第20話 えげつない能力
闘技場での戦いから、一週間が過ぎた。
この日、それなりに高級なレストランの個室に集まっていたのは、俺とミリア、そして盟友のリョウだった。
「その食欲だと、もう完全に回復したみたいだな」
リョウが、脂滴る肉料理をバクバク食べる俺を、なかば呆れる様な目で見ながらそう言った。
「ああ、おかげさんでな……意外にも、ラプトンの奴が俺を上級の治癒術士や有名な医者に診せたみたいだからな。結構重傷だったみたいだが、もうすっかり治った」
「……本当に心配したんですよ。意識が戻るまでに三日もかかったのですから……臓器損傷、全身に少なくとも十二カ所の骨折、靱帯断裂……おまけに魔力枯渇からのオーバーブーストによる脳萎縮の疑い……よく生きていたものだと、お医者様がおっしゃっていました」
ミリアが、ご丁寧に診断書を読み上げながらそう言ってきた。
「……まあ、ちょっと無理したかな……」
「阿呆、おまえが戦ったのは1億の賞金が掛けられていたバケモノだぞ。あんなの、伝説級、五ツ星ハンターぐらいでないと倒せるはずがないんだ……それを、体に魔力を纏わせる『魔気功』を使ったからとはいえ、素手で殴り殺したんだ。ムチャクチャだよ!」
さらに呆れたように、さらには若干怒り気味に、リョウはそう言ってきた。
「……なんでおまえが、俺の戦いぶりをしってるんだ?」
「おまえの戦いは、それを見に行っていた金持ち連中に直接見られたんだ。俺の知り合いもいたし、シュンのギルドに登録している奴もいたから、噂は簡単に耳に入ってきた……おまえ、その上流階級の者たちからは、英雄扱いされてるんだよ!」
「英雄……俺が?」
「ああ。さっきも言ったが、あんなバケモノを素手で倒したことに対し、観客は度肝を抜かれたんだ。しかも、戦う理由が娘のためだったっていうのも奴らの心に響いたようだ。実の娘ってわけじゃないが、そんなのみんな知らないからな……全ての上客がスタンディングオベーションで称えているおまえを、なんとしても死なせるわけにはいかない、後遺症も残さず完全に治さないといけない……ラプトンはそう思ったんだろうよ」
「……そういうことか……それで全力で俺を治療したのか……」
納得できたような気がした。
「それだけじゃない……うわさじゃ、奴は相当おまえのことを恐れているらしい。あんなバケモノを素手で殴り殺すおまえが自分に襲いかかってきたら、いくら優秀な護衛をつけていたとしても無事で済むかどうかわからない、ってな……もうおまえと敵対するようなことはないだろう」
「そうか……だったらいいがな。ちょっと脅かしすぎたか?」
「なんか、決めセリフを吐いたらしいな……俺の女に手を出す奴は殴り殺す、だったか?」
「違う! 俺の娘を泣かす奴は殴り殺す、だ!」
「似たようなもんだろう?」
「……まあ、それもそうか」
それで全員、笑い合った。
「……それにしても、実際のところ、何があったんだ?」
「……今思えば、神から授かった特殊スキルが、最大限に発揮されたんだろうと思う。前世で言うところの『チート』だ……俺だけじゃなく、あのとき、ミリアも時間の流れが極端に遅く感じたってことだし」
「はい、そうです……それに、私に信じられないような力がこみ上げてきて、そのほとんどがハヤトさんの方に流れ込んでいくのが分かりました」
ミリアも、あのときに俺と同じような覚醒状態にあったのだ。
「『父性愛』か……最初に聞いたとき、そんな大したスキルじゃないように思ったが……ひょっとしたら、相当えげつない能力かもしれないな。二人同時に発動して、その相乗効果があるんだからな……」
リョウは興味深そうにそう言った。
ちなみに、彼もなにかしらの特殊能力を神から与えられているはずだが、俺はそれを教えてもらっていない。
「……ちなみにだが、おまえ、『パパ活』で出会ったの、お嬢さんだけじゃなかったよな? その子たちには発動してないのか?」
リョウの奴、ミリアの前なのに余計なことを言う、と思ったが、ここで下手にごまかすのも印象が悪い。
「いや……娘のように大事にしたいと思えた奴なんて、ミリアの他には一人もいなかった」
「そうか……だが、もし今後、彼女の他に、そう思える奴が現れたとしたら、その能力、もっと長続きするかもしれないな」
「……どういう意味だ?」
「彼女、本格的に女優、それも名門劇団のヒロインに抜擢されたんだろう? もう、おまえと会える機会なんて、今後はほとんどなくなるぜ?」
リョウが、痛いところを突いてきた。
だが、それも分かっていたことだ。
「……たしかにそうだが……本当の父親のように考えたならば、それでいいんじゃないかな。自分の娘が、文字通り夢の舞台で輝いてくれるなら、それだけで満足だよ」
俺としては、リョウが居るにもかかわらず、ミリアの幸せを祈る言葉を恥ずかしげもなく伝えたつもりだったが……。
「……それはそれで嬉しいのですが、ハヤトさんは……パパは、もっとたくさんの女の子を幸せにできると思います。……神様から授かった能力なのでしょう? 私一人が独占していいはずがありません……それに、私と縁が切れるわけでもありません。私のことは気にせず……新しい出会いを求めてもいいのではないですか?」
ミリアの、俺を思っての言葉は、嬉しい反面、寂しい気もした。
自分のことは忘れて、「パパ活」で新しい娘を探せば良いのではないか、という意味に取れる言葉だったからだ。
そんな俺の気持ちを察したのか、
「あ、いえ、もちろん私の事も忘れてもらっては困りますが」
慌ててそう否定するミリア。
俺と彼女をやりとりをニヤけながら見ていたリョウは、一言、こんな言葉を投げかけてきた。
「ハヤト……知っているとは思うが、この世界、この国は、前世の日本とは違って、地位と財産さえあれば何人でも嫁にできるんだぜ?」
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