第5話 無理ゲーでもチャートがあればなんとかなる

 さて、スポーツサークルにやってきて話を聞ける人を呼んでくると風花さんは行ってしまった。

 なので、僕は近くで誰かに絡まれないように気をつけながら一人待っている状態だ。


(……事件が起きるタイミングは、本来なら自己紹介を終えて事件を調査している最中に発見した。死亡推定時刻は発見時刻の数十分前。逆算すると、僕が聞き込みを終えてサークル室に戻る最中だね)

『とはいえ、それも確定じゃねえんだろ?』

(そうなんだよね……はっきりいって、彼女は僕には想定もつかないような事で行動を変える……普通の人は、大きな妨害でもしないと行動は変えないんだけどね)


 亡霊島でも、僕から大きなアクションを取らなければ事態は大きく変動しなかった。

 人間というのは、案外自分の行動でそう簡単な変化はしない。どうでもいいことなら簡単に変化することもあるが……


(……やめとこう。怖い考えになりそうだし)


 と、そこで風花さんが戻ってくる。

 隣には、今回の話を聞かせてくれるであろう人もいる。とはいえ、記憶にないので事件には関係のない人だ。


「えーっと、斎藤から呼ばれてきたんだけど……盗難について聞きたいって君?」

「ええ、そうです。スポーツサークルの方ですか?」

「はは、これで手芸サークルとか言われたらお互いにびっくりでしょ。スポーツサークルの代表をしてる西道結城(さいどう ゆうき)っていうの……まあ、斎藤の先輩ね」


 そう言って軽やかに笑う風花さんの先輩さん……ううむ、爽やかで健康的だなぁ。僕と縁遠い世界だ。

 とはいえ、やることに変わりはない。さて、彼女から事件について色々と話しを聞くことにしよう。



「――ってところなんだけど。こんなもんでいい?」

「ええ、ありがとうございました。十分知りたい情報を知れました」

「それなら良かった。まあ、私達の方だとそんな大事でもないから感謝されると据わりが悪いけどね」


 そういってサークルに戻っていく風花さんの先輩。

 盗難事件というが……スポーツサークル側では殆ど騒ぎにもなっていない。


(盗まれたものが、備品か……それも、そこまで困るものでもないと)


 困るといえば困るらしいが、それでも買い直したり代用したりで気づかれない程度の物品だったらしい。

 ……ふむ。


「どう思う? 風花さん」

「……えっ!? 私ですか!?」

「うん、風花さんに聞いてる。今回の盗難事件の被害……変だと思わない?」

「変……変でしょうか? 盗まれてるのは持ち運びしやすい機材だったり、道具だったりですけど」


 そう、盗まれているものはそういった物品だ。

 泥棒が、なるべく気づかれにくいものを盗難する……その発想自体は理解できるものだ。しかし、それだと統合性が取れない要素がある。


「なんで美術サークルだけ、盗まれているものが違うのかって言う疑問が生まれるんだよね」

「違う……ですか?」

「うん、さて、次は……」


 と、そこで世界が灰色になる。


「……ここでかぁ」

『ひひひ。生憎だったなぁ! そんで、なにか分かったか?』

「……まあ、盗難事件については分かった事はあるけど……この後をどうするかだね」


 そして、拘束された僕の頭蓋に何かが装着されている。


『さあて! クルミみてえに頭が割れちまうのが楽しみだなぁ!』

「いや、あれは割れるように出来ては……ぎっ!? が、ああああ!」


 ゴリゴリと締め付けられる感触。頭蓋骨が徐々に割れていく音。人間の体からしていい音ではない音が聞こえる。

 常識なんて通じない。邪神の処刑なのだ。ああ、激痛と共に意識が遠のき、視界が真っ赤に染まり……そして僕はまたやり直す。



「ぎっ、あああ! いっ……つぅ……」


 戻ってきて、思わず頭を押さえる。頭蓋の痛みが残っているかのようだ。

 ……周囲に居る人間が僕を遠巻きに眺めている。冷静に見れば、突然叫びだす不審者だから当然といえば当然だ。


(くそう……少しは手加減してくれよ……)

『お前見てえなやつはちょっとくらいハンデがある方が面白く動いてくれるってもんだからな。ひひ、俺からのサービスだと思えばいいんだよ』

(ああクソ! 余計なお世話をありがとう!)


 なんとか頭の痛みを堪えて起き上がり、息を整える。

 ……よし。まだここでへばるわけには行かない。


「あの、人違いだったらすいません! ……探偵さんでしょうか!?」

「ええ、そうです。そういう君は……斎藤医師のお孫さんですかね?」


 ……さて、また最初の出会いからやり直しだ。

 挨拶もほどほどに、美術サークルまで案内をしてもらう。


(……だけど、前回と同じは無理だ)


 結局の所、意識をしないというのは無理だ。

 態度や行動に自分でも意識しない形で影響が出る。そして、間時さんはそれを敏感に感じ取って自分の行動を変化させてしまう。

 だから、ここから彼女の行動をどうにかして縛り付けないといけない。


(……そういえば、つい忘れそうになるけど……間時さんは最後まで本性を他人に隠し通してた)

『ん? そういやそうだな』

(ということは、他人にバラすつもりはないと……なら、他の人を関わらせればある程度は行動を制御出来るかもしれない)


 確かにイカれた殺人鬼の本性があるかもしれないが……それを他人に見せるような性格ではないはずだ。

 だから、それを利用するしかない……まあ、苦肉の策ではあるけど。その中で事件の流れを修正するしかない。



「それで、探偵ってのはこれでなにか分かるっての?」


(……さて、ここかな。動くべきなのは)


 話を聞きながら観察している限りで、彼女の動向に違いは見えない。だからこそ、怖いのだが。

 まず僕は前回と同じ言葉をいう。


「まだ情報が必要ですね。ちょっと聞き込みに行ってきますけど……他の被害にあった部室は?」

「そうですね。他の被害を聞いたら音楽サークルと、スポーツサークルです」


 ここまでは同じ。だからこそ、ここで手を打つ。


「分かりました……そうですね。風花さんは申し訳ないんですが、スポーツサークルへの聞き込みをお任せしていいですか? 僕は体育会系と相性が悪いので」

「えっ? あ、そうなんですか……分かりました! お任せください!」

「……本当に役に立つの? この探偵」

「いやいや、妙な拘りがあるほうがそれっぽいっすよ。それに、探偵さんそんな感じの見た目っすから」


 そう言って笑うのは冬希さん。どういう意味だよ。

 ……いや、まあ今はありがたい。ここで揉めてしまうのは本筋から大きくズレてしまう。


「大役ですね……分かりました! 何を聞いてくればいいでしょうか!?」

「それは外でお伝えします……それで、音楽サークルの聞き込みに関して誰か補佐をしてほしいなと思いまして。部外者の僕が突然やってきたら困るでしょうし」

「はぁ? こっちから人を出せっていうの?」


 予想通り、代表さんが機嫌悪そうに言う。

 まあ、その反応は当然だが……一応、ここでちゃんと理由は考えている。


「あの、私からもお願いします……お呼びしたのは私ですので、責任は取りますから……」

「……ちっ」


 と、僕が言う前に風花さんがフォローをしてくれた。

 ……とはいえ、出来るならこちらからアクションを取りたいので先手を取る。


「……それで、そちらの間時さんにお願いしていいですか?」

「えっ、私ですか?」

「……わざわざ間時を選んだ理由でもあるっての?」


 予想外のことに、部室のメンバーも困惑している。

 代表さんなんて、もうこちらを胡散臭い詐欺師でも見るかのような目だ。


「はい。画材を盗まれたということは、今は出来ることがない状態かと思いまして。それに、ちょっと失礼かもしれませんが……この美術サークルで一番、聞き込みで頼りになりそうだなと思いまして」

「……まあ、そりゃそうだね」

「あはは、さすが探偵さんだね。確かにそのとおりだ」


 悔しそうに認める代表に、同意する凪都さん。

 この事件を通じて、この美術サークルのメンバーのアクが強いことは分かっている。なにせメンバーの彼らですら否定出来ていないのだから。

 ……まあ、実はこの中で一番ヤバいのが間時さんではあるのだが。


「私がお手伝いを……」

「無理にとはいいませんが……お願いできませんか?」


 にこやかにそう言う。断ってもいいとは言うが……サークルメンバーからの視線もある。

 言うなら断ることは、彼女に何かしらがあると印象づけてしまう。そうすると事件を起こすことが難しくなるだろう。だから、断られても無駄ではない。


「……分かりました。それでは、お手伝いをさせていただきますね? いいでしょうか?」

「んー、彩子ちゃんがいいなら」

「好きにすれば」


 凪都さんと代表さんからは好きにしろと言われる。

 さて、こうなれば僕と同行するという形になるだろう。そうすれば……


「えー! ずるいっす! 自分も行きたいっす!」

「えっ」

『ひひっ!』


 冬希ちゃんがそんなことを言い出す。僕は突然のことに驚き、マガツは嬉しそうに笑みをこぼした。

 なぜかと思って見れば、それはもう自分が行きたいとワクワクした表情だった。完全に探偵が来るという非日常的なシチュエーションでテンションが上がっている様子だ。

 凪都さんが、諌めようとしてか口を開く。


「付いていきたいって……冬希ちゃんは制作出来るよね?」

「探偵の見学だって芸術活動っすよ! インスピレーションの宝庫っす!」

「そう言われると確かに……」


 ……なんかとんでもないことをいい出した。あっさりと認めてしまい同行されそうな空気になっている。

 どうすればいいかと、他のサークルメンバーを見て……全員が僕の助けを求める視線に対して目をそらす。いや、無口な相葉さんだけが僕をまっすぐに見る。助けてくれのか……と思いきや、優しく僕の肩に手を置いた。


「…………諦めろ」

「そんな!?」


 良い声で見捨てられた。

 しかし、困った。冬希ちゃんが着いてくるとなると間時さんはここで断るという理由が生まれて……


「冬希は仕方ないですね……それでは、行きましょうか探偵さん」

「……えっ、いいの!?」

「何がでしょうか?」

「いや、冬希さんが着いてくるから、二人も要らないんじゃないかなって……」


 というと、間時さんは首を振る。

 そして苦笑をしながら、浮かれながら準備をしている冬希ちゃんを見る。


「冬希を連れて行っても、役に立つか怪しいですから」

「えー、酷いっすね彩子ちゃん! 自分だって色々と出来るっすよ!」

「例えば何が出来ますか?」

「探偵っぽく、虫眼鏡で足跡を調べるっすよ!」


 その答えを聞いてから、こちらを笑顔で見る間時さん。


「……というわけですね。じゃあ行きましょうか」

「ああ、うん」


 ……確かに、納得しかなかった。

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