第10話 ゲーム中にもゲームをするのか……

 引きずり出した怪物……間時彩子は、心底楽しそうだという笑みを浮かべている。先程までの柔らかい笑みとは違って、まるでピエロのような不安にさせる笑み。

 笑顔というのは同じ人間が浮かべてここまで印象が変わるのか。


「……間時さんは、そっちが本性でいいんですかね?」

「ん? どれが本性かなんてどうでもいいんじゃない? ああ、タメ口でいいよ。もっと気安いほうが好みだから」


 そんな提案をされる……さて、乗っておこう。

 ここで彼女の機嫌を損ねるのは得策じゃない。


「……なら、そうさせて貰おうかな。これでいいかい?」

「ん、オッケー。それで……探偵クンの予想は大正解。私は今回の事件の犯人を知ってるよ。まあ、お粗末だよねー? 普通に考えて分かるじゃない?」

「普通に考えても分からないから、事件なんて大事(おおごと)になったんじゃないかな」


 そんな風に会話をする。

 だが、この雑談に対しては興味がないのか、視線を他の場所へと向けている。


「ふーん、そっかー。そういうものかな? まあどうでもいいけどね」


 軽薄でありながらなぜか彼女の言動や行動から目を離すことが出来ない。

 負の引力とでもいうのだろうか。底の見えない井戸を覗いているような、高層ビルの縁を命綱無しで歩いているような。そんな恐怖心にも似た感情で彼女に惹きつけられる。

 異常な存在が目を引くのは、こういう理由なのだろう。とはいえ、飲み込まれている場合ではない。


「それで、探偵クンは私が知っていることを知りました。おめでとー! で? それが分かった探偵クンは……私に、何を提案したいのかな?」


 ……正解を引いた。肉食獣に睨まれたような状態だが……この展開になるのを僕は待っていたのだ。

 彼女が本性を見せて、なおかつ僕の提案を聞こうとしている。彼女の興味を引くことが出来た。

 それは、何よりも大きい一歩であり……そして、本当にこの事件を終わらせるためのスタートでもある。


「僕からの提案は……ゲームをしないかってお誘いだよ」

「……ゲーム?」


 さあ、ここからだ。

 

「そう。僕はまだ犯人を知らない。要素はあっても、そこまで辿り着けてない状態だ。なにせ、まだ情報が足りてない」

「うん、確かにね。むしろ、そこまでたどり着いてるのは凄いと思うよ?」


 褒められるが、目は笑っていない。

 ……駄目だな。笑顔だけども彼女の感情は読みとれない。何を考えているかわからないからこそ、正しいのかわからなくなる。


「ありがとう。でも、事件を解決できていないのは赤面の至りだよ」

「へー、探偵クンって自信家なの?」

「自信家ってわけじゃないよ。ただ、探偵としてプライドがあるってだけさ」


 怯んではいけない。相手のペースに乗らないように、胸を張れ。

 さあ、ここからやり通すんだ。


「それで……この盗難事件の真実を知っているのに、黙っている間時さんがどういうスタンスなのかを見たかった。だからここで声をかけさせてもらったんだ」

「そうなんだ。やけに私を気にしてると思ったけどそう言う理由だったんだねー」

「ジロジロと見て申し訳なかったけど、これも探偵の職業病だからね」


 ……やっぱり自分に対しての視線は分かっていたのか。

 とはいえ、動揺は顔に出さない。僕だって演技では負けちゃいないのだから。


「そうして……今の君の本性を見て、考えを改めたんだ。最初はお願いをして、事件について言えない理由があるなら手助けをしようと思ったんだけどね」

「あはは、アテが外れたみたいだね」

「まあ、楽はするなってことだね。そうして、君に対してはゲームという形で提案をするのが良いと思ったんだ」

「ふーん?」


 その言葉を聞いて、間時さんは首を傾げている。

 ……まあ、なぜそういった結論になるのか。それがわからないと行った所だろう。


(とはいえ、間違ってないはずだ)

『ひひ、さーて。間違ってないなんて自信満々なお前が失敗をして呆気に取られる間抜け面、楽しみにしてるぜ?』


 マガツは無視。そっちに気を取られると、油断してボロが出てしまう。

 さあ、ここからが正念場だ。


「ゲームの内容としては……知恵比べかな? 僕が事件を解決するために今から情報を集める。君は僕に対して好きに妨害をしてもいい。刻限までに集まった情報だけで、僕はこの盗難事件の犯人を見つけて、あのサークルで事件の全ての真相を暴く……っていうのはどうかな?」

「んー」


 興味はあるが、何かが腑に落ちない……そういった様子だ。

 そして、僕に純粋な疑問だといった表情をしながら質問を投げかける。 


「ねえ、なんでそんなゲームだなんて提案をしたの? 一体何を見て、それを選んだのかな?」

「……そうだね。白状をするなら君の本性を見て、とある知り合いの顔が思い浮かんでね。アイツならどういうのがいいだろうって考えて、この形が一番良いかなって思ったんだ」

「へえ……私と似てるのかな?」

「見た目は全くにてないけど、中身がちょっと似てるかな。とはいえ、紹介はできないんだけどね」

「あはは、別にいいよ。出会ったら多分殺したくなるだろうし」


 にこやかな笑みを浮かべてそう言う……いや、洒落にならないな。

 表面上は冗談のように受け止めているつもりだが、内心では冷や汗が止まらない。


『ひひ、そんな知り合いなんて居たか? お前に友達なんていねーだろ?』

(うるさいよ……まあ、知り合いってマガツだけどね)

『はぁ? 俺様?』


 そう、誰に似ているのかと思ったのだが……間時彩子の本性はどこかマガツに似ているのだ。

 どこか隔世的であり、己の楽しさを優先し、人を人と思わない存在。

 誰に似ているかと考えて……間違いなく、マガツだ。目の前をこの邪神と同じカテゴリで扱う。それが僕の作戦だ。


(だから、マガツだと思って僕は喋っていたし……マガツが喜びそうな提案したんだよ。間違ってたらどうしようかとヒヤヒヤしながらね)

『えー? その女がこの俺様に似てるかぁ?』


 不満そうな表情で首をひねっているが……似ているとはちょっと違う。僕の知っている中で一番マガツに近いのだ。人というよりも邪神と同じような精神性なのだ。

 だからこそ……退屈よりも自分の楽しさを優先する。事件の終わりだってそうだった。彼女にとって、楽しさは自分の危険よりも上なのだ。


「んー、面白い話を聞けたしいいよ。でも探偵クンに対する妨害ってどこまでオーケーなの?」

「そうだね……僕に対する妨害に制限はなし。ただ、他の人を巻き込まない方向で……それでどうかな?」

「うん、それならいいよ。いいね、ちょっと面白いかな」


 あっさりと。本当にあっさりとオーケーを出された。

 ……良かった。これで本当にこの事件の第一歩を進めれるわけだ。


「それじゃあ、今からスタートってことで」

「オッケー。じゃあ――」


 気づいたら、僕は心臓を突かれていた。

 ……いやいや、待ってくれ。


「はい、おーしまい。そんなに油断してたら、面白いゲームになるわけないよね?」

「ぐっ……まあ、僕の落ち度だね……げほっ……」

「案外余裕そうだね。はいっと。じゃ、ばいばーい」


 グリンと刺されたナイフが捻られて、僕の体に力が入らなくなり崩れ落ちる。そして、笑顔で手をふる間時さん。

 マガツが笑い転げているのが見えて……そして世界は灰色に。


『さあて! 次の処刑だ! いやー、あんだけドヤ顔して殺されて世話がねえなぁ! ひはははは!』

「……甘んじて受け入れるよ。だから早くやって次に行かせてくれるかな」

『いいぜぇ! じゃ、そんなお前に元気が出るように苦しく処刑してやろうじゃねえか!』


 そういって、僕は気づいたら狭い箱……いや、違う。何かの彫像のようなものの中に押し込められていた。

 そして、徐々に熱くなり……暗い中で息を吸うための管を見つける。


「……ああもう! このクソ邪神!」


 多分外からは牛の鳴き声のように聞こえていることだろう。

 ファラリスの雄牛……拷問とも呼べる処刑器具で僕は苦しみながら死んでいくのだった。



 そして、戻る。

 だが、気力は繋がっている。それは、同じ展開まで持っていけるかどうか。


「……よし、やるぞ……」

『ひひ、お前、鏡見てみろよ。ゾンビみてえになってるぜ? クソ不気味だな! ひははは!』

「……誰のせいだよ……」


 そう突っ込みながらも、今度は失敗しないと決意をするのだった。

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