第8話 後悔は先に立たない

「すいません! 探偵さん、おまたせしました……お話はもう聞けましたか?」

「うん、ちゃんと聞けたよ」


 そういうと、良かったと安心したような表情をする風花さん。

 ……さて、芸術サークルに戻りながら脳裏で先程手に入れた情報をまとめていく。


(まずは……代表である小沢さん。今回の盗難事件で大学側に被害を届けたのは彼女らしい。サークル活動外でも、彼女は割と性格がキツイから言い争いになったりすることも多いらしい)


 とはいえ、今までの情報を統合するとそれは逆に不満があれば真っ当に言い争うタイプだということだ。


(冬希さんは、まあ見たとおりだね。愉快で人付き合いも多いタイプ。ただ、自分本意な所があるから不満を持ってる人も多いらしい。相葉さんは私生活でも無口だけど、一応気遣いをしたり優しい人ではあるらしい)

『ほー、あれ地蔵じゃなかったんだな』

(僕にも気遣ってくれたでしょ……それで、凪都くんは見た目で怖がられるけど付き合いの長い人程繊細で良い人だってことは知ってるらしい。さて、問題の間時さんだけど……)


 色々と聞けたのは収穫だが……そこで知った情報は、なんというか擬態の凄さを実感するばかりだった。


(品行方正。大学内でも、本物のお嬢様じゃないかって噂をされてるくらいらしい。成績も優秀で、非の打ち所がない……ただ、親しい友人はいなくて、私生活についても謎に包まれてるらしい……非公式なファンクラブも居らしいって噂もあるんだってさ)

『ほー、聞けば聞くほどすげえ女だな』

(……ただ、そこまでして築き上げて来たイメージを捨て去ったと思うと怖いね)


 ……さて、聞けたのはこのくらいか。

 一歩前進……とはいえ、その歩みはゆっくりだ。


「それじゃあ、サークルに戻ろうか」

「はい!」


 そして二人でサークルに戻ろうとして……世界が灰色に染まった。

 ……なるほど、漫然とした状態でのうのうとクリアできると思うなということか。


『ひはは! あの女、盛り上げどころってのを分かってるじゃねえか! いやあ、楽しいねぇ!』

「全然楽しくないよ……」

『しかし、マジでネタが切れちまうな。いやー、困った困った。嬉しい悲鳴ってやつだな!』


 今までにないくらいにウキウキしているマガツを見ていると、一回ひっぱたいてやりたい気持ちに襲われる。

 いや、一回くらいは許されるんじゃないだろうか……まあ、無理だろうけど。


「で、今回は何をされるの?」

『ひひ! 鳥葬って奴だな! 昔の古い映画でも鳥に襲われるってのはあるらしいが、それで死ぬってのは見ものだぜ!』

「それは違……ぎっ、いだっ……! ぐっ、これ、つら……!」


 突如として、ハゲタカのような鳥が何匹も現れて僕の体をついばみ始める。

 生きながら食われる感覚は、痛みと同時にとんでもない不快感がある。それこそ、精神が狂ってしまうような……

 そして、大量の鳥に何もかもわからないままに食われ続けて……そのまま僕は死んで次の周回になるのだった。



「うげっ……ごほっ……はぁ、辛いな……これ……」


 とはいえ、二連続で死ぬよりはマシだ。

 なんとか今回は取り乱さず、顔色は悪いだろうが息を整えて調子を戻し風花さんを待つことが出来た。


『ひひ、しかし展開も代わり映えがしねえな』

(……確かにね。ちょっとずつ前進しているはずだとは思うんだけど……まあ、似たような展開にはなってる)

『まあ、俺としちゃ色々とお前に試せるからいいけど、それでもちょいと飽きてくるな』


 ……さて、今回も同じようにサークルで代表さんに嫌味を言われた所だ。

 ここからの展開で毎回困っているが……今回は、ふと思いついたことを試してみる。


「すいません、風花さんと間時さん。スポーツサークルの方に聞き込みをお願いしてもいいですか? お二人なら、今は作業はなさそうですし……僕は音楽サークルに聞き込みをしてくるので」

「あれ? 別行動をするんですか? それに、彩子さんと……?」

「ええ。聞いてる感じで、お二人はサークル活動を現状は出来ない状態でしょうから二人で行動するほうがいいかと思いまして……それで、電話番号を交換しましょう。それで連絡を取れますよね?」

「なるほど、分かりました! いいですよ! 番号はこれです!」


 そう、すっかり忘れていたが携帯を使えばいいのだ。

 亡霊島で連絡手段を取れなかったことと、僕が初対面の相手に連絡を聞ける性格じゃないことが災いしてしまっていたが……


(連絡が取れる以上、そこまで無理なことはしてこないだろうからね)

「間時さんもいいですか? 一人より、二人の方が色々と情報を聞き漏らしたりすることが減ると思うので」

「ええ、分かりました」


 断る理由もないからか、素直に受けてくれる

 ……さて、一人だけになったが聞き込みくらいなら問題はないだろう。


(さて、行こうか)

『ひひ、これで門前払いされたら面白えんだけどな』

(……辞めてよ。一応は僕、本職が探偵なんだから聞き込みも出来ないって探偵としてマズイでしょ)


 たまに自分でも忘れそうになるので、気をつけないとなぁ……



 さて、問題の音楽サークルへの聞き込みだが……


「ありがとうございました」

「いやいや、犯人が見つかるって言うなら僕たちとしてもありがたいからね。でも、こんなので良かった?」

「ええ。とても助かりました」


 特に問題はなく聞き込みを終えることが出来た。そのまま挨拶をしてサークルを後にする。

 僕がスムーズに聞き込みをしている時に、視界に映るところでマガツがものすごくつまらないという表情をしていたのが印象深い


『つまんねえなぁ。俺様が折角前フリって奴をしてやったってのに』

(そんな前フリいらないよ)


 わざわざ口にしてまで文句を言うのか……

 まあ、それはそれとして聞きたい情報は聞くことが出来た。


(サークル内部での人間について……当事者たちから聞けない情報は集まったかな)

『んで、何が分かったんだ?』

(そこまで大きな事はわかってないけどね。間時さんは本性は一切バレてないってことと……サークルの部員たちの実力みたいなものかな)

『実力?』


 まあ、実力というか実績というか。芸術活動なんてシンプルに優劣が決まるようなものではないと思うが、そうではないらしい。


(間時さんの絵は相当に実力があるらしくてね。あくまでも趣味のサークルとは言え、結構競い合っている二人からすれば気が気じゃない所はあるんだってさ)

『ほお……いいじゃねえか。俺様、そう言う話好き』

(俗っぽいなぁ……で、部長さんと凪都くんはどうにもコンクールだの品評会みたいなのでも振るわなくてね。同じ芸術系仲間だからちょっとした愚痴を聞いたって言ってたんだ)


 案外、人はこういうゴシップみたいな話を好むので教えてくれる。

 ……しかし、情報が集まってくると見えてくるものはある。


(やっぱり盗難事件に関しては……)

『ん? おい、なんか鳴ってるぜ?』


 と、マガツが急に促すように僕のポケットを指差す。

 そこで僕のスマホが震えだす。どうやら風花さんが終わったらしい。直ぐに電話に出る。


「はい、もしもし? そちらの聞き込みはどうでしたか?」

「………………」

「もしもし? おーい? ……あれ? 伝播が悪いのかな?」


 そこまで考えてから、何かが聞こえてくる。

 それは、何かを振り下ろすような鈍い物音。そして、僅かなうめき声。


「……風花さん!? もしもし!? もしもし!!」

「…………さん……」


 小さく聞こえてくる声は、息も絶え絶えといったような音で。


「もう……駄目、みたいで……ごめん、なさい……」

「風花さん!? どうしたんですか!? 風花さ――」

「……彩花先輩だけでも……助け……」


 そこでぶつんと電話が途切れる。電話が壊されたのか、それとも……

 そして、世界が灰色に染まった。それが意味するところはたった一つだけだ。


『ひ、ひひひ……』

「…………」


 笑いが堪えきれない様子のマガツ。

 ああ、なるほど。知っていたのか。この邪神はこうなることを。


『ひはははは!!! さあ、死んだぜぇ!! お前の事件解決を助けてくれた相棒だった奴がなぁ! ひひ! 死は平等ってやつか!? ああ、最悪だろうなぁ!』

「……僕のせいだ」


 油断だった。彼女は風花さんを手に掛けることはしなかった。事件の間も、事件の終わりも。そしてやり直しの中でも風花さんを殺すことはなかった。

 ただ、それは殺さないのではない……殺さなかっただけだった。

 僕の油断と、僕の甘い想定で彼女は必要もなく無慈悲に殺されてしまった。いや……最後の言葉を聞けばどうやって殺されたか分かる。


「間時さんの無実のために、利用されて殺された。だから、痛めつけて電話をかけて……ギリギリまで殺さなかったんだろうね」


 だから僕の体が拘束され、どこからともなく石を投げつけられるこの状況を甘んじて受け入れる。


『さあて、石打ち刑ってやつだったか? ひひ、原始的だがその分苦しみも痛みも長く続くだろうなぁ!』

「…………」


 石を投げつけられながらも、僕は決意をする。

 確かに、殺されてしまった彼女の死も苦しみもなかったことになるのかもしれない。

 でも、ここで僕が彼女を苦しめた事実は僕の中に残り続ける。最後の僕の人としての良心は、忘れることを許さない。


(……ああ、悠長なことなんてしない)


 誰も犠牲を出さないという決意とともに、僕の意識は薄れていく。

 いつもであれば苦しく辛い死が、今だけはありがたかった。

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