第14話 本走ではアドリブ力が物を言う
「さて、皆さん。お忙しいところ時間を取ってくださってありがとうございます」
「……別にいいけど。盗難の犯人がわかったって本当なのね?」
代表さんからそう言われ、迷いなく頷く。
……絶対に当たっているという自信はない。それでも、間違っていると思っている態度を見せてしまうわけにはいかない。
(事件を解き明かす時に心がけるのは、間違っていないという自信を持つことだ。分かっていないとしても、惑ってはいけない)
『ひひ、それ詐欺師の常套句じゃねえか?』
(……まあ、なんにでも言えることだからね)
その言葉を否定できずに、マガツにそう言い訳をしてから全員を見渡す。
集まっているのは芸術サークルの面々。彼らを前に僕は推理を披露する。
さあ、大勝負だ。
「……まず、今回の事件について。これは盗難事件じゃありません」
「えっ……!?」
「いやいやいや!? 待ってほしいっす! サークルで色んなものが盗まれたっすよ!? それに、他のサークルだって盗まれてるっすよ!?」
僕の推理に対してそんな反論がでてくるが……当然ながら、その程度は想定している。
「これは盗難事件ではありません……盗難を隠れ蓑にした、とある個人に対する嫌がらせ……悪意のある行為です」
その言葉に、場の空気が変わる。
それは和やかなものではない。当然ながら、それを宣言した僕に向けられる視線は厳しいものだ。風花さんですら、なんとも言えないという視線を向けている。
「……本気で言ってるつもり?」
「ええ、本気で言っています。まずは……この事件について、今から順序立てて解説していきましょうか」
僕がこの事件に違和感を持ったタイミング。
それは、この事件をやり直し始めて最初のあたりだった。
「最初に僕が違和感を覚えたのは……本当に最初の方です。盗難事件の被害を聞いていて、一人だけ盗まれてしまったものに違和感があると感じたんです。それが誰かといえば、そこにいる間時彩子さんです」
そう言って指をさすと、私ですか? とでも言いたげな表情を浮かべる。
……本性知ってると、本当に白々しいなぁ……
「そんな、私が……?」
「……ええ、そうです。彼女だけは盗まれているものが新品の画材……他の人が盗まれているものに対して不自然なんですよ。例えば、使い古した財布にしても使われているデジカメにしてもそう。砥石やアクセサリーなんていうものは……いわば、盗まれてもすぐに困るものじゃありません。でも、新品の画材なんて盗まれた人間だけが困るものですよね」
「で、でも。他のものだって盗まれたら困るもので……」
「なんというか、絶妙なラインなんですよ。困るけども、逼迫(ひっぱく)するほどではない。ですが、画材だけは逼迫していますよね……? そう、彼女が制作活動が出来ないという点で」
風花さんはなんとか擁護をしようとするが、それを切り捨てる。
何を作るのかはわからないが……美術サークルでわざわざ新品を新規に購入するならばすぐに用意できない事情もあるのだろう。そんなものが無くなれば、最初の創作の予定は大きく崩れる。
「お金目的にしては、新品の画材が浮いていますよ。知識がないならもっと分かりやすい金になるものを狙います。美術サークルに対する嫌がらせという点も……風花さんに被害がないことを考えると薄そうですからね」
「……他のサークル被害はどうなるんだ?」
「ああ、良い質問ですね相葉さん。他のサークル被害は……半分は盗難ではないと思います。もう半分の可能性としては……犯人がごまかすために盗んだ場合もありますか。美術サークルに比べて盗難されたものが不透明で、金目的でも嫌がらせ目的でも盗まれる意図が読めない物ばかりですから」
最初のこれを思いついてから盗難に動いたのか……もしくは、可能性として最初に紛失されたことを愚痴などで聞いて思いついたのかも知れない。
他のサークルを巻き込んでしまえば盗んだことを知らない誰かのせいにして大きくごまかすことが出来るのだから。
「……それで、探偵さん。一体犯人は誰だというんですか? まさかと思いますが……」
「そうですね。犯人について……こうして言葉にするのは正直言って居た堪れない気持ちもありますが……それでも、雇われた探偵としての職務を果たすために言わせていただきましょう」
そして、サークルのメンバーに向けて宣言する。
「犯人は、この中にいます!」
「……」
「そ、そんな……!」
「本気で言ってるの?」
「……いやいや」
それぞれは三者三様の反応を見せる。
……さて、最後の詰めだ。ここで間違えるわけにはいかない。
(……この時ばかりは名探偵になりたくなるよ。ズルをして色々と助けられてるのに最後の答えに辿り着けているかわからないんだから)
『ひひ、大外れしたら巻き戻ししないでおいてやるぜ』
(ありがとう、クソ邪神)
そして、まずは犯人候補をドンドンと絞っていく。
「まず、今回の事件で被害のなかった風花さんは除外します。まあ依頼人ですし……何よりも、今回の嫌がらせに置いて新入部員の彼女では盗むものとして判断が難しいでしょうからね」
「……そうだね。アクセサリーなんて随分前に外してそれっきりだ。風花が知る余地はないよ」
お、代表さんが補足してくれた。
さて、次に候補から外すのは……
「次に冬希さんと相葉さんも除外です。というのも……これが起きた理由は、美術展が原因だと判断しているからです。わざわざ手の混んだ嫌がらせをしてメリットがないですし、動機になりえない」
その言葉に、サークルメンバーの視線が二人に集中する。
「彼女の創作活動を妨害してメリットのある人……それは代表の小沢春名さん。副代表の大内凪都さん。貴方達が今回の盗難事件での犯人候補です」
「……はっ、私達が? ふざけてんの?」
「冗談で言っているのなら……流石に悪趣味ですよね」
当然ながらそんな反応を返す二人。さあ、ここからさらに大変だ。
……本当に大変だ。なにせ、証拠らしい証拠は一つしかない。しかし、これすらも確定要素ではないのだ。
「僕の調べられる範囲での推理です……まず、動機ですが美術展に参加して選ばれるのは各参加サークルで一人だけ。そして、間時彩子さんは前年度では大賞に選ばれて見事に美術展で飾られている……素晴らしいことですが、そうなると面白くないのは以前まで美術展を目指して鎬を削っていた二人だ」
「……実力が足りなかっただけでしょ」
「ええ、そうですよ。彩子さんの才能が……」
「ですが、今年で貴方達は卒業だ。間時さんにはまだ来年もある。そんな中で……最後くらい、自分の実績を残したいと考えても不思議じゃありません」
その言葉に……迷いのない否定が飛んでくることはなかった。
僕はそこに込められた思いを察する事はできない。だが、自分の積み重ねた何かを残せる最後のチャンスだと思った時に……魔が差す事はあるだろうとは思っている。
何度も事件を見てきて、何度も犯人の供述を聞いてきた。
人は、簡単に間違える。
「……さて、ならばどちらが今回の盗難事件を起こしたのかが問題となります。動機としては、どちらでもありえます。たとえば、小沢さんであれば最後の美術展……そこで出すチャンスがあるとなれば、魔が差してもおかしくないですから」
ふと、懐に入れている物に触れる。
この事件の犯人につながるであろう証拠品……そう、これを出せば犯人は確定すると言っても良い。
それを出すかどうかを悩み……
『ひひ、出しちまうか?』
マガツの言葉に……僕の指は止まる。
(……これを出せば、犯人は決まる)
だが、それでいいのか?
脳が回転する。ここで正しい選択肢を選ぶための答えを。
間時さんからのヒント。そしてこの事件における彼らの立ち回り。そして……ああ、そうだ。この事件の犠牲者を考えて……答えが出た。
「そして僕が導き出した犯人は……貴方です!」
そうして僕の指は小沢さんに向いて……そのまま止まることなく動き、彼を指出す。
「大内凪都くん……君が犯人だ」
そうして、犯人として導き出した彼を指差した。
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