■ 今日（きょう）の伏字（ふせじ）漢字（かんじ）（❶（いち）～（から）❻（ろく）は（わ）小１（しょういち）～（から）小６（しょうろく）、❼（なな）は（わ）中学（ちゅうがく）で覚（おぼ）える常用（じょうよう）漢字（かんじ）です）

　※ 日本（にほん）で暮（く）らす全（すべ）ての人（ひと）は、すべからくこれらの常用（じょうよう）漢字（かんじ）を知（し）っておくべきとされています。

小１,❶：七,出,文,音

小２,❷：聞,言

小３,❸：章

小４,❹：無,然

小６,❻：律

■ 学習（がくしゅう）コンテンツ

　※ 読（よ）み仮名（がな）で漢字（『かんじ』）（『かんじ』）の様（よう）に括弧（かっこ）の付（つ）いた漢字（かんじ）は原書（げんしょ）で読（よ）み仮名（がな）が付（つ）いている漢字（かんじ）です。これらは伏字（ふせじ）から除外（じょがい）します

作品（さくひん）名（めい）：❶❸（ぶんしょう）の❶❻（おんりつ）

著者（ちょしゃ）名（めい）：泉（いずみ）鏡花（きょうか）

　近來（ちかごろ）の小説（しょうせつ）の❶❸（ぶんしょう）は（わ）、餘程（よほど）蕪雜（ぶさつ）になつたやうに考（かんが）へ（え）られる、思想（しそう）が大切（たいせつ）であるのは（わ）❷（い）ふまでも❹（な）いが、粗笨（そほん）な❶❸（ぶんしょう）では（わ）思想（しそう）が何（ど）んなに立派（りっぱ）でも、讀者（どくしゃ）に通（つう）じは（わ）しまい、感（かん）じは（わ）しまいと思（おも）ふ。就中（なかんずく）近頃（ちかごろ）の小説（しょうせつ）の❶❸（ぶんしょう）に、❶❻（おんりつ）といふことが忽（『ゆるがせ』）にされて居（い）る、何（ど）うして忽（『ゆるが』）せ處（どころ）では（わ）ない、頭（あたま）から❶❸（ぶんしょう）の❶❻（おんりつ）などは（わ）注意（ちゅうい）もしてゐ（い）ないやうに思（おも）ふ。予（よ）が❶❸（ぶんしょう）の❶❻（おんりつ）と云（い）ふのは（わ）、何（なに）も五❶調（ごしちちょう）とか❶語調（しちごちょう）とか、馬琴（ばきん）流（りゅう）の❶❸（ぶんしょう）や淨瑠璃（じょうるり）の❶❸（ぶんしょう）のやうなのをいふのでは（わ）❹（な）い。予（よ）は（わ）今（いま）の❶❸（ぶんしょう）が眼（め）にのみ訴（うった）へ（え）て、耳（みみ）に❷（き）かす❶❸（ぶんしょう）でない、耳（みみ）に❷（き）かすなどいふ事（こと）を考（かんが）へ（え）てもゐ（い）まいかと思（おも）ふ。此間（こないだ）も或（ある）新❷社（しんぶんしゃ）の人（ひと）に話（はな）したが、❷❶（げんぶん）一致（いっち）體（たい）の語尾（ごび）の「だ」と「である」との事（こと）で、予（よ）は（わ）「だ」といふと強（つよ）く當（あた）り過（す）ぎると思（おも）ふ。❶❸（ぶんしょう）であるから、對話（たいわ）とは（わ）違（ちが）ふから好（よ）いが「だ」では（わ）、讀者（どくしゃ）に失禮（しつれい）なやうな心地（ここち）がする。「である」ばかりを、使（つか）へ（え）もせぬが、此（こ）の方（ほう）が好（『い』）い、予（よ）は（わ）何（なに）もさう窮屈（きゅうくつ）に考（かんが）へ（え）ずとも、「なり」でも「けり」でも使（つか）つて可（『よ』）い、❶（ぶん）の前後（ぜんご）で不調和（ふちょうわ）にならなければ可（よ）いと思（おも）つて居（い）る。往々（おうおう）❷❶（げんぶん）一致（いっち）の❶❸（ぶんしょう）では（わ）、莊嚴（そうごん）とか崇重（『そうちよう』）とかいふ趣（おもむき）が❶（で）ないやうに❷（い）ふ人（ひと）があるが予（よ）は（わ）強（『あなが』）ちさうでは（わ）ないと思（おも）ふ、例（たと）へ（え）て見（み）れば、例（れい）の「……皇國（わがくに）の興廢（こうはい）此（この）一戰（いっせん）にあり」といふ❶（ぶん）を、❷❶（げんぶん）一致（いっち）に解釋（かいしゃく）して、「此（この）一戰（いっせん）にありだ」といへば❷❶（げんぶん）一致（いっち）體（たい）、「あり」では（わ）❷❶（げんぶん）一致（いっち）でないと❷（い）ふのは（わ）何（ど）うであるか、「……此（この）一戰（いっせん）にありだ」の「だ」を省（はぶ）いたと見（み）ても可（よ）いでは（わ）あるまいか、總（すべ）て此處等（ここいら）は（わ）自由（じゆう）に行（い）きたい。

　前（まえ）に❷（い）ひし❶❸（ぶんしょう）の❶❻（おんりつ）とは（わ）、今（いま）の小説（しょうせつ）では（わ）、十（じゅう）❶（しち）八（はち）の娘（むすめ）だと地（じ）の❶（ぶん）に書（か）いてあるから、其（その）會話（かいわ）が十❶（じゅうしち）八（はち）だと思（おも）つて見（み）るが、此（こ）れは（わ）眼（め）に見（み）せる❶❸（ぶんしょう）で、十❶八（じゅうしちはち）の娘（むすめ）とも何（なに）とも斷（ことわ）り書（がき）をしなくとも、讀（よ）んで十❶八（じゅうしちはち）の娘（むすめ）だと❷（きこ）えなければいけない。眼（め）を閉（『ふさ』）いで會話（かいわ）を讀（よ）むのを❷（き）くと、十（じゅう）❶（しち）八（はち）の娘（むすめ）か六十（ろくじゅう）幾歳（いくとせ）の老婆（ろうば）か分（わか）らぬなどは（わ）心細（こころぼそ）い。當（あた）りさはりがあるから例（れい）は（わ）❶（だ）さぬが、ひどいのは（わ）、口（くち）に❶（だ）して讀（よ）んで見（み）ると、男（おとこ）か女（おんな）か分（わか）らぬのさへ（え）ある。予（よ）は（わ）❶❸（ぶんしょう）は（わ）見（み）るべきものでなく、讀（よ）むべきものだと思（おも）ふ。口（くち）に❶（だ）して分（わか）らぬやうなのは（わ）好（よ）く❹（な）い。會話（かいわ）のみを云（い）ふのでは（わ）❹（な）い、例（たと）へ（え）ば「雨（あめ）が降（ふ）る」と云（い）つても、雨（あめ）の❶（おと）が❷（きこ）えなければならぬ。❶❸（ぶんしょう）でいかにも雨（あめ）が降（ふ）つてるなと感（かん）じさせねばならぬ。「雨（あめ）が降（ふ）る」といふ❶❸（ぶんしょう）を見（み）て、其（そ）の感（かん）の❹（な）いのは（わ）眼（め）に訴（うった）へるので、書（か）いてあるから、雨（あめ）が降（ふ）つてるのだなどは（わ）宜（よろ）しく❹（な）い。ツマリ、耳（みみ）に❷（き）かす注意（ちゅうい）がないからである。「ユツタリと……」とか「悠❹（ゆうぜん）として……」とか書（か）いても、其（その）❶（ぶん）の❶❻（おんりつ）が沒却（ぼつきゃく）されてゐ（い）ては（わ）、讀（よ）んで見（み）ると悠❹（ゆうぜん）でも何（なん）でもない、❶字（もじ）には（わ）悠❹（ゆうぜん）として何（なん）とか書（か）いてあるに拘（かかわ）らず、其（その）悠❹（ゆうぜん）が駈（かけ）つこしてるなどがある。

　❶❻（おんりつ）といふ事（こと）は（わ）、❶❸（ぶんしょう）の一（いち）機能（きのう）である。❶❸（ぶんしょう）に❶❻（おんりつ）を沒（ぼつ）却（きゃく）しては（わ）苟（いやしく）も❶❸（ぶんしょう）とは（わ）云（い）へ（え）ない。さうでせう。「いづれのおんときにかありけん」と源氏（げんじ）の書❶（かきだ）しであるが「何時（いつ）だつたかね」と云（い）つては（わ）、源氏（げんじ）も何（なに）もあつたものぢ（じ）やない。曉臺（きょうたい）の句（く）に

　　　　まくり手（て）に踊（おどり）くづして通（とお）りけり

　といふのがある。此（この）句（く）に❶❻（おんりつ）があるから、讀（よ）んで――見（み）ただけでは（わ）ない、如何（いか）にも腕（うで）まくりした男（おとこ）が、盆踊（ぼんおどり）か何（なに）かの踊（おどり）の一團（いちだん）を崩（くず）して、悠々（ゆうゆう）として通（とお）るのが表（あらわ）れてゐ（い）る。「まくり手（て）して踊（おどり）を崩（くず）して通（とお）つた」では（わ）其（その）趣（おもむき）が❶（で）ない。白雄（『しらを』）の句（く）にも

　　　　夕月（ゆうづき）や柳（やなぎ）がくれに魚（さかな）わかつ

　といふのでも「夕月（ゆうづき）に柳（やなぎ）のかげで魚（さかな）を分（わ）けてる」では（わ）矢張（やはり）趣（おもむき）が❶（で）ないと云（い）つたやうな譯（わけ）である。

　それで❶❻（おんりつ）を忽（ゆるが）せにして、眼（め）にのみ見（み）せようとするのは（わ）、❶❸（ぶんしょう）では（わ）ないと思（おも）ふ。女房（にょうぼう）が借金（しゃっきん）取（とり）が來（き）て仕樣（しよう）がないといふと、亭主（ていしゅ）が借金取（しゃっきんとり）が來（き）ても、泰❹自若（たいぜんじじゃく）たりだといふと假定（かてい）する。處（ところ）で、此（この）女房（にょうぼう）が眼（め）に一丁字（いっていじ）の❹（な）いもので、泰❹（たいぜん）自若（じじゃく）の意味（いみ）が分（わか）らなくても、其（その）❷葉（ことば）で如何（どう）にも泰❹自若（たいぜんじじゃく）たる處（ところ）が表（あらわ）れてゐ（い）なければいけない。是（これ）が❶❻（おんりつ）を忽（ゆるがせ）にすべからざる點（てん）だと思（おも）ふ。❹學（むがく）の者（もの）でも、❶❸（ぶんしょう）を❷（き）いて其（その）趣（おもむき）を捉（つかま）へることの❶來（でき）るやうに書（か）くのが、❶（ぶん）である。其（そ）れは（わ）一（ひとつ）にまた❶❻（おんりつ）の如何（いか）に依（よ）るのであると思（おも）ふ。

　　　　　明治（めいじ）四十（よんじゅう）二（に）年（ねん）五（ご）月（がつ）

■ コンテンツ（こんてんつ）

作品（さくひん）名（めい）：文章（ぶんしょう）の音律（おんりつ）

著者（ちょしゃ）名（めい）：泉（いずみ）鏡花（きょうか）

　近來（ちかごろ）の小説（しょうせつ）の文章（ぶんしょう）は（わ）、餘程（よほど）蕪雜（ぶさつ）になつたやうに考（かんが）へ（え）られる、思想（しそう）が大切（たいせつ）であるのは（わ）言（い）ふまでも無（な）いが、粗笨（そほん）な文章（ぶんしょう）では（わ）思想（しそう）が何（ど）んなに立派（りっぱ）でも、讀者（どくしゃ）に通（つう）じは（わ）しまい、感（かん）じは（わ）しまいと思（おも）ふ。就中（なかんずく）近頃（ちかごろ）の小説（しょうせつ）の文章（ぶんしょう）に、音律（おんりつ）といふことが忽（ゆるがせ）にされて居（い）る、何（ど）うして忽（ゆるが）せ處（どころ）では（わ）ない、頭（あたま）から文章（ぶんしょう）の音律（おんりつ）などは（わ）注意（ちゅうい）もしてゐ（い）ないやうに思（おも）ふ。予（よ）が文章（ぶんしょう）の音律（おんりつ）と云（い）ふのは（わ）、何（なに）も五七調（ごしちちょう）とか七語調（しちごちょう）とか、馬琴（ばきん）流（りゅう）の文章（ぶんしょう）や淨瑠璃（じょうるり）の文章（ぶんしょう）のやうなのをいふのでは（わ）無（な）い。予（よ）は（わ）今（いま）の文章（ぶんしょう）が眼（め）にのみ訴（うった）へ（え）て、耳（みみ）に聞（き）かす文章（ぶんしょう）でない、耳（みみ）に聞（き）かすなどいふ事（こと）を考（かんが）へ（え）てもゐ（い）まいかと思（おも）ふ。此間（こないだ）も或（ある）新聞社（しんぶんしゃ）の人（ひと）に話（はな）したが、言文（げんぶん）一致（いっち）體（たい）の語尾（ごび）の「だ」と「である」との事（こと）で、予（よ）は（わ）「だ」といふと強（つよ）く當（あた）り過（す）ぎると思（おも）ふ。文章（ぶんしょう）であるから、對話（たいわ）とは（わ）違（ちが）ふから好（よ）いが「だ」では（わ）、讀者（どくしゃ）に失禮（しつれい）なやうな心地（ここち）がする。「である」ばかりを、使（つか）へ（え）もせぬが、此（こ）の方（ほう）が好（い）い、予（よ）は（わ）何（なに）もさう窮屈（きゅうくつ）に考（かんが）へ（え）ずとも、「なり」でも「けり」でも使（つか）つて可（よ）い、文（ぶん）の前後（ぜんご）で不調和（ふちょうわ）にならなければ可（よ）いと思（おも）つて居（い）る。往々（おうおう）言文（げんぶん）一致（いっち）の文章（ぶんしょう）では（わ）、莊嚴（そうごん）とか崇重（そうちよう）とかいふ趣（おもむき）が出（で）ないやうに言（い）ふ人（ひと）があるが予（よ）は（わ）強（あなが）ちさうでは（わ）ないと思（おも）ふ、例（たと）へ（え）て見（み）れば、例（れい）の「……皇國（わがくに）の興廢（こうはい）此（この）一戰（いっせん）にあり」といふ文（ぶん）を、言文（げんぶん）一致（いっち）に解釋（かいしゃく）して、「此（この）一戰（いっせん）にありだ」といへば言文（げんぶん）一致（いっち）體（たい）、「あり」では（わ）言文（げんぶん）一致（いっち）でないと言（い）ふのは（わ）何（ど）うであるか、「……此（この）一戰（いっせん）にありだ」の「だ」を省（はぶ）いたと見（み）ても可（よ）いでは（わ）あるまいか、總（すべ）て此處等（ここいら）は（わ）自由（じゆう）に行（い）きたい。

　前（まえ）に言（い）ひし文章（ぶんしょう）の音律（おんりつ）とは（わ）、今（いま）の小説（しょうせつ）では（わ）、十（じゅう）七（しち）八（はち）の娘（むすめ）だと地（じ）の文（ぶん）に書（か）いてあるから、其（その）會話（かいわ）が十七（じゅうしち）八（はち）だと思（おも）つて見（み）るが、此（こ）れは（わ）眼（め）に見（み）せる文章（ぶんしょう）で、十七八（じゅうしちはち）の娘（むすめ）とも何（なに）とも斷（ことわ）り書（がき）をしなくとも、讀（よ）んで十七八（じゅうしちはち）の娘（むすめ）だと聞（きこ）えなければいけない。眼（め）を閉（ふさ）いで會話（かいわ）を讀（よ）むのを聞（き）くと、十（じゅう）七（しち）八（はち）の娘（むすめ）か六十（ろくじゅう）幾歳（いくとせ）の老婆（ろうば）か分（わか）らぬなどは（わ）心細（こころぼそ）い。當（あた）りさはりがあるから例（れい）は（わ）出（だ）さぬが、ひどいのは（わ）、口（くち）に出（だ）して讀（よ）んで見（み）ると、男（おとこ）か女（おんな）か分（わか）らぬのさへ（え）ある。予（よ）は（わ）文章（ぶんしょう）は（わ）見（み）るべきものでなく、讀（よ）むべきものだと思（おも）ふ。口（くち）に出（だ）して分（わか）らぬやうなのは（わ）好（よ）く無（な）い。會話（かいわ）のみを云（い）ふのでは（わ）無（な）い、例（たと）へ（え）ば「雨（あめ）が降（ふ）る」と云（い）つても、雨（あめ）の音（おと）が聞（きこ）えなければならぬ。文章（ぶんしょう）でいかにも雨（あめ）が降（ふ）つてるなと感（かん）じさせねばならぬ。「雨（あめ）が降（ふ）る」といふ文章（ぶんしょう）を見（み）て、其（そ）の感（かん）の無（な）いのは（わ）眼（め）に訴（うった）へるので、書（か）いてあるから、雨（あめ）が降（ふ）つてるのだなどは（わ）宜（よろ）しく無（な）い。ツマリ（つまり）、耳（みみ）に聞（き）かす注意（ちゅうい）がないからである。「ユツタリ（ゆつたり）と……」とか「悠然（ゆうぜん）として……」とか書（か）いても、其（その）文（ぶん）の音律（おんりつ）が沒却（ぼつきゃく）されてゐ（い）ては（わ）、讀（よ）んで見（み）ると悠然（ゆうぜん）でも何（なん）でもない、文字（もじ）には（わ）悠然（ゆうぜん）として何（なん）とか書（か）いてあるに拘（かかわ）らず、其（その）悠然（ゆうぜん）が駈（かけ）つこしてるなどがある。

　音律（おんりつ）といふ事（こと）は（わ）、文章（ぶんしょう）の一（いち）機能（きのう）である。文章（ぶんしょう）に音律（おんりつ）を沒（ぼつ）却（きゃく）しては（わ）苟（いやしく）も文章（ぶんしょう）とは（わ）云（い）へ（え）ない。さうでせう。「いづれのおんときにかありけん」と源氏（げんじ）の書出（かきだ）しであるが「何時（いつ）だつたかね」と云（い）つては（わ）、源氏（げんじ）も何（なに）もあつたものぢ（じ）やない。曉臺（きょうたい）の句（く）に

　　　　まくり手（て）に踊（おどり）くづして通（とお）りけり

　といふのがある。此（この）句（く）に音律（おんりつ）があるから、讀（よ）んで――見（み）ただけでは（わ）ない、如何（いか）にも腕（うで）まくりした男（おとこ）が、盆踊（ぼんおどり）か何（なに）かの踊（おどり）の一團（いちだん）を崩（くず）して、悠々（ゆうゆう）として通（とお）るのが表（あらわ）れてゐ（い）る。「まくり手（て）して踊（おどり）を崩（くず）して通（とお）つた」では（わ）其（その）趣（おもむき）が出（で）ない。白雄（しらを）の句（く）にも

　　　　夕月（ゆうづき）や柳（やなぎ）がくれに魚（さかな）わかつ

　といふのでも「夕月（ゆうづき）に柳（やなぎ）のかげで魚（さかな）を分（わ）けてる」では（わ）矢張（やはり）趣（おもむき）が出（で）ないと云（い）つたやうな譯（わけ）である。

　それで音律（おんりつ）を忽（ゆるが）せにして、眼（め）にのみ見（み）せようとするのは（わ）、文章（ぶんしょう）では（わ）ないと思（おも）ふ。女房（にょうぼう）が借金（しゃっきん）取（とり）が來（き）て仕樣（しよう）がないといふと、亭主（ていしゅ）が借金取（しゃっきんとり）が來（き）ても、泰然自若（たいぜんじじゃく）たりだといふと假定（かてい）する。處（ところ）で、此（この）女房（にょうぼう）が眼（め）に一丁字（いっていじ）の無（な）いもので、泰然（たいぜん）自若（じじゃく）の意味（いみ）が分（わか）らなくても、其（その）言葉（ことば）で如何（どう）にも泰然自若（たいぜんじじゃく）たる處（ところ）が表（あらわ）れてゐ（い）なければいけない。是（これ）が音律（おんりつ）を忽（ゆるがせ）にすべからざる點（てん）だと思（おも）ふ。無學（むがく）の者（もの）でも、文章（ぶんしょう）を聞（き）いて其（その）趣（おもむき）を捉（つかま）へることの出來（でき）るやうに書（か）くのが、文（ぶん）である。其（そ）れは（わ）一（ひとつ）にまた音律（おんりつ）の如何（いか）に依（よ）るのであると思（おも）ふ。

　　　　　明治（めいじ）四十（よんじゅう）二（に）年（ねん）五（ご）月（がつ）

■ 原書情報（青空文庫）

図書カード：No.55401（旧字旧仮名）

https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card55401.html

https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/55401_50158.html

底本：「鏡花全集　卷二十八」岩波書店

　　　1942（昭和17）年11月30日第1刷発行

　　　1976（昭和51）年2月2日第2刷発行

初出：「明治評論　第十二巻第五号」明治評論社

　　　1909（明治42）年5月1日

※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。

※初出情報は「新編　泉鏡花集　別巻二」（岩波書店、2006年1月20日）によるものです。

入力：石波峻一

校正：門田裕志

■ 今日（きょう）の漢字（かんじ）の説明（せつめい）（カタカナは（わ）音（おん）読（よ）み、平仮名（ひらがな）は（わ）訓（くん）読（よ）みです）

❶：七：シツ・シチ・七（なの）・七（なな）つ・七（なな）【六（ろく）の次（つぎ）の数（かず）・値（あたい）・順位（じゅんい）／八（はち）の前（まえ）】

❶：出：スイ・シュツ・シュチ・出（で）る・出（だ）す・出（いだ）す・出（い）づ【内（うち）から外（そと）に移（うつ）る】

❶：文：ブン・モン・ミン・ビン・文（ふみ）・文（あや）・文（かざる）【文字（もじ）／言葉（ことば）】

❶：音：オン・イン・音（ね）・音（たよ）り・音（おと）【聴覚（ちょうかく）で捕（とら）える空気（くうき）の震（ふる）え／響（ひび）き／音楽（おんがく）】

❷：聞：ブン・モン・聞（き）く・聞（き）こえる【声（こえ）や話（はなし）が耳（みみ）に入（はい）る／知（し）る】

❷：言：ゴン・ゲン・ギン・言（こと）・言（い）う・言（ことば）【話（はな）す／述（の）べる／文句（もんく）／言葉（ことば）／ものを口（くち）から発（はっ）する】

❸：章：ショウ・章（ふみ）・章（しるし）・章（あや）【文書（ぶんしょ）／綴（つづ）った文／詩（し）・文（ぶん）などのひとくぎり。／一（ひと）段落（だんらく）】

❹：無：ム・ブ・無（な）い【存在（そんざい）し無（な）い】

❹：然：ネン・ゼン・然（も）える・然（しか）り・然（しか）も・然（しか）し【その通（とお）り／そのまま／肯定（こうてい）の意（い）を表（あらわ）す語（ご）】

❻：律：リツ・リチ・律（のり）・律（のっと）る【物事（ものごと）を行（おこな）う基準（きじゅん）となる掟（おきて）／音（おと）の高（たか）さ、及（およ）びその規定（きてい）】

　※ 漢字（かんじ）説明（せつめい）はモジナビ https://mojinavi.com/ の各（かく）ページを参考（さんこう）にしています

■ 今日（きょう）の漢字（かんじ）の書（か）き順（じゅん）や詳（くわ）しい説明（せつめい）を知（し）りたい方（かた）は此方（こちら）をどうぞ

小１,❶：七 https://mojinavi.com/d/u4e03

小１,❶：出 https://mojinavi.com/d/u51fa

小１,❶：文 https://mojinavi.com/d/u6587

小１,❶：音 https://mojinavi.com/d/u97f3

小２,❷：聞 https://mojinavi.com/d/u805e

小２,❷：言 https://mojinavi.com/d/u8a00

小３,❸：章 https://mojinavi.com/d/u7ae0

小４,❹：無 https://mojinavi.com/d/u7121

小４,❹：然 https://mojinavi.com/d/u7136

小６,❻：律 https://mojinavi.com/d/u5f8b

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★（通常（つうじょう）版（ばん））全部（ぜんぶ）の漢字（かんじ）にルビ（るび）を振（ふ）ってみたくはありませんか？

　　https://kakuyomu.jp/works/1177354055305889978/episodes/1177354055316214222

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★（カタカナ（かたかな）版（ばん））このクラシカル（くらしかる）なエッセイ（えっせい）にフリガナ（ふりがな）を！

　　https://kakuyomu.jp/works/1177354055324161539/episodes/1177354055342512661

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★（ローマ（ろーま）字（じ）版（ばん））こんな漢字（かんじ）にローマ（ろーま）字（じ）が振（ふ）れるわけがない！？

　　https://kakuyomu.jp/works/1177354055360859507/episodes/1177354055370425444

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https://www.aozora.gr.jp/

青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）とは（わ）？

　青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）は（わ）、誰（だれ）にでもアクセス（あくせす）できる自由（じゆう）な電子（でんし）本（ほん）を、図書館（としょかん）のようにインターネット（いんたーねっと）上（じょう）に集（あつ）めようとする活動（かつどう）です。

　著作（ちょさく）権（けん）の消滅（しょうめつ）した作品（さくひん）と、「自由（じゆう）に読（よ）んでもらってかまわない」とされたものを、テキスト（てきすと）とＸ（えっくす）ＨＴＭＬ（えいちてぃえむえる）（一部（いちぶ）は（わ）ＨＴＭＬ（えいちてぃえむえる））形式（けいしき）に電子（でんし）化（か）した上（うえ）で揃（そろ）えています。

https://www.aozora.gr.jp/guide/aozora_bunko_faq.html

Ｑ（きゅー）：青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）って、何（なに）ですか？

Ａ（えー）：1997（せんきゅうひゃくきゅうじゅうなな）年（ねん）に始（はじ）まったボランティア（ぼらんてぃあ）活動（かつどう）で、誰（だれ）にでもアクセス（あくせす）できる自由（じゆう）な電子（でんし）本（ぼん）を、共有（きょうゆう）可能（かのう）なものとして図書館（としょかん）のようにインターネット（いんたーねっと）上（じょう）に集（あつ）めようとしております。現在（げんざい）は（わ）、日本（にっぽん）国内（こくない）で著作（ちょさく）権（けん）保護（ほご）期間（きかん）の満了（まんりょう）した作品（さくひん）を中心（ちゅうしん）に、ボランティア（ぼらんてぃあ）のみなさんの力（ちから）によって電子（でんし）化（か）作業（さぎょう）を進（すす）めています。青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）は（わ）そういった電子（でんし）化（か）活動（かつどう）のための、またその成果（せいか）物（ぶつ）をアーカイヴ（あーかいゔ）しておくための場（ば）でもあり、そこからコピー（こぴー）された本（ほん）の集成（しゅうせい）や活用（かつよう）事例（じれい）もまた〈青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）〉と呼（よ）ばれることがあります。詳（くわ）しくは（わ）「青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）のしくみ」（http://www.aozora.gr.jp/aozora_bunkono_shikumi.html）をご一読（いちどく）ください。