第2話 チャートを練るのも大変です

「さてと、巻き戻し地点は……ああ、ここなんだね」

『そうだな。ま、お前がここに来て最初の所だぜ』


 大学の構内。まだ朝早く、講義があるからか歩いている生徒はまばらだ。そんな中に僕は立っている。

 この事件の発端は、亡霊島事件で知り合った斎藤医師からの依頼だった。この学園で起きている問題の解決を依頼されたのが始まりである。


(彼からの依頼は、この学校に通っている彼の孫娘がトラブルに巻き込まれている……そんな彼女からどうすればいいか相談をされたが、自分の力では解決できそうにない。そこで、亡霊島の件で動き回って最終的に彼らのわだかまりを解決した僕を思い出して頼まれたってのが経緯だね)

『ひひ、平和そうな依頼だってんでご機嫌だったよな。んで、その事件を追っかけてたら……まさかの別の事件に巻き込まれたってわけだ! ひひ、やっぱり素質があるぜ! 名探偵のなぁ!』

(本当に最悪だから、その素質はなかったことにしたいよ)


 ……さて、立っている理由はは斎藤医師の孫娘さんと待ち合わせているからである。

 学内の事件とはいえ、小規模であり当事者たちが学園に被害届をちゃんと出していない。だから大事(おおごと)になっていないそうだ。


「……時間的にはそろそろかな」


 腕時計を見て時間を確認する。前回の形見分けでもらったちょっといい時計を個人的に使っているのだ。と、そこに小走りでやってくる足音。

 見れば、そこには健康的な可愛らしい女の子がやってくる。ポニーテールにきれいに焼けた肌は活発な印象を与える。彼女こそが斎藤医師の孫娘さんだ


「あの、人違いだったらすいません! ……探偵さんでしょうか!?」

「ええ、そうです。そういう君は……斎藤医師のお孫さんですかね?」

「はい! 斎藤 風花(さいとう ふうか)と申します! 風花と呼んでください! 今日はよろしくおねがいします! あと、年下だと思うのでタメ口で結構ですよ!」


 大きな声で、ニッコリと笑顔を浮かべて元気に挨拶をしてくれる。やり直し前にも聞いているのだが、やっぱりこの元気さと勢いにちょっと気圧される。


「うん、分かったよ風花さん。それで、今日の依頼について詳しいことを教えてくれるかな?」

「はい! 分かりました!」


 僕に促されて、今回の依頼について説明を始める風花さん。

 とはいえ、発言の内容は覚えているので間違いがないかの確認程度に聞きながらマガツと雑談をする。


(風花さん、いい子だけど僕の周囲に居ないタイプだから距離感つかみにくかったんだよね……僕は学校、高校までしか通ってないしふうかさんみたいなタイプと付き合いはなかったからら)

『ほー、大学は行かなかったんだな? 俺様が聞いた情報だと、特に夢も希望もねえ奴ほど大学行くって聞くぜ? お前にぴったりじゃねえか』

(それはとんでもない偏見だけども……僕も名探偵の血筋を引いてるからね。進学は断念したんだよ)

『血筋ってのがどう繋がるってんだ?』


 普通に疑問そうな表情を浮かべている。

 ……まあ、説明するしかないか。本当に嫌な事実だけども。


(高校時代で覚えてるだけで25件。探偵家業に関係なく学校で巻き込まれた事件の数だよ。こういえば分かる?)

『……ははははは!! マジか!? ひひ! 俺様予想外だぜ! お前、俺の知らない場所でそんな事になってたのかよ!』

(あいにく、本当だよ……人死は幸運にもなかったけどね。それでも、一歩間違えれば死んでいた事件ばっかりだよ。興味がある学校は幾つかあったけどさ……流石に大学に通う気はなくなったよね)


 そう、呪いとも言えるような才能。間が悪いのか、間が良いのか。とんでもなく事件に出くわす名探偵の血筋。

 僕の在学中に、通っていた高校は相当な汚名を被ったものだし校長先生から直々に進学はよく考えたほうがいいと言われたくらいだ。もしも、僕の遭遇した事件の中で殺人が起きてたら最悪は廃校になったんじゃなかろうか。


『いやー、面白え話を聞いたぜ。腹が捩れそうだ』

(冗談じゃないんだけどね……どうせなら、僕だって平和に生きたいし仕事で遭遇する普通の事件で十分だよ)


 半分愚痴になるが、そうやって心のなかでボヤく。探偵になれば多少はマシになるかと思ったが……そんなことはなかったんだよな。

 と、そこで風花さんが説明を終える。


「――ということなんですけど……説明はこれで大丈夫ですかね?」

「うん、問題ないよ。盗難事件だね」


 風花さんの説明した事。それは学校で起きている事件についての概要。そして、その大学で起きている事件について調査……出来れば解決をして欲しいという内容だ。

 事件の内容はというと、大規模なサークルを狙った盗難事件。主に被害サークルは複数に渡るのだが、風花さんの所属するサークルが一番被害が大きかったらしい。


「その……探偵さんを雇うなんて初めてだから分からないんですけど……お爺ちゃんからは、とっても優秀な人だって聞いています! 期待していますね!」

「あはは、ありがとう。そこまで大したものじゃないけど……出来る限りのことはするよ」


 その言葉に、表情を明るくする風花さん。

 彼女は、僕に対して協力的な良い子なのだ。本当に事件の間も癒しになり、色々と事件の手伝いもしてくれて助かったものだ。


「とりあえずは、情報収集をしたいんで……風花さんのサークルについて話を聞かせて貰えますか?」

「私のサークルですね……分かりました! 案内します!」


 そう言ってこっちですと小走りで駆けていく風花さんに置いていかれないように、こちらも同じように小走りで追いかけるのだった。



「ここが私の所属してるサークルです!」


 そういって紹介された場所は、美術サークル。

 風花さんは、体育会系な見た目とノリだが大学では芸術についてのサークルに所属している。


「風花さん、運動系のサークルじゃないんですね」

「あはは……よく言われます。高校時代に部活で自分のやりたいことをやりきって……それで、ちょっと興味があった絵について色々としてみたいなーって」

「いえ、やりたいことをしているのは良いことだと思いますよ」

「えへへ、ありがとうございます! それじゃあ、先輩たちに話を通してきますね!」


 中に入って確認を取りに行く。さて、ここでちょっとだけ時間がかかるので記憶で前回と間違いがないかを思い返して照合する。

 ……ほとんど同じだ。会話の内容でも特に増えた情報などもない。


(さてと……ここからが本当に大変なんだよね……なにせドンドンと人が殺されて、共通点はないし、最初は殺人事件なのか通り魔事件なのかすら分からなかったからね)

『ああ、言ってたな。被害者に分かりやすい共通点がねえって』

(うん。ただ、この盗難事件を通して殺したい人間が居たんだと思うよ……まあ、これは彼女が残してくれたヒントだけども。邪魔をしたってことは、被害者の中に盗難事件の犯人が居た可能性が高いんだよ……殺人事件のせいで、盗難事件についてはちゃんと調べられなかったけどね)


 捕まる前の言葉。自分の邪魔を明確にした存在を許すつもりはないということだ。

 だからこそ、彼女が殺人を行う意思を止めること自体は不可能だといえる。既に彼女の導火線に火は着いているのだ。


(恐らくだけど……彼女は犯人については既に分かっていると思う。いくら思い切りのいい犯人だとしても、彼女は馬鹿じゃない。自分を不快にさせた相手もわからず行動をする程に狂っているとは思えないんだよね)

『ひひ、もしかしたら知らない場所でその犯人はやっちまってるかもしれないぜ? それをごまかすためにって可能性もよ』

(……それは流石に想定外だから考えないでおくよ)


 と、そこでサークル室から風花さんが出てくる。


「探偵さん、中にどうぞ!」

「それじゃあ失礼します」


 中に入る。絵の具の匂い、画材の匂い……そういったものが混じった空間。美術室というのは独特の空気がある。中を見ると、いろいろな道具が雑多に置かれていて広さがあるはずなのに狭く感じる。

 そして中に入った僕を、数人のサークルメンバーが視線を向ける。


「先輩! この人が盗難について調べてくださる探偵さんです!」

「……探偵ねぇ? 本当に信用できるわけ? まず、部外者を入れること自体嫌なんだけど」

「そ、そういわずに……あ、探偵さん。こちらが代表の小沢 春名(おざわ はるな)先輩です!」

「……こっちの活動を邪魔したり、部室を荒らすなら出てってよね」


 そんな風にこちらを睨みつけているのはこのサークルの代表である小沢 陽菜(おざわ はるな)。気難しそうな人だ。

 そして、その背後で面白そうにニコニコしている部員。ボサボサの髪に、化粧っ気の薄さは趣味に生きてるタイプの人間だなぁと理解させてくれる。


「いやあ、面白そうっすね! 探偵が居て、本当に呼ばれるなんて……いやー、もうびっくりっすよ! ああ、自分は黒川 冬喜(くろかわ ふゆき)っていうっす! 気楽に冬木ちゃんって呼んでくれたらいいっすよ! そんで――」


 彼女は、美術サークルの所属である黒川 冬希(くろかわ ふゆき)。

 そして彼女は無言で彫刻を彫っている男性部員を指差した。大きな体を小さく使いながら、丁寧に彫刻を彫る姿はミスマッチで不思議な光景だ。


「そっちのどっちが彫像かわからないのが、相葉 明彦(あいば あきひこ)先輩っす! ああ見えて、かわいい物が好きなんっすよ! ギャップっすね!」

「……」


 無言でこちらに視線を向けて頭を下げる。岩のような彼はまるで彼自身が彫刻のようだ。

 そのまま、冬木ちゃんは視線を次にうつす。


「そんで、そっちにいる派手派手な人が……」


 そこに居るのは、髪を七色に染めて顔に沢山のピアスをしている……とんでもなく派手な男。

 一見すると派手で軽そうに見えるのだが……綺麗にお辞儀をして、イメージと違う優しく落ち着いた声で挨拶をする。


「探偵さんの方ですね? どうもはじめまして。僕は大内 凪都(おおうち なぎと)と申します。こんな見た目で驚かれたかと思いますが、僕の趣味なので気にしないでください」

「あはは、びっくりしたっすか? 探偵さん! 見た目と性格が本当に不一致っすよね!」

「冬希ちゃん、初めてきた人にそんな態度は駄目だよ。それと代表も、風花ちゃんが連れてきた人なんだから悪い人じゃないと思いますよ」

「……」


 不機嫌そうな代表に対して、そんな風に注意をする。

 一見すると見た目は不良や、付き合いづらい性格の人間のように見えるというのに、真っ当で真っ直ぐな性格だというのは面白い。

 そして……


「探偵さん、はじめまして。私は美術サークル部員の間時 彩子(まとき あやこ)といいます。今日はよろしくお願いしますね」


 丁寧な所作で、綺麗にお辞儀をする。品の良さのにじみ出る美女。

 この事件の主犯であり……6人もの人を殺して僕が怪物と評した彩子さんが最後の部員として挨拶をしたのだった。

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