第23話 (閑話 その1) 公爵家ご令嬢の暴走

 まったく、姫様にも困ったものだ。


 リエージェ王国メライア公爵家三女、ソフィアル姫が十六歳で「成人の儀」を迎えた際、遺跡攻略都市「イフカ」に居を構えるという意向を表明し、大騒ぎとなった。


 三女とはいえ、広大な領地を誇るメライア家の姫君、しかもその容姿の美しさも相まって、多数の婚姻話が舞い込んだのだが、それを全て拒否。

 一応、全員と面会はしたものの、姫様の心を奪うお方は現れなかった。


 ……まあ、ソフィアル様の側近であり護衛団長の私から言わせれば、求婚してきた貴族の息子達は全員、甘やかされて育った腑抜けであることは一目で分かったが。


 顔かたちだけは整った「優男」もいたのだが、残念ながら姫様が求めるものは「強さ」だ。

 単純な武術の腕もそうだが、何事にも動じない強靱な精神力、いざというときに頼りになる判断力、そのようなものに憧れると言われるのだ。

 さらには、


「私、ライアスの様な方ならばお嫁に行っても構いませんけど……」


 と私の名前を出したので、冷や汗ものだった。


 姫様は十六歳、私は二十八歳。歳の差がありすぎる。

 しかも私は「騎士」の称号を持っているだけの下級貴族であり、姫様とは身分的に釣り合わない。


 私は護衛という立場のみで構わない……というか、それだけで相当振り回される。

 婚約を拒否された男達は、皆幸運だったと言えるだろう……彼女を嫁にすると、毎日気苦労が絶えず、精神的に持ちこたえられないことは目に見えている。


 そんな姫様が、領地東端の「イフカ」への居住を望んだのは、あるいは必然かもしれない。

 メライヤ公爵家……いや、国家全体から見ても、イフカの評価は「野蛮」だ。


 まだ手つかずの古代遺跡が多数存在し、街を守る城壁から一歩外に出ると、得体の知れない魔物どもが跋扈ばっこするという。

 そんな遺跡群に、命がけで挑み続けるハンター達が集っている。

 だからこそ、そのような冒険物語に憧れるソフィアル姫が居住を望んだのだが……。


 遺跡攻略都市イフカは、その飛び抜けた「魔核」産出量から、メライヤ家にとって最大の収入源であり、重要拠点ではあが、あまりに辺境かつ野蛮であるから、領主の直系貴族が住むことはなかった。

 そういう意味では、彼女の赴任は公爵家全体からすれば歓迎されることではあるが、同行する側近達からすれば大問題だった。


 まあ、そのような土地は、私は嫌いではないが。

 そして彼女は、赴任早々から


「街の中の暮らしを直接視察してみたい」


 という理由で、最近話題の劇団「ラージュ」による、冒険者と囚われの姫の演劇を見に行った。

 結果、大号泣。

 シナリオの巧みさ、演出の素晴らしさ、そしてなにより新しく「ラージュ」のヒロインとなったミリアという美しい女優の心奪われる熱の込もった演技に、私としても感服ものだったが……これでソフィアル様はますますこの街を気に入ってしまった。


 さらには、


「遺跡を実際に冒険している者達の話を、直に聞いてみたい」


 と言い出したのだ。

 それなら、直接屋敷に招けばいいではないですか、と提案したのだが、


「公爵家と知られれば、変に気を遣われて冒険者としての本音を聞けないではないですか。私は、彼らの不平不満や、役人に対する要望、あるいは、冒険についての自慢話なんかも聞いてみたいのです。そのためには、身分を隠してハンターと会ってみたいと思っています」


 と無理な注文をしてきた。


 その方法を考え、会える場所、機会がないか調べてきなさい、と言われたのだが、これが非常に難しい。

 ハンターに会うならばハンターギルドに登録するのが一番だが、ソフィアル様は冒険者としてのスキルは持ち合わせていない……これでは誰も会ってはくれまい……いや、登録すら困難か。


 街の役人などに尋ね回って、ようやく得られた興味深い単語が、


「パパ活ギルド」


 だった。

 その概要を聞いて、姫様に提案すると、


「……素敵! お金に余裕のある上流階級の方が、庶民である娘達に善意で金銭をお渡しして、交流を求める場なのですわね! そこには、上級の冒険者の方もいらっしゃるに違いありません!」


 と目を輝かせるではないか。

 やれやれ、と思いながら、その「パパ活ギルド」の責任者である「シュン」という名の男と直接話しをする場を設けてもらった。


 屋敷に招かれたシュンは、公爵家の令嬢ということで、とても緊張しており、また、「パパ活」は危うい面もいかがわしい面も持つ、お貴族様が利用されるような場ではありません、と必死に弁明したのだが、好奇心旺盛な姫君の暴走を止めることなどできない。


「では、私が庶民を装って『パパ活ギルド』に登録します。お相手の男性の方は、上級の冒険者を希望します。私の身分は絶対に打ち明けないように。よろしいですね?」


 と強引に話を進めてしまった。

 シュンは、


「公爵家のご令嬢が……『パパ活』……」


 と、つぶやくように嘆いていた……おまえの気持ちは分かるぞ。


「……それでは、その……一人だけ、紹介させていただきます。三ツ星の上級ハンターで、口は少々悪いのですが、なかなか誠実でして……」


「……その方は、お強いですの?」


「ええ、それはもう。四ツ星ハンターにも引けを取らないと思います。ただ、その、年齢が三十八歳と、かなり年上なのですが……しかも、複数人の女性と『パパ』の契約をされていまして……」


「年齢は関係ありませんわ。強さが全てです。それに、複数の女性に慕われているということは、素晴らしいじゃありませんか。よほどの人格者なのでしょう。その方と是非、会わせていただけませんか? お願い致しますわ」


 公爵家ご令嬢の「お願い」は、「命令」に等しい。


 私からすると、年齢差と、口が悪いと言うこと、複数の女性と契約をしているという話から、不安の方が大きいのだが……シュンの「なかなか誠実」という言葉を信用するしかない。


 それに、強いと言っても三ツ星、四ツ星相当程度なら、私が護衛すれば大丈夫だろう。

 いや、それどころか、多少怖い思いをした方が、姫様の薬になるかもしれない。 


 ――こうして、ソフィアル姫の『パパ活』が始まることとなったのだった――。

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