第4話 オレンジソーダ

俺たちの恋は、オレンジソーダの味がする。

微炭酸で、甘酸っぱくて、どこにでも売ってそうでどこにも無い。そんな恋だ。



「あ、私彼氏できたんだよね。」


アイスを食べながら下校していた、梅雨には珍しく晴れた夕暮れだった。

隣にいるのは幼なじみ。平気な顔でアイスを食べながら言い放った。


「聞いてる?」


「あ、ごめん。なんだっけ。」


「だから、明日から彼氏と帰るから。」


まだ動揺している俺の顔を覗き込みながら幼なじみは言った。


「あ、そう。わかった。」


俺は幼なじみが好きだった。昔から変わらない屈託のない笑顔で彼氏の惚気を話す彼女でさえも愛おしいと思うほどだ。


「それで先輩がね、中庭の木の影で……」


「家だから、またね。」


幼なじみの話を強引に切り上げ、家の中に入った。

母の声も無視して部屋に籠る。


ベッドに寝転んで静かに涙をこぼした。


幼なじみは俺のものではない。わかっていた。


「わかっていたはずなんだけどなぁ。」


口から漏れるその声は震えていた。


その日を境に幼なじみとは口も効かなくなった。彼氏に誤解されるからと言う理由で。


「最近彼女はどうしたんだ?」


ある日、昼休みに話しかけてきたのは俺の親友だった。


「彼女じゃねーし。あいつ彼氏できたから。」


手に持っていたオレンジジュースを握りしめると、ストローの口から溢れてしまった。


「ま、知ってたけどね。」


親友はため息をつくと俺の目の前の席に座った。


「どーすんの?」


「何がだよ。」


「何がって1つしかねーだろ。このままでいいの?」


「どうしたって勝ち目ねーじゃん。」


「珍しく弱気ですこと。俺は前の君の方が好きだったよ〜?」


「きめーよ。」


親友は携帯に目を移して何かを調べていた。


「どーせあの子がずっと傍にいるから流れ的に自分と付き合うと思ってたんだろ。」


図星をつかれて黙り込むと、親友があるホームページを見せてきた。


「夏休みのにある祭り、今回は記念で結構花火上がるらしいよ。」


そのページには「ハートの花火!カップルで見ると幸せになれるかも!?」の一文が大々的に書かれていた。


「だからなんだよ。」


その時はそう言ったが、学校が終わり家に帰ってすぐにそのホームページを開いた。

何百発も上がる花火の中に1つだけハートの花火が混じっているらしい。


「くだらねぇな。」


俺は鼻で笑いながら携帯の電源を落とした。


それからすぐに夏休みに入った。夏休みはいつも幼なじみと海に行ったりショッピングに出かけたりしていた。もちろん祭りもだ。


ちょうど今日はその祭りの日だ。俺はまだ部屋にいた。

遠くで上がる花火の音が耳障りだった。


ピロンッ


すぐ近くでメールの届いた音がした。差し出し人は親友だった。


『お前まだ家なの?あの子達いたよ。』


『別にいいだろ。』


『来たらたこ焼き買ってやるよ。』


『わかったよ。行けばいいんだろ。』


そう言って俺は外に出た。まだ花火は上がっている。


歩き慣れたいつもの道を辿って、祭りの屋台に辿り着いた。たこ焼きを片手に綿あめを頬張っている親友がこちらに気づいた。


「さっき彼氏さんどっか行ったから今がチャンスだぞ。」


親友に軽く礼を言って走った。俺らの、いつもの場所に。


ある小高い丘には、開けた場所にベンチが1つだけ置いてある。そこには幼なじみが座っていた。


「おい。」


「やっぱり来たんだ。」


約1ヶ月半ぶりに聞いた幼なじみの声は少し震えていた。


「久しぶりだね。」


彼女は振り返らずに言った。


「彼氏は?」


「いいの、もういいんだよ。」


幼なじみはそれ以上何も言わなかった。


俺はいてもたってもいられず、想いを口にした。


「好きだよ、大好きだった。」


だが、その言葉はハートの花火によってかき消されてしまった。


「タイミングわっる……。」


その場にへたり込む俺に、彼女は言った。


「私にはちゃんと聞こえてたよ。」


俺が手に持っていたオレンジソーダは、生ぬるくて完全に炭酸が抜けきっていた。

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