11.スエーデン王国

 戦闘から抜け出した健二とスノウは、数人の兵士とともに小道を走り続ける。

小道を抜け出したのは、日が西の空に暮れかけたときだった。


 皆が全速力で駆け抜け、息も絶え絶えになっている。


「あれは一体何だったんだ」


 先程の襲撃者の正体が、シューベンタルトが率いる兵士たちだということはわかったが、襲撃者の装備が、健二の中にあった知見の兵士の姿とは掛け離れたものだった。


「以前にも襲撃してきた、おかしな装いの男が率いる部隊だな。先代の隊長のときよりも、戦術の幅が広がっているようだ。大体、魔法使いが近接戦闘などあり得ない。あれだけの能力者をどんな手を使って――」


 考え込むスノウをよそに、健二の足取りは未知の世界へと向いていた。


 この未知を進めば、いつかはスエーデン王国の王都に行き着く。今はどちらの陣営を信じるべきか、ではなく、この世界への好奇心が健二を動かしていた。魔王使いの国であるカトラリア王国と人族で構成されるスエーデン王国。この両国の国としての違いはもちろん。街並や生活様式の違いさえ想像できない。


「ここからはスエーデン王国領だ。こちらも国境付近の警戒を強めているから、追っ手の心配はない」


「それで、二人のことなんだけど……」


 健二は自分たちと共に逃げてきた馬が引いている馬車に目を向ける。


 馬車には拘束されたジラルモとイーリスがいた。鉄格子で囲われた檻の中で両手足を縛られ、口には猿轡を噛まされている。


 イーリスは恐怖で表情が強ばり、今にも泣き出しそうな様子だ。その一方で、ジラルモは鬼のような形相でこちらを睨み付け、何かを叫んでいる。悪態をついていることは確かだが、猿轡を噛まされているせいで何を言っているのかは理解できない。


「あの二人は予定通り連行する。色々と聞きたいことがあるからな」


 五十人いた一団は、十人足らずとなっていた。だが、兵士たちの表情は暗いわけではなく、活き活きとしている。


 健二はそれが理解できず、頭を抱える。自分たちの仲間が戦場に置き去りにされ、それを見捨てるように脱出してきた。それだというのに、兵士たちは悲しみに暮れるどころか、達成感に浸り、喜びの声を挙げている者さえいる。今回の精霊の泉での任務が、どれだけ重要だったのかは知らないが、スエーデンにとっては数十人の兵士の命を代償にしてでも、成功させたかった任務だったということなのだろうか。


 兵団の生き残りは、疲労の色が見え隠れしながらも、しっかりとした足取りで街道に入ると王都への道程を辿っていく。




 街道を南方に進み始めて数日で、兵団は王都に辿り着いた。


 王都へ続く街道は、徐々に整備された公道なっていく。ただの畦道が幅広い道路に、それが整然と配列された石畳の道へ変わる。王都周辺になると、アスファルトのようなきめ細かい砂利と漆喰で舗装された道路へ変わっていく。


 街道の様子が変わるにつれ、人通りが増していく。その中でも、商人らしき者たちを多く見掛ける。


 馬車の大きさや規模はそれぞれではあるが、四頭立ての大型の馬車が多く、隊列を組んでいる様子から、王都と他の都市との人々の行き来の多さがよくわかる。また、カトラリアとは違い、馬車の装備が充実している。収納スペースを含め、耐久性や馬車の構造自体もカトラリアで見てきたものとは違い複雑なものだった。


 スエーデンはカトラリアとは違い、魔法による技術は劣っているものの、街道の舗装や馬車の建造などをはじめとする産業の面においては、カトラリアを足下にも寄せ付けない高レベルの技術を持っているようだ。


「健二――もうすぐで王都に着く。着いたら、早速ではあるが王に謁見してもらうことになる。忙しくなるぞ」


 馬車から身を乗り出し、目に留まるものを端から追いかけていた健二に、スノウが突然切り出す。


 スノウの言葉に、好奇心がたぎり興奮していた健二の感情は一気に冷める。


「王って、スエーデンの王様ってこと」


「ハディ・アハディル。人族の国を統べる者だ」


 その名を聞いた健二は、自分の中で緊張と不安が一気に高まるのを感じる。


 この国の人々が、魔法使いに対してマイナスの感情を抱いていることは、この世界を訪れ様々な世情を見聞きしてきたことで何となく理解していた。この国の人々と同じように国王も魔法使いに対して良い感情を抱いてはいないのだろうか。


「何で俺が王様なんかに」


「当然だ。君は私と同じく次代の精霊王の候補者。世界の誰もが私たちの存在に興味を抱いている。君は自分の存在の重要さに自覚がなさ過ぎる」


 スノウがそんなことを話している間に、王都の姿が間近に迫っていた。


 王都は初代の国王であるバタル・アハディルの名を冠しており、スーデン王国の中でも最も人口が集中する大都市だ。


 様々な人間をはじめ、エルフ、ドワーフ、巨人等の多種多様の種族が共生している。その中でも、大多数を占めるのが人間であり、国王も代々人間が務めている。


 スエーデンの軍事と経済は、五つの都市を中心として成り立ち、国の中央に王都。その四方を他の都市が取り囲んでいる形となっている。特にカトラリア王国と接する北側の都市は、特に軍備の面を優先していることで、スエーデンの中でも最強の要塞都市として知られている。


 王都は北の都市から五日程の距離にあり、この国のほぼ中央に位置している。また、全ての街道が王都を中心に四方の都市に通じているため、交通の形体からも交易の要所としても重要な役割を果たしている。


 王都へ入るためには、四方に位置している鋼鉄でできた重厚感のある強固な構えの門を潜らなければならない。


 門前には屈強な衛兵が重装備で控え、強固な門を更に不落な守りにしている。


 門の両脇には、役人らしき者が王都へ入る全ての者たちに検閲をしている。門の外には、都市へ入るのを今か今か待ちわびる人々の長い列ができていた。兵団はそんな人々を横目に、足を止めることなく門を潜る。


 役人たちは門の検閲を素通りする兵団を呼び止めることはなく、スノウが目配せをすると、さも当然かのような振る舞いで、進入防止のために設置されている防御柵をどけるように衛兵に指示をする。


 王都は国内で最も大きな都市であり、最大の人口を要している。都市に住まう人々の階級も様々だ。


 王都の統治は、王族から最下層の奴隷まで、全ての住民を階級制度で位置づけし、居住区や経済参加だけでなく、様々な場面において待遇に違いがある。他の都市でも方法は様々であるが、同様な手法で都市を統治している。


 都市に入ると、街の様子が良くわかる。街道を往来する者たちの様子から、街の雰囲気は大体予想していたことだが、街の賑やかさが目に見えてわかる。門を潜り、はじめに視界に入ってきたのは円形の広場だった。


 広場の中央に噴水が建ち、その周りには人々が集まっている。待ち人がいる者もいれば、休息している者もおり、様々な人々の姿が目に入る。


 噴水の広場を抜けると、街の中央へ続く大通りが延びている。通りの両脇には、出店や露店が軒を連ね市場を形成し、様々な品を扱う店主たちの活気の良い声が、客を呼び込もうと飛び交っている。


 そんな賑わいで騒々しい通りを南に進み、王都の中心部へ向かう。


 賑わいのあるこの地区は、この国でいうところの中流階級や下流階級の人々が住んでいるようだ。街を往来する者たちの服装は、この世界で最も標準的で多くの人々がしている装いだ。乾いた色の衣を使い古し、ほつれた部分を縫い直した跡があるような服を着ている者も見掛ける。生活に困窮しているわけではないが、贅沢品を手にする余裕がある生活送れるわけでもない、といった生活水準なのだろうか。


 通りを注意深く見ていると、子供連れや仲間同士で出歩いている者が多く、市場で買い物をしている者の姿も目に入る。暖かな昼時であるからか、出店の軒先で酒を酌み交わす者たちの姿もあった。


 街の中心部へ進むに連れて、この国の技術力の高さがわかった。


 街並みは時代で例えると産業革命後のヨーロッパのような雰囲気を彷彿とさせる。


 舗装された通りの脇には、街灯が一定間隔で建ち、排水システムらしき下水の構造も見てとれる。整備されたインフラの他にも、建物を見てもレンガ造りで統一された密集した集合住宅が幾つも建ち並び、一区画として整備されている。それらが並木通りと大通りに囲われ、規律的な集団住宅地を形成している。


 大通りを更に南下すると、小高い壁が見えてきた。王都の防衛のための壁ようだが、王都の外から見たような聳え立つ壁とは違い、生活圏を分ける為の壁といった側面もあるといった印象だ。壁の内外を往来するための門は、街の中に幾つか点在している。それらのひとつを潜ると、街の雰囲気は一変する。


 先程までの賑やかな雰囲気とは一変し、街は閑静で厳かな雰囲気に包まれている。街の様子を見渡すと、生活感をあまり感じられない閑散とした空気が漂っている。


 広大な庭や敷地を有する屋敷が一区画を単一で占めている。広大な敷地を有しているというのに、人影は見当たらない。そこが上流階級に位置する人々の生活圏内であることは何となくわかった。


 街の通りを行き交うのは、高価な装飾を模した馬車が殆どで街中を往来するのは、警備をしている衛兵や行商人らしき者たちの姿のみだ。


 閑静な住宅地を抜けると、ようやく王城が見えてきた。


 円形型の都市のほぼ中央に位置し高台ではなく、平地お中に埋もれるようにして佇む王城を視認するには、王都の奥深くまで足を踏み込まなければならず、その姿を目にすることができない。


 王城へと続く門を潜ると、石造りの古めかしい建物が目の前に現れる。時代を経た証しに、以前は清潔感があり色鮮やかな色彩であったであろう建物の外壁は、長年の雨風と壁の劣化によって薄汚れ黒ずんでいる。それが時代の経過とこの国の歴史を語っているような気もする。時代の経過という風化を代償に、建物自体に歴史が刻まれ味わいのあるものとなっている。


 正門から建物の中へ入ると、外観からは想像も付かない意外な風景があった。


 大きな両開きの扉を潜ると、床一面が大理石のエントランスが広がっていた。


 贅を尽くされた豪華絢爛の内装に装飾。白を基調とした壁は、一面に金細工が施され、天井から吊り下げられたシャンデリアに備え付けられた蝋燭が小さな明かりを灯し、それらが金細工に反射することで、煌びやかな光を放っている。


 広間の両脇から上階へ繋がる螺旋階段を上がると、そこから延びる廻り廊下の壁に大きな肖像が掛かっている。男の肖像で、威厳を強調したいかにも権力者という風貌を醸し出している。


 ふとエントランスの奥に目を向けると、一人の男が立っているのがわかった。


 男はゆっくりとした足取りで、健二とスノウの前までやってくると低い声で言う。


「戻ったか――陛下がお待ちだ」


 男はそれだけを言うと、そそくさとエントランスを抜け奥の廊下へ消えていく。


 最低限の言葉だけしか口にせず、案内をするつもりなど微塵もなさそうな素っ気ない態度をとる男を追いかけ、健二とスノウも長々と続く廊下を進む。


「あの人って誰なの」


 無言のまま廊下を進む男が、何者なのかが気になりスノウに尋ねる。


「あの男はハディ・アハディルの腹心であるアーシムという男だ。何というか、無愛想な男で何を考えているのか良くわからない男だ」


 そう言ったスノウの表情が、少しばかり引き攣っているような気がした。どうやら、図太い性格であるスノウでさえも尻込みしかねない男であるようだ。


 アーシムは廊下の奥にあった巨大な両扉の前に立つ。


 木製の重厚な造りの扉で、植物を模した幾何学模様に二頭のドラゴンらしき生物が互いを向いて立っている。


 アーシムは扉に手を掛けると、重たく軋む音と共に扉を押し開く。


 健二は自分の中で、緊張と不安が徐々に高まっていくのを感じた。自分はこれからどんな状況に置かれるのか。人間の国で魔法使いがどんな扱いを受けるのかは、この世界にきてからある程度は理解しているつもりだった。だが、実際にその国の王都。それも王城に立つと、緊張で身体が強ばり、国王から声を掛けられでもすれば上手く応えられる自信がなかった。


 健二はふと傍らに立つスノウに視線を向ける。


 この国に通じ中枢部で何らかの役割を担っているスノウが、同伴している自分が冷遇されることはないはず。そう思いたい。そんなことを頭の中で巡らせ、開け放たれた扉を潜る。

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