第6話 チャート壊れる

「ふんふふーん♪」


 ご機嫌な冬希さんに先導されながら、僕たちは音楽系サークルに向かっていく。

 ……当初の予定とはズレてしまった。しかし、流れ自体は悪いわけではない。間時さんの動きをこうして制限して殺人をさせるタイミングを奪い続けていけば光明は見えるかもしれない。

 さて、こうして移動している最中に無言というのも気まずい。なので、話をして情報を集めていくとしよう。


「……ご機嫌ですね。冬希さん」

「いやあ、そりゃあそうっすよ。中々こういう機会はないっすからね! ああ、適当にため口でいっすよ? そっちが歳上っすよね?」

「ああ、それならそうさせてもらおうかな……そういえば、冬希さんは芸術サークルで何を作ってるの?」


 そういえば、何を作っているのか。この話をした覚えはなかった。

 ちょっとだけ聞いた話では、サークルメンバーの創作内容に関しては個々人で自由に作っていてアドバイス出来る範囲でアドバイスをしあう程度らしい。案外自由なサークルなのだなぁと思った記憶がある。


「自分が作ってるのはデジタルアートって奴っすねー。知ってるっすか?」

「デジタルアート……パソコンで絵を描いたりとかするのかな?」

「あはは、広義の意味ならそれも正解っすね! とはいえ、自分の場合は作ってるのは映像なんっすよね。グリングリン動かしたり、グワングワン来たりする感じの映像を作るんっすよ!」


 楽しそうに言われて、ちょっと興味をそそられる。

 ……それ美術部なのかなぁとは思うが、まあ問題がないならいいんだろう。


「聞いてみると、面白そうだね」

「そうっすよ! 意外とやってみると奥が深くて! 自分の作品を見た人が、びっくりするのがいいんっすよねぇ……いつか、ゼミ室とかを貸し切って一部屋を全部使って面白い空間作ってみるのが目標っすね!」


 そうやって楽しそうに夢を語る彼女に癒やされながら、今度は間時さんに話をふる。


「間時さんは、どういう物を? 冬希ちゃんみたいに、変わり種を作ってたり?」

「いえ、私は普通の絵ですよ。というよりも、冬希と相葉先輩が変わってるんですよ。普通に絵を描く人の方が多いんですから」

「……あー、そういえば相葉さんは彫刻を彫ってましたね。かなり自由度の高いサークルなんですね……そういえば、風花さんはどういうものを作るんですか?」

「風花ちゃんはまだ決まってないっすね~。勉強中ってやつっすね!」

「簡単な絵を描いたり、美術作品に触れてみたり……今が楽しい時期でしょうね。だから、今回の事件を一番気にしているのでしょうね。楽しんでいた部活で被害があったことが」


 間時さんの言葉に納得をする。風花さんは正義感も強そうで、行動力もある。そして何よりも他人のために動ける人間だと僕は知っている。だから、今回の盗難事件でもなにかをしたくて斎藤医師に相談し……僕に声がかかることになったんだろう。


「なるほど、風花さんらしいですね」

「……探偵さんは短い付き合いなのに、よく知っていますね。依頼をされる前からお知り合いなのですか?」


 ……うわっ、ゾクリと背筋が凍った。

 ちょっとだけ、迂闊な発言をした瞬間に、疑問の言葉が間時さんから飛んできた。


「いえ、斎藤医師……彼女のお爺さんから聞いていたんですよ。依頼人についての情報収集も大切ですからね」

「なるほど、そうなんですね」


 笑顔で間時さんは話を切ったが……一体何を考えているのかが分からないのが怖い……いや、気にしないでおこう。それにもう目的地だ。

 音楽サークルは大学の一室を使っている。中を見れば、ちょっと広い音楽室といった感じだ。踏み込むと、音楽サークルのメンバーらしき人がこちらに歩み寄ってくる。


「あれ? どうしたんですか? 黒川さんに間時さんと……?」

「ああ、実はこの大学のサークルで起こっている盗難の件で色々と調べていまして。お話を聞きたいなと」

「えっと……?」

「大丈夫っすよ! 自分が保証するっす!」


 根拠のない冬希さんの自信だが、サークルの人は納得したらしい。


「分かりました。それじゃあ代表を呼んできますね」


 そして、サークルの代表をその人は呼びに行った。

 ……さて、ここからどうなるか。先が見えない展開に気が重くなるのだった。



「ありがとうございました」

「いえいえ、こっちも貴重な経験をさせて頂いてありがとうございます。もしも盗難されたらしい品が見つかったら、お返し頂けるとありがたいです」

「わかりました。それでは」


 そう言ってにこやかに別れて美術サークルへと戻っていく。

 聞いた情報は盗難被害にあった物について。音楽サークルでは楽器の周辺機器や小物が幾つか紛失したらしい。最初は原因が分からなかったが、それが盗難であるなら気づかなかったわけだと申し出たようだ。

 ……そして、情報を合わせて思う。


「……ううん、やっぱり変だな」

「変ってどこがっすか?」


 と、思わず呟いた言葉が聞こえていたらしく、こちらを見て疑問符を浮かべている冬希さん。


「いや、芸術サークルに関しては被害がはっきりしてるけど、音楽サークルでは被害の内容がはっきりしていない所なんだよね」

「んー? でも、無くなったものがあるって言ってったすよ?」

「……盗んだのか、紛失したのか判断がつかないということですか?」


 間時さんの質問に、頷いて答える。


「そうだね。聞いてみたけど、サークルでは楽器の管理はちゃんとしてるけど、小物とかは誰でも使ったりするからそこまで厳格な管理はされていなかったらしい」

「まあ、そんなもんっすよね。こっちも共有で使える備品は各自自由に使ってーっすから」

「うん。だから、可能性では盗難じゃないかも知れないと思ってね。もしかしたら、メンバーの誰かが持ち出している可能性もあるし、卒業生が私物化した可能性もある。音楽サークルの被害が曖昧なのに、芸術サークルの場合は被害にあっている道具と個人がはっきりしすぎてるのが違和感なんだ」

「なるほど……確かに言われてみるとそんな気がしてきたっすね」


 しかし、この質問に対して間時さんは静かにこちらに問いかける。


「でも、風花さんが調べている運動系サークルに関してはまだ情報は聞いていませんけど、もうお分かりになるんですか?」

「いえ、そっちはまだ不明ですけど……ただ、音楽サークルの被害を聞いたら違和感を感じまして」

「なるほど……小さい謎からそんな風に考えを広げれるのは凄いですね」


 純粋に称賛をされるが……なんだろう。嫌な予感に近いなにかが僕の内心を襲う。何かを答えようとして、その前に美術サークルに到着してしまった。

 しかし、まだ風花さんは帰ってきていないようだ。前回であれば、既にスポーツサークルで聞き込みは終わっている時間のはずだが……


「あれ? 風花さんはまだか……」

「あー、話を聞くのに手間取ってるんっすかね?」

「では、私が確認をしてきましょうか?」

「僕も行きますよ。出来るなら、早めに情報は聞いておきたいですから。もしも風花さんがなにかのトラブルに巻き込まれているなら男でも居るでしょうし」


 あくまでも一緒に行動をすると提案する。部室に残ってもらうのは不安だし、一人で行動されるのも不安だからだ。

 その言葉に拒否する要素はなかったからか、分かりましたと頷く間時さん。


「それじゃあ行きましょうか」

「分かりました。案内をお願いします」

「じゃあ、私は部室で待ってるっすね」


 そういって、サークル室を出て風花ちゃんを迎えに行く。

 ……さて、ここまでの行動でなるべく間時さんを一人にしないのは成功している。しかし、これでいいのかという不安は常に襲ってきていた。


「すいません、わざわざ案内をしてもらって」

「いえ、いいんですよ」


 不安から会話を試みる。僕の言葉に笑顔を浮かべて大丈夫だと答える間時さん。

 だが、それでも何か不安は消えない……考えすぎなのだろうか?


「探偵さん、こっちですよ」

「ああ、すいません……あれ? こっち……ですか?」


 ふと、違和感を感じる。ルートが違うのか、風花さんと行った時とルートが違うような。

 いや、こっちのほうが近道なのかもしれない。なにせ、風花さんは大学に入学したばかりで……


「……ぐっ……うっ……!?」


 背後から、なにかが当たるのを感じて……そして、僕の胸に痛みが走った。

 見れば、そこには一本のナイフが突き刺さっていた。まさかと思っていると、それは捻られて確実にとどめを刺すように僕の体を破壊する。

 口から血が溢れ出て、膝をつく。


「な……なんで……」

「それじゃあばいばい、探偵さん。えーっと、次はどうするかなー……」


 一言だけニコッと笑顔を浮かべて僕に別れを告げると、興味を失ったように倒れ込んだ僕をズルズルと引っ張って行く。

 既に体に力が入らない。もう彼女から僕に対する興味は消え、そこには新しく出来たこの道具をどう使うのかという事しかないのだろう。

 ああ、被害者になる想定が薄かった……そんな反省と共に僕の意識は途絶え……即座に灰色の世界に連れて行かれて、叩き起こされる。


「ぐっ、げほ……死んで、起こされるのは慣れないな……本当に」

『ひははは! まさかのお前が死んで巻き戻しってわけだ!』

「……そうだね。僕が迂闊だったよ」


 そうだ。彼女と二人っきりになるのであれば狙われる可能性は高いに決まってる。

 彼女からすれば、面白そうで放置していたが……自分の目的を邪魔するなら容赦などしないのだから。


『ひひ、苦労してる所悪いが……俺は容赦はしねえ。今回もペナルティを受けてもらうぜ』

「……今回も燃されるのかな」


 気づけば十字に貼り付けになっている。それは以前に見た処刑方法だ。火炙りかと予想する。

 既にネタ切れかと思ったら……突如として、僕の体を何本もの槍が突き刺さり、引き抜かれていく。

 全身を苛む痛みと、体から中身がでていく喪失感。吐き気がこみ上げて、口から血を吐き出す。


「げほっ……!? ぐっ、が……」

『磔刑って奴だぜ。知ってるか? 本家は槍で刺して放置されるんだぜ? ひひ、どこぞの聖人と同じ末路なんて贅沢だな』

「がっ……あ……」


 だが、今まで以上の激痛と体から血が失われていく虚脱感に悪態すら吐けない。

 そのまま、僕の体からいろいろなものが流れ出ていく苦痛の中で僕は死んでいった。


『ひひ、放置するのは退屈かと思ったが……こうやって眺めてるだけってのも、たまには乙なもんだな! そう思わねえか?』


 ……くたばれクソ邪神。

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