第四話


「パワースラッシュ!!」



勇者の木剣が淡い光を帯びて剣速が上がる。

ただの薙ぎ払いだとふんでいた浩二は慌てて勇者の懐に入り身体を回転させると、その身を勇者に預ける様に倒れ込み回転を利用して後ろへ回り込む。



「危ねぇっ!何だよ今のはっ!」


「チッ!避けんなやっ!」


「無茶言うなっ!」



当たれば明らかに痛そうな剣戟をなんとか避け、距離を取る。


昨日に引き続き、勇者達の攻撃が明らかに変わっていた。

昨日までは重くなっていただけだった攻撃に「必殺技的な何か」が追加されていた。

下手に受け流そうものなら、身体ごと持って行かれそうになる。



(せめて攻撃出来れば……あ!……良し、試してみるか…!)



浩二は何かを試す様に身体を動かし始める。



「無視すんなや!このッ!パワースラッシュッ!!」



それを見た勇者は、自分に構わず何やら始めた浩二にイラついた声を上げ、再び力の乗った横薙ぎを放つ。


横薙ぎに振るわれた剣の先端が浩二を襲う…が、又もや身体を回転させるよう懐に入ると、後ろ足に重心を乗せ左手を軽く突き出す。



(ここだっ!)



半歩踏み込み引かれた左手の代わりに軽く握られた右拳が前に出る。

狙うは木剣の付け根。

瞬きする間の出来事だった。


ゴッ!と硬いもの同士がぶつかる音がしたと思ったら、浩二の身体の右側から何かが回転しながら飛んでいき、訓練所の壁に当たると甲高い音を立てて転がり落ちた。


すぐに勇者と距離を取る浩二。

目の前にはグリップから先のない木剣を握った勇者が呆然と立ち尽くしていた。



(ふぅ…何とか成功したか…)



浩二は折ったのだ。

勇者を攻撃出来ないならと、勇者の持つ武器を。

スピードの乗った先端ではなく根元を狙って。



「クソったれッ!」



勇者は悔しそうにグリップだけになった木剣を地面に叩き付けると、次の勇者と交代する為下がって行った。


しかし、次の勇者がなかなか場に現れない。

何かと思い辺りを見回すと何やらザワついている。



「おい…アイツ折ったぞ…?」


「あの木剣ってかなり丈夫じゃなかったか?」


「全力で打ち合いしても折れないんだぜ…?」


「アイツの拳って何で出来てんだよ…」



勇者と兵士達がヒソヒソとこちらを見て話している。

どうやら驚かせてしまったらしい。

そんなに丈夫なのか?ここの木剣って。


しかし、驚きざわめく兵士達の中から場違いな声が聞こえてきた。



「ガハハハハッ!盛大に折れたなぁ!良かったな、勇者様!折れたのがでよぉ!ガハハハハッ!」



スミスだ。



(…全く…まぁ、スミスさんはあの拳の痛み知ってるからなぁ…)



相も変わらず空気を読まずに勇者達を煽る。

しかし、煽られた勇者達は何故か青ざめている。


勇者達はスミスの言葉で気付いたのだ。

浩二が木剣を狙った事に。

そして、想像したのだ。

その拳が当たればどうなるかを。



「し、終了だ!終了っ!さぁ!勇者様方っ!アチラで休憩を!」



こちらを睨みつけながら何時もの共犯者が勇者達を訓練所から連れ出す。



(あの兵士のオッサンの方が空気読めるじゃないか…)



遠くでこちらにガッツポーズをしているスミスを見て浩二は溜息をつく。


ふと勇者達の方を見ると、先程木剣を折られた勇者が凄い形相でこちらを睨んでいた。



(やれやれ…コレは面倒臭い事になるかもな…)



頭を掻きながら浩二は勇者が居なくなるまで訓練所に立ち尽くしていた。



□■□■



「パワーレベリングだな。」



スミスが浩二の拳を何やらサワサワしながら言った。



「パワー…レベリングですか?」


「あぁ、手っ取り早くステータス上げたいなら、それが一番早いからな。」


「普通のレベリングとは違うんですか?」


「んーとだな…普通は己の技量に合った敵を倒してレベル上げるだろ?に対して、パワーレベリングは己の技量以上の敵を止めだけ刺すんだよ。まぁ、ズルだな。」



確かにそれなら普通に入る経験値なんか比べ物にならないぐらい経験値が入るだろうけど…



「でも、それじゃ…」


「気付いたか?」


「技量が付いていかないんじゃ…」


「その通りだ。ステータスに対しての技量不足、これがパワーレベリングの弊害だな。」



己の技量に合った敵と戦い続ければ、自然とそれに見合った動きを身体が覚えていく。

しかし、ステータスだけが先に上がってしまうと、筋力やスピードに頭がついていけない。

攻撃や回避のタイミングが合わなくなるのだ。



「まぁ、それもその内慣れてくるでしょうね。」


「だな。コージとの訓練は正にうってつけって訳だ。」


「なんて迷惑な…」



体を張ってるこっちの身にもなって欲しい。


ところで



「何故にさっきから俺の拳をサワサワしてるんです?生憎俺はそっちの気は無いんですが…」


「いやぁな、あの木剣を折っておいて傷一つ無いからよ。実際硬いんだぜ?あの木剣。」



実はあの木剣、龍樫と言う物凄く硬い樫の木から作った物らしい。

値段もそれなりに高く、今ではなかなか手に入らないものみたいだ。



「実の所、俺にも分からないんです。ただ…」


「ただ?」


「師匠が言うには、『気』を使い内気圧を高める事で外部からの衝撃に強くなる事は出来る…らしい。」


「『気』って何だよ。」


「んー…俺も詳しくは知らないですけど…師匠曰く『己の内より出でて己にのみ作用するもの』だったかな?」


「なんだそりゃ。」


「さぁ?俺だって知りたいですよ。でも、立禅はこの『気』を練ることも目的のうちみたいですね。」


「魔力みたいなもんか。」


「俺はその魔力の方を知りたいですよ。」



何も無い場所から火の玉を出すんだから。



「今度舞の嬢ちゃんに聞いてみたらいいんじゃないか?」


「あぁ、確かに。でも、そうそう簡単にここには来れないでしょ?」


「まぁな。」



なんてフラグじみた話をしていると…



「あーーっ!いたいた!」


「蓮ちゃん!ちょっと静かにしないと…!」



しっかりフラグを回収したナオを抱いた舞と、あの火の玉少女が連れ立って地下牢に現れたのだった。



「いらっしゃい、二人とも。今日はどうしたの?」



浩二が自分の家の様に二人を迎える。



「えーと…ナオちゃんを連れて来た…って言うのは言い訳で…蓮ちゃん…この子がどうしても来たいって…すみません。」


「昨日ぶりです!お兄さん!ヘー…こんな所に住んでるんだ?」


「「住んで(ないよ!)ねーよ!」」



舞と浩二の息が合う。

もうそろそろ二週間になろうとしているが…決して住んでいる訳じゃない。



「本当に…すみません…」


「いやいや、新堂さんが悪い訳じゃないし。」


「ナァーーォ」



そんなやり取りをしていると、ナオが舞の腕の中から飛び降り浩二の肩…定位置に飛び乗る。



「お帰り、ナオ。」


「ナァーォ」



浩二は久しぶりの感触に癒されながら、彼女の顎下をコリコリと撫でる。

彼女も嬉しい様で、一声鳴くと気持ち良さそうに目を細める。



「あーーっ!良いなぁ…ナオちゃん、何故か私には撫でさせてくれないんだ…」


「ナオって、結構人見知り激しいからね。」


「でも、舞は平気みたいだし。」


「生命の恩人だからね。」


「ズルいなぁ…私、魔法は攻撃しか使えないもんなぁ…」



余程羨ましいのか、本当に悲しそうだ。

あ、そう言えば魔法の事聞こうとしてたの忘れてた。



「ねぇ、二人にちょっと聞きたいことがあるんだけど…」


「何ですか?」


「ん?」


「魔法って、どうやって使うの?」


「え?魔法…ですか?ん~…説明が難しいですが…」


「え?簡単だよ?こう…お腹に力を入れて…ググッて来たら…火の玉よ出ろ出ろっ!って。」


「???」


「蓮ちゃん…岩谷さんが困ってる。」



きっとこの蓮ちゃんって感覚で生きてるんだ、うん。きっとそうだ。

腹に力を入れる以外何も分からん。



「えーとですね…想像するんです。傷口が塞がる所を…と言うか治る所を。」


「想像?」


「はい。でも、やっぱり素質は大事らしくて…スキルって言えばいいのかな?ある程度その人が出来る範囲っていうのがあるみたいです。」


「成程…つまり、スキル欄に魔法の魔の字も無い俺には無理なのかな?」


「どうでしょう?試してみたらどうです?」


「どうしたらいい?」


「まずは…集中して…頭に描くんです…出来るだけハッキリと…」



舞はそう言って人差し指を立てるとそっと目を閉じて集中し始めた。

すると、指先が淡い光を放つ。

やがてその光は指から離れ、指先10cm程で丸くなり輝き出した。



「これが『ライト』の魔法です。攻撃、回復、補助等の戦闘系で無ければ、魔力を使って簡単な魔法ならこうして使えるらしいです。」


「ライト…ねぇ…良し!やってみる!」



浩二は胡座をかいて人差し指を立てると、目を閉じて想像した。

指の先が光って明るくなる…明るくなる…明るくなる…



「………」


「………」


「………ダメみたいだね…」



うーん…難しい。

漠然とし過ぎてて上手く想像出来ない。



「俺が魔力1なのも関係あるのかな?」


「1!?…あ、すみません…」


「良いよ。うろ覚えだけど…確か魔力が1だった気がする。1って…やっぱり低いの?」


「えーと、魔力って言うのは簡単に言えば魔法適正なんです。」


「魔法適正?」


「魔法を使ったり、魔法から身を守ったりする為のです。」


「つまり…コレが低いと…魔法を使うどころか、防御さえ儘ならない…と。」


「……そうなります。」



これは困った。

このままでは、いつか魔法を使う勇者に火達磨や氷の彫像にされてしまう。



「んー…参ったねぇ。」


「大丈夫じゃないかなー?」



ずっと浩二と舞のやり取りを不思議そうに見ていた蓮は、実にあっけらかんとしながら言い放った。



「ふむ。一応聞こうじゃないか。何故大丈夫だと思ったの?」


「お兄さんなら、何と無く大丈夫な気がするんだ。剣とか折れるんだし。」


「アレはたまたま……じゃないな…待てよ…」



そう言えば、あの固いと言われる木剣を素手で折って拳に傷も付かなかったっけ。

アレも気の効果なのか…?



「蓮ちゃん、…あ、ごめん名前で呼んじゃって。」


「良いよ、良いよー!呼び捨てで蓮って呼んで!あ、ちなみに苗字は刻阪ね、刻阪蓮ときさかれん。」


「んじゃ、遠慮なく。えーと蓮は魔法使う時に腹に力いれるんだよね?」


「うん。お腹からグググッ!って込み上げてくるから、それを火の玉にするんだ!」


「そうか…やっぱり丹田が関係してるのかな…気を循環…硬くなるイメージ…表面を覆うように…」


「お兄さん…?」



何やらブツブツ言い始めた浩二を見て蓮が首を傾げる。


浩二は頭の中で色々考え、やがて考えが纏まったのかその場に立ち上がる。



「良し!やってみる!」



浩二はその場で立禅をすると、ゆっくりと丹田に力が集まるイメージを固める。

ユラユラと揺れる様に熱い霧の様なものが渦巻く…それをゆっくりと全身に行き渡らせる…ゆっくりでも隅々まで…

いつもより遥かに疲れるが…何やら身体が暑くなってきた気がする。



「岩谷さんっ!」


「お兄さんっ!」



二人が何やら慌てた様に声を掛けてきたので目を開けてみると、

何やら蒼白い靄のようなものが全身を覆っていた。



「何だこれっ!?」


「え?意識してやったんじゃないんですか?」


「いや、丹田で練った気を全身に行き渡らせるイメージをしただけなんだが…」


「気…ですか?」


「うん、何か…上手く行きそう…」



そう言って浩二はイメージを固め、靄を薄い膜へと変えていく。

全身が薄青色に淡く光る感じに。



「おおーーっ!お兄さん、格好良いよー!」



その姿を見て蓮がはしゃぐ。


まだ、実験はこれからだ。

強度を確かめないと。



「蓮、悪いんだけど…火炎球撃ってくれないかな?」


「いいの?」


「頼むわ。あんまり長くは続かなそうだしね。」



実際、ジリジリと体力が削れているのが分かる。



「分かったっ!行くよっ!火炎球っ!」



ソフトボール大の火の玉が顔に向かって飛んでくる。

うおっ!流石に容赦がないな蓮は。

すかさず左手を広げ、飛んできた火炎球を受け止める。



「おおっ!あんまり熱くない!」


「ホントっ!?」


「あぁ、全くって訳じゃないけど…これなら、手だけに集中すれば剣も素手で行けるかも。」


「やったーっ!やっぱりお兄さんは凄いよ!」



自分の事のように喜んでくれる蓮。



「ありがとうな、蓮。蓮のお陰だよ。」


「へへーっ!」


「舞ちゃんもありがとう、イメージの大切さが分かったよ。」


「…あ、いえ…そんな…あの…」


「ん?…あっ!ごめん!新堂さんまで名前で呼んじゃって!」


「いえ…良いです…その…私も…その…舞…で…」



顔を真っ赤にして俯いてしまう。

でも、どうやら彼女に対しても呼び捨てが許して貰えたようだ。



「舞、蓮、本当にありがとう!もっと修練してものに出来るまで頑張るよ!」


「頑張ってね!お兄さんっ!」


「頑張って下さいね!」



蓮は元気に、舞は真っ赤になりながらも応援してくれた。

良し!もっと修練だな!

継続は力だからね。



□■□■



「あ”~~っ!不味いっ!!」



浩二はポーションを一気に煽りながら叫ぶ。

叫ばなきゃやってられない不味さ。


浩二は二人を見送った(当然牢の中から)後ずっと気の修練に励んでいた。

立禅をしながら、ひたすら気を練り身体の各部位に集中して気を纏わせる訓練中だ。

既に日を跨いだ時間になっても、浩二が修練を止める気配は無かった。


最初は脱力感から倒れそうになり、蹲っていた所にスミスが現れ、慌ててポーションを差し入れてくれた。

凄く良い笑顔で。


兵士を引退してからもポーションの支給は続いているらしく、詰所には木箱単位でポーションがあるらしい。



「ホラホラ、グッと行けグッと!!」



等と酔っぱらいの上司のようにポーションを浩二に勧め、浩二は嫌々ながらもソレを煽る。

多少は体力の回復が望めるらしく、浩二も倒れる前にポーションを飲むようにしている。


どうやら気の運用は体力が消耗する。

前の世界の漫画で『気は体力、魔力は精神力』と書いてあったのを思い出す。



「漫画の知識も結構馬鹿に出来ないな…」



右腕に薄青く光る薄い膜を張りながら、それでも意識を切らさないように集中する。



「理想は常時展開だけど…今はまだ無理かな…」



ジリジリと体力が消耗する。

おそらくではあるが、まだ気の運用に無駄があるのだろう…使って使って使い倒して身体に染み込ませる、気の運用を…無駄のない運用を。

その為の修練だ。

しかし、浩二はその一部を既にものにしつつあった。



「最初よりは…疲れづらくなってる…と思いたい…」



実際に運用時間は長くなり、膜の厚さも自由自在…という訳にはいかないが出来るようになってきた。


不意に浩二の身体がグラつく。


頭がクラクラして、身体に力が入らなくなる。



「あぁ…キツい…」



フラフラした足取りで木箱に向かい徐に手を突っ込むと、ポーションをむんずと掴み親指だけで器用に栓を開け…一気に胃へと流し込む。



「かぁ~~~~っ!不味いっ!実に不味いっ!」



別に味の感想は要らないのだが、言わずには居られない。

この一見ドMとも言える気の連続運用訓練をする為には欠かせない存在。

感謝と悪意を込めて口にするのだ。

時折スミスが凄く良い笑顔でサムズアップする姿が垣間見えてイラッとするが。



「俺……俺、自由になったら美味しいポーション作るんだ…」



と変なフラグを立ててみる。

実際浩二はこの後しっかりフラグを回収し、本当に美味しいポーションを作るのだが…それはまだ少し未来の話。



□■□■



「ねぇ、舞?」



浩二の牢からの帰り道、蓮は隣でナオを抱いて歩く舞に先程からずっと頭にある疑問をぶつける事にした。



「舞ってお兄さんの事が好きなの?」


「ぶはっ!」



舞は唐突な蓮の質問に乙女らしからぬ声を上げて吹き出す。



「な、な、な、な、何言ってるの蓮ちゃんっ!」


「うわぁ…凄く分かりやすい。」



誰がどう見ても明らかに誤魔化し切れていない。

両手を開いてブンブン振ってるし。

顔は真っ赤だし。

ナオは舞の肩に緊急避難していた。



「だ、だ、だって!好きとか言うからっ!」


「どうどう、落ち着いて舞。」



蓮もここまで動揺するとは思ってなかった。

軽い、ほんの軽い気持ちで聞いただけなのだ。



「だって、男の人とあんなに普通に話してるとこ見るの、ホントに久しぶりだったからさ。」


「あ……」



学園にいた頃、壁を作るように人付き合いをしなくなった舞。

中学に上がった頃はまだ普通とは言えないが、クラスメイトとの会話はあった。

しかし、徐々に成長していく身体。

二つの膨らみが明らかに過剰な自己主張を始めた頃。

男の視線が怖くなった。

所構わず向けられる好奇な視線。

それは当然、クラスの思春期真っ盛りの男子からも向けられる訳で。

無神経な言動などは蓮が防波堤になってはいたが、全てを防ぎ切れる訳もなく、男性への不信感が人間不信に変わるのにそう時間はかからなかった。


蓮はいつも心配していた。

このままではいけないと。

しかし、蓮一人に出来ることなどたかが知れているわけで。

いつか…いつか魔法の様に舞の心を癒してくれる存在が現れるのを、神にも祈る気持ちで待ち続けた。

当の舞もきっとそうだったのだろう。


そして現れた。


あれだけ人嫌いで男性不信だった舞が普通に話が出来る男性。


猫を肩に乗せ、牢屋で過ごす変わった男性だが。


しかし、今の舞の反応を見る限り、嫌悪感など欠片も見当たらない。

寧ろ好意的とすら思えた。



「あのね、舞。あのお兄さんはきっと大丈夫だよ。」


「蓮ちゃん…」


「だからさ、もっともっといっぱい、い~~~っぱい話してさ、もっと仲良くなろうよ!」


「……うん。」


「ナオちゃんとも仲良くなりたいしねっ!」


「あ!…蓮ちゃん…そっちが本命でしょ?」


「バレた?」


「もう!」



幼稚園の頃からの幼なじみ。

いつも二人で一緒に遊んで、時々喧嘩もして。

辛い時は気遣うようにいつも笑顔で側に居てくれた。



「ありがとう…蓮ちゃん。」


「ん?何?」


「んーん、何でもない。」



いつか彼女の力になれる時が来たら…迷わず力になろう。

舞はずっとそう心に誓っていた。



□■□■



「さて、睡眠もバッチリ。今日も元気にお相手しますかね。」



昨日あれからずっと修練を続けていた浩二だったが、どうやらポーションを飲む前に力尽きたようで…

今朝方、ポーションの木箱に覆い被さるようにして爆睡しているところをスミスに発見された。


余程面白い体勢だったのか、朝から大爆笑されたものの身体はすこぶる快調。

いつもの日課に『気』の運用も取り入れたのだが、明らかに精度も上がっていた。



「睡眠って、やっぱり大事だなぁ。」



睡眠と言うか…単に力尽きて倒れただけだったりするが。

すっかり慣れた様子で訓練所でストレッチをしながら勇者達を待つ。



「今日は操気術そうきじゅつも試してみよう。」



徐に左手に薄く青い光を纏いながら呟いた。

浩二はこの気の運用法を、操る気の術と書いて『操気術』と名付けた。


未だ全力全開で運用出来る程手慣れてはいない為、纏っていた気を振払うように消し、静かに立禅の体勢をとると丹田にて気を練り始めた。


そうこうしている間に勇者達が集まってくる…が、いつもと様子が違う。

具体的に言えば、持っている獲物ぶきが。



「おいおい…遂に金属製品のお出ましかよ…」



刃は潰してある…が、紛れも無く金属製だ。

武器同士の打ち合いならまだしも、こっちは素手である。

しかも、ボロボロの布切れの様な服しか装備していない。



「…昨日のアレが余程気に入らなかったらしいな…」



派手に木剣を折ったのが効いたらしい。

翌日即対応とは恐れ入る。


勇者の数人はこちらを見ながらニヤニヤしている。

昨日木剣を折られた彼に関しては下卑た笑みにすら見える。



「気合を入れ直さなきゃダメみたいだな…」



両手で頬を張ると「パァン!」と良い音が訓練所に響く。

ジンジンとする頬とは違い、頭の中はクリアになっていく。


昨日操気術を覚えておいて本当に良かった。

じゃ無きゃ嬲り殺しにされる所だった。



「毎度武器を壊されてもたまらんのでな、今回は…」


「大丈夫ですよ。早く始めましょう。」



恐らく入れ知恵と武器の用意をしたであろう容疑者であり、共犯者でもあるいつもの兵士のオッサンの言葉を遮るように訓練の開始を促す。

勿論わざとだ。

全く、どれだけ魔族が憎いんだか…



「フンッ!まぁ、良い。せいぜい死なない事だな。」



最初は眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいたオッサンも、頭が冷えて勇者達が有利なのを思い出したのか、ニヤけた顔で口を開く。

開いて出た言葉がコレとか…


この世界ってやっぱり命の価値が低いんだろうか?

それとも単純にこのオッサンの頭が湧いてるのか。

まぁ、良いや。

こちらも簡単に殺されてやる気は無い。


等と考えていると、相変わらずこちらの意思確認など無く勝手に訓練は開始された。



さて…始めようか。



□■□■



「蓮が最後なのは…決定事項なのか?」


「うん!だって、疲れてなきゃお兄さんに勝てる気がしないもん!」



金属製の剣は重くて嫌だという蓮はいつもの木剣を左手に持ちながら今日も元気に火の玉をバラ撒く。

言ってる事は結構強かだが。



「最近は、お兄さんに勝つ事を目標にしてるんだっ!火炎球っ!」


「ホッ…と!目標?随分低い目標だな。」


「そんな事ないと思うけどなぁ…結局皆やられちゃったしねっ!周りを見てみなよ…って火炎球っ!」


「周り…?うおっ!汚ぇっ!」


「ほら、やっぱり当たらないじゃん!」


「ほらじゃねーよ!ほらじゃ!」



なんてやり取りをしているが、実際は言葉の隙間隙間に火炎球をしっかり置いていく。

しかも複数。

彼女もしっかり成長している様だ。



(まぁ、それは俺も同じか。)



決して余裕があった訳じゃない。

しかし、今回は浩二の新しい武器『操気術』があったから…では無い。


そう、あの武器のせいだ。

容疑者の口車に乗せられて勇者達が選んだ金属で出来た武器。

そのせいで、ろくに戦えずに訓練を終えたのだ。


理由は一つ。


『重さ』


ただでさえアンバランスなレベル上げをしているのに、木剣よりも重い武器を使えばどうなるか。

答えは簡単、身体が剣に振り回されるのだ。


ろくに素振りすらせず、ただただ数字のみを上げ続けた弊害。

時間をかけてゆっくりと頭と身体の摺り合わせをしていれば、全く違った結果になっていただろう。



「レベルが全てじゃない良い見本だな。」


「へ?何、お兄さん。」



蓮に関しては、他の勇者とは明らかに違う成長具合だ。

口車に乗らず地道に訓練を積んでいたに違いない。


「あ~~~っ!もうダメっ!参ったぁ~っ!」と叫びながらその場に座り込んでいた蓮が浩二の独り言に反応する。



「いや、何でもない。所で、蓮は今レベルいくつなんだ?」


「ん?えーとね、この間ぴったり30になったよ。」


「30か…」



はっきり言って凄いのかどうなのか分からない。

だから聞いてみた。



「レベル30って凄いのか?」


「んー…確か、一般の冒険者が25ぐらいでー、騎士さんになると35から40ぐらいだって言ってたような…」



つまり、普通のそこらに居る冒険者って呼ばれてる人達よりは強い…筈なんだよなこいつ等。


恐らくは冒険者の方が強いだろう…

浩二は確信めいた何かを感じていた。


方や職業として常に危険な仕事を請け負う冒険者。

方や強いヤツの金魚の糞。


レベルという数字だけでは測れない、経験とか熟練度等が圧倒的に違う筈だ。

まぁ、一概には言えないが。


しかし…このままじゃ…



「なぁ、蓮。勇者達って戦場に出されたりするのか?」


一抹の不安を覚え尋ねてみる。


別に勇者達がどうなろうが実の所知った事ではない。

が、既に知り合いも出来た。

ただただ無駄死にさせるのは寝覚めが悪過ぎる。



「多分、ある程度のレベルになったら前線に投入するみたいだよー。」



やはり、蓮の答えは浩二の予想を裏切らなかった。



(はぁ…どうせアイツらは聞く耳もたないんだろうなぁ…)



浩二は自分がこんなにお節介だとは思わなかった…と深い溜息をつき、徐に歩き出すと勇者達の前に立ち口を開いた。



「なぁ、勇者様達。アンタ達はこのまま戦場に出て本当に生き残れると思うか?」



肩で息をしたり、剣を杖替わりにしてようやく立ち上がっている勇者達に浩二は問いかけた。

何人かは浩二の言葉を聞いて顔を見合わせたりしているが、誰一人として返事を返す者はいない。

だから浩二は続けた。



「はっきり言って、死ぬぞ?お前達皆だ。魔族ってのがどれ程の手合かは分からないが、今のお前さん達よりは強いだろうさ。」



はっきり言い切った。

死ぬと。



「そ、そんなのやってみなけりゃ分からないじゃないか!」



勇者の一人がなんとか言葉を返してくる。

最悪の答えを。


やってみなけりゃ分からない?

分かった時には既に遅いって事すら分からないのか?



「レベル1の俺にすら適わないのにか?」


「嘘をつくなっ!お前がレベル1な訳無いじゃないかっ!」


「いや、間違いなく1だよ。俺はここと牢以外には行った事すらないからな。」


「そんな話が…信じられるかっ!」



全く話にならない。

聞く耳ももたない以前の問題だ。

自分の弱さを人のせいにし始めている。

俺が強いからだ…と。


何とかならないものかと思っていると



「ハイハイハーーイ!それじゃさ、見てみれば良いじゃん!」


「出来るのか?」


「うん、多分ね!…えーと…あ!いた!栞ちゃん!ちょっとお願い出来る?」



黙ってやり取りを聞いていた蓮が元気に手を挙げて発言する。そして、栞ちゃんと呼んだ女生徒にブンブンと手を振った。

すると数人の勇者の中から、一際小さな女の子がひょこっと顔を出した。

見たことの無い女の子だ。

多分非戦闘系なのだろう、訓練で手合わせした記憶が無い。


蓮は栞の元へ走り寄ると、その手を引いてこちらに向かい駆け寄って来た。



「お兄さん!この子は栞ちゃん!『鑑定』ってスキル持ってて、この間スキルレベル上がったらプレート作れる様になったんだ!凄いでしょ?」



まくし立てる様に言葉を連ねる蓮。

幾つか聞いたことの無いワードが混じっている。



「鑑定…ってのは何となく分かるけど…プレート?」


「あぁ、うん!コレっ!」



蓮はズボンのポケットから薄い板のようなものを取り出すと浩二に差し出す。

その薄青く光るプラスチックのプレートの様なものには蓮のステータスが白く浮き上がるように映されていた。



「これは栞ちゃんが作ったんだよ!魔道具の水晶球でも作れるんだけど、こっちはタップすると詳細まで見られるんだ!しかも、ちゃんと自動でステータス更新までしてくれるんだから!」



どこかで見たと思ったらここに来てすぐに勇者達が見せ合っていたあのプレートか。

しかも、その上位互換らしい。

何となく画面だけのスマホっぽい。


とりあえず目の前で小さくなってる娘にお願いしてみよう。



「あ、えーと栞ちゃん…でいいのかな?」


「え…あっ!は、はいっ!栞は栞ですっ!小鳥遊栞たかなししおりですっ!すみませんっ!」


「いやいやいや、済まなく無いよ栞ちゃん。そんなに怯えないでくれると…嬉しい…」



尻すぼみに言葉が小さくなり、栞の露骨な怯え様に背景までズーンとなる。


そんなに怖いのかな俺…



「あのー…食べたりしません…?」


「喰わんわっ!」


「ひっ!」


「いや、だからね?俺は君にお願いしたい事があるんだけど、良いかな?」


「せ、性…的なことですかっ!?栞はまだ子供なんでぇっ!」


「うりゃっ!」


「きゃっ!」



栞の額にチョップ。

おでこを抑えて栞が涙目で小さな悲鳴を上げる。

話が進まないので、とりあえず軽く入れてみた。



「少し落ち着こうか。」


「うぅー…はい、すみません…」


「とりあえず、食べたりも、性的に食べたりもしないから安心してくれ。」


「…本当…ですか?」


「一体君らの中で俺という存在はどんな生物のカテゴリーに入ってるんだよ…まぁ、いっか。それより、落ち着いたかい?」


「…はい。」



腰に手を当てて溜息をつく。


色々聞きたいことはあるが…主に自分の存在について…まぁ、それはこの際置いておいて…後で蓮にでも聞いてみよう、うん。


やっと会話できる…何だか異常に疲れた。



「さっき蓮の言ってたプレートって俺のも作れるの?」


「あ、はい。今からプレートを作るので、そこに血を一滴垂らしてもらえれば。」


「血か…分かった、今すぐいる?」


「わわわっ!待って下さいっ!今すぐプレートを作りますからっ!」



すぐさま血を垂らすために指の先を噛み切ろうとしていた浩二を見て慌ててそれを止め、栞はプレートを作る準備を始める。


両手の掌を上に向けて重ね何やら小さく呟くと淡く青色の光を発し始め、やがてそれがプレートの形へと姿を変えた。



「へー…大したもんだなぁ…」


「ほぇ?」


「いやさ、何も無い所から物を作り出すなんて凄いなって。」


「…そんな事ありません…栞は、これしか出来ませんから…」



そう言って俯いてしまう。

なんと言うか…小動物みたいだな。

何となく放って置けなくなり、浩二は栞の頭を優しくポンポンと撫でた。



「栞ちゃん、君は今凄いことをしているんだよ?少なくとも俺には出来ない。自分と誰かと比べて優越感を感じても、きっとそれはその場の自己満足にしかならない。」



最初は頭に手を置かれビクッとしたが、頭を撫でられながら上目遣いで黙ってこちらを見つめる栞に浩二は続ける。



「だからさ、栞ちゃんは自分が出来ることを一生懸命やれば良いんだよ。誰かと何かを比べるんじゃなく、自分だけを見て自分が納得出来るように。そうして得た力は、絶対自分を裏切らないから。」


「…はい。ありがとうございます、お兄ちゃん。」


「ははっ、お兄ちゃんか、不思議と違和感は感じないな。」


「あっ!す、す、す、すみませんっ!栞、お兄ちゃんがいてっ!それでっ!」



恥ずかしかったのだろう、栞は無意識に出た「お兄ちゃん」という言葉にアワアワと慌てふためく。

その時、出来上がったプレートが栞の両手から滑り落ちる。

「よっ!」と声を上げて間一髪地面に落ちる前にキャッチした。



「大丈夫だよ、栞ちゃん。ほら、落ち着いて。コレに血を垂らせば良いの?」


「うぅ…恥ずかしい…はい、そのプレートに一滴だけで良いので垂らしてください。」


「了解…っと。」



左手の人差し指を少しだけ噛み切り、滲んだ血を一滴プレートに垂らす。

プレートへと落ちた一滴の血は波紋のようにプレートを小さく波打たせ、やがて青かったプレートが赤く染まる。

そして、波紋が収まった頃再び青色に戻った。



「完了です。これでそのプレートはお兄ちゃん専用になりました。プレートの操作もお兄ちゃんと栞にしか出来ません。」


「栞ちゃんも操作出来るんだ?」


「あ、はい…一応製作者ですから。」


「あ、そっか。で、どうすればステータスが表示されるの?」


「えーと、プレートを手に持った状態で頭の中で『ステータス表示』って思い浮かべれば大丈夫です。」


「へー…どれどれ…」


浩二は右手にプレートを持ったまま頭の中でステータスが表示されるように思い浮かべた。

するとプレートが淡く光り出し、やがて数字や文字の羅列が浮かび上がってきた。



名前 岩谷浩二イワタニコウジ

年齢 26

種族 ドワーフLV1

職業 人形師 氣法師

筋力 250

頑強 350

器用 150

敏捷 200

魔力 25


【スキル】

『人形師』LV1

『傀儡師』LV1

『魔核作成』LV1

『操気術』LV6

『見様見真似』LV--

『火魔法(見習い)』LV1

『パワースラッシュ(見習い)』LV1

『パワースラスト(見習い)』LV1

『鑑定(見習い)』LV1



□■□■



「へ?」



変な声が出た。

え?何この数字。

何このスキルの数。

色々おかしい。

確かにLVは1だが、明らかにおかしい。


軽くパニックを起こす浩二。

すべて記憶していた訳では無いが、初めてステータスを見た時の数字とは明らかに違う。



「まずは…落ち着こう…」



目を閉じてゆっくり深呼吸。

目を開き再びステータスを見る。



(何で職業二つなんだよ…それにスキルの『操気術』って俺が自分で付けた名前なのに…何より『見様見真似』って何だよっ!…火魔法!?俺って魔法使えないんじゃ…ってか見習い?)



更にパニック度が増した。


額からダラダラと嫌な汗を流していると、不意に横から声が掛かる。



「どうしたの、お兄さん?ちょっと私にもプレート見せてっ!私のも見て良いからっ!」



蓮は自分のプレートを浩二に渡すとキラキラした瞳で浩二のプレートを受け取りそれを見る。

やがてその目が見開かれ、やがて口をパクパクさせ…



「えぇ~~~~~っ!!」



そして、訓練所には蓮の大音量の叫び声が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る