泣く少女

逢坂の告白から数日が経った。


屋上への移動が面倒という理由の廊下での告白は多くの男子生徒に衝撃を与え校舎内で俺はちょっとした英雄扱いになった。


「そう言えば昨日、隣のクラスの鈴木が告白したらしいぞ」


食堂でカレーライスを飲み込んだ鏡がそんな事を口にした。

他人に興味が無い俺からすれば脳のメモリを消費するだけの無駄な時間である。


「そうか」


俺はあの日同様にきつねうどんをすすりながら無関心に答えた。


俺が告白をした日から何故か分からないが逢坂への告白のスパンが短くなったらしい。

今まで一日に多くて二回程度だったのが一日最高四回に増えたなんて話も聞く。

暇人が多いようだ。

昼休みなどに廊下で逢坂とすれ違うと鋭い眼光で睨まれる事が多くなり、逢坂の眉間にシワが寄っている日が増えた。


「他人事のように言うけどなぁ。元はと言えばお前が原因だからな?」


鏡は口に運んだスプーンをこちらに向けて来た。


「?」


俺は分からないと言う表情をする。


「お前が廊下で告白なんかするもんだから、逢坂に告白しようか迷っていた奴らが感化されてお前の後に続くように行動を起こしてるんだ。奴らの中でお前は教祖の様な存在らしいぞ」


俺の気付かない所でなんて面倒な事が起きているんだ。

だから、今日の朝名も知らない生徒から敬礼されたのか……。

頭を抱え深い深海よりも深い溜息をつく。


「面倒だ」


最近口癖になりつつある言葉を口から漏らす。


「そう重く考えるなよ。誰かに必要とされているって案外悪い気はしないぞ」


「それは人によるだろ。俺みたいに人から必要とされる事を嫌う人種だっている」


何年も孤独だった俺には分かる。


人から必要とされない喜び。


人から必要とされる苦しみ。


自分の無価値さは自分が一番理解している。理解しているからこそ誰かに自分の内面を探られたくはない。

人から必要とされて今までいい事なんて一つも無かった。

どんなに努力をしても、どんなに弱音を吐いても帰ってくるのは心一つ篭っていないプラスチックのような言葉だけ、努力なんて報われない。

報われないまま死んでいく。


それでいいと思ったら負けなんだ。


「京は相変わらずどこまで卑屈だな」


鏡はコロッと笑う。


よく笑う奴だ。


そのままで良い。


鏡だけは穢れを知らないまま大人になって綺麗なまま死んで欲しい。


でも、何に願ってもどうせ俺の願いは届かない。


いつか鏡も人に必要とされる事の苦しみの意味を知る事になるだろう。


苦しんでもがいて涙を流す。


それでも、そんな鏡を救ってくれる奴は大勢いる。

鏡だけは救われる。


救われ無いまま死んでいくのは俺の方だ。


才能がある奴が誰にも知られず死んでいくように俺もその山の一角に才能さえ芽吹かないまま埋もれていく。

悲しい世界の始まりだ。


「ごちそうさま」


手を合わせ食堂を後にした。



放課後までが異常に早く感じた。


「重っ……」


今日、日直だった事をすっかりと忘れていた俺は教室から出た所を止められごみ捨ての命を受けた。クラスメイト達のゴミが入った推定三キロのゴミ箱を抱え焼却炉のある体育館裏に赴いた。


体育館からはバスケ部のスパイクが床と擦れる音やバトミントン部のラケットの叩く音などが響いている。


「くっ……」


万年帰宅部引きこもり系男子の俺には三キロのゴミ箱すら持つ力が無かった。

三階にある自分のクラスからここまで来るのに約二十分の時間を要し、焼却炉まで運んだ後の休憩でさらに十分を要した。


対して広くない校舎の対してない距離を移動するのにすら体力の八割を消費した。

自分の弱さを痛感した。


「ん?」


焼却炉前で休んでいると体育館の影から三人の女生徒が笑いながら出て来た。

茶髪に染めたロングヘアーが特徴的な生徒がリーダー格のようだ。

三人は一瞬俺と目を合わせた後再び笑い合いながら去っていった。


俺は直感的に彼女達の笑いに不気味な物を感じた。

誰かを傷付けているような。

人の不幸を笑っているようなその笑顔が俺の目には醜く映った。


気の所為だと信じたい。


思い出したくも無いあの目。


俺は無自覚に不機嫌になっていたのか体育館の壁を殴っていた。

手の甲に食い込む石の感触すら今は気にならない。


次の瞬間俺の足は女生徒達が出てきた方に向いていた。


一歩。


二歩。


三歩。


近付く度に音が聞こえて来る。


悲しい音だ。


泣いている。


そこで誰かが泣いている。


理解するのは簡単だった。


「……」


日陰の差した所に子猫が居た。


みかんのダンボールに入った子猫がそこには居た。

いや正確には子猫のような人がいた。


肩は震え、嗚咽する声が辺りに響く。


「……」


俺の人影に気付いた人物ははっとしたようにこちらに振り向いた。


「!」


「逢坂……」


逢坂は俯く。


それが恥ずかしさから来るものか、俺にはそれが分からない。


「っ……っ……!」


止まらない涙を一心不乱に拭う逢坂に俺はそっとハンカチを差し出す。


「!」


逢坂は驚いた顔をした後、ゆっくりとハンカチを受け取り涙を拭いた。


「……」


俺はその様子をただ眺めるばかりだった。

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