第15話 ゴールが見えたら突っ走れ!
「……僕が犯人……ですか?」
それは閃きだった。
ロジックが追いついていない。僕の中での答えになりきっていない。それでも、小沢さんを犯人だと告発したら決定的に間違えてしまう……そんな判断をしたから出した結論だった。
『ひはははは! お前正気か!? さっきまで明らかにそっちの女が犯人ですよーって目をしてたじゃねえか! どうした!? 狂ったか!?』
(うるさいよ。今考えてるんだ)
『はははははは! 今考えてる!? 本気でか!? 本気で言ってんのか!? ひー! 駄目だ! 腹がよじれる! ひはははは! 笑い死ぬ!』
……そのまま笑い死んでくれたら世界平和に繋がるんだろうなぁと思いながらも、思考を回し続ける。
「ええ、凪都さん。貴方が犯人です」
「待ちなよ……なんで私を見てたんだ? まさかとは思うけど……思いつきで変えたとか言わないだろうね」
「違いますよ。反応を見ていたのは確かですけどね」
うぐ、鋭いな。
……とはいえ、間違いではないと信じろ。ロジックを作り上げていくんだ僕。
「まず、この部室から盗まれたものを考えた時に思ったのは……おそらく、盗んだ人間は相当に他人をよくみていると思いました」
「……というと?」
「同じ部員だとして……誰が何を無くしたら困らないかを判断するのは難しいです。例えば、相葉さんが砥石を紛失しましたが……それで困ってないんですよね?」
その質問に、岩のように静かだった彼は言葉少なく答える。
「……ああ。以前使い終わった物だ。しばらく用はない」
「今回の事件は、突発的なのか計画的なのか分かりませんが……細かい部分で丁寧です。例えば、決して被害は大きくならないものを選んで盗まれている」
事件の終わりからの逆算というズルをしているからこその答え。
だからこそ、ここで知らない情報を出さないように気を使いながら彼らに推理を披露していく。
「それだけ被害を大きくしないように選ぶという行為はサークルについて詳しく知っている人間じゃないと成り立ちません。それも、誰が何を無くしたら困るかまで把握しているような人物が」
「それだから僕がやったっていうんですか? 流石に短慮すぎませんか?」
「そうですね。確かに状況証拠も不足していますし……僕の推測の要素が大きすぎますからね」
すんなりと認めた僕に、疑惑の表情を向ける。どういう意図が込められているのかを読み取ろうとしているのかもしれない。
まあ、現実はボロが出ないようにボロが出ないように取り繕っている姿なのだが。
「ですが、証拠があるとしたらどうでしょうか?」
「証拠……!?」
その言葉に、ざわりと場の空気が動く。
それは当然だろう。ここに来て証拠が出てくるとなれば話は変わる。
(……まあ、多分予想があってるならこの証拠は使えないんだけどね。本来は)
『本来は? どういうこった?』
(この場、この状況だからこそ有用活用できる手があるんだよ)
答える前に、僕は隠し持っていたそれを掲げる。
探偵道具として持ち歩いている現場の物をしまうためのジップロック。その中には、使い込まれた可愛らしいデザインのとあるものがしまってある。
「……なんですか、それは?」
「先程、冬木ちゃんと一緒に庭先を見た時に見つけたものです……多少汚れていますが、おそらく財布でしょう」
「えっ!?」
部室が驚愕に包まれる。
それは当然だろう。盗まれたはずの部長の財布。それが見つかったのだ。
「なんで私の財布が……!?」
「あ、あの……それだと、小沢先輩が本当は盗まれてないのに嘘をついたことになるんじゃ……」
そんな言葉に、小沢さんの表情が変わる。
「そ、そんなわけないでしょ! なんで嘘なんて……!」
「でも、絶対になくさないって言ってたのに見つかったら……それも、庭先なんて……」
混乱と動揺で声が大きくなっていく中で、僕は手を叩いて注目を集める。
「ええ、これは小沢さんの財布かどうかは確定していません。それに、僕はあくまでも見つけただけ……ですが、今回の犯人が用意周到であると考えればいくら慌てていても……自分に繋がるであろう致命的な証拠だけをうっかり残す……こんな凡ミスをするとは考えにくい」
「確かに、探偵さんの推理だと犯人は被害を大きくしないようにしていましたし……」
「……だから最初に、やけに犯人が丁寧だなんて言ってたのか」
特に考えてはいない。ぶっちゃけ時間稼ぎだ。
とはいえ、良いように解釈してくれる分にはありがたい。それに、自分の中でも徐々に答えらしい言葉を紡げてきている。
「そうですね。これが偶発的なのか、失敗なのかは分かりません。しかし、こうして手元に証拠が残っているのは現実です。ですから……これは間違いなく犯人の指紋が残っているでしょう」
「……え、でもそれだと小沢先輩の指紋しか出ないんじゃ」
「いえ、犯人は指紋を検査されるとまでは考えていないはずです。だから、間違いなく指紋は残っているでしょう。もしも、犯人の指紋が残っていなくて小沢さんの指紋だけが出てきたのなら……その時は小沢さんが犯人である可能性が高くなりますね」
「なっ!? そんな無責任な……」
「まあ、ほぼないと思いますが」
そういいながら、凪都くんを見る。
その顔は真っ青だ。どうすれば良いのかわからないという顔。……弱っている所に悪いが、ズルい事をさせてもらおう。
「検査には僕が懇意にしている所にお願いできます……とはいえ、警察関係の組織なのでちゃんと盗難事件の証拠品だと申告しないといけません。ここで犯人が名乗り出ないのであれば、大学にも話を通して事件として正式に扱わせてもらいます」
……そして、しばしの沈黙。だが、これはもう心が折れているのだろうと理解が出来た。
(……これで解決かな)
『おい、説明しろ。なんであっちの男の方だって分かったんだ?』
(間時さんが殺してないから)
その言葉に、首をひねるマガツ。
『……殺してねえから?』
(間時さんの性格で、自分の邪魔をした奴を殺してさっさと終わりなんてつまらないことはしないよ。自分に対して手を出して相手を、鼠を痛めつけて遊ぶ猫みたいに追い詰めて追い詰めて、最後に活かすはずだよ。ずっと傷になるようにね)
『あー、なるほど、たしかにな。サクッと死んじまったら楽しむ事も出来ねえからな』
本当に邪道な推理だが、あの怪物の性格を考えて代表が犯人だと考えれば最初に殺した犠牲者になるわけがない。
『ああ、あとあの財布。都合よく持ってたな。あのねーちゃん』
(多分これ、偽造された偽物の証拠品だね。指紋を本当に調べたとしても、間時さんの指紋しか出てこないよ)
『……ひはははは! いやー、最高に面白え奴だな! どんなクソ度胸だよ! それに、ご褒美って空気で偽造した嘘の証拠を渡すのか!?』
(……まあ、やるだろうね)
間時さんを見れば、信じられないとでもいいたげに口を抑えて真剣な表情をしている。
……ちらりと見えた口元は、本当に楽しそうに笑っていた。
嫌なものを見たなぁという気持ちで、最後の通告。
「では、名乗り出ないようならここで……」
「……僕は……ただ」
そして、犯人である凪都くんは限界を迎えたのか、膝から崩れて言葉を吐く。
……心が折れたのだろう。
「最後だったんだ……絵を辞めるか、どうかで自分にケリをつける……部長に勝てないなら……すっぱり諦めようって。こんな見た目にしたのだって……」
声を震わせてポツポツと語っていく凪都くん。
……長いから要約すると、美術展で部長の絵と自分の絵。どちらか選ばれるかでこのサークル活動にケリを付けたかったのにそんなのを無視する化け物みたいな才能の奴が入部してしまった。美術展への出展をやめてくれともいえず、妨害のチャンスが出来てしまって魔が差したと。
凪都くんに対して見た目に反して真面目と思っていたが、真面目すぎて拗らせたのだろう。
『毎回思うけどよー、こういう自供とかを聞き飛ばすお前って本当に人でなしだよな』
(いや聞いてるけど、事件が終わってないし相手はあの間時さんだからね?)
出来るのなら解決をした達成感にもう少し浸っていたい。なんなら、罪悪感だって覚えていたい。
しかし、あの間時彩子はそんな余裕すら許してくれるような、油断できる相手ではないのだ。
「……許してくれとは言わない……僕は……」
「先輩……」
「大内先輩……なんで、言ってくれなかったんですか!」
そして、間時彩子が動いた。
今まで聞いたことのないような、迫真の声で詰め寄る。それのせいで、凪都くんは思わず後ずさる。
「私がそんな、狭量な女に見えますか?」
「ぼ、僕は……」
(とんでもないサイコパスには見える)
『あれ、どんな気持ちでやってんだろうな』
そして、詰め寄りながら……ふと気づいた。
間時さんの動き方が不自然だ。凪都くんを後ずさるように追い詰めているが……どこかに誘導しているように見える。
(……あっ!)
そして、部室内に視線を向けて気づいた。
それは、とある棚に向けて誘導していると。いや、本気かあの女!? もうすでに棚へぶつかりそうになっている。
「ぐっ……あぶ、ないっ!」
「えっ……?」
「探偵さん……?」
サークル内のメンバーがぽかんとしてこちらを見て……既に凪都くんは棚にぶつかってしまった。
そして、その衝撃でバランスが崩れ棚の上に積み重なっていた物が落ちてきて……
(いやいやいや!?)
なんで刃物とかが降ってくるんだ!?
このままだと凪都くんは間違いなく重症だ。場合によっては死ぬ可能性が高い。
流石にそれを見過ごすわけには行かない……ああ、くそ!
(これで死ぬのは嫌だけど、変に生き残るのも嫌だなぁっ!)
感覚が狂ってるかもしれないが、死ぬなら傷は残らないが死なないと後を引くのだ。
そう思いながらも、凪都くんにタックルをして二人で飛び退く。
「うぐっ……!?」
上体は大丈夫だったが、右足に明らかに嫌な感覚。というか、固くて重い物もぶつかった気がする。
そして見てみると……タックルの衝撃で凪都くんは気絶している。とはいえ、呼吸はしてるから大丈夫そうだ。
「……良かった」
「きゃあああああ!?」
「た、探偵さん!? だ、誰か! 先生を……いえ、救急車……!?」
大騒ぎになっている中、僕に応急処置をしようとするとでも言いたげに駆け寄ってきた間時さん。
そして、僕を見てニッコリと……それこそ、今までで最高の笑みを浮かべる。
「探偵クン、凄いよ。本当に。私の予想を全部越えたよ」
「……そりゃ良かったよ」
「ああ、こんなに楽しいなんて初めて! ねえ、探偵クン……もっと遊ばない? 探偵クンなら、私の良い遊び相手になってくれると思うんだよね……!」
興奮したように口早にそう言って目を輝かせている。
……まあ、答えなんて決まっている。
「絶対に嫌だよ」
僕を最悪なゲームに巻き込むのは、この横にいる邪神だけで十分なのだ。
……感覚ないのに熱いけど、右足大丈夫かなぁ。
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