第2章

その日、所長と係長が謝罪から帰ってきて、案の定、僕は所長に呼ばれた。「おい、飯でも行こか」係長は、かなり落ち込んでいて、僕の顔を見ようともしてくれなかった。


「あのなぁ、A社の担当さんがなぁ、取引中止かもって言うとったわ。えらいことになってしもたわ」強面所長が、妙に優しい顔で話し始めた。


「お前がな、注文受けたまま忘れた商品な、係長が一生懸命売り込んで、やっとチラシに載せてもろたんやで。決まった時、あいつ飛び上がって喜んどったんや。おとなしいあいつが飛び上がって「やったー!」って叫んどったわ」


 僕は、話を聞いて、係長に悪いことしたと心の底から思った。そして「すみません! これから気をつけます!」と素直に謝った。所長に謝って、この場を乗り切れば、また明日からしっかりやれば良いと思っていた。


「あの商品な、注文したお客さんは届くと思ってたのに来ないんで、困ったやろな。お弁当に入れようと思ってたんかも知れんし、晩ご飯のおかずにするつもりやったかも分からん。どっちにしても、うちの商品が届くのを楽しみにしてたんや」


「すいません! もう二度と忘れないようにします!」と深々とあたまを下げて、すぐに謝った。その時は、まだ心の中で「早よ帰りたいなぁ、所長早よ許してや」と思ってて、本当の意味で、自分のやったことの意味が分かってなかった。


「もう二度と? 明日から頑張る? おい! ふざけるなよ! 今日待っていたお客さんは、どう思う? 新人さんが失敗したから届かなかったんですか、あぁ、それは仕方ないですね、次からちゃんとしてくださいねって言ってくれると思うんか? アホか! せっかく頼んだのに届かんようなメーカーの商品二度と頼むか! その人にとっては、うちの商品は、今日必要やったんや。明日届いても意味ないねん。A社さんのお客さんは、がっかりして、A社にはもう注文してくれへんかもしらん。お前のしたことで、A社さんの信用は、なくなってしもうたんや。だから、A社さんのうちに対する信用もゼロや。だから、もう一回取引してもらうのは並大抵の努力じゃできへん。お前は、そのことほんまにわかってんのか!」所長は、赤鬼のような顔で話し続けた。


「お前は、仕事を舐めとんや! 係長の話を真剣に聞いてなかったんやろ? 仕事任されたら、新人かベテランかなんて関係ない。お客さんにとっては、そんなこと関係ないんや! どんな小さな仕事でも、仕事っていうのは、誰かに繋がってるもんなんや。お前の任された仕事が、誰かを幸せにもするし、不幸にもするかもわからん。そういう緊張感を持って取り組もうや! それが責任感を持つと言うことやで。わかったか?」


 知らんうちに僕は泣いていた。ほんまは、係長が、顔も見てくれないで落ち込んでるの見た時から、自分が仕出かしたミスの大きさに押しつぶされそうになっていた。そして、所長の話で心の堰が、一気に崩されてしまった。


 仕事って、誰かと繋がってて、自分の仕事は、誰かを幸せにも出来るけど、下手したら、不幸にもしてしまう。それからの僕は、所長の言葉を肝に銘じて仕事してきた。でも、ほんまにその意味がわかるまでには10年ぐらいはかかったんかな。


「働く」って、動くの横に人が立ってるやん!人が動くことやん!


 働くって、人のために動くこと。


 そして、その人が喜んでくれたら、自分も嬉しい。


 つまり、働くって、動いたことが人の幸せに繋がるとっても素敵なことだよね。


 今、ほんとにそう思う。


 あの時の所長の言葉は、僕の宝物になった。

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働くって、人が動くと書く サーム @sarm1416

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