第24話 (閑話 その2) ご令嬢のパパ活

 ――現在、ソフィアル姫がいらっしゃるのは、とあるレストランの一室だ。


 四人掛けの個室になっており、そこに例の「パパ活」をしている冒険者と、対面で姫が座っている。

 その隣の個室で、護衛団長である私と、同じく護衛の一人で宮廷魔術師のクリスマが待機している。

 クリスマは私と同い年、二十八歳であり、かつ女性であるため、姫様の側使いとして重用されている。


 男がレストランの個室で姫様に無礼を働いたならば、取り押さえねばならない。

 まあ、多少の……たとえば手を握られる、ぐらいであればかえって薬になるのかもしれないが、ソフィアル様に大声でも上げられたらやっかいだ。


 姫様には、会話内容が我々に聞こえるように細工した、魔道具であるピアスをつけてもらっている。

 それと対になる耳の穴に入れるタイプの魔道具を、私とクリスマの二人で一つずつ装備して会話を聞いている状態だ。


 このレストランも、一般庶民からすれば高級なのかもしれないが、貴族の基準で言えばかろうじて我慢できる程度でしかない。

 しかし、姫様はそういうことには幸か不幸か無頓着だ。

 その証拠に、弾んだ声が聞こえてくる。


「……それで、ハヤト様は冒険者でいらっしゃるのですよね?」


 本人は気をつけているつもりかもしれないが、どうしても貴族っぽい話し方になってしまっている。


「ああ、そうだ。一応、三ツ星なんだ」


「まあ、すばらしい! 是非、今までどんな冒険をされたのか、お話いただけませんか?」


 初対面のうさんくさい男に対し、警戒なしで話している……私とクリスマは顔を見合わせてため息をついた。


「えっと……そのまえに、お手当の話し、しなくてもいいのかな?」


「……お手当? あ、えっと……いくらか、お渡ししなければならないのでしょうか」


「いや、逆だろう? ……ひょっとしてパパ活、初めてなのか?」


「あ、はい、そうなのです! いろいろ教えて欲しい、とは思っているのですが……」


「じゃあ、ここを利用する娘が、場合によっては『大人の関係』のための交渉に使っていることも知らないのか?」


 ……この男、ずいぶん単刀直入に告げてきた……本来であればそれだけで無礼に当たる。

 俺とクリスマが警戒を強める。


「……いえ、それは事前に伺っています。でも、私は楽しくお話と、お食事ができればそれで十分ですので……その……『大人の関係』とかは……金銭のやりとりも考えておりませんでした」


 恥じらいながらも、なんとか答える姫様。


「そうか……めずらしいな。じゃあ、もう一つ教えてくれ……何が目的なんだ?」


「目的?」


 姫様の声のトーンが、怪訝なものに変わった……俺たちにも緊張が走る。


「あんた、お貴族様の娘じゃないのか?」


「……どうしてそのように思われたのですか?」


「やっぱりそうか……口調とかもそうだし、上から目線で話す様が、貴族のそれだった。俺はお貴族様から直接依頼を受けることが何度かあったからな……といっても、そんなに上級のお貴族様じゃなかったと思うが」


 それはその通り。上級貴族が、直接三ツ星程度の冒険者に依頼などしない。


「……さすがですわね。すばらしいです……私は、直接ハンターの方に、冒険の様子や街の治安などについて、世間話をするように気軽にお話いただけたら、と思ったのですが……貴族と知られると、お話しづらいかと思いまして……」


「パパ活ギルドなら、手っ取り早くそういう者と知り合いになれると思ったわけか……まあ、一理あるかもしれないが、危険すぎるし、ここでの話を一般冒険者の基準と思わない方がいい。ここは欲にまみれた者達か、あるいは必死に生きる者達が集う場所だ」


「……欲にまみれた、はともかく、必死に生きる者達……ですか?」


 私も彼の言葉に、おそらく姫様と同じ疑問を持った。


「あんたは、『お手当なんか必要ない』と言ったが、ここに来る女性達はほとんどがそうじゃない。顔合わせだけで五千ウェン。それだけの報酬を得るために、勇気を出して見ず知らずの人間と話をしているんだ……自分が『パパ活』していることに負い目を感じながら」


「……負い目……」


「そうだ。普通はないからな……これだけ歳の離れた、恋愛感情を持たない男女が一緒に仲良く食事をする機会なんて。何かしらの利害の一致が必要になる。それが『お手当て』だよ。五千ウェンなんて、あんたからすれば一回の食事代にもならないかもしれないが、庶民にとっては五日間食いつなげる金額なんだ……さらに、『大人の関係』となると、もう少しお金を積む……そうだな、2万から3万ウェン。条件によってはもう少し高くなるが……それもやっぱり、生活のためだ。あんたみたいに、『冒険者の話を聞いてみたいから』なんて理由でパパ活なんかやる奴は皆無だ」


 ……ふむ、この男、相手が貴族の娘と分かっても、怯むことなく説教までしている……これはこれで、我々にとってはいい展開かもしれない。


「……わかりました、ごめんなさい、私の認識が浅はかでした……」


「いや、別に責めているわけじゃない。俺は個人的には歓迎だよ、金銭を払わずに、あんたのような綺麗な女の子と楽しく食事できるのだから。ただ、さっきも言ったように、目的を知りたいだけだ」


「目的、ですか……その……個人的な興味です……」


 姫様、観念したか……この街の統治に必要なため、なんて理由持ち出すことはできないから、そう言うしかない。


「……なるほど、その単純な答えなら理解できる。お貴族様の暇つぶしって感じか……いや、そうじゃないな……なんかあんたからは、信念のようなものを感じる」


「……信念?」


「ああ、そうだ……今まで、俺の『娘』として契約してくれた三人と同じだ。一人は役者として大成したい、という夢を持って、覚悟を持って『パパ活』に登録していた。後の二人は、ハンターとしてまだ新米の若い女の子達だったが、いつか上級の冒険者になって借金を返し、自由に生きたいと願っている」


「借金? ……若い女の子が借金を抱えているのですか?」


「ああ。その二人は孤児だからな……孤児院を出た時点で、莫大な借金を抱えている。それを短期間で返すためには、娼婦となって毎日見ず知らずの男達に体を売るか、あるいはハンターとして己の命を賭け、一攫千金を狙うしかないのさ……『パパ活』に登録するものは、皆なんらかの事情を抱えている……あんたも貴族なら領主様に会う機会もあるだろう。そのときは、孤児院の運営について少し意見してもらいたいものだ。あと、税も高すぎる。なんでハンターが命がけで獲得した魔核の売り上げを、半分も持っていかれなくちゃならないんだ? ある程度稼げるようになった上級ハンターはまだいいが、特にさっき言った孤児院出身のハンターとかにとっちゃ命取りだ。本当に死ぬ奴もたくさんいるし、諦めて娼婦になる女の子たちも大勢居る。さっき言った、俺と契約した二人も、その寸前まで追い詰められていた」


「……税が……高すぎる……」


 ……これは、姫様に取ってはきつい言葉だろう。

 なにしろ、この遺跡攻略都市イフカに移り住むと決めたときに、「税収を倍にする」と宣言してしまっていたのだから……。


 それに、「領主様に会ったら」などと言っていたが、現在のところ、姫様がこのイフカの事実上の領主だ。


「……俺の言葉を真剣に聞いてくれるだけで、お貴族様としてはありがたい存在だよ。さっき言った信念も……何かを変えようという意気込みが感じられる。それに……あんたからは、金色のオーラが出ているように見える」


「金色のオーラ? ……そういえば、ハヤト様もなにか金色に輝いているように見えます」


 ……一体、なんの話をしているのだ?


「やっぱり、そうか……実は……他の人には秘密にしておいて欲しいんだが、俺には、神様から与えられた特殊な能力があるんだ。俺のことを父親のように慕ってくれる者がいたなら、その者の才能開花を後押しするっていう能力らしい。もちろん、誰でもってわけじゃない。最近気づいたんだが、それが可能な女の子に関しては、お互いに金色のオーラが見えるみたいなんだ」


 ……この男……新興宗教の教祖か何かか?

 これは別の意味でまずい展開だな……姫様が洗脳されかねないぞ?


「才能開花、ですか……そのためには、私はどうすればいいのですか?」


「別になにも……強いて言えば、今言ったように、父親のように慕ってくれればいいだけだ。俺は君のことを応援するし、君は俺に心を開いて、本音で何でも話してくれればいい。悩みなんかがあれば聞いてあげるさ」


「……本当にそれだけでいいのですか?」


「今後どれだけ親しくなれるかにもよるが、君は最初の印象よりずっと素直でいい子のように思えた。例えば、俺が言った孤児院の話なんかにも、真剣に耳を傾けてくれたしな……今日のところは、顔合わせだし、こんなところかな。君には、俺は変な真似は絶対にしない……隣の部屋で聞き耳を立てている護衛二人にもそう伝えてくれ……って、聞いているなら伝えてもらう必要もないか」


 ……この男、気づいていたのか!?

 私とクリスマは、目を見開いてお互いの顔を見た。


「……はい、分かりました……今日は、ありがとうございました……」


 姫様も、神妙な様子だ……結果的には良かったのか?


「あと、これは今日のお手当だ、受け取ってくれ」


「えっ……これって……」


「五千ウェンだ。顔合わせの相場……さっきも言ったように、お貴族様にははした金かもしれない。受け取ると、かえって迷惑なのかもしれない。それでも、その五千ウェンの重みを感じて欲しい」 


「……分かりました。ありがとうございます。今日は勉強になりました、ハヤト様」


「その、ハヤト様っていうのもやめてくれないか?」


「じゃあ、どのようにお呼びすれば……」


「さっきも言ったように、父親の様に慕ってくれると嬉しい。パパ、でいいよ」


「……では、パパ様、ありがとうございました」


 私とクリスマは、神妙な姫様の様子と、「パパ様」という単語に、笑いをこらえるので必死だった――。


 その後、屋敷に帰った姫様は、早速側仕え達に、まずは孤児院と、魔核の買い取り、ハンターギルドの運営に関して調査を命じた。

 昨日までの、お気楽な様子は感じられず、陣頭指揮に威厳すら感じられるように思えた。


 あの三ツ星ハンターが言った言葉。

 神から授かったという、「自分を父と慕う者の才能を開花させる」能力……。


 もし本当にそんなものがあるとするならば、ソフィアル様は、今後領主として大化けするかもしれないと、私らしくもない妄想に耽ったのだった――。 

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