罰ゲーム②

どんなに願っても無慈悲に毎日は過ぎていく。


「……」


枕元に置いてあるスマホのアラームで起きた俺は寝起きの定まらない目を窓の外に向け虚ろな目で溜息を着く。


来やがってしまった。


ベッドから這いずり出て洗面台に向い顔を洗う。

冷た。


「あ、おはよう。お兄ちゃん」


リビングに行くと昨日同様に制服にエプロン姿で台所と立つ妹の姿が目に入る。


「ああ」


「もう少しで出来るから座って待ってて」


「ああ」


程なくして机の上は一人分の朝食で埋まった。


「私朝練あるからもう行くね。戸締り忘れないでね」


慌ただしく家を出て行く妹の背中を眺めながら白米を一口頬張る。

美味い。


20分程の時間を掛け朝食を食べ終わった俺は自室に戻り制服に着替え、イヤホン片手に家を出た。

戸締りはした。


「ふあぁ〜」


いつになく重い足取りで通学路を歩き、高校の頭が見えて来た辺りで正門前が騒がしいことに気付いた。


「逢坂か」


昇降口までの道を凛とした態度で歩く逢坂。その様は一種の芸術作品のような錯覚を受ける。

逢坂の周りには男女問わず多くの生徒が群がっており、餌に食いつくありのようだ。


そんな生徒を鬱陶しく思いながら横を通り過ぎ昇降口で上履きに履き替え教室に入る。


「よ、おはよう」


「おう。おはよう」


鏡の挨拶にいつもより一段階テンションの低い声で返す。


「元気無いな?」


「まあな」


「そんなに告白するの嫌か?」


「ああ、嫌と言うより面倒だ」


「お前らしいな」


「なあ、やっぱ無しにしてくれないか?」


「無理だ。約束しただろ?」


「俺が望んだ訳じゃ無いんだけどな」


「別に良いじゃないか、どうせ遅かれ早かれ告白しなきゃ行けなくなるんだ。それが早まったと思えば楽だろ?」


「そもそも俺にそんな気は無いんだけどな」


「じゃ、昼休み頼んだぞ」


鏡は俺の肩に手を置きグーサインをしてきた。

面倒だ。


授業に集中出来ないまま午前の授業が終わりとうとう昼休みが来てしまった。


「はぁ〜」


俺は頬杖を付きながら何度目かの溜息を着く。

幸せが逃げまくっている。


「ここまで来たんだ覚悟を決めろ」


覚悟の問題では無い。めんどいだけだ。


「行ってくる」


「おう。行ってこい」


俺は腹を決めた。


「逢坂夏向を呼んで欲しい」


逢坂のいる隣のクラスの生徒に逢坂を呼んでもらう。


女生徒は神妙は顔をした後「分かった」と返事をした。


五分が経った頃、文庫本を片手に開いた状態の逢坂が現れた。


「私を呼んだのはあなた?」


「ああ」


「早く終わらせましょう」


逢坂は無機質な声でそう言った。


まるで、目的が分かっているかのようだ。


「ああ」


告白すると言えば屋上だろう。

しかし、移動するのが面倒だ。ここでいいか。


「お前が好きだ。付き合ってくれ」


「……」


刹那、あたりの時間が止まった気がした。廊下を歩く生徒は驚愕の視線を向けたまま動かず、とうの逢坂すら文庫本から視線を外さず固まっている。


「ん?」


俺は状況が理解出来ず。ただ、辺りを見渡すばかりだった。


それから幾分かの時が経ち再び時間が動き出した時には悲鳴にも似た叫びが辺りを満たした。


「「「「「ええええー!!!!!」」」」」


逢坂に告白なんてそうも珍しい事では無いはずだ。それなのに何だこの叫びは?


「あなた……」


「?」


逢坂が口を開く。


「あなたごときが私と付き合えるなんて思わないで、他人への迷惑を考える事は出来ないの?時間の無駄だったわ」


案の定と言うか、逢坂はそれなりの罵倒を残し教室に戻って行った。


「悪かったな」


逢坂の背中に必要最低限の謝罪を残し俺も教室に戻る。


「お前さぁ……」


教室に戻った俺を待っていたのはクラスメイトの信じられないものを見る視線と鏡の呆れた表情だった。


「何かあったか?」


なんも分からない俺は聞き返す。


「いやぁ、さすがお前だわ」


そう言って鏡は短い拍手をした。


「何かあったのか?」


同じ質問を繰り返す。


「俺には真似出来ない芸当だわ」


?分からない。


「だから、何の事だ?」


「普通多くの生徒が行き交う廊下で告白するか?」


ああ、そんなことか。


「屋上まで行くのが面倒だっただけだ」


俺は当たり前の答えを提示する。


鏡はハハハッと楽しそうに笑った。


「そんな事より早く食堂行くぞ」


「ああ。そうだな」


俺の一日はこうして終わった。


逢坂ともう関わる事は無いだろう。

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