第16話 乾燥した感想ですが……

 ……さて、当然ながらあの後は大騒動だった。

 当然部室で大怪我をした人間が出たわ、盗難事件について解決したわ、色々と情報が錯綜しているせいで大学側も対応に混乱したらしい。

 間時さんが僕がいない時に事件を起こしたらどうするか……と思ったが、そのまま事件の解決まで特に何も起きなかった。


「……いやはや……すまないね。まさかこんな事になるとは。本当になんと詫びればいいか」


 ちなみに、僕の怪我を見てくれたのは斎藤医師だった。

 本気で謝られてこっちも恐縮してしまった。報酬には色を付けてくれるらしいので、むしろ僕としては得をした気分だったりする。

 右足についてだが……まあ、ナイフだの彫刻刀だのが数本ささって血管を傷つけてたり、石膏用のセメントを入れた袋が見事に骨をボッキリ叩き折ってくれたり……そんな怪我のせいで、順調にいっても完治には三ヶ月くらいかかるらしい。


(……まあ、足が使い物にならなくなったとかじゃなくてよかったよ)

『ひひ、さて……ここに宣言させてもらうぜ? おめでとさん! 黄泉坂大学殺人事件の解決だ! これで晴れて被害者は0人ってわけだな!』

(まあ、あのヤバいサイコパスが野放しになったけどね……)


 ……まあ敬称とかはもういいか。あのサイコ女に関わったせいで散々な目にあってしまった。

 そう言う星の下かも知れないと思いつつも、終わってから事件を起こしたら嫌だなぁと思ってしまう。


(大丈夫かなぁ……)

『ひひ、お前が言う通り俺様に似てるならその心配はねえぜ?』

(そうなの?)

『ひひひ! ああ、俺様的には面白い結果になるだろう未来が見えてるぜ!』

(何その最悪な報告)


 そんな不穏な言葉で、この事件は閉まらない終りを迎えるのだった。



 ……さて、事件が終わってから黄泉坂大学に関わることはないと思っていた。思っていたのだが……一ヶ月ほど経過してから風花さんから呼び出されたので行くことになった。

 まだ松葉杖なのだが、歩けるようにはなっているので自分の足で大学に向かう。途中で人にぶつかったりしながら、なんとか目的地へ。

 やってきたのは、事件の最初と同じ場所だ。一ヶ月も立つとすっかり様変わりしている。


「まあ、大学生とかの一ヶ月はそこそこ長いだろうからね」

『そんなもんかね』


 マガツとそんな風に会話をしながら懐かしい気持ちで見ると、既に掲示板のポスターは貼り変わっていて、美術展の告知はもうどこにもない。

 事件の痕跡はもう残っていない。そんな風に思いながら待っていると、走ってくる足音が聞こえる。


「探偵さん!」

「ああ、風花さん。久しぶりです」

「はい! お久しぶりです」


 元気そうにしている風花さんがやってくる。

 とりあえず、近くのベンチに座る。二人で、自動販売機で買ったコーヒーを飲みながら話をする。


「あれから、色々と大変でした……探偵さんにご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません」

「いえ、仕事ですから大丈夫ですよ。風花さんのお爺さんからも、色々と貰いましたから」

「それなら良かったです……結局、凪都先輩はサークルを辞めてしまいました。盗難という事件を起こして、故意ではなくとも事故まで起きたので……大学側からの処分もありましたが、先輩も居たたまれなかったのか……しばらく学校では見ていないです」


 ……まあそうだろうな。凪都くんは、見た目こそ変わっているがマトモな人間で……弱い普通の人だ。

 だからこそ、今回の事件に走ってしまったのだろうから。


「そうですか……サークルは大丈夫だったんですか?」

「色々とトラブルはありましたけど……それでも、なんとか存続していますよ!」


 そういうものの、ちょっとばかり痩せたように見える風花さんは色々と気苦労があったのかもしれない。


「事件の方は……あの後どうなったのかな?」

「はい。今回の事件は探偵さんの推理通りで凪都先輩が言った通りでした……ただ、凪都先輩はこっそり他のサークルから持ち出してたらしくて……しばらく大学には来れないと。あと、他のサークルの方はちゃんと管理してないからだって大学側に怒られちゃったそうです」


 やはり、大学も大事になってしまった以上は処分をすることになったか。


「サークルの皆さんは変わりないですよ! ただ、小沢先輩はまだ落ち込んでいて……でも、相葉先輩はいつもどおりどっしりと構えてくれて、冬希先輩はいつも楽しそうにしてくれてます。皆悲しんでたら、暗くなるからって言ってました!」

「あはは、冬希ちゃんらしいね」

「はい! ちょっとずつ、元通りになってはいます!」


 短い間とはいえ、付き合いがあったのだ……まあ、僕からすると相当濃密な時間を過ごしたけども。

 そんな中で見てきた彼らが元気にしているのを聞いたら、僕も一緒に嬉しくなる。


「そういえば、間時さんは?」

「彩子先輩は……サークルの方は辞められました。引き止めたのですが、やりたいことが出来たんだっていって……誰のせいでもないから、気にしないで良いって言われたんです。でも……気を使ってくれたのかなって……」

「いや、そんなことはないよ。あの事件の時に話をしたけど、間時さんにはやりたいことが見つかったんだと思うよ。あの事件の時に話したから分かるよ」

「そう、ですか……探偵さんがそう言ってくださるなら……そうなのかもしれないですね」


 力なく、それでも笑みを浮かべる風花さん。まあ、実際あのサイコ女が気を使ってるわけがない。

 多分、本気で美術サークルがどうでも良くなったから辞めたに決まっている。まあその理由は……いや、考えるのは辞めておこう。


「僕は元気にしてるけど、風花さんも元気そうで良かった」

「はい! ……落ち込んだり、自分が余計なことをしなければって考えたときもあります。でも、これは必要なことだったと思うんです」

「それならよかった……こうして探偵をしてると、事件を解決しても素直にハッピーエンドってわけには行かないことばかりだからね。事件が終わってからサークルを風花さんが辞めなくてよかったと思うよ」


 探偵の仕事なんてそんなものだ。解決をしてハッピーエンドを迎えるよりも、結局悲しい結末になることのほうが多い。

 それでも、僕が関わるなら出来るだけ笑顔が多くあってほしいけど。


「いえ、探偵さんは正しいことをしてくれました! もしも、誰もこの事件を解決しなかったら……きっと、どこかでもっと辛いことになっていたと思うんです!」

「そうかな……うん、そうだといいな」


 笑顔を浮かべた僕に、風花さんも笑顔を返してくれる。

 そうして、風花さんは立ち上がる。


「それじゃあ、探偵さん……お世話になりました! その……また、なにかあればお願いするかも知れません! あ、でも今度はもっと平和な頼み事がいいですよね?」

「そうだね。迷い猫を探したり、居なくなった人を探したりなんて仕事も承ってるから気楽に連絡をしてくれたら良いよ。これが名刺だね」

「わ、ありがとうございます! 実は、私もちゃんとした絵を描き始めたんです! 完成したらご連絡するので……その、見に来てくれたら嬉しいです!」

「うん、そのときは喜んで見に行くよ」

「はい! それじゃあ……また!」


 そう言って一礼してから、風花さんは手を振って別れる。

 ……ああ良かった。最初のときも助手をしてくれた風花さんが元気でいてくれて。アレだけショックなことや様々な事情が積み重なって大変だろうに……それでも強く立ち上がって、絵が好きだと自覚して次に向かっていける。

 なんというか、この事件に関わってよかったと思えた。


「……さてと」


 立ち上がりこのまま大学を去りたい気持ちを抑える。


「……行かないと駄目だよなぁ」


 気づいたら、いつの間にかポケットに入っていた紙。

 そこには大学のとある場所に来てくれと明記されていた。



 そこは大学のカフェのようになっている場所だった。

 既に席に座っている怪物が一匹。こちらを見て、ニンマリと笑みを浮かべる。


「あ、やっほー。探偵クン」

「……間時さん」

「ああ、私のことはアヤでいいよー? いいよね?」

「……アヤさんで。そこまで親しくないんで」


 というか、なりたくない。そんな意図を込めて言うけど何故か楽しそうに笑顔を浮かべている彼女が聞き届けてくれる感じはない。

 ああ、座りたくないなぁ……アヤさんは何を言い出すかわからない。何をしでかすかわからない。というか、なんで今回はこんなにご機嫌なんだと言いたい。

 僕もコーヒーを注文してから座る。


「いやー、大怪我だったけど大丈夫だった?」

「なんとか無事だったよ。君のせいだけどね」

「ああ、やっぱり気づいてたんだ? 結構ギリギリに気づいたみたいだったけどね。いやー、ほんとすごいよ」

「……それで、今日はどんな用事で?」


 早く話を切り上げたくて、そう言うがこっちの反応を楽しそうに見る彼女は簡単に離してくれそうにない。

 こんなに嬉しくない女性との会話はそうそうないだろう。


「用事っていうか……答え合わせとかかな? まず……探偵クン、私がサークルの全員を殺そうとしてたの気づいてたよね?」

「……少なくとも、アヤさんがサークルの誰かを殺すかとは思ったよ」

「ああ、そこまで気づいてたんだ? ……あはは!」


 いきなり笑い出す。怖いよ。


「いやー、やっぱり面白いなぁ。探偵クン。私の予想では……もっと出来ないはずだし、たどり着かないと思ったんだよね。事件の真相とかに。足りないし、たどり着かない。騙されるような要素だけで放り出した……でも、なんだろう……不思議だよね。絶対に踏むはずの罠の手前で気づいて避けるんだよね。探偵クンは」

「……」

「野生の勘? なんかまるで未来を知ってるみたい。ま、そんなわけないけどね。でも、最後に私の、適当に作った証拠を使ってブラフを張ったの。あれとか最高に面白かったよ。ゲームなんて変な提案をしてくるから、何を見せてくれるかと思ったけど……凄いよね。ああ、こんなにも予想を超えられるのは面白いんだって感動しちゃったもん」


 本気で何だこの怪物。あの短い時間でどこまで読み取っているんだ。ありえないと切り捨てているが、僕のやり直しも可能性に入ってる。

 頼むから僕みたいなもどきじゃなくて、本当の名探偵と戦ってくれ。怪物退治は探偵の仕事じゃないんだ。


「うん、やっぱり探偵クンは面白いし、私に思ってもないサプライズをしてくれるのがいいね! 私って、生まれてこの方ずっと優秀だったからさー。何でも出来るけど、限界だってすぐに分かる。だから面白いこともなくてさー。サークルだって暇潰しだったんだよ? でも、退屈なことをする場所になった。だから、適当に事故死させて抜けて終わり。次の所を見つけようかと思ったら……そこに君が来たんだよね。いやー、面倒がって殺さなくてよかったー」

「さらっと嫌なことを言わないで欲しいな……まさかだけど、僕が来なかったら殺人事件は起こさなかったの?」

「うん、そうだよ? 破滅願望もないし、殺すからって何が楽しいの? 邪魔だから消すだけなんだし、バレないようにするでしょ。でも、今回は探偵なんて面白い要素が紛れ込むんだから折角だし面白いことをしたいじゃん? この先、生きてても同じようなシチュエーションなんて来ないんだし、事故死に見せかけたのがバレたら嫌でしょ? 最初は遊べる相手かなーって程度だったけどさ。私が殺し尽くすのが早いか、バレるのが早いかのゲーム。」


 ……ああ、そう言うことか。

 あの頭上から落下した石像もそうだが……面倒にならないように事故死に見せかけるような死因を多分想像するよりも沢山仕込んでいたんだ。

 だが、僕という不確定要素がやってきた。この怪物は、それを娯楽だと捉えて全て投げ捨てて殺人事件に事件の方向性を切り替えたわけだ。うん、最悪だ。


「だっていうのに、尽く私の予想を超えて……なんと、誰一人として殺すチャンスをくれなかったんだよね! だから、なんだか楽しくなったんだ! だって、そうじゃない? 勝てて当然と思った相手が、あと一歩でヒラヒラと回避してくるの……初めての経験だから面白くって。面倒だから殺そうと思ったタイミングで、私の考えを読み切ってゲームを提案してくる所なんて痺れちゃったよね!」

(あの時、そんな風に思ってたのか……いやまあ、チャンスがあると即殺しに来てたけど)

「うん。そうだ。私はすごく楽しかったんだ。ね、探偵クン」


 ニコリと微笑む。

 今までで一番柔らかくて魅力的で……恐ろしい笑み。


「私と恋人にならない?」

「絶対イヤだ」


 何いってんだこの怪物は。

 多分恋人って書いて生贄って読むやつだ。


「あはは! そう言うと思った! じゃ、またねー。今度はちゃんと準備をして会う予定だから楽しみにしててね」

「なっ、ちょっと……」


 とんでもないことを言い残して、軽やかに歩いていくアヤさん。追いついたところでどうするんだという理性が僕を座らせる。

 ……ああ、最悪な相手に目をつけられた。


『ひひひ! いいじゃねえか! またお前が何度も死にまくる時が来るってわけだ!』

(……最悪だよ。絶対に来てほしくないけど……なにかしてくるんだろうなぁ)

『俺様としちゃ、なんでもいいぜ! 俺様が楽しければなぁ!』


 そんな自分勝手な言葉に、この邪神とあの怪物、どっちがマシかを考えてどっちもどっちだと結論に達する。

 すっかり冷めたコーヒーを啜りながら、せめてもうしばらくは平和に生きたいと望むばかりだった。

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名探偵は必要ない 事件終了から目指す死亡者0人エンディング Friend @Friend

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