第21話 巣立ちと新たな出会い

「……バカなことを。俺とミリアは、『パパ活』で知り合ったから、父と娘という関係っていうことになっているんだ。それに俺は冒険者だ。結婚なんて……」


 強く否定しようとしたが、ミリアが少し悲しそうな顔をしたので、それ以上続けるのをやめた。


「ま、俺は何人でも嫁にできる、と言っただけだがな……それに、血が繋がっているならともかく、養女を嫁にするっていうのは、この国じゃあ普通にあることだ。恋愛感情が全くないわけじゃあないんだろう?」


 リョウは、ミリアを目の前にして、なかなか答えにくい質問をしてくる。


「……それとこれとは話が別だ。冒険者である以上、結婚はしないつもりだ」


「まったく、強情な奴だな。結婚しながらハンターを続けている俺の立場はどうなのか、って感じだが……お嬢さんはどう思っているんだ?」


「私ですか? ……私は、ハヤトさんが進む道を応援するだけです。今のように、時々会える形でも私は十分、報われますし、嬉しいです」


「そうだな。俺も、ミリアが演劇で活躍する姿を見れると嬉しい」


 互いに、過度に干渉せず、応援を続けるという姿を望んでいる……といいつつ、俺はミリアが不当な扱いを受けるようであれば断固として出ていくつもりではあったが。


「……つまり、『パパ活』継続、っていうことだな……ま、互いにそれでいいなら、俺が口出しすることじゃないな」


 リョウがそう締めくくって、この日の食事会はお開きとなった。


 この後のミリアとの関係は、次第に疎遠になることは分かっていた。

 今までみたいに一緒に生活したりはできないし、ヒロインとして舞台に立つ以上、収入もそれなりのものとなり、俺の支援など必要なくなるだろう。


 そう思ってはいたし、また、そうなるべきだとも考えていたが、その後のミリアのブレイクぶりは想像以上にすさまじいものだった。


 彼女から招待状を貰い、初日の舞台を見たのだが、ミリアの演技は初々しく繊細で在りながら、その容姿の美しさ、感情表現の豊かさ、透き通った歌声と、主演女優として圧巻のものであり、共演者達のレベルの高さ、ストーリーの完成度も相まって、俺ですら感動のあまり涙を浮かべてしまい、しばらく眠れない程に感情移入してしまった。


 名門劇団・ラージュは、ミリアを得たことで輝きを取り戻した……多くの評論家がそう絶賛し、興行は大成功を収めた。


 これにより、ラプトンは従来の伝統的で芸術性の高いラージュの方針を認めざるを得なくなった……まあ、それでも十分利益にはなるので、奴にとっても満足だろう。


 ミリアは、あっという間に国民的女優と呼べるほどにまで上り詰めた。

 こうなると、ますます会うことはなかなかできなくなるし、ましてや、「パパ活」で知り合った俺の存在など明るみに出ない方がいい。


 娘は巣立った……ミリアのことを、そう考えるようになっていた。


「父性愛」によるステータスも、幾分落ちてしまっていた。

 それでも、俺は嬉しかった。

 自分の「娘」が大成功を収め、生き生きと輝きながら夢の舞台に立っているのだから――。


 それからしばらくして、俺はまた「パパ活ギルド」に通うようになっていた。

 ミリアとの出会いとその後の展開が、あまりにも劇的であり、忘れられなかったからだ。

 しかし、そうそうあんな奇跡の出会いがあるわけもなく――。


「おじさん、本当に今日はたくさんご馳走してもらって、お手当も一万ウェンももらって大満足です! また誘ってくれると嬉しいな! あ、でもこの後、変に誤解されちゃうとダメだから、今日はきっぱりとお別れしますね。ばいばーい!」


 元気だけはいいその女の子は、高級料理を食べるだけ食べて、お金を受け取って帰っていく……まあ、可愛いことは可愛いんだけど、まったく愛着がわかない。

 多分もう会わない。

 もう会わないリストに入れたの、十人を越えた……。


 他にも、会ってくれたのは良いけど、終始不機嫌そうな顔で、何を聞いても「……そう」とか「ふうん……」とか、「……別に……」しか言わない子もいたな……。


 さらには、

「前のパパは、月に三十万ウェンもくれた」とか、「私、すっごくモテるんだよね……かわいそうなおじさん達のためにパパ活続けてあげているけど、その分、お手当弾んでもらわなきゃ割に合わないから」とか言う子もいた……正直、さっさと帰りたいとさえ思った。


 まあ、食事だけならたまにあっても良いかな、といういい子もいるのだが、やっぱりミリアと比べてしまうと、連続して継続的に会う気にはなれないでいた。

 そんな中で、新規に出会った娘は、最初の印象としては、顔合わせだけで終わるんだろうな、と思うような子だった。


「こんばんは……最初に言っておくけど、私、体の関係なんかは一切やってないから」


 ため口で、何の遠慮もなくそう言ってくる、小柄ながら容姿は抜群に優れた女の子。

 全体的に黒っぽい、ラフな感じの服を着ている……ミリアと同じ、十代後半ぐらいに見えた。

 動物に例えるならば、ミリアが子犬で、この子は子猫だ。


「……ああ、分かった。食事だけっていうスタイルだな……それでいいよ」


 俺がそう答えると、彼女は意外そうな顔をした。


「本当に食事だけって約束だったけど、それでいいの?」


「ああ、そう約束したからな……五千ウェンなら良心的な方だ」


「……へえ、みんなぼったくってるんだ……でも、私は食事奢ってくれてお金までもらえるなら、五千ウェンで十分だから」


 言葉遣いは丁寧ではないか、あまりお金に執着ないのかな、と、この時は思った。

 しかし、彼女はこの出会いはあくまできっかけで、もっと大きな目標に向かうための起点とすることを計画していたのだ。


 少女の名前は、ユア。

 孤児院出身であるが故に借金を抱え、ハンターとなるか、娼婦となるかの二者択一を迫られた、悲運の美少女だった。 

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