絶対に笑ってはいけない武家屋敷百二十分!!

「さあさお歴々! 右手をご覧あれ! なんと立派な武家屋敷!」


 司会は、まるでサーカスのピエロのような格好だった。すぐそこで転がっているピエロ少女と被ってしまって微妙な空気になっている。

 一方。


「あ! ああ! ジパングジパング! ござるだござる! キャハハハハ!!」


――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


(箸が転がっても面白がるような年頃なのだろうか⋯⋯絶望的にこの競技に向いていないな)


 天を仰ぎながら痙攣するプロローグ。うまく歩けていない彼女の足元にそっと寄り添う。大型なカナの身体は、彼女が身体を支えるのにちょうど良い高さだった。


「わぁい! ワンちゃんお利口! キャハハハハ!!」


――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


「ハヒャホゥン!?」


 黒子の振り抜いた金属バットが的確にケツをぶち抜いた。不憫である。カナは目を逸らした。


「⋯⋯大丈夫か。ほら、ゆっくりでいいから歩くんだ」

「ふぇ、ふぁ、いたァアい⋯⋯!」


 呂律が回っていない。あまり大丈夫ではなさそうだ。ぐったりと寄りかかれて、カナが諦めの息を吐いた。


「⋯⋯⋯⋯乗るが良い」

「わーい! キャハハハハ!」


――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


(一体、どうすれば良いのか⋯⋯⋯⋯)







――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


 泡を吐きながら小刻みに痙攣するプロローグが器用に笑う。何が彼女をそこまで駆り立てるのか。そして、一体自分に何ができるのか。都市伝説は少女の未来を憂う。


「あ、あの、次は⋯⋯」

「ああ、すまない。ほら、動くぞ」


 奇病にここまで犯されて笑う元気が残っている生命力も大したものだ。司会のピエロもドン引きだった。もはやまともな進行ができないまま、仕事なので仕方がなく続行する。


「⋯⋯さあさ、こちらにどうぞ!」


 開けられた襖からタライが落ちる。カナは背中の少女を庇って前足を上げた。派手な音を上げるタライ。底がオリハルコンのトゲトゲで加工された殺人タライだったが、人面犬にかかれば前足に痛みを感じる程度の軽傷だ。

 ひりひり痛む前足を小さく振って痛みを誤魔化す。しかし、少女は守れた。


「キャハハハハ! なんか落ちた!」

――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!

「ギョフェェエン!!?」


 訂正、守れなかった。

 雑にタライを蹴飛ばして、案内された和室に踏み入る。座布団に腰を下ろすと、甲高いおならの音が響いた。古典的なブーブークッション、だが。


「キャハハハハ! ワンちゃんおなら!」

――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


 呼吸困難。海老反りになって咳き込む少女に、果たして何をしてあげられるのか。カナは少女を優しく下ろしてあげると、前足で器用に湯呑みを差し出す。プロローグはゴクリと一口。


「これ茶碗蒸し! キャハハハハ!」

――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


 もう奇病の効果が薄いのを察したのか、畳からトゲバットが道化少女のケツにぶち込まれる。


(今のは、少し危なかった⋯⋯)


 まだ競技は続いている。うっかり笑おうものなら、明日は我が身なのだ。と、掛け軸の裏から和装の忍者がガニ股で飛び出してくる。呼吸困難に苦しみながらも一芸。


「チャクラ宙返り! チャクラ宙返り!」

「キャハハハハ!!」


――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!

「うぇ、うぇええ、うええええん!!」


 ついに泣き出した。老犬は慰めるように顔を舐めてあげる。


「キャハハハハ! くすぐったいよぅ!」

――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


 カナ、反省。







 地獄だった。

 都市伝説カナはそう語る。だが、百二十分で抜ける地獄だ。終わりが迫っていた。


「あ、あの⋯⋯次のお土産コーナーで、締めですので。何か一つだけ買ってくださいね」


 司会のピエロがもう愛想笑いしか浮かべなくなった。四肢で老犬にしがみつく少女の力も弱々しい。ピエロ装束がケツバットでズタズタになり、剥き出しの尻が真っ赤に腫れ上がっている。

 反獣人形態で運んであげようとしたが、一目見て爆笑された。何をしようと全てが裏目に出る。カナは己の無力さと、こんなことのために駆り出された馬鹿馬鹿しさで虚無の表情だった。


「いらっしゃーい!」


 奇病で目がギンギンの、出っ歯の店員が出迎える。


「キャハハハハ! なぁにそれぇ!」

――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


「いやぁいやぁあべしっ!!?」

「⋯⋯⋯⋯これをもらおうか」


 惨劇は防げない。少女を下ろし、カナは切り替えて和服を器用にレジに持っていく。コスプレ衣装のような安物だが、鮮やかな桜色が映えていた。


「あまり淑女が尻を丸出しにしているのもいかがなものか。これを羽織りなさい」

「わーい! ワンちゃんありがもががががががが!?」


 口に前足を突っ込む。ここで笑われたら、せっかく買った着物も台無しだ。なんか運が良かったのか、意外とピンピンしていたプロローグが和服を羽織る。


「似合う?」

「ああ、似合っているとも」


 笑顔を浮かべようとした少女を両前足で押さえ込む。がっつり掴まれて肉球を満喫された。


「私は日本の都市伝説だ。君は欧州の、似たようなものだと推察したが?」

「はいはーい! あたいあたい、ハイデンベルク! ローマ帝国だっけ!? キャハうっぷぅぅ!!?」


 口と顔を封じ込まれた。


(ハイデンベルク⋯⋯ドイツか? いや、しかしローマと――――まさか)


 カナは少し力を弱めた。彼が時代として知っているのは、東西ドイツやその統一後の連邦共和国だ。だが、都市伝説として活動している内に、人類史の知識はそれなりに身についている。

 かつて、彼の地は『神聖ローマ帝国』と称されていた時代があった。だとすれば、実はとんでもなく歳上なことになる。


「あ、あたいプロローグ! ワンちゃんは!?」

「私の名前はカナだ」

「カナ! かあいい!」


 自分勝手にカラカラ振る舞うピエロ少女が懐くのも、人懐っこそうな芝犬の姿だからだと思っていた。それでも、もしかしたらとも思う。


「ありがとう。私が主人と認めた子からもらった名前だよ」

「あたい! 元の名前忘れたけど、ゲーテって奴から名前貰ったの!」


 同じ匂いがする。だから、お互いに少し心を許してしまったのかもしれない。普段喋らないようなことを、口にしてしまったのかもしれない。

 どちらも、人の認識と情念が生んだ怪物の姿だ。時代も地域も遠く隔てるが、どこか共通するものがあったのかもしれない。


「さあさご両人! あとは屋敷を出るだけですよ!」


 良い感じに終わりそうな空気。安心した司会がにこやかに道を示す。地獄を抜けるのだ。外の明るい光が目に入った。


「ワンちゃんワンちゃん! ありがと! 楽しかったよ!」

「うむ⋯⋯私も、悪くなかった」

「そうだそうだ! これこれ!」


 お土産屋さんで買った湯呑みだった。プレゼント用のリボンが巻かれたものを、老犬の頭に乗せる。


「茶碗蒸しは入ってないよ! キャハハハハ!」

――――デデーン!

――――プロローグ、アウト!


 やってしまった。

 だが、これで最後の罰ゲームだ。バットでなく奇病の発症なのは、着物を破らない温情だったか。白目を剥いて転げ回る海老反り女の頭の下に前足を置いてあげる。簡易的なクッションだ。


「ふっ、だが気持ちはありがたい」


 人の認識と情念から生まれ出でた者同士。

 どこか奇妙な親近感抱き、穏やかな笑みを浮かべ――――



























――――デデーン!


――――カナ、アウト!




「しま――――ッ」



 奇病『ジュビロピエロ病』の威力は凄まじかった。

 呼吸困難に転げながら出口を這い出るピエロと犬。安物の着物はビリビリに破け、湯呑みは木っ端微塵に砕け散っていた。






16番、にらめっこ

コールサイン・プロローグvs都市伝説カナ

→勝利者なし、引き分け

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