第三話



「何がどうなってこうなった?」



だだっ広い広場…いや、広場なんだからそりゃ広い訳だが。

踏み固められた土。

遠巻きに見える兵士達同士の戦い…違う、アレは訓練か。

と言うことは…



「ここは訓練所か。」



頭の整理が追い付かないものの、久しぶりの陽の光を浴びつつ自分の置かれた状況を何とか理解しようとする。

訓練所なのは何となく理解出来た。


でも、何で俺が此処に?

冷静を装い頭をフル回転させていると、



「おい!さっさとこっちに来いっ!」



いきなり声が掛かる。



「全く…コレだから魔族は…」



と意味も無く呆れられた。

なにか?この世界には説明って物が無いのか?


足枷のせいで転びそうになりながらも、手を引かれ訓練所の中央付近に近づいた頃、遠巻きに何やら高そうな装備を身に纏った集団が見えた。



「勇者共か…?」


「貴様っ!何たる口のきき方っ!勇者様達に失礼だろうがっ!」



ゴッという音を立てて頭が痛覚を伴い揺れた。

持っていた剣の柄で殴られたのだ。



「ほら立て!これから勇者様達との訓練なんだからな。」



自分で殴り飛ばしておいてまぁ、何を言ってるのか。

…ん?訓練?



「訓練って?」


「良いからお前はただ勇者様にボコボコにされてれば良いんだよ。」


「は?」


「物分かりの悪いヤツだな…お前が勇者様の相手をするんだよ。良いか?間違っても攻撃するなよ?」


「……………」



言葉も無かった。


つまり…だ、ひたすら勇者様の攻撃を受け続けろ…と?

こちらのやり取りに興味が無いのか、いつの間にか軽装になった勇者様達が、木剣を片手に並んでいた。


パッと見30人弱か…



(よーし!分かったよ!やりゃイイんだろっ!)



□■□■



「あ"~〜っ!痛てぇっ!クソっ!手加減しろよ勇者様っ!!」



牢の中へと帰還した浩二は大の字にな半ばヤケになりながら叫ぶ。

身体中アチコチ青アザと擦り傷だらけ。

身体を動かすのもキツい。


アレから訓練…ならぬリンチが始まった。


一言で言えば亀。

浩二はひたすらガードした。


頭を覆う様に腕を上げ、頭だけは死守した。

それでも勢いをつけた木剣の上段振り下ろしを何度か喰らい意識を失いかけた。

身体は言わずもがな。

下っ腹に力を入れてひたすら耐えた。


勇者一人頭5分として、約3時間弱。

後衛職や生産職も含まれているので38人全員いなかった事が救い…になってねぇ…



「いやはや…あそこまで全部食らってやること無いのによぉ…」



だるい身体を動かさず首だけ牢の外に向けると、そこには呆れ顔のスミスがいた。



「なんで避けねーんだよ。」


「避け……」



全く頭に無かった。

うわぁ…恥ずかしい。



「あ"~〜っ!失敗したっ!そうだよ!避ければ良いんだよっ!」



ジタバタしながら恥ずかしさを誤魔化すように痛い体に鞭打って駄々っ子のように暴れる。



「全く…頭に無かったのか?」


「そうですよっ!悪いですかっ!」


「いや、悪かねーよ、痛いのお前だし。」


「あ"~〜っ!明日は全部避けてやるっ!」


「おう、そうか!頑張れよ!」



何処か楽しそうに激励の言葉を残し、スミスは詰所に戻っていった。

牢の前に薄い青色の液体が入った小瓶を置いて。



「薬…?」



スミスの方を見ると、コチラを振り返りニヤリとする。



「ありがとうございますっ!頑張ります!」



浩二の言葉を聞いたスミスは、こちらを見ずに片手を上げ掌をヒラヒラと振りながら歩き出す。


そんなスミスを後目に小瓶の蓋を開けて中身を一気に煽る。



「うわぁっ!マっズっ!!」



遠くでガハハハハとスミスさんの笑い声が聞こえた。



□■□■



明くる日の朝。


青アザは多少残っていたものの、擦り傷などは残らず消えていた。



「あの薬…変な副作用とか無いよな…?」



寝起きで胡座をかきながら呟くと



「んなモンねーよ。失礼な。」


「うおっ!?」



突然背後から非難の声が上がる。



「アレは安物のポーションだよ。それなりに効くだろ?」


「あ、おはようございます、スミスさん。ええ…怖いぐらい効きましたよ。」


「そりゃ良かった。アレであの味さえ無ければなぁ…」


「あぁ…アレは酷かった…」



二人揃って苦々しい顔を見合わせる。



「さて、今日もだろ?」



気を取り直すように、スミスは何かを期待したような目を向け切り出す。



「はい。今日は全部避けます!」


「本気でか?あいつら全員の攻撃全部避けんの?」


「はい。全部避けます。」


「………」



腕を組んで考え込むスミス。



「毎日やってるアレと関係あるのか?」


「まぁ、多少は。」



彼の言うアレとは一応師匠から習っていた歩法の事で、地下牢での日課に含まれているものだ。

まだ師匠に教わっていた途中でこの世界に飛ばされて来てしまったのだが、習った所までは毎日反復練習していた。



ふむ。…とスミス唸りながら眉を顰める。



「よし、決めた!今日は見学しよう!」


「は?」


「いや、だからコージの晴れ舞台をだな…」


「止めて下さいよ…恥ずかしい。」


「良いじゃねーか、昨日のも見てんだし。」


「それはそれ、これはこれです。」


「ガハハハハ!まぁ、それはそれとしてだ。あの動きにどんな意味があんのか気になるんだよ。」



浩二の言葉を軽く流しながらも、何処か真剣な雰囲気を漂わせながら言った。



「…分かりました。でも、変な野次とか飛ばさないで下さいよ?」


「馬鹿言え…」



そう言って一拍置くと



「飛ばすに決まってんじゃねーか!」


「来んなよ!」



ガハハハハと豪快に笑うスミス。

この人は何処まで本気なんだか。


まぁ、恥ずかしい姿を晒さないよう予習でもしましょうかね。

浩二はスッと立ち上がると、何時もの日課を始めた。


何時もより念入りに。



□■□■



さぁ、始まりました。

本日のリンチタイム。

目の前には勇者の一人が木剣を構えて合図を待っている。



「始めっ!」



審判…と言うより、共犯者である兵士のオッサンが勇者にだけ始まりの合図をした。



「うりゃあぁぁっ!」



微妙に気合いが入った声を上げて、勇者様その1が上段から切りかかってくる。


昨日までなら、このまま腕を上げて受け止める所だけど…今日は違う。

顔に木剣が当たる寸前に、スッと目の前に出した左手の甲で木剣を軽く弾き、腕の外側を滑らせて剣戟を自身の中心線から逸らす。


当たると確信していた勇者様その1は、ある筈の手応えが無かった為か身体が前に流れる。


思わず身体がピクリとしてしまった。

危ない危ない。

攻撃は禁止されているしな。


浩二は半身をずらす様にして、空振りで流れた勇者様その1の場所を開けてやる。

避けられた事に驚いたのか、目を見開くが直ぐに眉間に皺を刻んで浩二に向き直ると、すぐさま剣戟を繰り出してきた。


両手を使い受け流し、時には半身をずらして躱す。


横薙ぎ等は剣戟になる前に前へと進み距離を潰し、相手の木剣の根元を払う事で事前に防ぐ。


時々勇者達の無防備な隙を見てピクリと身体が反応してしまう以外は全く危なげの無い展開だった。


勇者や兵士達が唖然とする中、一人だけは…



「おいおい!たった1人に何やってんだよ!相手は足枷付いてんだぞ!」


とか


「情けねぇなオイ!そんなんで魔物と戦えんのか?」



等と勇者達へヤジを飛ばしていた。

片方しか無い腕を腰に当ててガハハハハと高笑いしながら。



「あの人は…全く…」



頭が痛い。

せっかくお気楽に終わると思ってたのに。


浩二は眉間を押さえながら首を振る。


全く息を乱さずに。


既に勇者達は肩で息をしながらコチラを睨みつけている。


浩二は勇者達の攻撃を全て避けて見せた。

最小限の動き。

最小限の歩幅で。

ひたすら空振りを続けた勇者達の方が遥かに疲労を蓄積していた。



「し、終了だ!終了っ!さぁ、勇者様方、あちらで休憩を。」



異常事態に狼狽えるように終了を宣言した共犯者は、勇者達の元へと走り寄り、何やら言いながらコチラをチラチラ見た後、彼等を引き連れて訓練所を出ていった。



「ふぅ…やっと終わった。」



勇者を見送った浩二は、彼等が出ていった出口とは別の出口に向かって歩き出した。


すぐさま歩み寄る二人の兵士。

どうやらこの見慣れた兵士二人は浩二の担当らしい。

スミスに叱られたあの二人だ。


出口を出て人気が無くなると



「お疲れっ!」



と言いながら横腹を小突いてくる。



「ありがとうございます。久しぶりだったので疲れました。」


「疲れたようには全然見えんがな。」



やや呆れたように兵士の一人が言葉を返す。



「まぁ、なんだ。表立って色々出来ないが…せめて、頑張ってくれ。」


「…え?」


「いや、何でもない。また明日迎えに来る…ゆっくり休め。」



牢に鍵をかけた後、牢の前で立ち止まり浩二から視線を逸らしながらそう言うと、足早にその場を後にした。

まるで照れ隠しの様に。


浩二は少し嬉しかった。

少しづつではあるが、軟化した兵士の対応が嬉しかった。


相変わらず寝泊まりは薄汚い地下牢。

足には足枷。


それでも、きっと嘘ではない本心からの「ゆっくり休め」と言う気遣いに。



「きっと、悪い人じゃ無いんだろうな…」



そう呟いた浩二は、明日に向けての予習と言わんばかりに型の反復を始めるのだった。



□■□■



「よう!昨日はなかなか楽しかったぞ!」



明くる日の午前。

日課の三体式をしている最中にスミスが牢に顔を出した。



「おはようございますスミスさん。」



首だけをスミスに向けて挨拶をする浩二。



「おう!…しっかし…本当に全部避けるとはなぁ…全くどんな体力してんだよ。」


「あれでも結構キツかったんですよ?主に精神的に。」


「体力的な事は否定しないのな。」


「まぁ、そっちは大丈夫でした。」



視線を戻し、正しい姿勢での三体式へと戻す。



「一つ聞いていいか?」


「何ですか?」



視線は向けずに返事だけを返す。



「コージが勇者共の攻撃を避けている時にな…何か違和感みたいなのを感じたんだわ。」


「…違和感?」



何となく何が言いたいのかは分かった。



「んー…コージの動きや技術的な事は何となく分かるんだが…時々…そう時々コージの動きが止まるんだよ。多分一瞬だとは思うんだけどな。」


「………」



本当によく見てるなこの人は。



「言えない事か?」


「そんな事は無いですよ。ただよく見てるなぁ、と。」


「だろ?」



ニカッと笑うスミス。


嘘をついても仕方が無いと、浩二は嘘偽りなく本当の事を話すことにした。



「アレは無意識に出そうになった自分の攻撃を止めていたんです。何度も危ない場面がありました。」



精神的に疲れた理由はコレだ。



「攻撃しちまえば良かったじゃねーかよ。」


「止めて下さいよ。もう、面倒はゴメンですから。」


「ふーん…。」



何やら考え込むスミス。



「なぁ、その突き見せてくれねーか?」


「今ですか?良いですけど…」



そう言って三体式の姿勢から崩拳を繰り出す。


スッと半歩軽く沈み込むように踏み出し、若干下へと拳が突き出されると同時に追い付いてきた後ろ足がタンと鳴る。



「んー…イマイチ痛そうに見えないんだが…」



スミスが素直な感想を述べる。



「実際に受ければ分かりますよ。」



軽く冗談のように言ったのだが



「よし、俺に打ってみてくれ!」


「は?ダメですよ。冗談抜きで痛いですから。」


「頼む、な?」


「何でまたそんなに気になるんです?」



この人マゾなのかな?と本気で思った。

自分で言うのも何だが、アレは痛い…と言うか重い。


師匠が一度だけ自分に打ってくるのを受けた事がある。

相手に与える痛みを知るのも大事だと。

軽く…と言われて受けたそれは、90過ぎの老人の拳から放たれたとはとても考えれないとんでもないものだった。


丸太。

うん、実にしっくりくる感想だ。

お寺の鐘を突くあの丸太の様なもの。

アレで腹を打たれた感じだ。

堪らずその場に蹲り、泣きそうに吐きそうになったのを覚えている。


アレで軽く…なのだ。

本来のものなら…カウンターで100%の力で突かれていたなら…

恐らくだが…死んでいたと思う。


流石に練度が違う自分と比べるのは烏滸がましいが、実際に浩二も一度だけ人間相手に放った事がある。

放った…と言うか、放ってしまったと言う方が正しいが。


俗に言うチンピラとか言われる連中に同僚が絡まれた時だったと思う。

まるで、空気を吸うようにチンピラが躊躇いもなく取り出した光り物を同僚に向けた時、咄嗟に出てしまったのだ…型が。


大量の嘔吐物を口から垂れ流しながら気絶したチンピラを見ながら、気付いた時には俺は逃げ出していた。

師匠にも秘密にしようとしたが、バレて吐かされた。



「なるべくしてなったんじゃ、その阿呆が悪い。」



そう言ってカッカッカッと笑っていたが。

浩二自身は余り嬉しくなかった。


元々平和主義であり、人を傷つける事を嫌っていたのだから当然だろうが。

それを師匠に言うと



「要は使い方じゃよ。いずれ必要になった時にだけ放てば良い。何も出来なかったと悔やまなくて済むようにな。」



そう言って肩をポンポンと叩かれた。


その時がいつ来るかは分からないが、それまでは気軽に放たないようにしよう。

でも、いつか来るその時の為に修練だけは続けよう。

浩二はそう心に誓ったのだった。



「どうしてもですか?」


「出来るならだが…な。」



なんだろう…食い付きが異常にも思える。



「理由を聞いても良いですか?」


「んー…まぁ、良いか。あんまり面白い話でも無いんだが…それでも聞くか?」


「出来るなら。」



分かったよ。そう言ってスミスは牢の前にドカッと腰を下ろす。

浩二も鉄格子をはさんで向かい合う様に胡座をかいて座る。



「アレは俺がまだ兵隊長だった頃の話でな。」



スミスは思い出すように話し始めた。


今から数十年前、この国と魔族国との国境付近で小さなイザコザが絶えなかったそうだ。

今でも前程ではないがそう言ったイザコザはあるそうで、一進一退の攻防…とは成らず、一方的に人族が敗走しているらしい。


そして、驚くべき事に仕掛けているのは人族のようだった。

魔族はあくまで防衛するだけで、決して人族の領土を支配や占領などはしなかったそうだ。



「魔族は強いぞ?多分本気で攻められたら、数カ月と持たずにこの国は墜ちる。」



とスミスは断言した。


今まで十数年かけて攻め続けているが、最高でも魔族国が持つ領土の二割も攻め込めていないという。

しかも、ものの半月で押し戻され振り出しに戻されたそうだ。

多数の犠牲を出したにも関わらず…だ。


更に痛い事に、この魔族の領土とはあくまで魔族の国からすれば辺境の小国…所か街に近いものらしい。

両側を山脈に囲まれ、その麓に築かれた天然の城塞都市。

守る側にしてみれば、これ程心強いものは無い。

逆に攻めるとなれば…言わずもがなである。



「無駄戦してるなぁ…。」



浩二の率直な感想にスミスは苦笑いを浮かべつつも頷く。



「ムキになる意味も分からんから、一度だけ聞いてみたんだ。」


「誰にです?」


「国王に。」


「なっ!?国王!?」



声が裏返る。

聞くって、いきなりトップかよ。



「なんて答えたと思う?」


「さ、さぁ?」



一国のトップの話など想像もつかな……国王って…



「まさか国王って今のあの国王ですか?」


「……おう。」



嫌な予感がする。

あの魔族って種族に対する反応…何か、人族は世界を統べるべきなのじゃ…とか言いそうだ。



「人族が世界を統べるべきなのじゃ!…だとよ。」


「ぶはっ!」



まんまだった。

頭が痛い…よくこの国保ってるな…



「よくもまぁ…支配欲ここに極まれりって奴ですね…」


「全くだ。世界全体にしてみれば、人族の国なんざ豆粒程の地域しか無い。運良く海、山、肥沃な土地があったからここまで来れただけなのにな。」


「スミスさんは反対なんですか?侵略。」


「もちろんだ。疲弊するだけでメリットが全く無い。」


「仲良く出来ないんですかね…魔族と。」


「そうだ、その話が今回の話と繋がる。」



危なく世間話に発展しそうな所をスミスが軌道修正する。



「数年前、最前線からの退却命令が出た時に俺は殿の隊にいたんだよ。」


「スミスさん、最前線まで行ってたんですね。」


「おう。でだ、追撃隊を退けながら撤退してたんだが、旗色が悪くてな…百数十いた兵が数十人位まで減っていた。」


「それはまた…」


「ひでぇだろ?まぁ、その頑張りもあって俺の隊以外はみんな無事退却出来たんだが。」


「俺の隊?」


「あぁ、隊長副隊長共に戦死してな、繰り上がりで俺が隊長やってた。」



スミスさんはどうやら見た目だけじゃなく本当に強いみたいだ。

じゃ無きゃ、繰り上がりとはいえ殿の隊で隊長なんて出来るはずがない。



「そろそろ限界だと思っていた頃、一騎駆けで一人の魔族が現れたんだ。隊長はどいつだって。素直に出たよ、俺だって言ってな。」


「うわぁ…何か一騎打ち始まりそうな雰囲気ですね?」


「おっ!分かるか!」


「何で目をキラキラさせてんですか…」



スミスは少年のように輝いた目をして食いつく。



「どうせこっちは全滅寸前。ならばとこっちから提案した。一騎打ちしてくれと、勝ったら見逃してくれと。」


「わざわざ自分から…」


「勝てるかも知れないって思ったんだよ。何せ相手は鎧も武器も持たずに現れたんだからな。まぁ、いざ向き合って後悔したがな。」


「え?」


「威圧感が半端なかったんだよ。殺気とでも言おうか…そんな感じの強者の雰囲気がプンプンしてた。寸前まで全くそんな素振り無かった癖にな。」


「まさか…」


「そうだ。そいつが使ったのが浩二の使う技に良く似た突きだったんだよ。」


「………」


「結果はコレだ。」



そう言って右腕の付け根をポンポンと叩く。

そこに腕は無い。



「全力だったよ。全力の袈裟斬りに突っ込んで来やがった。相手の右肩に剣の根元が喰い込んだ時点でヤバイと思って剣から手を離して腹をガードしたんだが…次の瞬間には右腕が無かった。」


「咄嗟に腹をガードしたのは正解でしたね。じゃ無きゃきっと身体が二つになってたと思います。」


「腹にもかなりダメージ受けたんだがな。部下がクソ高いポーションぶっかけてくれたお陰で死なずに済んだ。」



一撃でそれなら、多分師匠と同等かそれ以上かも。



「でも、別な何か違う攻撃かも知れないじゃないですか。」


「多分…多分同じだ。攻撃前の立ち姿がコージのアレと一緒だった。もしかしたら違うかもしれないが…だからこそ試してみたかったんだよ。」


「再戦するんですか?」



何となくそんな気がした。



「よく分かったな。あの魔族は右肩に俺の剣を刺したまま俺に向かって「いやぁ!驚いたぞ!まさか俺の拳が当たる前に剣が届くとはな!」って言った後、「気に入った!右腕が治った暁には再び相見えようぞ!」とか言って大声で笑いながら凄くいい笑顔で帰って行ったよ。」


「武人だなぁ。」


「あぁ、あれ程の武人には出会った事がない。戦争なんてして無けりゃいくらでも手合わせ出来たのにな。」


「手合わせって…右腕がそんなになってもまだですか?」


「無いならない成りの戦い方が有るんだよ。」


「全く…」



戦闘狂だ。多分相手の魔族さんも。

きっと少しでも対抗策が欲しいんだろうな。


仕方ないな全く。



「一発だけですよ?ちゃんと何かでガードして下さいよ?」


「ん?おう!分かった!ちょっと待っててくれ!」



又もや少年のように瞳をキラキラさせて詰所に走って行った。

そして少しした後、腹に何枚も布をグルグル巻にしたスミスが現れた。



そして約束通り一発だけ中段突きを腹に受け…吐いた。


「うぐぇ…っ!」とか言って。


まぁ、気絶しないだけマシだろう。

もちろん当然全力じゃないし、カウンターでも無いのだが。



□■□■



(何か…おかしい…)



目の前に襲いかかる木剣を左手でいなしながら浩二は違和感の様なものを感じていた。



(まただ…!やっぱりおかしい…)



いなした左手の甲に残る感触、そして左肩を掠める剣戟。



(スピード…いや、力が増してるのか?)



ここ数日までなら難なく受け流せていた剣戟を今日は流し切れない。

何度となく肩を掠め、腹を掠め、頬を撫でる。


傍から見ればいつもと然程変わらない光景だろうが。

ただ、当の本人はそうもいかない。

それでも、半数以上を何とか捌き切る。


一息つく間もなく次の勇者がこちらに走り寄る。

見た感じの変化は無いが、明らかに何かを狙っていた。



(素手!?)



左手に剣は持ってはいるが、それは使わず無手の右手の掌を浩二の顔目掛けて伸ばしてきた。

突きとは明らかに違う動作。

混乱する浩二の右頬に不意に熱気を帯びた空気が触れる。



「火炎球!!」



咄嗟に大きく回避していた浩二の右頬を掠めるように何かが高速で通り過ぎて行った。

直後、後ろでドンッ!と言う地面が爆ぜた音がする。

熱気に反応して余分に距離を取らなければ当たっていた。



「何だ!?」


「あちゃ~!避けられちゃったか~!不意打ちすれば当たると思ったのに!」



勇者は悔しそうに、でも何処か楽しそうに叫ぶ。



「火の玉か…?」



感じだ熱気から予想を口にした浩二。



「うん。火炎球!昨日覚えたばかりの魔法だよ!」


「魔法!?」


「うん。でも今ので避けちゃうか~、結構速いのにね火炎球って。」


「偶然だよ。熱気を感じて嫌な予感がしたから。」



あっけらかんと魔法等と口にした勇者に驚くあまり素直に答えてしまう浩二。



「やっぱり凄いねお兄さん!ならっ!」



そう言って距離を取りこちらに右手を伸ばし掌を向ける。



「頑張って沢山撃つよっ!」



勇者がそう言って「火炎球!」と叫ぶと、掌からソフトボール大の火の玉が飛び出す。

速度自体はピッチングマシンから放たれるぐらいで避けられなくは無い…が



「火炎球!火炎球!もう1丁火炎球!!」



その連射性能がキツい。

手の甲で弾き、軌道が読めるものは半身をずらし避ける。

当たらないものは無視。

それでも数発は掠り、二発ほど肩と腰に直撃する。



「痛っ!熱っ!ちょっと…待てっ!熱っ!」



必死に避け続けやがて火の玉ラッシュが終わる頃、肩で息をした勇者が声を掛けてきた。



「あははっ…やっぱり連射はキツイや…もっと頑張らなきゃ…!お疲れ様お兄さん…今日は私で最後だよ。」


「いや…驚いた。速いは痛いは熱いはで堪らん。」


「あはっ、ほとんど避けておいてよく言うよ。明日もよろしくねお兄さん。」


「出来たら…勘弁して欲しい。」


「あはははっ!それはきっと無理だよ、私剣はからっきしだし。」



底抜けに明るく話す勇者に気付けば普通に会話していた。



「それじゃ、私は行くね。」



そう言って後ろを向き数歩歩いた所で「あっ!」と思い出した様に振り返りこちらに走り寄ると



「お兄さん!私もナオちゃん撫でても良い?」



そう尋ねてきた。

彼女の身長は低めなので上目遣い気味に。

狙ってはいないだろうが、整った容姿も相まって何処か小聡明い。



「ナオが許せば良いよ。」



ナオは舞には心を許しているようだが…誰にでも気安く身を任せるとは思えない。

故に、自分の許可は要らないと。



「やったーーっ!頑張るよ!もう、ずっと舞が羨ましくて羨ましくて!」


「猫、好きなのか?」


「うんっ!大好きっ!」



瞳をキラキラさせて小躍りしそうなほど喜んでいる。

余程羨ましかったらしい。



「じゃーねっ!お兄さんっ!」



再び駆け出す先には、ナオを抱いた舞の姿が見えた。

合流した二人は何やら楽しそうに話しつつこちらを見て軽く手を振ると、訓練所を後にした。



□■□■



「ほら、手を出しな。」



火傷をしてしまった両手をスミスへと差し出すと、小瓶を傾け薄青色の液体を両手にかけていく。


液体が火傷に触れた途端淡く光りだす。

その光が徐々に広がり、両手を覆ったと思ったら見るみる内に火傷が消えていき、光が消えた時には火傷は跡形も無く消えていた。



「相変わらず、凄い効き目ですね…。」



両手をしげしげと見つめながら浩二は口にした。



「これで下級ポーションって言うんだから、びっくりですよ。」


「いやいや、上級ポーションなら腕が千切れてもくっ付くぞ?」


「は!?それはまた…凄まじいですね…治らない怪我とか無いんじゃないんですか?」


「本当は、下級ポーションでも折れた程度なら時間が経てば治るんだがなぁ…昨日の舞の嬢ちゃん…凄い剣幕だったしな。」


「あぁ、昨日の…ですか。」


「あぁ、まぁそれはそれとして…確かに大体の傷や怪我なら治るんだが…中級から上のポーションは馬鹿みたいに高いんだわ。そして…」



スミスが言葉に詰まる。

なにかあるんだろうか…強い副作用とか。



「効果が上がるのに比例して…不味くなる…」


「………」



ある意味副作用だ。

下級でさえ、思い出したくもない味だったし。

等と考えていると、スミスが新しいポーションを差し出す。



「飲んどけ。肩と腰に喰らってたろ?」


「え…いや、かければ問題無いんじゃ…。」


「飲んどけ。その方が効果が高い。」


「………」



意を決し目を閉じ、グイッと一気に飲み干す。



「ぐっ…!不味いっ!マズ過ぎるっ!」


「良薬口に苦しって奴だ。」


「苦くないですよ!エグいんです!青臭いんです!」



凡そ身体に良いと言われるものを全て煮込んで濃縮したような味がする。

なのにあの綺麗な見た目に臭いもしない。



「ある意味詐欺ですね。」


「上級なんて、爽やかな香りまでするんだぜ?」


「益々詐欺じみてますね…」



でも、きっとそうでもしなきゃ飲む気も起きないんだろうな…



「まぁ、味はともかく助かりました。」



立ち上がり肩を回すような仕草をしながらスミスにお礼を言う。

「気にすんな。」そう言いながらスミスは詰所に戻った行った。


日に日に重くなる勇者達の攻撃。

昨日なんてまともに食らった左腕が折れた。

綺麗にポッキリと。


その後、何とか右腕だけで勇者達を捌ききり、牢に戻った辺で新堂さんが青い顔をして地下牢に駆け込んで来た。


「早く左腕を出して下さい!」って凄い剣幕だったなぁ。

彼女が両手を折れた左腕にかざし、何やらブツブツと唱え始めると淡い光が左腕を包み、あっと言う間に折れた腕がくっ付いた。


「ありがとう、助かったよ。」とお礼を言うと、俯きながら…それでも笑顔で「いいえ、気にしないで下さい。」と言ってくれた。


間近で魔法を見たのは初めてだったが、正に異能というべき力だった。

そして、あの少女の火の玉。



「魔法かぁ…全く…ファンタジーだなぁ。」



スミスを牢の中から見送った浩二は胡座をかくと、天井を見上げながら呟いた。



「明日からどうしようかなぁ…」



翌日の訓練に想いを馳せ…深い溜息をつくのだった。


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