17.利害

 即座に広間へ向かったスノウは、荒々しい息づかいで両国の代表団の前に立つ。


「スノウ殿。なぜこのような場所へ」


 突然のスノウの登場に、カトラリアの使節団だけではなく、スエーデンの代表団も驚きを隠せない様子だった。その表情は予想もしていなかった意外な登場人物に慌てふためいている、というのが適切だろう。


「お前たちの先程の発言。樹海を焼き払いに向かったというのは事実なのか」


 スノウの凄む口調に、アーシムは青ざめた表情で狼狽える。スノウが、この場に現れることが不都合なのだろうか、その場にいたスエーデンの代表団の様子からも、スノウに対して畏怖の念を感じる。その空気からも、スノウの権威の高さが窺える。


 スノウのあとから広間に入った健二だが、その場に漂う緊張感と周りから向けられる痛いほどの視線に、身の置き場所に戸惑ってしまう。


 精霊の泉の存在が、魔法使いにとって重要だということは、スノウやカトラリアの使節団が見せた反応を見ていてもありありとわかることだった。


「スノウ殿。今回の件はあなたに関わりのない事。差し出口は憚られるべきではありませんか」


 スノウの言葉に、アーシムがおもむろに口を開く。


 口調や態度は慇懃だが、その表情がスノウのことを蔑んでいるようにも見える。


「樹海を焼くことが、この世界にどんな結果をもたらすかをお前たちはわっていない」


 そう言ったスノウの言葉に、アーシムは肩をすくめる。


「いいえ、わかっております。樹海を焼き、泉と呼ばれる秘境を破壊すれば、魔法使いの力の根源である精霊は死に絶える。精霊がいない世界では、魔法使いなど恐れるに足らない。今後は魔法使いに代わり、我々人間が覇者としてこの世界を導くのです」


 そう言ったアーシムの言葉にスノウは落胆したように肩を落とす。


「お前たちは何もわかっていない――この世界の理を……」


 そう言ったスノウは、軽蔑したようにアーシムを睨み付けている。


「とにかく、この者たちを生かして返すことはできない。あなたがここにいるのは幸いなことです。協力して頂きたい」


 そう言って援護を請うアーシムの言葉を聞き流し、スノウは話題を引き戻す。


「今はそんなことをしている場合ではない。私は飛行船を追う。泉の破壊だけは阻止しなければ。さもなくば、世界が崩壊してしまう」


 そう言って広間を出ようとしたスノウに、アーシムが大声で制止する。それと同時に、広間の外で控えていたらい兵士が姿を表す。


「あなたがたを拘束する。そして、ことは既に始まっているのだ。もう後戻りはできない」


「――何なんだ、この者たちは」


 現れた者たちの姿を認めたスノウが、怪訝な表情を浮かべる。それは、兵士たちの装備にあった。


 この世界では、鎧姿に刀剣や槍などを携え、白兵戦を想定した装備の兵士が主だ。中には弓兵などの特殊な装備を携えた兵士もいるが、目の前に現れたのは、武器らしい装備はおろか、防具さえ身に纏っていない。その代わり、兵士の手には、長い鉄の筒状の物体が握られている。


 十人前後の兵士は、横一列に隊列を組むと、筒状の鉄を掲げる。それは真っ直ぐスノウとカトラリアの使節団へ向けられる。


 その段階で、兵士たちが手にしているものが、何なのかを健二は理解した。だが、このときには既に遅く、アーシムの号令と共に、耳を劈くような破裂音が広間に響く。


 甲高い耳鳴りに襲われ悶えながらも周りの状況を探ろうと健二は見渡す。辺りに硝煙の焦げ臭いが充満し、視界が不良になる。


 状況を把握しようと視界を回復させ、スノウの姿を探す。あの鉄筒。火を噴き辺りを衝撃で混乱させる。あれはどう見ても鉄砲だ。


 内心では最悪の状況を予想したが、視界が晴れ、スノウの姿を認めたとき、健二は目を丸くした。


 健二の数歩前に立っていたスノウは、まるで今の衝撃に狼狽えることなく、何事もなかったかのように平然とした表情で佇んでいる。


「――スノウ。何が起きたんだよ。それにこれは……」


「勘だよ。人より長く生きていると、その者が何を考えているかは何となくわかるんだが、今回は見事にはめられたようだ」


 そう言ったスノウの目の前には、見えない壁のようなものがうっすらと見える。その壁が兵士とスノウを隔て、鉄片らしものが壁にめり込むように宙に浮いたまま浮かんでいる。


「今のは……魔法」


「そうだ。即席の障壁だ。耐久性は低いが、数回の衝撃は受け止められる」


 スノウはそう言うと、カトラリア使節団の方へ目を向ける。


 使節団もスノウと同様に障壁を展開し、衝撃を受け止めていた。どうやら、使節団の長も直感的に危険を察知し身を守ったらしい。負傷者も見当たらなかった。


「なぜ、これは極秘に開発された武器だぞ。だれも鉄筒の正体を知るはずがない」


 スノウと長の対応に、驚愕を隠せないアーシムが怒声を上げる。どうやら、今の衝撃でこの場で、敵対する者を全て排除するつもりだったようだ。だが、それが難なく防がれてしまい、動揺と怒りで自分の感情を制御できなくなっているようだった。


「こうなれば皆殺しだ」


 アーシムの怒声で、鉄筒を手にした兵士は続けざまに発砲する。


 いよいよ収拾が付かなくなり、修羅場と化した状況に健二は何もできず、ただ遮蔽物を探しその背後に身を潜める。健二の様子を気にするようにスノウは、淡々と衝撃からみを守りながら健二に声を掛ける。


「こうなってしまってはどうしようもない。どやら、私はハディに見限られてしまったようだ」


 そう言ったスノウの表情は悲しげだった。


「こうも楯突くとは、意外としぶといな。だが、この者たちを相手にお前は手を出せるのか」


 アーシムは憤慨した様子でスノウに凄むと、何者かを呼び出す。その声に応えるように、トッドとドリスが姿を現した。スノウはそんな二人を怪訝そうに見据える。


「二人とも。何をしている」


 そう言ったスノウに、トッドは頭を振る。


「ダメだ。あんたはここから出られねぇ。陛下の命令なんでな」


 そう言って、トッドは優越感に浸るように低く笑う。


 健二の中で二人はスノウのもとで動いているという認識だった。だが、実際にはハディ直属の魔法使いであり、スノウとは対立関係にも成り得る存在だったのだ。二人の存在が、この場でスノウにとって最も厄介な存在となっていることは間違いないだろう。


「泉が破壊されてしまえば、この世界がどうなるかお前たちもわかるだろ」


 スノウが同調を求めるが、二人は嘲るように笑って一蹴する。


「そんなことはどうでも良いんだよ。俺たちは、陛下の命に従うだけだ。それに、泉を破壊すれば、世界が崩壊するってほざいてるのは、魔法使いだけだ。他の種族には何の関係もねぇ」


 そう言ってトッドは低く笑う。まるでこの世界の結末を知っていて尚、阻止しようとはせず、むしろ加速することを望んでいるようにさえ感じられる。


「お前たちは魔法使いだろう。なぜ泉の重要性を認識した上でこんなことを……」


「決まってるだろ。この世界が憎いからだ。俺たちはこの世界の全てを憎む。この世界が崩壊するってんなら大歓迎だ。魔法使いがどうとか、人間がどうとかなんてのは、俺たちにはどうでも良いんだよ」


 そう言ったトッドは、鬼のような形相でスノウを睨み付ける。


 二人の過去やスノウとの関係は知らないが、魔法使いやこの世界に対して憎悪を抱いていることは間違いない。この状況を脱し、泉の破壊を阻止すべく樹海へ向かわなければならない。それだというのに、障害が多すぎる。どうすれば、この状況を切り抜けられるのか。


 頭の中で考えを巡らせ悲観していると、意外な人物が口を開いた。


「どうやら厳しい状況ですが、私たち協力すればこの窮地も難なく脱することができますよ」


 そう言ったのは、カトラリアの使節団の長だった。


 長は微笑みを湛えたままスノウの前に立つ。


「あなたとは本来敵対関係にあるのですが、利害の一致という部分では、こちらとしても都合が良い。泉の破壊を阻止することは、この世界の崩壊を防ぐこと。これを最優先にしない手はないですからね――協力しますよ」


 そう言った長は、顔を拭うような素振りをみせる。


 薄皮がはらりと矧がれ落ちるように顔の皮膚がこぼれ落ち、その下にあった素顔が現れる。口が裂けそうな程ににやけたその表情。


「やはりそうだったか」


 シューベンタルトのにやけた素顔を目にしたスノウの表情が、明らかに冷ややかなものへ変わるのがわかった。


「シューベンタルト。何でここに」


 開いた口が塞がらず、驚きを隠せない健二を前に、素顔の主は軽快な笑いで応える。


「私はどこにでも赴きますよ、君を救出するためなら。救出と言っても、状況は全て把握していましたが。こちらも、スエーデンの王都内の情報を集める者を送り込みたかったこともあるので、ジラルモには苦労させてしまいました。いや、色々と探らせてもらいました、この国の細部に至るまで……しかし、今の情報は私たちも把握できていなかったのです。恐らく腹心の中でも最も信頼できる者以外には、伝わっていなかったんですね。何とも、寝耳に水というのは正に、このことを言うんでしょうね」


 捲し立てるように喋るシューベンタルトを耳障りだ、とでも言いたげな様子のスノウだったが、ここで決断したのか、言葉を継ごうとするシューベンタルトを遮る。


「お前たちがこの戦争の行く末よりも、世界の崩壊を危惧しているというなら。一時的な共闘態勢を受け入れる。だが、忘れるな。お前たちに心を許したわけではない」


 スノウの口調から、言葉を噛み締め、必死に苛立ちを抑えているのがわかる。そんなスノウの言葉を待っていたかのように、シューベンタルトは満面の笑顔で大きく何度も頷く。


「ええ、ええ。あなたならわかってくれると信じていましたよ」


 そんな二人の会話を端で聞いていたアーシムは、軽蔑したように吐き捨てる。


「これは国家に対する反逆行為だぞ。この外道たちに加勢するとは、正気の沙汰ではない」


 そう言ったアーシムの言葉に、待っていたとばかりにトッドとドリスが前に出る。


「この者たちを拘束しろ。抵抗するなら殺傷もやむなし」


 アーシムの言葉に、トッドとドリスは愉悦の笑みを浮かべる。


「あんたとは何度か仕事視した間柄だ。悪いことは言わねぇから考え直せ……と言いたいとこだが。実際はあんたのことが嫌いだった。ガキのなりをしてるくせに、上から偉そうに命令ばっかしやがって。むかつくんだよ。まあ、この際だ。前からあんたの実力がどんなものか知りたかった。手加減はしねぇ。殺されても文句言うんじゃねぇぞ」


 そう言った次の瞬間、トッドとスノウの間に閃光が走ると、視界を純白の景色が覆う。目眩ましだということはすぐに気付いた。


 何とか視界を回復させると、スノウが掌で何かを練り込むような仕草をしているのが見えた。掌で何かを練り込むように圧力を込め、それを一気に押し出すように放つと、光の玉となりドリスとトッドに衝撃となり襲い掛かる。


 光の玉が衝突すると、一瞬の間だけ、時が止まると衝撃波となり辺りを風圧で吹き飛ばす。


 見えない圧力で吹き飛ばされるのを必死に堪え、再びスノウへ視線を向ける。スノウの姿は、残像の緩やかな映像のように視界に映る。


 互いが手にした剣が交わり、激しい火花と甲高い金属音が響き渡る。


 二人の動きは、映像をスローもションで再生したかのように健二の視界に映る。緩やかに見える動きが、実際は尋常ならざる速さであることがわかった。魔法と剣がぶつかり合う衝撃で、その場は混乱を極めている。周りの者たちは入り乱れ、広間から逃げ去る者も多い中、シューベンタルトが率いるカトラリア使節団は、驚くほど落ち着いている。


 戦闘の場から弾き出されるようにして、健二はシューベンタルトと共に広間をあとにする。


「この展開は予想外でしたが、期待していた以上の結果になったことは確かですね。いや、スノウがこちら側に加わってくれたことは、我々としても大いに結構です」


 嬉しそうな口調で話すシューベンタルトは、余裕の表情で広間を出る。


「スノウを置き去りにする気かよ」


「いえいえ、そんなぞんざいな扱いはしませんよ。彼女はあなたが安全にあの場から立ち去ることができるように、時間を稼いでくれたのですよ。……それに、私は国王に用事があるんです。女王の言葉を伝えなくては」


 そう言って、シューベンタルトは侵攻を阻もうと向かってくる衛兵を軽くいなしながら、まるでハディの居場所を知っているかのようにずかずかと廻り廊下を突き進む。


 広間から廊下を渡った頃、意外な人物が姿を現した。


 シューベンタルトは、その姿を認めると嬉しそうに言う。


「おお、抜け出してきましたか。ご苦労様です。あなたの奮闘と貢献には頭が上がりませんね」


「ああ、そんなことはどうでも良いんだ。それよりさっきの話。真実なんだろうな」


 そう言ったシューベンタルトに、ふて腐れた様子で応えたのは、弟子のイーリスを連れたジラルモだった。


 いつの間にか牢から解放され、王城の中を歩き回っている。こんな不可解な状況に困惑している健二をよそに、シューベンタルトは言う。


「スエーデンの長が見せたあの得意げな様子から、概ね真実でしょうね」


 そう言ったシューベンタルトの言葉に、ジラルモは吐き捨てるように言う。


「お前は確証もないことを信じて、これだけ大胆な行動に出たっていうのか」


 苛立ちを隠す気のないジラルモの言葉に、シューベンタルトはきょとん、とした表情で頷く。


「お前の愚かさには、呆れを通り越して笑いしか出てこないな」


 そう言ったジラルモは微笑だにせず、険しい表情でシューベンタルトを見据える。


 健二は二人の会話を聞いていて、白昼夢のことを伝えなければ、と感じた。だが、両国の狭間で自分の意思を示さず、ただふらふらと漂う草花の如き自分の話を信用してくれるのだろうか。そんなことを頭の中で巡らせていると、落ち着きのない健二に気が付いたのか、シューベンタルトが口を開く。


「健二。何か思うことがあるのですか。もし言いたいことがあっても口を噤んだままでは、不利益に繋がりかねませんよ」


 まるで健二の内心を察するかのような言葉に、健二は思いきって白昼夢の件を明かすことにした。


 健二の話を聞くと、二人は健二が何となく予想していた反応を示す。


「ちょっと待ってくれ。これだけのことで泉の件を信じろというのか」


 苛立ちが籠もった口調のジラルモを宥めるように、シューベンタルトが言う。


「しかし、あなたも健二の精霊王としての素質を認めたからこそ、あのときも同行したんでしょう。良い加減、自分に正直になってくださいよ」


 シューベンタルトの言葉に、不機嫌そうに舌打ちをすると、ジラルモは真っ直ぐに健二を見据える。健二に対しては依然として疑念を抱いているようだが、以前よりは信頼されているのだろうか。


「どんな経緯で泉の件を知ったかは知らんが、俺がお前を監視し続けていることを忘れるな。何か妙な素振りを見せたら俺が許さん」


「まあ、そんな鼻息荒く脅すこともないでしょう。物事は必ずしも思い通りにはならないものです。柔軟に対応することが、世界を上手に渡り歩く秘訣ですよ」


 必死に宥めるようとするシューベンタルトの言葉に、ジラルモは深いため息を吐く。


「いちいちお前は理屈っぽくて頭にくる。そのくせに、安易に他人を信用し過ぎだ」


「いえいえ、違いますよ。陛下が信頼を置いている者に、私たちが疑念を抱いてはいけない。私はそれを信念としているだけです」


「……まあ、そんなことは口論したところで無意味だ。それより、これからどうするんだ。当然ながら精霊の泉を死守しなければならないが、あそこへ向かうには時間が掛かる。今からでもすぐに発たなければな」


「そうなんですが、その前に国王に会わなくては」


「そのことなんだが、ハディは飛行船で行ってしまっている」


 その言葉に、シューベンタルトは愕然とした表情を見せた。


「それでは、私がここへ赴いた意味がありませんね――まあ、良いでしょう。とにかく泉へ向かいましょうか」


 シューベンタルトの言葉で、その場の全ての者たちが動き出す。


「ああ、忘れてしまうところでした。陛下からあなたに言伝があります」


 突然、シューベンタルトが思い出したように健二に言う。


 シューベンタルト曰く、女王は自ら考え、この世界をより良い方向へ導いていくことを願っており、何事にも縛られず柔軟に物事を捉えれば、それによって導き出された答えは、必ず世界を良い方向へ導くはず、というものだった。


「――とのお達しです。私も陛下と同じ思いです……まあ、とにかく先を急ぎましょう。あなたが言っていることが真実なら、即座に行動しなければ」


 そう言って、シューベンタルトは早足で廊下を進む。


 健二もシューベンタルトを追いかけ廊下を進む。


 廊下を進む間も、背後のジラルモから伝わる圧力を感じずにはいられない。恐る恐る振り返ると、じっとこちらを見据えるジラルモがいた。一度、視線を逸らし前方に向き直るが、やはり、ジラルモの視線が気になってしまう。健二の中で不安が募っていく。圧力に耐えかね、健二は思わず口を開く。


「あの……その……色々と悪かったなと思ってて……その」


 口を開いたものの、つい言葉に詰まってしまった健二に、ジラルモは呆れた表情を浮かべる。


「お前は何を言ってるんだ。シューベンタルトが言ってただろ。俺は役割を果たしただけに過ぎない。いちいちお前の謝罪を受ける義理はない」


 ジラルモは居心地が悪そうに、口籠もるように素っ気なく言う。そんなジラルモの無愛想な態度に困惑する健二を見ていたシューベンタルトが、優しい口調で言う。


「ジラルモが言っている通り、二人には役割があったのです。この国の現状を把握するという役目が。拘束されていた二人に対して、あなたが責任を感じることはないのです」


 シューベンタルトからは、ジラルモが女王の命によって行動していたことを告げられた。


 ジラルモは情報収集を得意とする魔法使いで、意図的にスエーデン側に拘束され、王都での情報収集を行っていたのだという。イーリスは弟子として、ジラルモが集めた情報を細部にわたり検索し確実なものとしていた。この命は、精霊の泉の件のあと、拘束されスーデンへ護送されている最中、シューベンタルトにより密命として伝えられた。女王の命を受け、内密に情報収集を実行していたのだ。戦闘力に関してはシューベンタルトに劣るが、情報収拾の手腕に関しては女王の弟子の中で右に出る者はいないということだ。


 シューベンタルトが健二に合流したのを確認したのちに、自ら看守の目を盗み脱獄。即座にシューベンタルトの元へ合流したということだ。


「故に、あなたが気にすることは全くありません」


 シューベンタルトの言葉に、ジラルモは少し躊躇したあとに、口籠もって言う。


「コイツが言うように、俺は陛下の命によって諜報活動をしていた。お前に黙っていたのは、まあ、信用してないってこともあったが、余計な雑念を押しつけたくなかったからな。勘ぐるんじゃないぞ。俺はお前が嫌いだ。陛下の言葉がなければ……まあ、こんな不毛な話は無しだ」


 その後は、何とか王城から抜け出し、裏にある厩に辿り着いた。


 正門とは違って警戒網が薄いのか、思っていたより兵士の姿はなく、難なく突破できた。


「それで、ここから目的地まではどんな手段で移動するんだ。コイツが見た予知夢みたいなものが真実だとすれば、これから馬で向かったとしても、間に合わないぞ」


 ジラルモの言葉に、シューベンタルトは考え込むように暫く黙り込む。


「まあ、とりあえず向かうことが先決です。運良く飛行船が手に入るというわけでもないでしょうし。地道に確実に向かいましょう」


 シューベンタルトは開き直ったように笑って言う。こんな状況下でも、依然として能天気なシューベンタルトを見ていると、自分の運命をこの男に託して良いのか、という不信感が募ってしまう。


「まだこんなところで油を売っているのか。時間がないというのに呑気だな」


 そう言ったのは、いつの間にか一考に追い付いたスノウだった。


「何だお前は――ああ、そうだったな。共闘態勢だったか。だが、本当に信用して良いのか。今までは陛下をも殺しかねないほどこちらに敵対心剥き出しだった奴だぞ。いつこちらに牙を剥くかわからんぞ」


「今は世界の崩壊を食い止めることが先です。そのあとのことは追々ということで」


 警戒心を剥き出しにして今にも襲い掛かりそうなジラルモとは裏腹に、完全に信用しきっているシューベンタルトは、あまりにも警戒心がなさ過ぎる。この男が短時間で、なぜこれだけスノウを信用できているのかが疑問だった。


「それより、あの場にいた二人はどうしたんですか。以前の戦闘で、私も対峙しましたが、あの二人を同時に相手するのは大分難儀したと思うんですが」


 シューベンタルトの言葉に、スノウはふっと笑う。


「私を誰だと思っているんだ。精霊王の直弟子だぞ。あの程度の者たちに引けなど取らない」


 そう言うと、スノウは黙々と厩の隣に停めていた馬車の手綱を取る。


 馬車は風防用の布張りがされている。風防を解くと、中の馬車が姿を現す。ちょうど商隊の荷馬車を思わせる外観だ。


 スノウの指示を受け、一行は馬車の中に身を潜める。


 馬車は王城の裏門を何事もなく潜り抜けた。上流階級の住宅地を抜け、人々で賑わう街中を進む。


 街の様子は、王城で起きている事とは無縁といわんばかりに、日々と変わらない日常が流れている。そんな平穏な日常を脅かすように、王城からの追っ手が騒がしい様子で街中を捜索している。一行の馬車が見付かるのも時間の問題だろう。そんな緊迫した状況でもシューベンタルトは鼻歌交じりに街中の景色に見入っている。確かに、敵国のそれも王都の街中を目にする機会はほぼ無いに等しいだろう。それにしても気が抜けている。


 馬車の真横を通り過ぎていく兵を何度もやり過ごし、一行は街の最も外側の壁に辿り着く。ここを過ぎれば王都の外だ。


 はやる気持ちを堪え、隙間から外を覗いていると、外の様子がまた騒がしくなる。それに呼応するかのように、ゆっくりと進んでいた馬車が急加速する。突然のことで身体が投げ出され倒れ込む。馬車の背後に目を向けると騎馬の一団が遠くに見えた。


 騎馬隊は、土煙を巻き上げながら大通りから迫ってくる。騎馬の荒々しさと迫り来る恐怖に、街の人々の悲鳴と怒号が、辺りを緊迫感で満たしていく。そんな騎馬隊を尻目に、馬車は門を潜り全力で街道を疾走する。どれだけ馬車が加速しようとも、騎馬隊が追い付くのは時間の問題だった。


 馬車は街が遠くなる前に、騎馬隊によって包囲された。


 荷台の隙間から様子を窺っていた健二は、震えていた。このまま拘束され、王城に引き戻されてしまうのか。


 不安に駆られる健二をよそに、シューベンタルトがおもむろに荷台から身を乗り出す。それを待っていたかのように、四方から槍や矢が飛んでくるが、シューベンタルトはそれを軽くあしらうと、両掌に何かを込めるようにして合わせる。次の瞬間には、何かを解き放つように両手を広げる。一瞬の沈黙のあと、何かが破裂したように、辺りに衝撃が起きる。地面がえぐれたように盛り上がると、騎馬隊の足下を揺らす。


 足場のバランスを失った騎馬隊の兵士は、ドミノ倒しのように次々と振り飛ばされる馬上から投げ出されていく。それでも、何とか体勢を立て直した兵士が馬車へ接近するが、数の有利を抑え、馬上からの白兵戦で初めて実力を発揮する騎馬に対し、遠距離を得意とする魔法を扱う上に、剣術にも長けたシューベンタルトを相手に、戦闘で優位に立てる道理もなく、騎馬は一人ずつ討ち取られていく。


 シューベンタルトの一騎当千の武力を前に、騎馬隊は数分も経たぬ間に壊滅する。数騎しか残っていなかった騎馬兵も、遂には街へ引き返していった。


 やっとのことで緊張感から解放された健二は、一気に押し寄せる疲労感で力が抜けてしまう。


「どうしましたか健二。このくらいで腰を抜かしていては、これから先が思いやられますよ。しっかりしてください」


 シューベンタルトが、呆れた様子で脱力した健二に活を入れる。口調は厳しかったが、その表情は少し面白がっているようにも見える。この状況でも楽しめる心境が理解できない。


「これで暫くの間は、追っ手を撒けるだろう。だが、油断は禁物だし、寸分の時間も無駄にはできない。急ぐぞ」


 手綱を握ったスノウは、そう言って再び馬に鞭を入れる。

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