12.ハディ・アハディル

 そこは、天井が高い長方形の広間だった。聖堂を模したロマネスク様式の内装。内壁が石造りであるのと、広間にある六つの円柱が天井に達するとアーチ状になってアーケードのような形状になっている。王都の街と比べて建築様式が大分違う。


 薄暗い広間の光源は、天井に据え付けられた天窓から注ぎ込む日の光だけ。それだけでは、室内の薄暗さから視界を確保することはできない。広間の薄暗さを補うように、広間の円柱に据えられたランタンの灯りが暗闇を照らし出す。


 ぼんやりとした視界に浮かび上がる広間の奥に、椅子が据えられているのがわかった。十分な明るさではないため、暗がりに浮かび上がる影に目を凝らすが、なかなかその輪郭を捉えることができない。


 次第に目が慣れ、徐々に暗闇の全貌が掴めたとき、椅子に誰かが腰掛けているのがわかった。


 男が一人、椅子に鎮座しており、沈黙を守ったままこちらを見据えている。そんな薄暗い広間の静寂を破ったのは、アーシムの言葉だった。


「陛下。二人をお連れいたしました。スノウと健二にございます」


 アーシムの言葉に男は軽く手を振る。すると、アーシムは恭しく腰を曲げながら後退り、広間を去ってしまった。


 その場に取り残されたのは男、スノウ、健二の三人だけとなった。アーシムが去ったことで広間は再び静寂で満たされる。


 健二は椅子に腰掛ける男に視線を向ける。


 歳は中年を超えたくらい。白髪と皺が目立つ男の顔が浮かび上がる。服装はいかにも権力者を思わせる服装だ。金糸を織り込んだ模様の織物を下地にした手の込んだ高価な服に身を包み、深々と腰掛けた冷ややかな無表情が、静かにしかし鋭くこちらを見据えている。男の頭上には、一段と輝くものが乗っていた。


 男の顔には見覚えがあった。エントランスの壁に掛けられていた肖像に比べ大分老け込んでいるが、この男と肖像の人物が同一であることは確かだった。アーシムが『陛下』と敬称で呼んでいたことからも、あの男こそがスエーデン王国の国王、ハディ・アハディルだということになる。


 暫くの間、お互いにじっと見つめ合っているだけだった。相手の出方を探ろうと、互いに頑として自分から口を開こうとしない。


 ハディからは、張り詰めた空気が漂っている。岩のように微動だにせず、この場の空気を支配しているかのような堂々たる姿が、見えない圧となり健二を押し潰そうと迫り来る。そんな圧力に耐えながら、健二もただじっとハディを見つめ返す。


 いつまで経っても沈黙が続くばかりで、会話が始まる気配がまるでしない。すると、痺れを切らしたスノウが口を開いた。


「そちらから呼んでおいて、放置はないのではないか。何か言ってほしいのだが」


 スノウの言葉に、ハディの無表情が僅かに緩んだ。ハディは自分の居住まいを直すと、ようやく口を開く。


「久しいなスノウ。五年ぶりか」


 ハディの地鳴りを思わせるほどの低く野太い声が広間に反響する。


 ハディの言葉で、スノウとの間に何かしらかの繋がりがあることがわかった。だが、魔法使いが忌み嫌われるこの国で、国主と繋がりがあるというのはどういうことなのか。


「そうだな……しかし、暫く見ない間に年を取ったな、ハディ。大分老け込んでいるぞ」


「お前の定規で比較してほしくはないな。これが当たり前で、お前たち魔法使いが、異形な存在なのだ」


「確かにそうかもしれない」


 そう言ったスノウの表情が、いつもよりも柔らかなのを健二は見逃さなかった。


「それで、捜し物は見付かったのか」


「ああ、見付かったとも。故に、こうして君の前に立っている」


 スノウの言葉を聞いたハディは立ち上がると、ゆっくりとした足取りでこちらへやって来る。


 ハディは目の前で立ち止まると健二へ視線を向ける。


「――この少年がお前の捜し物だというのか」


 ハディの言葉にスノウは無言で頷く。


 ハディの鋭い視線が、健二の全身を舐め回すように見つめる。一通り健二を観察すると、ハディは軽くため息を吐いてスノウに向き直る。


「何というか……覇気を感じられない。本当にそうなのか――精霊王とやらに」


「ああ、保証する。彼は精霊王の候補者だ。試練も受けた」


 スノウの言葉にハディは意外だ、と言いたげな表情をする。


「ほう、見た目より気骨はありそうだな」


 そう言って感心したように言うハディだったが、スノウは鼻で笑うと言う。


「彼は精霊王にはならない。彼には野心がないんだよ。故に、彼は私に精霊王の座を譲ってくれると言っている」


「――どういうことなのだ。なぜ王の資格を放棄するのだ」


 スノウの言葉に、ハディは怪訝な表情を浮かべる。健二自身、この世界に対して義理立てをする必要はない。故に、精霊王という肩書きに興味を抱かない。だが、この世界の住人であり一国の最高権力者からすれば、喉から手が出るほどの権威だろう。精霊王という存在を知っているか否かを差し置いたとしても、絶大な力を自ら手放すなど愚の骨頂と言えるだろう。


「彼は異世界の住人だ。この世界に使命を全うする義理はない。それに、彼は元の世界に帰りたがっている。一方で、私はこの世界の住人として将来を案じている。私こそが精霊王として相応しい、ということだ」


「確かに。この世界のことを知らない者よりも、お前のように広い知見を持っている者が精霊王になれば、この世界がより良くなることは言わずもがなといったところだな」


 スノウの言葉に、ハディは納得した様子で頷く。


 そのあとも幾つかの言葉を交わし、二人は広間を出る。ハディの威圧的な雰囲気を目の前にし、身体中が強張っていた健二だったが、ようやくそんな緊張感から解放され全身の力が抜ける。


「君と王様って昔からの知り合いなの」


 健二はハディとスノウの関係が気になり尋ねる。すると、スノウは懐かしむように薄く微笑む。


「ああ、昔馴染みだ。ハディが幼い頃から知っている」


「そんなに前から……」


 一国の王と魔法使い。二人にどんな関わりがあるのだろうか。


「ハディが幼い頃。私は師匠と共に、この国の先代の国王のもとを何度か訪れていた。魔法使いへ理解を深めてもらおうとしていたのだ。その際にハディと出会った。ハディは昔から外の世界に興味津々でな。私は師匠と共に世界各地を周り様々な見聞を広めていたこともあって、王城を訪れた際は、必ずハディに外の世界の話をせがまれたものだ」


「それで色んなことを話したってこと」


「ああ、そうだ。この世界の理。精霊や様々な種族。その他にも、各国の世情や私が見聞きしてきたことなど様々だ」


 そう言うスノウは嬉しそうだった。これまで、自分なりにスノウのことは理解してきたつもりだったが、スノウの人間関係や価値観を理解するのは困難を極める。だが、なぜ魔法使いであるスノウの存在が、この国に受け入れられているのだろうか。国民全体が魔法使いに嫌悪感を抱いているなかで、スノウという存在がどのような影響を与えているのだろうか。そんなことを考えても答えを導き出せる訳もなく、ただ健二の中で悶々としたものが募るばかりだ。


 そんな健二の表情がそれを表していたのか、それを察したスノウは肩をすくめる。


「一応言っておくが、私の師匠の努力もあって魔法使いの存在が、人間の間でも寛容だった頃はあるんだぞ。まあ、どこかの国の悪女が、それを台無しにしてしまったがな」


 スノウはため息交じりに言う。悪女というのが誰を指しているのかは容易に想像がついた。一時的にであっても、魔法使いと人間の間で友好関係があったという過去を健二は初めて知った。


「その、アンメイザはこの国でどんなことをしてたの」


 アンメイザがこの国とどんな関わりを持っていたのかが気になり、健二は前のめりになる。魔法使いと人間が一時的であっても、友好的な関係を築くことができたのはなぜか。


「師匠がいつも口にしていた言葉がある。『無知よりも愚かなのは噂に惑わされることだ』とな。魔法使いという存在は、強大な力を持っているが故に、恐れられる。小さな出来事であっても、噂は誇張されて広まる。魔法使いという存在が身近にいないが故、人間は自分のイメージ像としている魔法使いという存在が恐れとして肥大化する。その上、あること無いことばかりが、噂として自分へ届くことも相まって、姿の見えない存在が悪魔という偶像として形成され、恐怖の対象となる。しかも、それは更に深みを増し、手がつけられない。師匠はそれをわかっていた。だから、自身の身を賭して人間の国で自分という存在をさらけ出し、魔法使いという存在の理解を得ようと奔走したのだ」


 スノウは息を吐くことも忘れたかのように、捲し立てるように言葉を吐き出す。苛立ちを見せながらも、その表情はどこか嬉しそうだ。スノウがアンメイザに関する事を口にするときは、いつも決まって声が上ずり、落ち着きがなくなる。それほどまでに、アンメイザを敬愛しているということなのだろう。


「アンメイザが、この国と深い関わりを持ってたのはわかったよ……それで、俺はこれからどうなるんだよ」


「そうだな……まあ、賓客として扱われるだろうな。ただし、私がこの世界の問題を解決するまでは、常に監視が付くことになるだろう。だが、安心しろ。君にとってはそれほど悪い条件ではないはずだ」


 スノウは意味ありげな表情で言う。


「とりあえず、ちょっと休みたいよ。色んなことがありすぎて今にも倒れそう」


 ここ数日間で自分の周りの環境が目まぐるしく変わり、常に緊張状態だった。一段落したと感じた瞬間、疲労感が押し寄せている。


「確かにそうだな。では風呂を用意してもらうと良い」


 スノウの言葉に、いつの間にか二人のあとを付いてきていた侍女が前に立つ。


「それでは、浴場の準備をして参ります」


 侍女はそう言うと、そそくさと言ってしまった。


「お風呂か。カトラリアの王都を発って以来だから、何日ぶりかな」


 ここへ来るまで、身体を清潔に保つのは水浴びが限界だった。水浴びだけでは、身体にこびり付いた汚れや皮脂を完全に拭うことができず、不潔な身体に嫌気が差していた頃だった。これで、心身共にさっぱりすることができ、気分は晴れ晴れとすることだろう。


 暫く経つと準備を終えたらしく、先程の侍女に案内され二人は浴場へ向かう。


 浴場は健二が予想していた日本と様式は違い、どちらかというと古代ローマの大浴場を彷彿とさせる。


 石畳の床材に、内壁は玄武岩を仕立てたものとなっている。


 浴場は湯気が立ち上り全体像を把握することはできないが、浴場の中央には大きな浴槽があり、大人数で入ったとしても余裕がある。


「こんなところで入るの。何か恥ずかしい感じがする」


「何を言っている。今更そんなことを言ってどうする」


 健二の言葉に、スノウはため息交じりに言う。


「一応言っておくと、今の君の身体は不潔だ。どうにかしておくんだな」


「わかったよ……それで、君も入るんだろ」


 健二は何気なく言う。すると、スノウは遠慮がちに言う。


「私は遠慮しておく。君だけで入ってくると良い」


「何でだよ。君が不潔って言ったんだろ。俺とずっといたくせに自分も同じだろ。一緒に入ろうよ」


「そうだとしても。私は君とは入らない」


「何だよ。恥ずかしがるなよ」


 そう言って健二が詰め寄ると、スノウはじりじりと後退る。なぜかわからないが、スノウが消極的な態度をとり、嫌がる様子が面白くなり、健二は更に詰め寄る。すると、何となく遠慮がちだったスノウの表情が、明らかに険しくなる。


「入らないと言っているだろ」


 そう言ってスノウに突き飛ばされ、動揺する健二にスノウは気まずい様子で言う。


「私は女だ。君と風呂に入れる訳がないだろう」


 そう言うと、そそくさと行ってしまった。その後ろ姿が羞恥と怒りが入り交じっていた。


 その場に取り残された健二は、ただ立ち尽くし唖然としていた。


 スノウが男ではないという事実を知らされ、今まで男としてスノウと接してきただけに、混乱と驚愕で言葉が見付からない。


 それにしても、これだけだだっ広い場所を一人で占有するのはとても気が引ける。それに、大浴場など。温泉に浸かったことは何度かあったが、初めて見る様式の浴場に健二は頭を抱える。


 身体を清めるのが先か。それとも湯船に浸かるのが先なのか。何にせよ初めての体験に躊躇してしまう。


「……どうすれば」




 健二が浴場へ向かったあと、スノウは再びハディのもとにいた。


「それで、なぜあの少年をここへ招いたのだ」


 ハディの問いに、スノウは薄ら笑いを浮かべる。


「精霊王になるには、様々な段階を踏まなければならない。一国の王が次代の者へ継承するのとは訳が違う。故に、暫くあの少年をここに留めておき、いざというときには我々の意に従ってもらう」


 スノウの言葉にハディは納得したように頷くが、未だ不信感を募らせているか、怪訝そうな様子で言う。


「それより。本当にあの少年に未練はないのだろうな」


「ああ、確かだ。あの少年に、この国の行く末を思案するだけの器量はない。当然その度胸もな。この世界を自分の意思で動かすなど、彼にとっては煩悩以外の何でもない。それでも、私はこの世界を憂いている。師匠の跡を継ぐ者として、私の役割は義務だと思っている……何にせよ、事は良い方へ向かっている。そんなに心配することはない」


 スノウの言葉に、ハディは暫くの沈黙のあとに頷く。


「――わかった。あの少年のことはお前に任せる。だが、私はあの者のことは信用していない。手綱をきちんと握っているんだろうな」


「ああ、そこは大丈夫だ。監視を怠るつもりはない。いくらこの世界に未練がないとしたとしても、干渉しようとする者が出ないとも限らないからな」


 そう言ったスノウの表情は、意味深げに歪んでいる。


「とにかく、お前が王となるまで、私は安心できん。早く済ませてほしいものだ」




 風呂から上がり、割り当てられた部屋で涼んでいると、スノウが現れた。


「風呂はどうだった」


「うん……良かったよ」


 スノウの言葉に、健二は素っ気なく答える。スノウと面と向かって話をするのが恥ずかしく、思わず冷たい返答になる。それは、スノウも同じらしく、何かを語ろうとするわけでもなく、ただ扉の前に佇んでいる。


「何だよ。何か用があるんだったら言ってくれよ」


 健二の問いに、スノウは若干の恥じらいの様子を見せる。青白い顔色が僅かに紅潮し、健二とも視線を合わせようとせず、居心地が悪そうに立っている。


「その……なぜ、私が男だと思っていたんだ」


 スノウの意外な言葉に、健二は呆れる。だが、スノウの様子からして、からかっているようにも思えない。


「いや……何というか。格好からして、いかにも男みたいだし、気が強いし、声も女性にしては低い方だし」


 健二はスノウを刺激しないように、言葉を探りながら言う。すると、スノウはため息交じりに言う。


「それでは、私はもっと女らしい立ち振る舞いをしなければならない、と言いたいのか」


 スノウは不満そうに言う。やはり、健二の言葉がかんに障ったのだろうか。スノウの地雷を踏み抜いてしまったのでは、と健二はやきもきする。何とかスノウの機嫌をとらねば、と健二は必死に言い掛けがましく説明する。


「いや、別にそんなことは言ってないよ。俺が勝手に勘違いしてただけだし……その……ごめん」


 何とか誤解を解こうと弁明する健二に、スノウは肩をすくめる。


「別に君が謝るようなことではない」


 気まずい雰囲気になるのを避けているのか、スノウは気にしていない素振りをしてみせる。そして、面倒そうに眉を吊り上げるとおもむろに口を開く。


「――よれより、そのだらしない格好をどうにかしてくれ」


 そう言うと、スノウは薄着でカウチに寝転がっている健二を睨み付ける。


「わかったよ……そんなに怒ることじゃないだろ、いちいちうるさいな。母親かよ」


 スノウの言葉に、嫌味口を叩きながら、健二は服を着る。


 そのあとも、スノウは依然として何か言いたげな様子だった。


「――まだ何か用なの」


「君に会わせたい者たちがいる」


 スノウは思い出したかのように言うと、健二の返答を待たずに、部屋の外に待機していた者たちを中へ引き入れる。


「よう、久しぶりだな。向こうの世界で以来か」


 そこに現れたのは、見覚えのある二人だった。長身の男。手入れがされていない薄汚くなった短い脂ぎった金髪。そして、長身というよりは骨ばった骨格と脂肪のない薄い皮だけの男。


「トッドにドリス。何で二人がここに」


 健二は二人の姿に驚きを隠せなかった。


 二人とはこの世界に来る前に会って以来だった。


 二人はシューベンタルトの足止めを図るため、向こうの世界に残って時間稼ぎをしてもらった。その後の安否がわからず、健二の中で不安の種として頭の隅にこびり付いていたのだ。


「俺たちは国王陛下の下で働いてるんだ。ここにいて当然だろ。それより、無事だったんだな。お前が行方不明になったって聞いて、心配してたんだぞ」


 トッドが不細工な顔に満面な笑みを湛えて言う。そして、だらしない身体で健二に詰め寄ると、力強い抱擁を強要する。健二はされるがまま、窒息しそうになるのを必死に耐え、無抵抗のまま解放されるのをひたすら待った。


 ようやく解放されたとき、咳き込むのを抑えながら後退る。この二人から離れなければ、命の危機を感じてしまいかねない。それでも、二人に再会できたことは、健二にとっても喜ばしいことだった。


 健二とトッドの様子を傍観していたスノウが、見かねた様子で口を挟む。


「再会の感動に浸っているところを申し訳ないが、早速事情を説明してもらおう」


 煙たがるようにして言うスノウの言葉に、先程までは、上機嫌で健二と団欒していたトッドの表情が引き締まる。今までの和やかな雰囲気は一変し、空気は一気に張り詰める。


「我々は陛下より勅命を頂き、お前の護衛をすることになった。お前も何となく気付いてると思うが、これは表向きの理由だ。実際のところはお前の監視。いくらスノウが信頼してここへ連れてきたとしても、一時期、お前が我が国の敵であるカトラリア。それも女王の下にいたこともあり、お前が何らかの密命を受けていることを考慮し、陛下から我々に監視の命が下されたということだ」


 今までは呑気な様子だったトッドの声が、今までとは違い低く落ち着いた口調になっていた。それに威圧感を覚えた健二だったが、なぜ監視を命ぜられたことを打ち明けるのかが理解できなかった。


「何でそんなことを教えてくれるんだよ」


 トッドの意味ありげな発言が気になり、健二が尋ねると、トッドはふっと笑う。

「一応、陛下の勅命だからな。任は果たすが、俺はお前を信じてる。だから事実を明かした」


 トッドは口元を鋭く歪めて言う。いかにもこの状況を楽しんでいる。まるで、この行為自体に快感を覚えていると言っても過言ではないと思えるほどに、その表情からは高揚感が漂っている。


「トッド。博打感覚で何もかもをさらけ出す必要は無いんだぞ」


 トッドの大胆さに呆れた様子でスノウが言う。すると、トッドは高らかに笑い、得意げに言う。


「あんただって、コイツのことを信用してるんだろ。なら、俺はこざかしいことはしねぇ。大体、俺には他人を欺くだけの技量はねぇんだよ。下手に立ち回るより、こっちから信頼を得た方が得ってもんだ」


 その言葉に、スノウは深いため息を零す。


「私は別に――まあ、何だって良いさ。今、トッドが口を滑らせたように、君には監視が付く。常に行動を共にし、接触する相手にも制限が掛かることになる。まあ、この国で君の馴染みの者は私たち以外にはいないだろうがな」


「だからといって、監視を緩める訳じゃねぇからな」


 スノウの言葉にトッドが言い含める。そんな二人のどうでも良い会話を聞いていた健二に、ドリスが声を掛ける。


「トッドのことは気にすんな。アイツはお前の事が気になってしようがないんだ。熱い奴なんだ」


 そう言って、幾つか欠けた前歯を見せて満面の笑みを浮かべる。

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