第五話



やがて浩二や蓮、栞とのやり取りを見ていた勇者達も何事かと集まってくる。

そして、浩二のプレートを見て一様に同じ反応を繰り返す。


更に嫌な汗が出始める。

今度は冷たい汗だ。

浩二は嫌な予感を振払うように蓮のステータスプレートに目をやる。



□■□■



名前 刻阪蓮トキサカレン

年齢 17

種族 人族LV30

職業 勇者

筋力 150

頑強 100

器用 100

敏捷 80

魔力 350

スキル

『火魔法』LV5

『MP自動回復』LV3



□■□■



(あ…れ?随分と…低い?)



浩二の予想とは遥かに違う低いステータス。

確かにレベルは30だ。

でも、それにしたって低すぎる。



(まさか…!)



思い当たる節がある。

いや、多分間違いない。


パワーレベリングのせいだ。



「あぁ、こりゃパワーレベリングのせいだわ。」



浩二の思考と重なる様に言葉を発したのは、どさくさに紛れて勇者達と一緒に浩二のステータスプレートを見ていたスミスだった。

そしてスミスは彼等に向けて話し出した。



「いいか?浩二のレベルが1なのにお前らよりステータスの数値が高いのは、単純に基礎能力値のみでお前等のレベルアップ上昇分を超えてるだけさ。簡単だろ?普通じゃないがな。」



浩二を普通じゃないと言いながらガハハハハと笑うスミス。



「ステータスの数値ってのはな、レベルアップしなくても上げられるんだよ。どうすれば良いか分かるか?」



勇者達は誰も口を開かない。

ただただ無言でスミスの次の言葉を待っている。



「簡単だよ。ひたすら訓練を積めば良いのさ。走り込めば『敏捷』、攻撃に耐えれば『頑強』『筋力』、魔法を使ったり受けたりすれば『魔力』、色んな武器等を使い込んだり、道具を作ったりすれば『器用』みたいな感じでな。」


「そんな当たり前の事であんなに上がるのかよ!」



スミスの言葉に勇者の一人が声を荒らげ食いつく。



「上がるさ。ただし、その当たり前を当たり前以上にこなせばな。だから言ったろ?普通じゃないって。」



食いついてきた勇者に歩み寄り、スミスはさらに言葉を続ける。



「他人事みたいに言ってるが、お前等だってしっかり協力してたろうが。」


「な、なんの事だよ!」


「毎日繰り返してたろ?集団リンチをよ。一対数十だぜ?普通じゃねーよな?」



スミスが若干だが語気を荒くする。



「まぁ、それだけじゃないんだがな。お前等がお日様の下で楽しくやってる間にコージは何をしてたと思う?」



気迫の篭ったスミスの問い掛けに萎縮した勇者達は、誰一人として口を開けないでいる。

しかしそれだけが理由では無い。

想像すらしていなかったのだ…陽の光の届かない地下牢で一人孤独に過ごすことがどういう事なのかを。



「浩二はな、レベルが上げられない代わりに…と言わんばかりにずっと基礎訓練を積みまくって来たのさ。

来る日も来る日も地下牢でひたすらたった一人で自分に出来ることを反復してな。

しかもそれを日課と言い切りやがった。

お前らが金魚の糞みたいにレベル上げをしている間にも浩二はひたすら訓練を積み続けていたんだよ。」



無言の勇者達。



「基礎能力ってのは、レベルアップ時に相乗効果を生む。

レベルアップ前に訓練を積めば積むだけその恩恵は何倍にもなる。」



勇者達は浩二を見た。

複雑な表情を顔に浮かべながら。


そして、スミスが最後の言葉を投げ掛ける。



「つまり、これからお前らは誰一人としてコージには勝てなくなるんだよ。

なんせレベル1の時点での基礎能力が既にレベル30のお前らを超えてるんだからな。

これからコージがレベルを1でもあげてみろ…たちまち超えられない壁になるぜ?」


「そ、そんなの…やってみなきゃ分からないじゃないかっ!」



やっとの事で絞り出した儚い抵抗。

しかしスミスはそれをあっさり打ち砕く。



「分からないか?お前等はもうレベル30なんだぜ?今からレベルアップ前に頑張って頑張って訓練をしても、そんなのあっさり覆されるさ。だってよ…」



そう区切って今度は突然浩二へと話を振る。



「コージ、お前これからレベルが上がって自分でもわかるぐらい物凄く強くなったとして…あの日課、止めるか?」


「あー、人間だった頃からの日課ですからね、多分止めませんよ。」


「…お前、こっちに来る前からあんな変態的な日課こなしてたのか…?」



浩二の答えに軽く引くスミス。

そして、直ぐに吹き出し笑い出す。

目を白黒させている勇者達に再び向き直りやれやれといった口調で話し始めた。



「だとよ。コージは多分レベルアップしていようがしていまいが、日課の訓練をしちまうよ。

まぁ、レベルやステータスが戦いの全てじゃ無いがよ…ハッキリ言って俺ですらこれから先のコージの姿が全く想像つかん。

まぁ、恐らくコージがレベル30になった時の数値は…お前等の数十倍なんて生易しいもんじゃない…って事位は覚えておくといい。」



勇者達は言葉も出ない。

訓練などしてこなかった。

楽にレベル上げして、楽に強くなろうとした。

浩二などすぐに追い抜けると思っていた。


誰一人として言葉を発せないまま、無駄に明るく振る舞う兵士のオッサンに連れられて勇者達は訓練所を後にした。


その時の兵士のオッサンの顔は、声色とは対照的に真っ青になっていたのが妙に気になったが

、浩二は自分のプレートを手にしたまま、その光景を黙って見つめていた。



□■□■



「今すぐにでも処刑すべきです!!」



広い空間に声が響く。



「それ程の事なのか?」


「はいっ!既に今現在でステータスは私を超え、近衛騎士にすら届く勢いです!」


「なんと!近衛騎士だと!?」


「現在はレベルが1なのが唯一の救い…罷り間違えてレベルが上がってしまえば…」


「しまえば…?」



兵士は言葉を選ぶように目を閉じ…やがて口を開く。



「この城内で…奴に勝てる者はいなくなるでしょう…」



兵士の報告に辺りが静まり返る。



「くそっ!忌々しい魔族めっ!良かろう!理由などどうとでもなる!」



声の主は煌びやかな玉座から立ち上がり高らかに宣言する。



「3日後!岩谷浩二の処刑を行う!!」



そう宣言した国王はドカッと玉座に座ると、嫌な事でも思い出した様に顔を歪めた。



「何としても…奴のレベルが上がる前に…処分しなくては…」



その呟きが「処刑」ではなく「処分」になっている事にすら気付いていない国王。


その玉座の少し上方。


壁に張り付くように佇んでいた紫色のイモリの様な生物の目が妖しく光る。


そして、その生物は細長い舌をチロチロと数回出すと、霞のようにその場から姿を消したのだった。



□■□■



「さて、便利な物も手に入ったし色々確認だな。」



例の騒ぎの後、戻って来た地下牢で胡座をかいてプレートを手に持ち、ステータスを表示させながら浩二は呟いた。



「確か…タップしたら詳細が出るとか言ってたな…」



早速気になる部分をタップしてみた。



□■□■



【職業】


『人形師』

ドワーフが生まれながらに持つ比較的レアな職業の一つ。

遠隔操作出来る人形や、命令を遂行するゴーレムを創り出し行使する為のスキルを覚える。

ドワーフの他の職業には『鍛冶師』や『細工師』などが挙げられる。



【スキル】


『操気術』

気を操り、半物質化した気を武器にも防具にもする事が出来る。

体力を消費する事で持続時間が伸びる。

物質化した気は肉体から長時間離すことは出来ず、投げるなどした場合は数秒で消失する。

スキルレベルが上がれば、気と魔力を練り合わせることにより精神力の代わりに体力で肩代わり出来るようになる。

『操気術』を行使するものを『氣法師』と呼ぶ。



『見様見真似』

低レベル時に複数人とのスキルを用いた戦闘を短期間に繰り返す事で得られるレアスキル。

集中してスキルを見る、もしくは身に受けることで『見習い』として習得することが出来、

習得した見習いスキルは本来の威力の10%で行使できる。

LV10まで上げると見習いの表示が消え、自身のスキルとしてLV1になり覚え直す。

一定の期間使わなかった見習いスキルは消失する。



『人形師』

遠隔操作出来る人形を創り出すスキル。

人形は、魔核を内蔵する事により自らの五感とリンクさせることが出来る。

行使中は精神力を消費する。

作成出来る人形の質は魔力とスキルレベル依存。

リンクさせられる感覚は魔核の純度依存。



『傀儡師』

単純な命令を遂行するゴーレムを創り出すスキル。

ゴーレムは、魔核を内蔵する事によりそこに刻まれた命令を遂行する。

周囲の魔素を燃料とし、魔素が希薄な場所では行動出来ない。

基本はどんなものでもゴーレム化出来る。

作成出来るゴーレムの質は魔力とスキルレベル依存。

命令の質は魔核の純度依存。



『魔核作成』

魔核コアを創り出すスキル。

本来魔核は魔物の体内にのみ存在し、成長と共に大きさと純度が増していく。

強い魔物の魔核は総じて大きく純度も良い傾向にある。

スキルで創り出す魔核の純度は魔力依存。



□■□■



「ふむ…色々ファンタジーだなぁ…」



腕を組んでしみじみと言う。



「とりあえず…色々試してみるか。」



浩二は立ち上がると居合抜きのような格好を取る。



「確か…こんな感じで…素早く…っ!」



勇者の一人が使っていたスキル『パワースラッシュ』を再現するべく、手刀を剣に見立て素早く真横に振り抜く。

すると、その手刀は青い光を帯び薄暗い地下牢に光線を残す。



「へぇー…案外出来るもんだなぁ。」



最初は剣を持たなければ出来ないかとも思ったが、やってみるものである。



「まぁ、威力10%だけどな…とりあえず暇を見てレベル上げとくか。」



戦い方の引き出しが増えるのはいい事だと威力の事に関しては割り切ることにする。



「次は…火の玉か…」



掌を地下牢の壁に向け目を閉じる。

蓮の放つ火炎球をイメージ。

目を開き丹田に力を込め放つ。



「火炎球っ!」



すると、青白いビー玉程の火の玉が物凄いスピードで掌から射出され、ゴッ!という音を立てて壁に小さな穴を穿つ。



「なっ!?なんだ?今の…青かった…よな?」



明らかに予想していたものと違う事に戸惑う…が、



「もう一回試してみるか。」



すぐさま気を取り直し、同じ要領で火炎球を放つ。

放たれた青白い炎のビー玉は、狙いに違わず先程空けた穴のすぐ横に同じ様に穴を穿つ。



「やっぱり青いし小さいな…それよりも…速い…」



優に蓮の放つ火炎球の数倍はスピードが出ている。

しかも狙い通りの場所にしっかり着弾していた。



「コレ…人に撃って良いもんじゃ無いな…」



拳銃の弾丸…程速い訳じゃないが、見てから避けるにはコツがいりそうなスピードだ。

しかも石壁に穴を開ける威力。



「これで10%って…間違いかなにか…あっ!」



浩二は頭に浮かんだ言葉を口にする。



「操気術…か。」



青い炎といい、魔力依存の魔法が魔力の低い、更に見習いによる威力10%という縛りがある浩二が放ったにも関わらずあの威力。

恐らくさっきの説明にあった「気と魔力を練り合わせる」という事なのだろう。



「本当に…気ってこの世界では万能だなぁ。」



武器にもなり防具にもなり、魔法の威力まで変えてしまう。


浩二は瞳を閉じて天を仰ぐ。

空は見えないが…元いた世界の空を思い浮かべながら頭の中で感謝する。



(師匠…本当にありがとうございます。俺は師匠のお陰でこちらの世界でも…まだまだやれそうです!)



再び目を開いた浩二は、新たに得た力を習熟すべく繰り返し練習に励み始めた。



□■□■



月明かりが差し込む石造りの小部屋。

それなりに立派なベッドで小さな寝息を立てている女の子をチラッと横目で見ながら彼女は音も無く床に降り立つ。


あたりに人の気配が無いことを確認した彼女は、器用にドアノブを捻り部屋を出た。

音を立てないようにドアを閉めるのも忘れずに。


月明かりと篝火だけが照らす人気の無い廊下を素早く抜け、目的の場所へと到着する。


詰所の小窓の下を通り抜け、後はひたすら階段を下るのみ。


彼女は急いだ。

可及的速やかに伝えねばならない。


3日後、浩二の処刑が決まった事を。




(また…なんて格好で寝てるのよ…)



地下牢に辿り着いた彼女は牢の中で不思議な格好をしたまま寝息を立てている浩二を見て溜息をつく。


恐らく体力の限界までスキルの訓練をしていたのだろう、辺りには空になったポーションの瓶が彼方此方に転がっていた。

その中心で、顔を床に付け腰を持ち上げたような格好の浩二が爆睡していた。



(本当に…頑張り屋なんだから…)



優しい笑みを浮かべた彼女は、スルリと鉄格子を抜けると浩二の元へ歩み寄り、その頬をザラつく舌で軽く舐める。



「…ん……ナオ…」



寝言の様に愛猫の名を呟く浩二。



〔ナオだけどナオじゃないわ。とりあえず起きて貰えるかしら?〕



浩二の頭の中に直接響く女性の声。

眠気も吹っ飛んだのか、ガバッと音がするぐらいの勢いで飛び起きる。

その頬には床の跡が付いている。



「誰だっ!」



辺りをキョロキョロしながら声の主を探す。



〔そっちじゃないわ。足元よ、あ・し・も・と。〕



又もや響く声に慌てて自分の足元見ると、そこには見慣れた愛猫の姿があった。



「ナオ…なのか?」


〔身体はね。彼女にお願いして一時的に身体を借りてるの。〕


「身体を…借りる?」


〔そ。あぁ、ちゃんと本人の了承は頂いてるから安心して。貴方が危ないからって言ったら、すぐにOKしてくれたわ。〕


「そっか…って、俺が危ない?」


〔あ、ここからは聞かれちゃマズい話だから、念話でね。〕


「念話でね…って言われてもどうすれば良いんだ?」


〔簡単よ。頭の中で会話する様にすれば良いだけだから。〕



浩二は首を捻りながら腕を組んで何やら考えた後行動に移す。



〔こんな感じか…?〕


〔そうそう、上手いじゃない。〕


〔ありがとう。で、君は誰なんだ?ナオの身体を借りてまで俺に何を伝えに来たんだ?〕


〔あぁ、自己紹介がまだだったわね。〕



彼女は佇まいを直す…とは言ってもチョコンと浩二の前に来てお座りしただけだが、こちらに青い瞳を向けると…



〔私はソフィア。人間が魔族国と呼ぶ場所に住んでいる魔王よ。〕



と、とんでもない事を言い出した。

しかし、不思議と恐怖心や警戒心が生まれない。



〔魔王かぁ…ファンタジーだなぁ…〕


〔……あまり驚かないのね?〕


〔あー…一応それなりには驚いては居るんだけど…あ、敬語使った方が良いですか?〕


〔ここまで来て変な距離作るの止めてよ…〕


〔それでは、魔王様が直々にいらっしゃった理由をお聞かせ願えますか?〕


〔わざとやってるわね…?帰るわよ?〕


〔あぁ!悪かった!ごめん、なんか妙に親しみを覚えてさ。〕


〔…良く「威厳がない」って言われるわ…〕



ソフィアは項垂れる…と言ってもナオの身体だからイマイチ伝わりにくいが。



〔まぁまぁ、それはさておき話を進めよう。〕


〔……そうね…まぁ良いわ。貴方がこっちに着いたらタップリ私の威厳を見せ付けてやるんだから!〕


〔ん?こっちに着いたら?〕


〔あぁ、えぇ、そうよ。私は貴方を迎えに来たの。まぁ今すぐじゃないけどね。〕


〔俺を…魔族国に?〕


〔嫌?〕


〔いやいや、嫌も何も突然過ぎて…〕



突然の迎えに来た宣言に狼狽える浩二。

まぁ、魔王様から迎えに来たと言われれば、普通はこうなる。



〔貴方には時間が無いの。〕


〔へ?〕


〔知らないとは言え…お気楽ねぇ…一応ここ地下牢でしょ?不満とか憤りとか溜まってるものとかないの?〕


〔あるよそりゃ、いきなり「魔族だー捕らえろー」とか言われて牢に放り込まれるし、足枷は邪魔だし、飯は不味いし、ポーションは不味いし、色々溜まるし…〕


〔やっぱり溜まってるのね?〕


〔ピンポイントにそこ拾うんだ?〕


〔まだまだ若いんだし、仕方ないわよ…うん。〕


〔で?〕


〔ん?〕


〔いやいや、貴女は俺の性欲の有無を確認しに来た訳じゃないでしょう?〕


〔あぁ、そうだったわ。つい…ね。〕


〔なんだか…疲れてきたよ…〕



話が一向に進まない。

きっとさっきの威厳の話を根に持ってるに違いない。



〔じゃ、本題ね。貴方このままだと3日後に処刑されるわよ?〕


〔随分とまた急に話の方向性が変わったなぁ…〕


〔貴方…相当変わってるわね…殺されるのよ?怖くないの?〕


〔そりゃ怖いですけど…なんだか…ピンと来ないというか…〕


〔昨日のステータス確認が原因ね。貴方は強くなりすぎてしまったの。

だから、これ以上強くなる前に処分してしまおうって話しみたいよ。〕


〔また、傍迷惑な…勝手に呼び出して、勝手に地下牢に放り込んで、今度は勝手に殺すってか?…何か…だんだん腹が立って来た…〕



余りにも勝手が過ぎるだろう。

静かに怒りが湧き出す浩二の身体から青い靄が立ち上り始める。



「人の命を何だと思ってるんだ…っ!」



どんどん溢れ出す殺気に呼応するかのように青い靄が炎のように揺らめく。



〔はい、ストップ!ストップ!落ち着きなさい!〕


「だけどっ!」


〔いいから…ね?落ち着いて…〕



怒りに狂いそうになる浩二を優しく窘めるソフィア。

いつものナオのように肩に飛び乗り頬を優しく舐める。



〔あんな奴ら放って置けば良いのよ。絶対貴方を殺させはしない。その為に私は今日此処に来たんだから。〕


〔……済まない…取り乱した…。〕


〔良いのよ…それが普通の反応なんだから。〕


〔…俺はどうしたらいい?〕


〔とりあえず、今日は普通に過ごしていいわ。明日の深夜に迎えに来るから、準備しておいてね。〕


〔明日の深夜か…分かった。ありがとう…わざわざ来てくれて…〕



お礼を言った浩二をキョトンとした顔で見た後、彼女は彼の肩から飛び降り鉄格子の前まで歩くとこちらを振り返り



〔当たり前じゃない。貴方は私の仲間なんだから…それじゃ、明日ね!〕



その念話を最後に彼女は薄暗い通路を走り抜けて行った。



(何故だろ?)



不思議で仕方が無い。



(嘘の可能性だってあったはずなのに。)



何故かすんなりと信じられた。



(きっと…人柄なんだろうなぁ…)



あの少し威厳の足りない魔王様の事を考えながら、今日で最後になるかもしれない地下牢での睡眠をとるのだった。



□■□■



『半人前のハーフギルティ



今朝目が覚めた後、足枷を『鑑定(見習い)』を使って見た結果だ。

名前しか分からないのは、『鑑定(見習い)』のレベルが低いからか見習いだからかは分からないが。


起きてから目に付くものを片っ端から調べまくって、現在『鑑定(見習い)』のレベルは6

どうやら、同じ物を調べても経験値が少ないらしく、物自体の少ない地下牢ではこの辺りが限界みたいだ。

ちなみに体力的にも限界に近い。


浩二は体力の回復を計るべく、いつもの様にポーションを一気に煽る。



『あ”ぁ~っ!不味い不味いっ!…もう既に三桁に届こうと言う位は飲んでるのに…コイツの味はいつになったら慣れるんだ…』


「慣れないぞ?」


「うおっ!」



突然背後からの答えに変な声を上げて振り返ると、そこにはいつもの様にスミスがいた。



「よう!おはようさん。そいつの味には…慣れないぞ?…もう数百と飲んでるが…やはり不味い。最早呪いだ…」


「おはようございますスミスさん。呪い…ですか。不味いだけとか…嫌な呪いだ…」



他の物を犠牲に味の不味さだけを突き詰めた呪い。

嫌がらせのレベルを超えてる。

呪い…そう言えば…



「あ、スミスさん。ちょっと聞きたいことがあるんですが。」


「ん?」


「この足枷って呪いのアイテムなんですか?」


「足枷…あぁ、その半人前な。そうだよ。うちの呪術師が魔核に呪いの魔術を刻んで作ったマジックアイテムさ。」


「どんな効果があるんです?」


「効果は単純だよ。『全ステータス及びスキル効果』がになるんだよ。」



成程、だから『半人前』か。

ん?まてよ?



「…って事は…今の俺もステータス値もスキル効果も50%しか出せてないんですか?!」


「そうなるな。」


「マジか…知らなかった…」



色々試して来たが…アレで50%とか…結構ヤバくないか…?

昨日試した青白い炎のビー玉の威力を思い出し、倍になった威力を想像した辺りでスミスから声が掛かる。



「コージよ。足枷外したら、きっとこの城には今のお前さんの敵は誰一人居やしねーよ。」


「そうだったのか…っ!って!て事は…ポーション飲む頻度も半分で済んだんじゃ…!」


「驚くのそこかよ。」



スミスがジト目でツッコミを入れてくる。



「いやいや、大事ですよ?もう、いっそ外しません?コレ。」


「俺の一存じゃ外せねーよ。まぁ、お前さんなら軽く引き千切れるんじゃねーか?まぁ、止めとけ。解呪もしないで外すとかあんまり勧められねーよ。」


「それに目立ちますからね。簡単にバレそうだ。」


「あぁ、これ以上目立ったら何されるか分からんぞ?」



スミスの言葉にドキッとする。

浩二の処刑が二日後に決まっている事を多分彼はまだ知らないのだろう。



(…ここを出る事…教える訳にはいかないよなぁ…)



別れの挨拶も言えない事を心苦しく思う。

いずれ何らかの形で会いに来よう…そう思っていると



「そうだ、言い忘れる所だった。今日の訓練は無しだそうだ。」


「そうなんですか?勇者達は?」


「最後の追い込みみたいでな、ゾロゾロとダンジョンに向かったよ。」


「…そうですか。」



やはり、ここの国王は勇者達を戦線に投入する気らしい。

あのステータスでは、間違いなく死ぬ奴が出るだろうな…。



「ま、勇者共の心配は良いさ。浩二は逃げる手立てでも考えといた方が良い。」


「スミスさん?」


「あー…コレはあくまで独り言だが、コージはドワーフなんだ。人族国さえ出ちまえばいくらでも生きて行ける。」


「………」


「力もある。まだまだ死ぬには若過ぎるしな。」



きっと、ずっと考えていたのだろう。

浩二が「ドワーフ」と言う理由だけでココに閉じ込められてからずっと。



「スミスさん…必ず…必ずまた会いに来ます。色々お世話になりました。」


「おう!達者でな!また会おうや!」



スミスは左手をヒラヒラ振りながら軽い感じで地下牢を後にした。


思いがけない形で別れの挨拶。

誰にも告げずにここを去る筈だった。

浩二は去っていくスミスの背中に深く深く礼をした。



□■□■



「で、どうやって迎えに行こうかしら?」


「何か手があったんじゃないのか?」



小柄な銀髪の美少女が身の丈2mをこえる鎧の塊のような人物に問いかける。

鎧の人は呆れたように口を開く。



「だって、ああ言った方が恰好いいじゃない!」


「馬鹿だった。」


「何が?」


「お前に言った俺が馬鹿だった。」


「何よっ!もう良いわっ!こうなったらドラゴンで飛んで行くから!」



言ったが早いか、すぐさま部屋を飛び出そうとする美少女。



「待て。少し落ち着け。それに今からではドラゴンでは間に合わん。」


「うっ…じゃあ、どうすれば良いのよっ!」


「諦めてミラルダに頼むんだな。」


「嫌よっ!あの淫乱サキュバスに頼んだらコージが食べられちゃうじゃない!」



どうやら手がない訳では無さそうだ。

但し、浩二の貞操がかかっているらしい。



「しかし、今の所間に合う手段はミラルダの『転送』だけだと思うが?」


「うぅ~~っ!」


「仕方あるまい。しっかりと見張っておけば大丈夫だろう。」


「…仕方ないわね…ここで威厳を見せなきゃ…」



浩二との一方的な約束を思い出し、仕方なく苦渋の決断をする。



「それじゃ、私はミラルダに頼んだら、そのまま精神飛ばすから後は宜しくね!」


「了解した。」


「…本当に頼んだわよ?」


「…了解した。」



銀髪の美少女…『魔王ソフィア』は一抹の不安を覚えながらも急いで部屋を出て行った。


間も無く深夜になろうかという頃。


事態は若干ドタバタ騒ぎの予感を残しながらも着実に進んでいた。

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