こうはんせん

 休憩十分間。

 その間もエンドフェイズが崩壊圏をじわじわと広げていく。試合時間と異なる点は一つ。この十分間には得点が加算されない。


「ここまで、来たら…………やってやりますよっ!」


 雫の判断は早かった。ダッシュで向かったのは自分のゴールポスト。


「そろそろやられっぱなしじゃいられない…………乾いて乾いてしょうがないんですよ!」


 エンドフェイズから吸い取った生命力を自分のゴールポストにぶつける。だが、デッドエンドの直撃でも焦げ目一つつかないゴールポストを破壊するには及ばない。

 雫の狙い――――それはエンドフェイズの得点を阻止すること。

 このゲーム、『ボールがゴールポストを通過』することが得点条件になっている。そして、ゴールポストを動かすことは禁止されていない。


(ポストそのものは……無理そうですね)


 それでも。

 未だ空中に舞い上がるゴールポストと、観客席の最奥に突き刺さるゴールポスト。エンドフェイズの重力崩壊が引き起こした結果は、絶望的なゲームマッチからバランスを取るかのように幸運なものだった。

 相手ゴールの目の前で重力崩壊が発生し、故にその影響を濃く受けた。スタジアムの地面は既に崩壊している。

 その、地面は。


「なら、こっちです」


 ゴールポストが埋まっている芝生そのものに。何度も何度も生命力をぶつける。エンドフェイズから無尽蔵に供給される生命エネルギーは、それなりの時間をかけて芝生を削りきる。


――――後半戦開始


「やばっ!?」


 電子音に急かされる雫。自らのゴールポストを間の谷底に転がり落とす。これでエンドフェイズはもう得点できない。そんな手応えを握り締めると同時、その身がふわりと浮かび上がった。


「社長! わたし! やりました!」


 酷使した肉体から、ふっと力が抜ける。スイッチが切れた。


「私…………やりました」


 重力崩壊に身を委ねながら、雫は現実感すら崩壊した光景を見渡す。スタジアムの全景はほとんど原型を保っていなかった。

 芝生の残骸が緑色の粒子となって舞う。

 大地は砕け、空中に足場が幾つか浮かぶのみ。

 壊れた電子音と生き残ったボール役の悲鳴が合唱する。

 まさに『終演』に相応しい壮大なフルコーラスだった。

 デッドエンドの業火が、形の残ったものものを蒸発させていく。

 もはや、ゲームどころか、この世界そのものが破綻していた。こんな、ルールに致命的な欠陥が見つかった場合でも、時間いっぱいまで実行されるのだろう。試合終了のホイッスルが先か、この世界が崩壊するのが先か。


「これが…………世界の終わり」


 いっそ、神秘的な光景だった。

 エンドフェイズの無尽蔵の生命力を吸い上げる雫は、この世界最後の生き残りになるだろう。いや、もうなった。最後のボール役が蒸発して、音が消えた。


「これが……宇宙…………?」

 

 少女の故郷、アナザーアース。エンドフェイズが産まれた地球の並行世界。そこでも宇宙の誕生と崩壊は、多くのロマンを抱かせる不思議な魅力があった。

 宇宙世界の熱的死。光が色を失い、熱量が意味をなさなくなる。デッドエンドの脅威も限りなく0に減衰していくのを実感した。

 生命力の過剰摂取を警戒する必要がなくなる。供給よりも、削り取られる量が上回り始めたのだ。無音、緑と茶と黒の斑点も少しずつ消えていく。自分の身体を見ると、その輪郭が歪んで崩れ始めていた。

 苦痛はない。恐怖も和らいだ。

 それらがエンドフェイズの望むものではないのだと、何となく理解する。


「これが……貴女の世界…………」


 抑えきれない情念が、現実を浸食する――――それこそが、魔法。

 エンドフェイズが内なる情念を爆発させる。砂時計の中で輪郭のない少女が浮かんでいた。名前のない少女が抱いた世界。それは、完全な虚無に等しい崩壊世界だった。


「貴女は……満足ですか…………?」


 感情しかない少女。

 彼女は、溢れる情念を外面に出力することが出来ない。

 それでも、きっと小さく頷いた。そんな気がした。


「せ、瀬宮雫です……そういえば、自己紹介していなかったから……」


 そうして、雫は既に輪郭を失った手を伸ばす。


「よ、宜しく、お願いします……っ」

「っ、⋯⋯っ⋯⋯っ、っ⋯⋯……っ」


 同時。

 終わりの砂時計、運命の砂が落ち切った。砂時計が引っ繰り返り、崩壊が急加速する。試合終了ゲームセットのアナウンスが奇妙に歪んだ。時空諸共の崩壊。ゲームが終われば参加者もゲーム世界も復活する。心配するようなことは何も無い。


――――ハットトリック、そして試合の勝利

――――勝者、瀬宮雫


 自我と肉体が崩壊する直前。

 雫は、運命の砂に抱かれた少女に、小さく手を振られる幻を知覚した。






54番、さっかー

ラストコール・エンドフェイズvs瀬宮雫

→勝利者、瀬宮雫

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