機械姫は笑わない

砥上

罰ゲーム

「だぁー!!!くそっ!!!」


俺、京冬弥は持っていたコントローラーを床に叩き付ける。


「そこの回避は読めてるんだよなぁ」


俺の顔をニヤニヤとした笑みで見ているのは友人の鏡遊。


「俺の勝ちって事で、京には罰ゲームを受けて貰おうかなぁ?」


俺らはとある罰ゲームを賭けて戦っていた。


「はぁー、分かったよ。やれば良いんだろやれば!」


俺はやけくそ気味に了承する。


「明日が楽しみだなあ」


他人事だと思って余裕をこいている鏡がウザイ。


「今日はもう帰る」


「おう、気を付けてな」


鏡の家を後にした俺は寄り道することなく真っ直ぐ家に帰った。


「お兄ちゃんおかえりー」


扉を開け待っていたのは制服エプロンで台所に立っている妹の雪とカレーの匂いだった。


「カレーか」


「うん、お兄ちゃん好きでしょ?」


「まあな」


自室に戻りベッドに身を投げる。部屋の天井を眺めながら面倒なことになったな。と溜息を着く。


事の始まりは昼休みまで遡る。



「なあ、知ってるか?」


「何だ?」


食堂で昼食を食べている時鏡が口を開いた。


「クラスで機械姫に告白していないの俺と京だけらしいぞ」


「そうか」


「興味無さそうだなおい」


「どうでもいいだろそんな事」


俺の殺風景な回答に鏡ははぁーと息を吐いた。


「お前分かってないなあ。俺ら以外全員告ったって事はまだ告って無い俺らは野郎達からしたら敵なんだよ。その内嫌でも機械姫に告白しに行くように干渉してくるぞ?」


告白して振られて恥ずかしい思いをしたから仲間を増やそうとする。

醜すぎるだろ。ゾンビか?


「無視すればいいだろそんなん」


うどんをすする。


「アイツらがそれを許すと思うか?強行策を使っても仲間を増やしにかかるぞ?」


「くだらな」


厚揚げを一齧りする。


機械姫。


神木高校に在籍する生徒でその名を知らぬ生徒は居ないだろう。

もし居るならばそいつは井の中の蛙だもっと周りに目を向けろ。


他人に興味が無い俺でする知っているレベルだぞ?


本名逢坂夏向。


白みがかった腰まで伸びる長髪と西洋人形のように白い肌が特徴的な女生徒。


俺が逢坂を知ったのは入学式の新入生挨拶の時、神木高校の入学試験を全問満点で通過した逢坂は誰もが認める天才だった。

首席で入学したと言った方が聞こえがいいかも知れない。


そんな逢坂が入学式で名前を呼ばれ壇上に上がった瞬間辺り一帯の空気が変わり、張り詰めた緊張感は瞬きや呼吸と言った必要最低限の行為と言う労働すら忘れさせた。


静まり返った体育館に響くのはマイクを通して聞こえる逢坂の透き通る様な青い声。

逢坂の声に誰もが魅了され一瞬足りとも目が離せなくなった。


美しい物は儚い。


気付いた時には逢坂の新入生挨拶は終わり、それと同時に辺りを包んでいた緊張の糸は切れた。最後に残ったのは埋まらない満足感だけだった。


この出来事がきっかけかは分からないがそれから高校は逢坂の話や噂で持ち切りだった。

中学校時代の良い噂悪い噂、根も葉もない噂だけが独り歩きし逢坂の名前を聞かない日は無くなった。


高校入学から一週間が経った頃一人の男子生徒が逢坂に告白した。

彼はサッカー部で人気の二年生だった。

彼は容姿に相当の自信があったのか勝ち目のない博打に出た結果ボロボロに泣きながら帰って来た。

顔は鼻水と涙でぐしゃぐしゃで女子いわく「見たくなかった」らしい。


この一件から逢坂に告白する事は『死』と同義になった。

果たした逢坂はどんな罵倒で断ったのか、永遠の謎である。


そんな同義が立っても告白する生徒は後を絶たず半年も過ぎた頃には二年生全員があえなく玉砕した。


人の惨状を見て止まれる程人間は賢くない。


さらに半年後、冬休みが開けた頃には三年全員が玉砕したと報告があった。


逢坂への告白はゾンビパンデミックのように広がり二年生に進級して一ヶ月ほど経った今、クラスで告白していないのは俺と鏡だけになったそうだ。


鏡は「負け戦はしない主義なんだ」と言っていた。

俺は単純に「興味が無い」だけである。


ちなみに『機械姫』と言う名称は単純に感情の変化が乏しいことから来ているらしい。

玉砕した人達によれば冷たい目をしたまま無表情で淡々と罵倒してくる様が怖かったと言っていた。


そんなこんなで昼休みに戻る。


「あ、良いこと思いついた」


鏡は昼食を食べ終わったと思ったら手の平をポンッと叩きとんでもない提案をして来た。


「京放課後暇か?」


「ん、ああ」


この提案に乗った事で俺は後々後悔することになる。


鏡家


「と、言う訳で今からこのゲームで対決をして負けた方が逢坂に告白な!」


こいつすました顔でとんでもない事を言いやがる。


「拒否権は?」


「この部屋にいる時点であるとでも?」


「……帰る」


「悪かった!悪かったから帰らないで!?」


帰ろうとした俺の腰を掴み帰らないでと言う鏡。

男に抱き着かれる以上に気持ちの悪くなる事は無い。


「……」


鏡は涙目で俺を見上げてくる。


「分かったよ……」


「!それでこそ京だ!早速準備だ!」


調子良い奴。


「三先で良いか?」


「ああ」


「ok!じゃ、早速ゲームスタートだ!」


冒頭に戻る。



「お兄ちゃーん!ご飯出来たよー!」


「ん?ああ分かったー!」


美味い。


俺好みの甘めの味付けのカレーは俺の心に救済をもたらした。


「何かあったの?」


「どうした急に」


「家に帰ってからずっと不機嫌みたいだったから」


「別に何でもない」


「そう?悩みがあったら言ってね」


「ああ」


悩みはある。だが、言っても解決しないので言わない。


「ごちそうさま」


「お粗末さま」


「先風呂入るな」


「うん」


「ふぅー」


まだまだ外は寒い。


暖を取るならやはりコタツと風呂だな。


「あがったぞー」


「分かったー。覗かないでね」


「はいはい」


誰が妹の入浴なんて覗くんだよ。


髪を乾かした後、自室に籠り来る明日へ備える。

と、言っても準備する事なんて何も無い。強いて言うなら心の準備かな?


その日は深夜の一時過ぎまでラノベを読み眠りに着いた。


面倒だから明日なんて来なければいいのにそう思ってしまった。

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