第9話 失敗は成功の母って一番言われてるから

「……づっ! ぐっ、はぁ……」


 そして、また最初に戻る。吐き気と頭痛が襲ってくる。

 だが、それは死んだことが原因ではない。自分の甘い考えで風花さんを殺してしまった事実が、僕の精神を苛んでいるだけだ。


『おいおい、どうせなかったことになるんだぜ? 忘れて、必要な犠牲って割り切っちまえばいいじゃねえかよ。なあ?』

(バカを言わないでくれよ。もし、そうなるなら僕はこんなやり直しなんて辞めるよ)


 これは僕のプライドでもある。

 多分、僕が割り切って被害者も加害者も総じてコマとして割り切って行動できたらそれはとても楽だろう。

 だが、それをして事件を防いだとして……それが何だというのだ。僕の嫌う名探偵にならないためだけに機械的に事件を無かったことにする。そんなものに成り果てるつもりはない。


(僕のエゴで始めたことなんだ。なら、僕は最後まで責任を持つよ。なかった事になんてしないし、どれだけ僕が死んでも被害者を無駄に苦しませない。そして……自分の責任は全部忘れないさ)

『ひひ、真面目だねぇ』

(いいや、真面目なんじゃなくて臆病なだけさ。自分が最低な人間になりたくないだけだからね)


 あくまでも自分の中での納得だ。本当に最低な人間になりたくないのなら、こんな邪神との最低なゲームを辞めてしまえばいい。

 それでも辞めれず、事件を無かったことにするのは僕の業みたいなものなのだろう。

 ……しかし、覚悟をしたことで一つ思いついたことがある。


(この事件、なんとか安定させることが出来るかも知れない)

『お? 急にどうした?』

(……色々と情報を考えて、頭の中で纏めてたらもしかしたら……っていう方法が思い浮かんでね)


 とはいえ、賭けにはなる。

 失敗すれば無駄死になるし、僕の予想が外れてしまえばまた手がかりなしになる。だが、どうせここで失敗しても死ぬのは僕だけだ。


(さて、それじゃあ行こうか)

『ひひ、面白い展開に期待してるぜ』


 そして、風花さんが呼びに来るまでを待つのだった。



 ――そして、やり直しをした時に再現するのは……冬希さんと、間時さんの二人で音楽サークルへ聞き込みに行った時と同じやり方。

 最も不安だったのは、間時さんの行動だが……ここまで記憶どおりに行動できている。

 複数人を巻き込む方法であれば、ある程度は間時さんも妙な行動は起こさないでくれるので助かる。


『お? このままだとお前殺される展開だよな?』

(そうだね。ここに二人っきりでいたら……風花さんを呼びに行っているタイミングで殺されたわけだけど)


 だが、今回はこのシチュエーションが大切だ。

 最初は失敗だとしか考えていなかった。しかし、これは……僕にとって、最大のチャンスである。


「すいません、わざわざ案内をしてもらって」

「いえ、いいんですよ」


 そして案内される。それは人気のない、殺人を犯しても問題のない道へと誘導される。

 ここで違和感に気づいて疑問を聞こうとして……そして、殺された。今もまさにここで僕を殺すための準備をしているのだろう。

 タイミングを見計らう。背後で気配を感じ、そして言葉を紡ぐ。


「間時さん」


 振り向きながら、ステップを踏んで回避。

 先程まで立っていた僕の場所に、間時さんが突っ込んでくる。一見すると、それはまるでバランスを崩してコケてしまったかのように見える。


「あれ? 大丈夫ですか?」

「ええ、すいません……うっかりバランスを崩してしまって」

「そうですか……一人で立てますか?」

「はい。大丈夫ですよ」


 僕を殺そうとした感情を一切表情に浮かべず、本当にうっかりしてしまったというような様子だが……手元で、何かを隠したのをちゃんと確認している。

 ……本当に怖いな。そして何よりも、胆力がおかしい。殺そうとして失敗したのに、動揺どころか普通の顔をしているなんてマトモな人間にはできない。


『いやー、こういう人間も居るってのは面白えよな。ひひ、見てて飽きねえぜ』

(殺されそうになった側からすれば、面白くないけどね……)


 だが、彼女の性質は僕の予想が正しければ……意外と分かりやすいかもしれない。

 その推察を確証するために、こうして場を整えたのだ。


「ところで、間時さんに提案があるんです」

「提案……ですか?」


 その言葉に、純粋な疑問の表情を浮かべる間時さん。

 さて、その前に……


「ええ。まず、聞きたいんですけど……この盗難事件の犯人を間時さんは知っていますよね?」


 その言葉を聞いた瞬間に、間時さんの気配が変わる。

 それは、なんと言えばいいのだろうか……表情は変わっていない。だというのに、別人を前にしているような感覚。猛獣の檻に踏み込んでしまったかのようだ。

 だが、気圧されるわけには行かない。動揺を見せるな。余裕を持て。


「なぜ、そう思うんですか?」

「まあ、あくまでも予想なんですが……間違えていれば指摘してください。まず、間時さんは今回の盗難で他の人に比べて被害が大きい……というよりも、一人だけ違うんですよ」

「違うというと?」

「間時さんだけ、嫌がらせなんですよ。この盗難事件に関しては」


 そう、デジタルカメラやキーホルダー。使っていない財布や、ある程度使った砥石。美術サークルの中で一人だけ新品の画材という物を盗まれている。

 一見するとそれぞれ被害としては嫌がらせに見えるが……現状で最も困らされているのは、間時さんだけだ。しかし、首を傾げてわからないというポーズを取る間時さん。


「嫌がらせですか? それなら、私よりも……使い込んでいる物を盗まれている人の方がターゲットじゃないですか? 探偵さんの言うとおりであるとしても、私だけ嫌がらせをされてるという結論になるのはおかしいと思いますけど」

「ええ、最初はそう思ったんですが……ただ、そっちの方が納得ができるんですよね。なぜなら、サークル活動という面で一人だけ妨害されているんですよ」


 今回の盗難事件……考えてみれば、盗まれているものが一人だけ異質なのだ。

 他の人間は使った物を盗まれている。だというのに、一人だけ新品を……それも、今から使おうとしている物を奪われるというのは統合性がない。

 発覚を防ぐためなら、無くなっても気付きにくいものを盗難するだろう。金目当てなら、使い込まれた道具、価値の分かりづらい道具をわざわざ盗むわけがない。


「純粋な盗難事件として考えるなら、他の盗難された物の価値が低すぎる。それに、新品の画材を盗難するなんて知識があろうが、無かろうが盗む優先度は低い。なら、逆に画材を紛失するカモフラージュとして、他人の道具を一緒に処分したと考えるほうが筋が通るってわけですね」

「でも、他のサークルでも盗難が起きていますよ? そちらはどう考えますか?」

「そうですね、盗難されてない。元々紛失した物を学校側に盗難されたかも知れないと届け出たんでしょう」

「へぇ……それはどうして?」

「美術部に比べて、被害がはっきりしてないからですよ。部員ですらいつ、何を盗まれたかが曖昧だと考えれば元から無くしていたからと考えたほうがいい。現状において、そこはノイズとして切り捨てます」


 ……まあ、盗まれた可能性は0ではないのだが……この場では他のサークルの盗難被害はノイズだと言い切る。

 自信がない様子を見せてはいけない。自信満々に推理を披露しろ。それが、僕の活路を開く方法だかkらだ。


「ノイズとして切り捨てていいのかな?」

「他のサークルメンバーが創作活動を出来ている中で、間時さんだけが活動を出来ていませんよね? ……わざわざ取り寄せた、新品の画材。しかし、知識がなければ価値は分かりません。それに、画材なんて売るにもリスクがあるものを盗難するとは考えにくい。なら、盗難事件は個人を狙ったと考えるのが一番筋が通る」


 そう、これは盗難事件ではない。間時彩子に対する嫌がらせなのだ。


「なるほどなるほど……その理屈にも一理あるね。だとしても、なんで私が犯人を知ってると思うの?」


 さて、その質問が来たか。

 彼女が真実を知っていると断定する材料は……実は持っていない。

 だとしても、撤回するわけにはいかない。ここで掴んだ希望を手放す事はできない。さあ、演じきれ。


「そうですね。まだ短い時間、そこで間時さんがこの事件の真相を知っていると断定する材料はありません。ですが、僕は知っていると断定します」

「うん、それで?」

「納得していただけるか分かりませんが……探偵の経験則ですよ。間時さん。貴方の言動は、真実を知っている人間の物だ。だからこそ、こうしてここで聞いてみたんです。僕の予想が真実かを確かめるために」


 自分に出せるものを出し切った。さあ、どうだ。

 ――目の前に居る彼女を見れば……その表情は、ニヤニヤと笑みを浮かべている。それは、この事件の終わりに見た彼女の顔。

 そこに居るのは、今まで猫をかぶっていた清楚な女性である間時彩子ではない。


「へぇー、凄いね! 思ったよりも面白くなさそうな人だったから、バイバイしようかなって思ってたのに……私が思ってたよりも、ずっと面白いね」

「……お褒めに預かり恐悦至極……って言えばいいのかな?」

「あはは! 冗談も言えるんだね!」


 そう、僕は人間をゲーム感覚で殺し楽しむ怪物を盤上に引きずり出したのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る