3、2、1、キュー!

ゲーム→ https://kakuyomu.jp/works/1177354054934585268/episodes/1177354055264159045

対戦相手→ https://kakuyomu.jp/works/1177354055352339386/episodes/1177354055399530191



 ただっ広い体育館。手足が短いウサギがぴょこぴょこ動き回っている。


『⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ウサギ用規格ってないよね』


 かの有名な、ダンスダンスボックスダンス2077。今、女子中学生たちの間で流行っているゲキマブゲームだった。

 一辺が2mの立方体の中に入り、音楽に合わせて正面の画面に映し出された指示に従い、立方体の隅八角に浮かぶホログラムの球体に触れていく。うまく行くと点数が稼がれ、その大小で勝負を決する。また、指定されていない時に球体に触れていると警告が出て、その後減点されていく。注意が必要だ。


『あやかたちがやっていたっけ。プロローグが妙にうまかったな』


 そして、当然ながら人間用である。ウサギが挑むことは考慮されていない。人が手を伸ばして届く絶妙な配置。ウサギがどれほど跳び回る必要があるのか想像に難くない。


『ああ、よろしく』


 全国放送らしい。

 三日後、何の前触れもなく会場に降り立つ。同一次元であれば異なる場所に同時存在できるウサギは、器用に番組プロデューサーに挨拶していた。







 転送は突然だった。

 すい摩莉華まりかは退魔士だ。常識外からの攻撃を繰り出す魔の存在に対抗するため、無論、常在戦場の心構えを課している。だが、何事にも例外というものがあった。


(⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんということでしょう)


 渡されたサンバカーニバルの衣装。白銀色のギンギラギン、装飾過多な装備を本当に身につけなければいけないのか。そんな葛藤が少し長すぎたのかもしれない。

 着替え中、インナー姿で転送されてしまった。

 プロデューサーの印象を少しでも良くしようと、結局は身につけようとしてしまったのが全ての失敗だった。大きく露出した腹を両手で隠す。


「私、摩莉華と申します。今日は一生懸命頑張りますね!」


 気圧された表情を笑顔で覆う。その目は笑っていなかったが、気丈と健気が不自然を潰す。

 後ろで括られた、膝裏までの伸びる銀髪が揺れた。長い前髪から右目が覗き、恐る恐る周囲を見渡す。どこもかしこも人だらけ。汗臭い野郎どもがスマフォのカメラを向けてくる。


「あの、その背中は飾りですか?」


 司会がマイクを傾けてくる。摩莉華はゆったりと一回転する。長く揺れる銀髪とは別に、明らかに目を引き物があった。

 二対の黒羽。

 長身である彼女の身長に匹敵する大きさ。

 司会がホウと感嘆の声を上げる。自称有識者が、教えてもいないはずの天狗の知識を解説している。内容は結構適当だった。


「へえ、天狗なんですねー?」

「私は人間ですよ?」

「天狗じゃないんですか?」

「人間です」

「対戦相手はウサギなのに?」

「はい?」

『やあ』


 頭の中に声が響く。完全に置物と化していた白ウサギがピョンと跳ねた。


「ひゃわ!?」


 摩莉華は両手を口元に当てながら飛び退いた。流し目のカメラ目線である。同じく白ウサギも長耳をぴょこぴょこ揺らしながら上下に跳ねている。こちらもカメラ目線だ。


「お二人、二匹? いやぁあざといですね〜」


 歯に絹着せないええ性格した司会だった。心なしか、二人の目が据わる。


「ウサちゃんはお名前なんて言うんですか?」

『僕の名前はメフィストフェレス。めっふぃって呼ばれているよ!』


 頭の中に話しかけてくるウサギが片腕を上げた。全身が傾いている。そんな小動物的な動きに、彼女は満面の笑みでウサギを抱き抱える。


「はぁい、それではここで一旦シーエムでーす!」


 そんなほのぼの空気を司会がぶった斬って、画面は暗転した。






CM中。


<何だその格好

<けしからん

<痴女め

<そのウサギ本物か?

<なんで家畜が放し飼いなんだ

<ウサギの口が不快

<不適切

<不適切不適切不適切


「あ〜これはお客様から苦情のオンパレードですね。お二方、残念ですがここで不慮の事故に遭ってください。その方が数字取れそうですし」


 司会がマイクを捻り、隠しナイフを抜いた。ウサギを抱きしめながら身構える摩莉華。しかし、その重心は限りなく安定している。どんな脅威を突きつけられても瞬時に対応できるように。

 だが。



 隠しナイフが床に落ちた。









 摩莉華は耳に手を当てた。悪魔の肉声をシャットダウンするために。CM明けからの二時間トークコーナーは、メフィストフェレスの独壇場だった。

 ひっきりなしに掛かってくる苦情の電話は、「よろしく」のオペレーティングでクローズされる。ウサギの肉声が届く範囲の者にしか得られない熱狂が渦巻いていた。

 一方。


<けしからん

<痴女め

<もっと映せ

<舐めるように、舐め回すように

<もっとローアングルのカメラない?


 負の苦情を正の苦情で塗り潰した彼女も、無事に席を確保していた。おっとりとした話し口が評判もいい。耳栓したままの彼女は曖昧な相槌しか打たなかったが。妙に勘が良いのか、囁きの魔力への対抗策を瞬時に見出していた。


「いやぁ、これはとんだ掘り出し物かもしれませんね!!」


 囁きの悪魔メフィストフェレス。人を悪欲に唆す普遍的な情念が現実に具象したもの。一方、背中に翼を携える妖艶な女性。人を情欲に唆す普遍的な情念おっぱいが現実に具象おっぱいしたもの。

 お互い、似たもの同士なのかもしれない(詭弁)。


「それでは、次に各控室の隠し撮り映像を見てみましょう!」


 なんとなく唇の動きで察した摩莉華が固まる。思いっ切り着替えてしまっていた。


(けど、隠しカメラの気配なんてなかったけど⋯⋯⋯⋯)


 天性の直感を有する彼女には、隠しカメラの類はすぐに気付いてしまう。その直感を覆すような仕掛けなのか。そんな疑問は映像を見て氷解する。

 ウサギがいた。

 白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。「おい」白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。「おい、これ」白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。「なんだ、これ」白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。「なんの映像だ」白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギがいた。白ウサギが――――「おいぃぃッッ!!!!」




 ただいま、映像が乱れております。

 しばらくお待ち下さい。





「ウサちゃん、ありがとうございますね」

『はて、なんのことかな?』


 ウサギのほっぺたをぷにぷに弄びながら、摩莉華はご満悦だった。佐々木の悪魔が唆したプロデューサーが、隠しカメラを300倍に増やして全てメフィストフェレスの前に置いた。そんな裏事情を天性の直感で理解する。

 裏の小細工を警戒したウサギの姑息だったという真実までは見抜けなかったが。


「正々堂々戦いましょうね」

『臨むところだよ』


 そう、ゲームはまだ始まってすらいない。遂に撮影現場まで乗り込んだ上級視聴者様の暴行寵愛を一身に浴びる司会者。そんな惨状でもゲーム開始の宣言をする彼は、プロ根性だけはあったらしい。

 ゲームの筐体である立方体に二人が立ち入る。身長差がかけ離れているため、いかにもウサギが不利そうだった。だからといって、お互いに容赦するつもりはなかったが。


――――レディ⋯⋯


 音声が流れ始める。





『リミックスペシャル』

作詞・作曲 ミトコンドリア斎藤




♪つーよくーなーれるー理由を知ったー♪


『データ通りの選曲。シミュレーションは完璧だ』

「これは、理性を持つ生命体であれば誰しもが嗜むべきナショナルスタンダード。この曲を知らないなんて人じゃありませんよ」


♪そーしてー♪


『⋯⋯あれ?』

「転調⋯⋯?」


♪かがやーく♪


♪ウルトラソウッッ!!!!⤴︎⤴︎




――――――ヘイッッ!!!!♪



 波乱のゲームが幕を上げた。

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