第4話 告白


 いまから、久遠 なぎさに告白する。


 放課後の校舎裏。

 俺は、情けない自分と向き合っている。

 緊張で、どうにかなりそうだった。

 手が、つめたい。

 落ち着いていられず、同じ場所をぐるぐる歩く。

 携帯を取り出しては、時間を確認する。画面の数字は、さきほど見てから20秒しか経ってない。

 待ち合わせには、まだ五分ぐらい時間がある。


「はあーっ。むり」


 座り込んで、両手に息を吐いた。弱音を、両手で受け止めるような恰好になった。

 告白なんて、したことはない。

 なんで俺、あんなこと言っちゃったんだろう。

 久遠のこと、好きだからって、なにもいきなり行動しなくても。

 昨日と同じ理由で振られるのは、いやだな。


『想いを言葉にするって、とても大事なことだと思うの』


 ふと、久遠の言葉を思い出した。

 想いを言葉にするのは、苦手だった。周りの目を気にして、うまく自分の想いを言えない。おかげで、誰かに自分から話しかけることも、しなかった。

 この告白は、挑戦か?

 変わりたい自分と、久遠のようになりたい自分がいる。


「だめだ。まとまらない」


 頭が、ぐるぐるする。

 俺は立ち上がって、同じ場所をぐるっと回り、また、座った。

 頭も体も、同じ場所から出られない。

 昨日と同じ校舎裏なのに、今は別の場所に見えた。


「なにしてるの?」


 ふしぎそうな声がかかる。

 ビクッと背筋が伸びた。

 右のポケットから、スマホを取り出す。待ち合わせの時間に、ぴったりだった。


「こ、こころの準備?」


「そう。同じ場所グルグル回って、ため息ついて、またグルグル回って。羽純くんは、それで落ち着くのね」


「うっ、見てたのか」


 意地の悪い顔を浮かべた久遠が、笑っている。

 恥ずかしくて、顔か赤くなる。

 久遠は、俺を見ると少女のような笑い声をあげた。


「ふふっ。ごめんなさい。からかうつもりはなかったの。でも、待ったほうが良いのか、声をかけたほうが良いのか悩んだら、一度声をかけようって思って」


 そう言いながら、久遠はとなりに座って来た。

 また、いい匂いがする。

 さっきまで、ばくばく言っていた鼓動も、すこし落ち着いた。


「ごめんなさい」


「えっ?」


 あれ、俺まだ告白してないのに、振られた?


「違う、違うわよ。さすがに、返事じゃないわ。朝の件よ。わたしが話しかけたから、嫌な空気になったでしょう」


 珍しく慌てた久遠が言った。顔の前で、手を横にふっている。


「ああ、いいよ。びっくりしたけど、久遠が怒ってくれたろ。あれで、どうでもよくなった。やっぱ久遠って、すげえわって思った」


「やめてよ」


 肩を叩かれる。

 ふしぎと、気持ちが落ち着いた。

 先ほどまで荒波だってた感情が、無風になったように、落ち着いた。

 触られただけで、許された気持ちになる。それが、一番うれしい。

 俺って、ほんとうに、久遠が好きなんだ。


「いいか?」


 そう言ってから、立ち上がった。

 久遠は、なにも言わずに立ち上がってくれる。

 明るい日差しを浴びた。

 俺はそこで振り返る。

 静かに、俺の言葉を待つ久遠。

 俺は、ぐっと心臓の前で拳を握り、胸に強く押し当てる。

 今この瞬間、想いに形をつけるために、言葉が存在した。


「ひとめぼれしました」


 ここ一番で、謎の落ち着きがあった。

 目の前の、人形のような久遠を見ていると、なぜか落ち着いた。

 吸い込まれそうな青い瞳。

 ピンク色で、柔らかそうなくちびる。

 漆黒の、乱れを知らない髪。

 どこかを切り取ってもきれいで、ぜんぶが合わさると、天使か?と思うぐらい、近寄りがたい。


「どこを好きなのかっていうと、強いところ。見た目、そんなきれいなのにさ、内面がもっときれいなんだ。たぶん、そこに惚れたんだと思う。教室で、久遠を見つけると、うれしくなる」


 押さえていた胸から、手を離した。

 心と体が、つながった。そんな感覚がある。


「憧れたんだ。俺さ、久遠みたいになりたいって思ったんだ。なんでかっていうと、わかんないけど。あれだけ他の人にさ、真剣に向かい合うの、格好良くてさ。すげえやついるんだって、驚いたよ。すこし話したらさ、好きになっちまった」


 久遠は、真剣に聞いていた。頷いて、俺の話を聞いてくれる。


「久遠からしたら、いきなりなんだろうが、俺は久遠のことが知りたい。だから」


 息を吸って、カラカラになる喉で、叫ぶように言った。


「俺と、付き合ってくれませんか」


 止まっていた音が、鳴り響き始める。

 緊張で、頭が真っ白になりそう。心臓の音がうるさくて、なにも聞こえない。

 久遠は一度、目を閉じた。

 開いた青い目には、決意の光が浮かんでいた。

 笑顔じゃなかった。

 結果を、察してしまった。


「ごめんなさい」


 久遠は深く、頭を下げた。

 俺は、息を吐いた。ここからだと思った。


「まず、羽純くんのこと、よく知らないの。それで付き合えるかと言われれば、むりよ。昨日会っただけの関係で付き合うって、よっぽどの理由がない限りむずかしいんじゃないかしら」


 久遠は、言葉を続ける。想いをぶつけ返してくる。


「つぎに、今日一日あなたに興味をもって見ていたの。気になった点をあげるわね。授業中に、みんなが手をあげるときでも、みんなが手をあげた後に手をあげるフリをする。授業の合間に、まわりとなじめないことを隠すために、寝たフリをする。そんな行動が目についたわ。もちろん、あなただけじゃないわ。でもね、わたし、そういう中途半端な行動が大嫌いなの」


 冷たいまなざしと、真剣な言葉が、俺のなかの何かをズタズタにした。


「昨日、聞いたわよね。髪の色、なんで染めたの? って。あなたは、理由はない。なんとなくって答えた。羽純くん、流されやすいんじゃないかしら。自分の意志で行動していない。その場の空気を読んで、なんとなく行動してるように見えたのよ。自分の行動を、自分で決定できていない。それって、もったいないことだと感じたわ」


 目の前の少女は、腕を組む。すこし足を開いてから言った。


「子供って、まわりの目を気にしないじゃない。公共の場で、わがままに泣くし、叫んだりする。でも、子供って、わるいことばかりじゃないと思うの。行動力はすごいし、一目散に走っていったりする。自分の行動の結果が、まわりにどうみられるかなんて気にしない。我が道をいく。わたしたちは、高校生よ。子供とはいえない。でも、大人でもない。成長過程にあるなかで、まわりと比べてよく見られようと変に意識してしまう。それが、まちがいよ。まわりと比べることに、意味はない。それが、人間の本能だとしても、わたしは、そう思う」


 なにを言っても、様になる。強く、はっきりと、言葉を濁すことも、嘘も言わない。それが、久遠 なぎさだった。


「最後に、個人的な好みの話をするわね。わたし、髪色が明るい人が、そこまで好きじゃないの。似合っていないもの。一度、金髪にしたいって気持ちは、わからなくはないわ。でも、似合うかどうかは別。わたしもそうよ。明るい髪色が、あまり似合わないの。あなたの場合も、そうだと思うわ。率直に、こわいもの」


 一番ぐさりと言葉が刺さった。

 でも、考えたことのある内容だった。


「余計なことまで言って、ごめんなさい」


 もう一度、丁寧に頭を下げられる。


「ひとつだけ覚えておいてほしいの」


 指を一本立てながら、久遠の口が開く。


「告白は、たくさん受けるけど、自分からしたことはないわ。だから、告白するって、どれだけ大変なことか、想像しかつかない。想像するだけで、むずかしいことを、あなたはやった。そこは、すごいと思う。わたしに好きって気持ちを伝えてくれたこと、素直にうれしいと感じるわ。ありがとう」


 眉を下げながら、困ったように笑う。「こんなこと言われても羽純くん、困っちゃうかな」そんな、心の声が聞こえたようだった。


「ごめんなさい。でも、わたし羽純くんのこと嫌いじゃないわよ。素直で、明るい人だと思う。よかったら、これからも友達でいてほしいわ」

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