい!」


とお腹から急に下りゆくものを臀部を締めて我慢しながら叫んだ。


ほどなく夜勤ナースが持って来て下さった紙おむつのお陰で病衣を汚さずには済んだがこの夜は明け方まで紙おむつを5、6回汚す程の下痢をしたため、生卵が原因の食中毒の症状と判明したのだ。


翌朝、ずんぐりむっくりした体つきのクマちゃんみたいな担当のドクターが

「いやあ、ここに来てくれて良かったね。発熱外来で帰されていたら自宅で嘔吐下痢を起こして脱水症状起こしていたかもよ」


とメガネの奥の丸っこい目を緩めて言って下さった。


今思えばバス停を乗り過ごして発熱外来に行けなかったこと。


受け入れ先の病院に個室の空きベッドがあったこと。


そしてそこは消化器病棟だったこと。


退院の一週間後に行ったかかりつけ内科の先生が


「大変だったね(汗)お話を聞いていると救急車を呼んだ事がベストな行動だったと思う」


と言って下さったので


全ての偶然が重なり合って不運だと思っていた出来事が…


あ、自分はとても運が良かったのだ。


とオセロの黒一面が全て白に裏返る程の現実への認識をひっくり返された出来事だった。


疫病で世界中の経済は沈み、さらに隣国では隣国の五輪開催中に戦争を仕掛け長期化し、


もう人間なんかに生まれてこなきゃ良かったんだ。


レベルの人間への絶望に沈みまくっていた心が少しは浮上した出来事だった。


抗生剤入りの点滴と流動食のおかげで3泊4日で退院でき、一番心配していた支払いも来月でいいと言われてほっとし、


今こうしてまとまった文章を書けるようになったという事は…心身が回復するまで2ヶ月近くもかかったのだということだろう。


今書いている時代劇他諸々の小説も、どーせ素人で締め切りとは無縁なんだし、


気の済むまで休んじゃえ!


と開き直って炊飯器が壊れたため慌てて通販で買った土鍋で炊くご飯を食べ…


「何だこの旨さは⁉︎これがお米と水の本気かよ!ドリフ世代だけど飛びます飛びます!(出典・坂上次郎氏@コント55号)」


と歓声を上げ、冷蔵庫ぬか漬けのセロリをかじりながら自分の体調に合わせて無理をせずに日々を過ごしている。


と、既に約2000字のこのエッセイを書けるようになったんで元気になったのだと思う。

























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